容疑者はアフガン難民…ドイツを揺さぶる女子医大生殺人事件 「高貴な」難民政策が招いた悲劇

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川口 マーン 惠美  2016.12.16

容疑者はアフガン難民…ドイツを揺さぶる女子医大生殺人事件
「高貴な」難民政策が招いた悲劇

ドイツ国民に二重のショック

南ドイツのフライブルクで、10月15日、医学生の大パーティー“Big Medi Night”が開かれた。19歳のマリアは医学部の一年生。パーティーは盛況で、マリアが自転車で家路についたとき、日付はすでに16日に変わっていた。

翌日の朝、ジョギングをしていた人が、川岸でマリアの遺体を見つけた。死因は溺死。死ぬ前に暴行されていた。なぜ溺死なのかはまだわからない。

それから6週間以上が経った12月2日、細かいパズルがつなぎ合わさったように、容疑者が捕まった。アフガニスタンからの難民フセイン・K、17歳(犯行時には16歳)。Kは難民の宿舎ではなく、ドイツ人の家に引き取られていた。

マリアとKが顔見知りだったという形跡はない。ただ、現場に残されていた髪の毛とDNAが一致しており、検察はKが犯人だと確信しているという。

Kは去年の11月、保護者なしでドイツに入った。その2ヵ月前、メルケル首相が、中東難民を無制限に受け入れると宣言していた。そのため11月は難民大移動のピークで、このひと月だけで30万人がドイツに入った。Kもそのうちの一人だったはずだ。

殺された医学生マリアは、難民援助のボランティアに積極的に携わっていた。まさか難民が犯人だなどと夢にも思わなかった遺族は、葬儀のとき、故人の意思を尊重し、香典がわりに難民への寄付を呼びかけたという。

ドイツ国民はこの話にショックを受けたが、さらに2週間経つと、もっとショックな事実が判明した。

実はKは2013年、すでにギリシャで難民登録をしていた。ところが、そこで女性を暴行し、崖から海に突き落とし、逮捕され、刑務所に入っていた。しかも、そのときも自分の年齢を17歳と称していたのだ。

そのKが、その後、どうやってドイツに来て、ドイツ人の家族に引き取られるという高待遇を得たのかは、わかっていない。

第一テレビに非難が殺到した理由

連邦内務省の発表によると、ドイツに入ってくる難民のうち、少なくとも3分の1が未成年だという。ハンブルク市が2015年に保護した未成年の難民の数は、前年比で300%増(同市ホームページより)。それも最近は、保護者なしでEUに来る未成年が増えている。

その中に、犯罪者となるポテンシャルが非常に高い若者が多数混じっていることは周知の事実だが、未成年の難民を祖国に送り返すことは、人道上、いたって難しい

アフリカや中東にいる人々から見れば、これはチャンスだ。親族のうちの誰か一人をEUに送り込めれば、EUに強力な足がかりができるが、その“誰か一人”を選ぶとき、留まれるチャンスの高い未成年に白羽の矢が立つ。

現行の法律では、EUに保護された未成年が難民資格を得れば、いずれ家族を呼び寄せる権利も発生する。あるいは、その子が稼げるようになれば、国にいる家族に送金もしてくれるだろう。

さて、冒頭のマリア暴行殺人事件は、しかし、予想とは違う発展をすることになる。Kの逮捕の翌日、国営放送である第一テレビが、この事件を一切報じなかったからだ。

去年の大晦日にケルンで起こった難民による大掛かりな婦女暴行事件のときも、当局は事件を公表せず、メディアも沈黙を決め込み、国民は数日間、蚊帳の外に置かれた。その記憶が、皆の頭の中にありありと蘇り、第一テレビに対する非難がソーシャルメディアで炎上した。

「なぜ報道しないのだ?」
「また難民をかばっているのか?」

国民は最近、難民についての報道の信憑性には、かなり懐疑的になっている。

火に油を注いだ政治家の発言

そこで、説明を迫られる形となった第一テレビは、オンライン版のページにこう書いた。

「この殺人事件は一地方で起こった事件であり、全国ニュースとしての価値がない。我々は、毎年約300件もある殺人について、これまでも報じてこなかったし、これからも報じるつもりはない」

しかし国民はその説明に納得せず、騒ぎはさらに拡大した。

「これが単なる殺人事件? ドイツ政府の難民政策の失敗を露呈する、立派な政治問題ではないのか?」

その後、第一テレビは折れ、メルケル首相にインタビューするという形でKの事件を取り上げた。他の政治家のコメントも続いた。

ところが、皮肉なことに、それらがさらに国民の神経を逆撫ですることになる。

政府はどちらの味方なのか

さて、政治家はなんと言ったか?

メルケル氏(CDU・キリスト教民主同盟):「この忌むべき殺人を引き起こしたのがアフガニスタン難民だとしたら、彼を厳しく裁かなければならない。しかし、それを、あるグループの拒絶につなげてはいけない」

ガブリエル副首相兼経済エネルギー大臣(SPD・社民党):「このような凶悪犯罪は、シリアやアフガニスタンから最初の難民がやってくる以前にもあった

事件の起こったフランブルク市の市長サロモン氏(緑の党):「難民を十把一絡げにしてはいけない」

などなど。これでは、連邦政府や州政府が、犠牲者よりも加害者をかばっていると思われても仕方がない。

しかしドイツにも、違う意見を持つ人はもちろんいる。

たとえばドイツ警察の組合の代表であるヴェント氏は、次のように述べた。

「もし我々が、大量に入った難民と、それに関連した危険に対し、もっときちんと対処できていれば、今回の被害者はもちろん、他の多くの被害者もいなかったことだろう。

なのに、遺族が悲しみ、被害者が多くの苦しみを味わっている間も、『ようこそ文化』の代表者たちは沈黙を続ける。同情もなく、自己に対する疑いもなく、思い上がったまま、自らの高貴な信念に固執している」

現政権の難民政策に対する痛烈な批判である。

ドイツでは現在、政府の難民政策を批判する人間は、差別主義者や国家主義者として弾劾される運命にある。そのため、ヴェント氏もこのコメントのせいで激しい非難に晒された。とはいえ、彼が現在、ドイツの難民問題の現場を一番よく知っている人間であるということに変わりはない。

そもそも、自国に、どんな国籍の人が、いつ、何人入国し、今、どこにいるのかが把握できないというのは、由々しき事態である。しかもパスポートを携行していない難民が多いため、把握しているつもりのデータと真実が食い違っている可能性もある。警察が、このような状況を看過できるわけがない。

Kの年齢はいま再調査中だが、正確に特定することは難しいだろう。ドイツで登録されていた17歳という年齢はもちろん、3年前の17歳もかなり怪しい。いずれにしても、17歳と24歳とでは、同じ罪でも刑罰が大きく変わってくる。

現在のドイツはCDUとSPDの大連立政権なので、去年の大量の難民受け入れ政策は、もちろん両党の合意の下でなされた。だから両党ともおのずと「難民の援助はEU市民の義務であり、それを実際に行ったドイツは正しい」という理論に執着する。それを批判する強い野党も存在しない。

ドイツ人の心に広がる不安

日本からしばらくぶりにシュトゥットガルトに戻って街を歩いたら、中東や北アフリカ風の人たちが増えているのが目についた。

確かにこの一年、一度にあまりにもたくさんの難民が入りすぎた。しかも彼らのほとんどが若い男性で、言葉も通じなければ、文化も違う。しかも難民は交通パスを支給されるので、自治体の中なら自由に動き回れる。

当然、「こんな状況で、女の子を夜、一人で歩かせても良いものか?」、「森でのジョギングは?」といった不安がドイツ人の脳裏をよぎる。すべての難民を疑うことは間違っているが、不安の感情は別だ。

政府は早急な「難民の統合」を唱え、語学コースを整備し、難民用住宅の建設を進めているが、外国語を、読み書きも含めて習得し、社会に溶け込み、高度な仕事ができるようになるまでには一世代ぐらいは絶対にかかる。

それよりも心配なのは、いつまでたっても社会に溶け込めない難民たちの動向だ。

ドイツ人の心には、いま、自分たちは難民とともに、治安を乱す大量の不穏材料を引き入れてしまったのではないかという考えが、しこりのようにくすぶっている。

容疑者Kは、現在もなお完全に黙秘をしているという。

 


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