ならなしとり

外来生物問題を主に扱います。ときどきその他のことも。このブログでは基本的に名無しさんは相手にしませんのであしからず。

遺伝子組換え反対理由に遺伝子汚染を持ち出す疑問

2011-09-21 20:48:41 | 遺伝的多様性
 ひさびさに記事を書く気がしますし、なにか大切なことを忘れている気がしますが置いておいてと・・・(いいのか?)。
 「もうダマされないための「科学」講義」という本を読んで考えたことです。この本は、震災以降の科学と人との関係を考えていこうという趣旨で、執筆陣も(約1名除き)非常に豪華です。僕が今回書くのは、著者の一人である松永氏の遺伝子組換え植物反対に対する見解を読んで考えたことです。
さすがに鵜呑みもどうだろうと思い、反対派の見解も探して読んでみたのですが、やっぱり片手落ちの印象を受けました。
それは、“遺伝子汚染”を問題にしているのに“遺伝子組換え作物との交雑のみ”問題にしているからです。
ここを見ている人には今更かもしれませんが、遺伝子汚染について簡単に説明しておきます。遺伝子汚染というのは交配可能な種、亜種が人間によって持ち込まれることで起きる外来生物問題の一種。ちなみに“同種でも生息地が隔離されて交配が無い場合”に人間が別々の生息地の個体を持ち込んで交配しても遺伝子汚染。
次に、遺伝子汚染がなぜ問題か。僕が重要度が高いと考えているのが、生物種の歴史を攪乱するからです。生物多様性というのは進化の歴史の中でできたもので、人間の世界で例えるなら、奈良の大仏やキトラ古墳みたいなものです。なくなったら取り返しのつかないものです。観念的なものを省いて、もっと具体的に言えば、遺伝子汚染で生物は絶滅します。たとえばニホンバラタナゴとタイリクバラタナゴなどのように。
では、遺伝子汚染に対して、本文中で松永氏が言うように「種や個体群の存続に影響を与えなければ影響するとは言えない(梨の意訳)」というのはもっともではありますが、難しい。影響が出るまで何世代あるいは環境が変化して初めて影響が出るということも考えられるので、すぐに目に見える形で現れるとは限らない。そもそも影響が確認されるころには手遅れと言えるほどに危機的な状況に置かれることが多々ありますから、原則的には、遺伝子汚染を起こさないか、早期に駆除なり隔離なりの対応をした方が絶滅につながる不可逆的な影響を抑えられます。
そして、遺伝子組換え反対の理由に遺伝子攪乱を用いることについてです。僕からすると、遺伝子汚染を問題にするなら“組換えのみ”をターゲットにする理由がよくわかりません。
遺伝子汚染が問題にされるのはその種(個体群)の固有性や歴史性が攪乱されるからで、攪乱の源が遺伝子組換えであろうがなかろうが関係ありません。事実、外来生物問題の多くでは遺伝子組換えでない生物による遺伝子汚染もまた問題になっています。
遺伝子汚染を問題とするならば、非組換えで起きる交雑についても問題としなければ片手落ちでしょう。よく持ち出されるアブラナにしても、アブラナ科の植物は別種間でも容易に交雑します。容易に組換え作物と交雑してしまう環境では、品種などの異なる非組換え作物とも容易に交雑してしまうでしょう。
本当に在来種(品種)の保全をする気があるのか、そもそも“何を何のために守りたい”のかも遺伝子汚染を持ち出す人からは読み取ることができません。 

・言いたいことを3行でまとめてみた
遺伝子汚染に対して、組換え、非組換えで対応を変える論理的な理由はない
組換えのみに絞るのは問題を矮小化させてしまうのではないか?
何を何のために守りたいのか?という部分が曖昧になっている

参考文献
「もうダマされないための「科学」講義」
広がる遺伝子汚染 誰が保証できる「非遺伝子組換え」

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7 コメント

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Unknown (TM)
2011-09-22 00:47:40
論旨に異論は無いのですが,「遺伝子組換え作物(生物)」と,非「遺伝子組換え作物」を「組換え」「非組換え」と略すのは良くないですよ.

 普通の生物学(遺伝学)用語としての組換えrecombinationには遺伝子導入の意味はなく,染色体交叉による遺伝子座間の対立遺伝子の組み合わせの変化のことですから,有性生殖生物の
「非組換え」というのはありえない.特に,外来生物と在来生物間の交雑を考えるなら,交雑を繰り返していく過程で「組換え」によって遺伝子浸透がおこり,さまざまな染色体に外来生物由来のさまざまな対立遺伝子が入り込むから,純系に戻せなくなるわけです.
 
 
 長文になって申し訳ないですが,もう少し説明しておくと,遺伝子導入(もしくは遺伝的改変)生物(GMO: Genetically Modified Organisms)を,遺伝子組換え生物と日本語で呼ぶのは,もともと遺伝子導入の技術が大腸菌のようなバクテリアを対象におこなわれてきたことに由来します.
 
 大腸菌は基本的に無性生殖で増えますから,染色体間の組換えは自然にはなかなか無いので,人工的に遺伝子を導入して,染色体に新しい遺伝子を組み込む,つまり人工的に組換えをおこさせていたことから,「大腸菌への遺伝子導入=遺伝子組換え」だったのです.
 
 有性生殖する多細胞生物の場合,「組換え」という現象自体は常におきているので,それらに対して遺伝子組換えとか非組換えというのは,訳語としてかなり問題があると思ってます.
 
 カルタヘナ法について少しでも調べてみればわかりますが,いわゆる規制対象となる「遺伝子組換え生物」について法律上はGMOと定義しています.
 
 一般的な言葉の用法と,専門用語の意味するものが異なることは多いので(「進化」とかもね),マスコミや本に書かれていることをいちいち正す必要は無いですが,遺伝子汚染のような現象を議論したいなら,ちょっと気をつけてもいいかもしれません.
(ちなみに,ボクはGMOのことを日本語で書くときは,遺伝子導入生物という表現を使うようにしてます)
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訂正 (TM)
2011-09-22 01:08:32
すみません,あらためて調べなおしたら,カルタヘナ法の対象は,より広い範囲を含むLMO(Living modified organism)でした.
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Unknown (釣舟草)
2011-09-25 06:27:55
素人門外漢ですが。
うーん、「遺伝子導入」って言葉でも人工的な遺伝子工学以外での導入もあって含まれてしまいそうですが。
例えば、青いチューリップがないが原種の野生チューリップには一部に青い花弁のチューリップがあり、これを園芸種に交配して取り入れたいと。
これは「遺伝子導入」と言ってかまわないと思います。
(一方でサントリーの青い薔薇は遺伝子工学で発現色素を導入したものです)
訳語として適当かはわかりませんが正確を期すならば遺伝子組換は、工学的遺伝子組換と表記すればいいのではないでしょうか、同時に遺伝子導入もそれぞれの手段を付け加えればはっきりすると思います。
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Unknown (釣舟草)
2011-09-25 06:40:11
すいません追記です。
もちろん遺伝子を人工的にいじることには、(素人の想像ですが)遺伝子を導入する、もとからあるものの配列を入れ換える、特定遺伝子を欠損させる、等いろいろある(今は出来なくても将来はあり得る)ので、「導入」と言う言葉の守備範囲をこえてしまいそうです。
やはり正確を期すには、ちょっと長くなりますが、「工学的遺伝子組換」が適当かと。
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TMさん (梨(管理人))
2011-09-26 23:14:16
お返事が遅れて申し訳ありません。
定義の件、教えてくださりありがとうございます。やはりまだ勉強不足ですね。
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Unknown (TM)
2011-09-27 03:38:06
いやいや,余計なお節介で申し訳ない.
参考文献に挙げている遺伝子汚染の記事は,ちゃんと理解したうえで用語を使ってるから,見直してみるといいかも.
 
 それにしても,日本語の「遺伝子」という言葉自体がgeneとalleleとlocusをごっちゃにしてるし,進化や遺伝に関して「わかりやすく」と「正確に」を両立させた文章は本当に難しいですよ.ボクも蛇足をつけて後悔することは多いです.
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コメント (MasakiHoso)
2011-12-03 02:23:41
こんばんは。昨日の、生物多様性云々のトゥギャッターのコメントから辿ってこちらを知りました。その本は読んでいませんが、たまたま目についたので、ひとつ生態学的な視点から補足させてください。

GMOに導入される遺伝子は、当然ながら何らかの機能をもつものです。病害抵抗性だったり、除草剤抵抗性だったりですね。これらの遺伝子は、同種植物ではなく、別種、それも動物に由来することさえあります。これらが、交雑によって在来植物の遺伝子プールに取り込まれることに対して、その著者は警鐘を鳴らしているのだと想像します。

こうした遺伝子が在来植物に浸透すると、歴史性も著しく損なわれますが(だって動物の遺伝子だったりしますからね)、それだけでなくその在来植物のふるまいも大きく変わってしまいます。

たとえば、それまで人畜無害だった雑草が、病害抵抗性を得て、急にはびこって害草化する可能性があります。さらに、その遺伝子は交雑を介して次々と別種の植物にも蔓延していくかもしれません。交雑が稀であっても、その後の蔓延を自然選択が後押しするからです。ちょうど黄色ブドウ球菌の抗生物質抵抗性ように。そうなってしまった場合の経済的損失もまた著しいはずです。

では、普通の外来植物からの遺伝子汚染ではそんな問題は起きないのかと問われると、今のところはっきりと答えることができません。ただ、劇的な変化は期待できないという予測は成り立ちます。交配の可能なほど近縁な生物間の遺伝子に、それほど大きな機能的差異が蓄積されているとは考えにくいからです。

ちなみにニッパラの絶滅については、遺伝子汚染は絶滅過程の副産物であって原因そのものではないと考えられます。タイリクや雑種個体の適応度が単純に高かったからという仮説が有力です(河村功一ほか 2009, 日本生態学会誌)。

予防原則にたてば、どんな遺伝子汚染も避けるべきです。しかし、優先順位はつけなければなりません。後者の可能性に目をつぶらせるのであれば問題ですが、前者の危険性を強調するのは妥当ではないでしょうか。

おっしゃるとおり、外来遺伝子が在来の生物に浸透することは、歴史性の破壊ですので忌むべきことです。しかし、古墳が壊された跡地に、麻薬の密売所ができてしまうのは、もっと忌むべきことでしょう。GM作物による遺伝子汚染が特別視されるのは、こういう理由からだと理解しています。

「そこは本質じゃない」と思うところが強調される歯がゆさは、とてもよくわかります。とはいえ、相手の論理にどういう分があるかを分析することは有益と思います。いかがでしたでしょうか。小心者ですので、ご気分を害されなかったか、やや心配です。
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