美里町の探検日記GP

津市美里町(旧美里村)に住んでいるコレクターです。コレクション自慢(?)のほか、津のこと、美里のことも書いていきます。

平家落人の里・一志町波瀬

2012-02-13 11:15:20 | 津のこと


NHK大河ドラマ「平清盛」で、今年人気が出そうな
平家ゆかりの地「一志町波瀬 平家の里」です。

津市一志町波瀬地区は、平氏の一族、平六代(たいらのろくだい)が
家来とともに源氏の追討から逃れて隠れ住んだと伝えられています。

平六代は、同じく源平の合戦から逃れて津市芸濃町河内に隠れ住んだと言われる、
平維盛の長男で、幼名を「六代丸」、後に六代と名乗り、その後出家して「妙覚」となりました。
源平合戦の頃は、京都に残っていたため、父・維盛とは行動を共にしていませんでしたが、
最終的に、父と同じ伊勢国に辿りついたようです。



六代君に関する同様の伝承が、津市美杉町日神と松阪市嬉野日川にありますが、
波瀬地区の伝承では、他と異なって、
「六代君が21歳のとき、山羽大監弘平家盛と名を改め、
 22歳の時、上出城を築き、家盛が初代城主になった」
というものです。

いつまでも平姓を名乗っていると、平家の落人とばれてしまうので、
名前を変えた、というのは分かるのですが、
城などを築くと余計に目立ってしまうような気がします。
ともあれ、
この地の山羽一族の祖となって代々続いたということです。



2枚目と3枚目の画像が、歴代上出城主・山羽一族のお墓です。
六代の子孫である、9代城主・照盛、10代尚盛、11代盛房の墓です。

これらの墓がある丘(1枚目の画像)を「平家塚」と呼んでいます。


(上出城跡)


(家盛夫人の辰御前の墓)


(安楽寺)

波瀬地区にある安楽寺は、919年、醍醐天皇の時、
全国に建てれらた「安楽寺」のひとつです。

※この項の画像は、芸濃ガイド会のフルイチさんよりご提供いただきました。

※平六代および日川平家の里については、以下のホームページを参考にしました。
伊賀上野からの日帰り登山・嬉野町日川
熊野地方の落人達-平六代

>関連する記述
平家落人の里・美杉日神
平家ゆかりの久我・光円寺(亀山市関町)
平家落人の里・嬉野日川
成覚寺~平維盛ゆかりのお寺(芸濃町河内)
NHK大河ドラマ「平清盛」、伊勢平氏発祥の地~忠盛塚(津市産品)

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