これは昨日の夜の空。

そしてこれは今夜。

もうすぐ雷がやってくる、というので、旦那がいそいそと後ろの庭の椅子に座り眺めておりました。
稲光を普通のカメラで撮ろうというのは多分、百年早いのでしょうね。ははは。全く撮れずにスゴスゴと部屋に戻りました。
とうとうわたし、意地を張るのはやめようと決心しました。
去年の晩秋にうちにやってきてくれた『カルロス氏のピアノ』。
彼のアパートで弾いた時は全く感じなかった違和感がずっとありました。
それはきっと、
*長く弾かれていなかったからだ。
*環境が変わって鍵盤の状態が落ち着いていないからだ。
*病気で長い間臥せっていたので、問題があったにせよ、そこまでにいろんなことが至らなかったからだ。
*なによりも、運搬中に破損していたのだから、それが全体に影響しているかもしれない。
などと、ずっとモヤモヤしながらも、自分に言い聞かせながら練習をしてきました。
とにかく、どれだけ押し込んでも、くぐもった音しか出てきません。
スカーンと気持ちのいいフォルテ(強い音)を出したくても出せません。
そのかわり、ピアニッシモ(ごく弱い音)の響きにはそれなりに満足を得ることができます。
でも、弾いている間中感じる、きめ細かい綿でできた壁に囲まれたとても小さな部屋の中で弾いているような、なんとも言えない閉塞感、これにはほとほと疲れてしまいました。
これまでなにもして来なかったのではありません。
まずはとにかく、破損した部分を直してもらいました。そのついでに、ハンマーの部分だけを新しい物に総替えしました。
弦に直接当たるフェルト部分を新しくすると、最初のうちは音が少しこもるのはよくあることなので、きっと時間とともに音が鳴るだろうと思っていました。でも、なにも変わらないまま今に至っています。
調律をしてもらい、キーボード全体の調整もしてもらい(これは1日がかりでした)、そのたびに料金を払ってきましたが、やっぱり変わりません。
その後、アルベルトが練習にやって来て、彼の馬鹿力でガンガン弾かれてしまい、すっかり元の木阿弥に、というより、さらに悪い状態に……。
調律は一気に狂い、高音部の鍵盤のいくつかは叩いても音が鳴らなくなってしまったりしました。
そしてその後、いつも調律をしてもらっているアルバートに来てもらい、これまでのことを話して指導を仰ぎました。
「ボクに言えることは、この鍵盤は多分、覚悟を決めて徹底的に直した方がいいということ。それにはボクは充分ではないので、ある人を紹介したい」
そのある人はマサチューセッツ州に住んでいる男性で、ピアノのキーのことならなんでもござれの技術屋さんなのでした。
これまでどんな悲惨な状態のキーでも、素晴らしい仕事をして直してくれたんだそうな。
でもなあ、これまでもすでに、あれやこれやとお金を費やしてしまっているし、今は夏で仕事が減っていて、それでなくてもタイトな経済……。
どうしよう……。
とりあえず相談だけでもしてみたら?ということで、モーヴァン氏にメールを送ってみました。
すると、『君の用件はわかった。けれども予算を組むにはまず、君の調律師と直に話をしたいので、彼の連絡先を教えてくれ』という返事が返ってきました。
予算が送られてきて、その安さにビックリ?!鍵盤をすべてミネラル・プラスティックという最新のものに張り替え、キーボード全体の調整をしてもらうのですが、そのためにはあの大きな鍵盤を配送するための特別仕様の箱をこちらに送ってもらい、鍵盤を向こうに送らなければなりません。そして修理後またこちらに送ってもらう送料すべて込みで8万円以下なのでした。
鍵盤を外し箱に詰め込む作業は、もちろんアルバートに手伝ってもらわないとできません。彼には時間給で払います。
きっと、最初の段階で、モーヴァン氏にお願いするべきだったんでしょうね。
でも、なんとか安く済ませたい一心だったわたしは、結局回り道をして、その間に無駄なお金を使ってしまったようです。
さて、これでこのカルロス氏のピアノがどう変わるのか、わたしにはもうわかりません。というか、これできっと大丈夫だと思う自信が無いのです。
けれども、カルロス氏のアパートで弾いた、あの時のピアノの音色は、きっといつか必ず戻ってくるはずです。
彼のおかあさんが、目に涙をいっぱいためてわたしの手を握り、「あなたにこのピアノを弾いてもらいたい」とスペイン語で言ってくれた彼女の声を、今でもはっきりと覚えています。
あの部屋の空気の匂い、哀しみの重さ、わたしはいろんなものを引き継いで未来につなげていかなければなりません。
心の中は少しだけダークだけど、全く光のない暗闇ではありません。
雲の合間から見える月や稲光のように、時には淡く、時には鮮やかに輝く光がそこには存在しています。
それは希望だったり楽しみだったり、
とにかくあきらめないで、前に一歩ずつ、たまには後ろに下がってもまた、一歩ずつ進んでいきたいと思います。


そしてこれは今夜。



もうすぐ雷がやってくる、というので、旦那がいそいそと後ろの庭の椅子に座り眺めておりました。
稲光を普通のカメラで撮ろうというのは多分、百年早いのでしょうね。ははは。全く撮れずにスゴスゴと部屋に戻りました。
とうとうわたし、意地を張るのはやめようと決心しました。
去年の晩秋にうちにやってきてくれた『カルロス氏のピアノ』。
彼のアパートで弾いた時は全く感じなかった違和感がずっとありました。
それはきっと、
*長く弾かれていなかったからだ。
*環境が変わって鍵盤の状態が落ち着いていないからだ。
*病気で長い間臥せっていたので、問題があったにせよ、そこまでにいろんなことが至らなかったからだ。
*なによりも、運搬中に破損していたのだから、それが全体に影響しているかもしれない。
などと、ずっとモヤモヤしながらも、自分に言い聞かせながら練習をしてきました。
とにかく、どれだけ押し込んでも、くぐもった音しか出てきません。
スカーンと気持ちのいいフォルテ(強い音)を出したくても出せません。
そのかわり、ピアニッシモ(ごく弱い音)の響きにはそれなりに満足を得ることができます。
でも、弾いている間中感じる、きめ細かい綿でできた壁に囲まれたとても小さな部屋の中で弾いているような、なんとも言えない閉塞感、これにはほとほと疲れてしまいました。
これまでなにもして来なかったのではありません。
まずはとにかく、破損した部分を直してもらいました。そのついでに、ハンマーの部分だけを新しい物に総替えしました。
弦に直接当たるフェルト部分を新しくすると、最初のうちは音が少しこもるのはよくあることなので、きっと時間とともに音が鳴るだろうと思っていました。でも、なにも変わらないまま今に至っています。
調律をしてもらい、キーボード全体の調整もしてもらい(これは1日がかりでした)、そのたびに料金を払ってきましたが、やっぱり変わりません。
その後、アルベルトが練習にやって来て、彼の馬鹿力でガンガン弾かれてしまい、すっかり元の木阿弥に、というより、さらに悪い状態に……。
調律は一気に狂い、高音部の鍵盤のいくつかは叩いても音が鳴らなくなってしまったりしました。
そしてその後、いつも調律をしてもらっているアルバートに来てもらい、これまでのことを話して指導を仰ぎました。
「ボクに言えることは、この鍵盤は多分、覚悟を決めて徹底的に直した方がいいということ。それにはボクは充分ではないので、ある人を紹介したい」
そのある人はマサチューセッツ州に住んでいる男性で、ピアノのキーのことならなんでもござれの技術屋さんなのでした。
これまでどんな悲惨な状態のキーでも、素晴らしい仕事をして直してくれたんだそうな。
でもなあ、これまでもすでに、あれやこれやとお金を費やしてしまっているし、今は夏で仕事が減っていて、それでなくてもタイトな経済……。
どうしよう……。
とりあえず相談だけでもしてみたら?ということで、モーヴァン氏にメールを送ってみました。
すると、『君の用件はわかった。けれども予算を組むにはまず、君の調律師と直に話をしたいので、彼の連絡先を教えてくれ』という返事が返ってきました。
予算が送られてきて、その安さにビックリ?!鍵盤をすべてミネラル・プラスティックという最新のものに張り替え、キーボード全体の調整をしてもらうのですが、そのためにはあの大きな鍵盤を配送するための特別仕様の箱をこちらに送ってもらい、鍵盤を向こうに送らなければなりません。そして修理後またこちらに送ってもらう送料すべて込みで8万円以下なのでした。
鍵盤を外し箱に詰め込む作業は、もちろんアルバートに手伝ってもらわないとできません。彼には時間給で払います。
きっと、最初の段階で、モーヴァン氏にお願いするべきだったんでしょうね。
でも、なんとか安く済ませたい一心だったわたしは、結局回り道をして、その間に無駄なお金を使ってしまったようです。
さて、これでこのカルロス氏のピアノがどう変わるのか、わたしにはもうわかりません。というか、これできっと大丈夫だと思う自信が無いのです。
けれども、カルロス氏のアパートで弾いた、あの時のピアノの音色は、きっといつか必ず戻ってくるはずです。
彼のおかあさんが、目に涙をいっぱいためてわたしの手を握り、「あなたにこのピアノを弾いてもらいたい」とスペイン語で言ってくれた彼女の声を、今でもはっきりと覚えています。
あの部屋の空気の匂い、哀しみの重さ、わたしはいろんなものを引き継いで未来につなげていかなければなりません。
心の中は少しだけダークだけど、全く光のない暗闇ではありません。
雲の合間から見える月や稲光のように、時には淡く、時には鮮やかに輝く光がそこには存在しています。
それは希望だったり楽しみだったり、
とにかくあきらめないで、前に一歩ずつ、たまには後ろに下がってもまた、一歩ずつ進んでいきたいと思います。