杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

松崎晴雄さんの日本酒トレンド講座~2012年鑑評会を振り返る(その1)

2012-04-07 20:50:20 | しずおか地酒研究会

 

 しずおか地酒研究会の春の恒例サロン、松崎晴雄さんの鑑評会講話を4月6日(金)夜、静岡市産学交流センターB-nestで行いました。いつもの飲食がてらの楽しいサロンとは違い、試飲ナシのまじめな座学講座ということで、参加者は少ないんじゃないかなぁと心配したんですが、30名を超える方々にお越しいただきました。

 

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 まだ仕込み作業が片付いていない、本当に疲れのピーク時にもかかわらず、『白隠正宗』『正雪』『杉錦』『喜久醉』の蔵元さんも、参加者全員の手土産用の酒持参で駆けつけてくれました。

 ご家族や職場の友人を誘って来てくれた方も会員もいて、翌朝さっそく「松崎さんの話は何度聞いてもいいなあ、勉強になるなあ」と感想メールをくれた人もいました。やっぱりたまにはまじめな講座もいいなあと自己満足しちゃいました 松崎さん、ご参加のみなさま、本当にありがとうございました。

 

 さっそくですが、松崎さんの講演内容を2回に分けて紹介します。

 

 

 

 

 こんばんは。この時期、毎年、静岡へお招きいただき、熱心に聴いてくださってありがとうございます。

 まず静岡のお酒との出会いからお話しましょう。今から32年か33年ぐらい前、学生時代の合宿で御殿場の『富士自慢』という酒に出会い、すいすい呑んで翌日ひどく二日酔いになったという思い出があります。今思うと静岡酵母の酒ではないかと思いますが、当時、日本酒に興味を持っていろんな酒を飲んでいた中で、非常にきれいで飲みやすく、静岡にもいい酒があるんだと強く印象づけられました。

 

 静岡とのご縁といえば、私の義兄がこの春から静岡伊勢丹に勤務することになり、新たなご縁ができました。静岡のみなさんとは、以前にも増していろいろお会いできる機会が増えることを楽しみしています。

 

 

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 では本題の、今年の静岡県清酒鑑評会のお話から入りましょう。

 お酒の品質コンテスト―鑑評会は、3月中旬から5月にかけ、新酒が出来上がる時期に出来栄えを競うもので、いろいろな鑑評会があります。県単位では3月中旬、東海4県管轄の名古屋国税局鑑評会が4月(現在は秋開催)、最も大きな全国新酒鑑評会が5月下旬に行われます。全国新酒鑑評会では、文字通り全国から1000点近い酒が出品されます。

 

 静岡県清酒鑑評会は、吟醸酒の部・純米酒の部と2つあり、点数を付けて順位を決め、最上位の蔵に県知事賞が授与されます。順位を発表している県はあまり多くなく、それだけに名誉なこととされています。

 

 今年の審査は大接戦でした。通常、全国でも一審(一次審査)→二審(二次審査)ぐらいで決まるのですが、今年の静岡は四審まで行きまして、最後も決戦投票でした。純米酒の部も三審まで行きました。合わせて100点ぐらいの出品酒を、計8審まで行ったわけで、審査員にとってはヘビーな体験でしたが、非常にレベルの高い審査だったと思います(結果はこちらを)。

 

 審査はどうやるのかというと、米や醤油や発酵食品等いろんな食品の審査がある中、酒は、人間のきき酒(=官能審査)だけで決めます。静岡県では11人の審査員が官能審査を行い、各出品酒に1点から3点までどれかを付けます。1が優秀、2が普通、3が欠点あり、というシンプルな付け方で、合計で○点以下のものを二審まで持って行くというわけです

 

 一審の出品酒40数点のうち、通常は半分ほど落ちるところ、今年は10数点しか落ちず、二審、三審も半分以上が残ったため、大接戦になりました。

 今期は寒くて酒造りに適した気候だったということ、昨年秋の米の出来が良かったことなど理想的な醸造環境にあったことも理由に挙げられると思います。静岡だけではなく他県でも同じことですが、とくに静岡の審査は粒ぞろいで甲乙つけがたかったですね。

 

 

 全国新酒鑑評会は今年で100回目という節目を迎えます。戦争中と、主催する酒類総合研究所が東京から東広島へ移転したときを除き、100回続いているんですね。ワインやビールにもコンペティションがありますが、全国規模でやっているコンテストで100回も続いているもの、しかも内容的にも非常にレベルの高い技術コンテストというのは世界でも稀有な存在です。

 

 なぜこのような鑑評会が行われたかといえば、日本酒はかつて税収の柱であり、明治末期頃は税収の3割を占めていました。ただ今と違い、酒造技術や醸造技術は稚拙で、品質劣化がしばしば起き、メーカーにとってはもちろん、税金をあてこんでいる国としても困るということで、国で醸造試験所という施設を造り、レベルアップを図ったのです。ここで始まったのが全国新酒鑑評会で、技術レベルを引き上げ、品質を安定させるということが第一義でした。

 

 

 全国の鑑評会には2つの大きな副産物があると思っています。ひとつは、鑑評会からさまざまな酵母が生まれ、実用化されたということ。

 酒造りの酵母菌は、有名なところで7号酵母、9号酵母等がありますが、ちゃんと1号から、今は18号酵母まであります。酵母を専用に培養している日本醸造協会という業界団体が、実用化した順に番号を付けています。

 

 現在、使われている協会酵母で最も古いのは6号酵母で、大正時代に秋田の「新政」という蔵から出たものです。有名な7号酵母は昭和21年、長野の「真澄」から出たもの。9号酵母は熊本の「香露」から出た香りの高い酵母で、吟醸酒向けにもてはやされました。私たちが現在、イメージする香りの華やかな吟醸酒のイメージは、9号酵母が確立したといってよいでしょう。

 

 

 こういう酵母が発見されたきっかけは、鑑評会で成績の良かった蔵に醸造試験所の技術者たちが調査に行って、酵母に着目したという経緯があります。いい酵母はいい酒になるばかりでなく、安全で失敗の少ない酒造りにつながります。税収確保という面からも、いい酵母を選抜して安全な環境で培養するようになったわけですね。

 

 

 静岡でも昭和61年に全国新酒鑑評会で金賞10点を獲得し、大いに注目を集めました。その年、金賞は全部で120点ぐらいでしたので、静岡県はかなりの割合を占めた訳です。酒どころとしては無名だった静岡県の快挙に、他県の蔵や研究機関は大いに驚き、静岡酵母に着目し、やがて各県の酵母開発に勢いが付き、秋田や長野で独自酵母が誕生しました。長野県ではアルプス酵母という静岡酵母とはタイプの全く違う酵母が造られ、その後、鑑評会で大量入賞しました。香りも味も非常に厚みのある酒に仕上がるんですね。

 

 静岡酵母の香りは、よく、リンゴの爽やかな香りに例えられますが、秋田県が開発した「秋田流花酵母」の酒はパイナップル様といいますか、口中でパッとはじけるようなトロピカルフルーツのような香りで、味も濃密でトロンとした派手なものです。こういう酒が鑑評会でも大量入賞するようになりました。

 派手な香りや味の酒が一世風靡した時期もありましたが、今、ふたたび、静岡タイプのおだやかな酒が復活しつつあるようです。静岡は全体に酒質がおだやかでやわらかい。香りはフレッシュで新酒の時期は硬さもあるんですが、今年はとくに荒さが目立たず、味ものっていた、と思いました。

 

 

 香りの特徴というところでせめぎ合ってきた吟醸酒ですが、このところ味との調和が重視され、造り手の意識も変わりつつあるといえます。呑んで美味しいというのが本来の酒であり、あくまでも“呑める吟醸酒”を目指してきた静岡県の取り組みが、見直されていると実感します。(つづく)


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