杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

中條峰雄先生の回顧展

2010-11-03 09:51:17 | アート・文化

 今日は文化の日。静岡新聞朝刊に、久能山東照宮の国宝指定記念特集があり、『朝鮮通信使』の撮影でお世話になったときのことを懐かしく思い出しました。本殿内部で映画の撮影なんて、国宝に指定されちゃった後なら、なかなか難しかったんじゃないかしら・・・(微笑)。

 

 いずれにしても、静岡の一市民にすぎない自分が、映像の仕事を通して多少なりとも国宝文化財の価値の伝承に関わることができたというのは、大変名誉なことだと思っています。

 

 2007年5月の『朝鮮通信使』完成披露上映会にかけつけ、一番前の席で職人仲間のみなさんと観てくださったのが漆作家で駿河蒔絵師の中條峰雄先生でした。

 先生はしずおか地酒研究会にも入ってくださっていて、お酒の席で楽しい時間を過ごさせていただきました。

 

 朝鮮通信使の完成披露上映会のことは、地酒研会員にも知らせてあって、当日は親しい酒友も何人か来てくれたのですが、中條先生のお姿を最前列で見かけたときは、ちょっとビックリ。「(来るのは)当たり前だよ、僕ら、徳川さんにお世話になったんだもの」と言われ、一瞬、徳川さんってそんな仰々しい名前のスタッフがいたっけ?と的外れな想像をしちゃいました

 

 

 ・・・そう、中條先生のご先祖はじめ、旧駿府城下に住んでいた伝統職人さんたちは、徳川家による静岡浅間神社の改築や久能山東照宮の造営のため、全国から集められた精鋭なんですよね。先生の何気ない一言によって、漆蒔絵、挽物、竹千筋細工など静岡に残る伝統工芸の歴史の重みや、それを担う職人たちの矜持に、心ゆさぶられたものでした。

 

 

 

 

 11月2日から静岡県立美術館県民ギャラリーで、『追悼 中條峰雄回顧展~うるし うるわし 漆の世界』で始まりました。

 

 今秋で早、三回忌。昨年の一周忌には日本平ホテルで心温まる“偲ぶ会”が開かれ、杉錦さんにお願いした記念の純米大吟醸『うるし うるわし 感謝』を、ご縁のあった皆さまとしみじみ味わいました。

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 三回忌は、奥さまの良枝さんの熱意と尽力で回顧展が実現しました。2日初日、さっそく会場にかけつけた私。1976年に日展初入選された『化石譜』はじめ、数々の日展出品や各種展覧会入選作や出品作が並び、一人の作家の、しかも漆蒔絵だけの、大小多彩な芸術表現を一堂に観られるというのは、自分にとっては初めて経験で、本当に見応えがありました。

 

 

 

 

 伝統工芸の世界で見かける蒔絵は、いわゆる大和絵に象徴される花鳥風月がモチーフになっていることが多いと思います。中條先生の作品も、自然の描写を確かなデッサン力でとらえ、ときに写実的で、ときに抽象的な表現をされていますが、一方で驚くほどアーティスティックで現代芸術にも通じるような斬新なデザインもあり、しかも、晩年の作品になればなるほどパワーアップしている。若いグラフィックデザイナーや工芸作家はぜひ観るべきだ!と実感しました。

 

 

 一番心に残ったのは、欅の一木による木地に、羊歯の葉の文様を施した硯箱『欅一木作羊歯蒔絵硯箱』。まず木地のフォルムがなんともなめらかで、「これを一木で彫り上げた職人の技があってこその作品、中條の厳しい注文によく応えてくれたんですよ」と良枝さん。

 外面は漆黒ではなく、欅の木目を活かした赤茶色の漆が施され、蓋をひっくり返すと、中に金粉蒔で描かれた見事な羊歯の葉のデザイン。外からは見せないなんて、日本の職人の奥ゆかしさというのか遊び心というのか、こういう作品こそ“日本代表”として世界に紹介したい!と、またまた激しく心ゆさぶられました。

 

 

 会場の一角では、お元気なころの中條先生が、津軽三味線の臼井さんと久能山東照宮を訪ねるケーブルテレビの番組を流していました。権現造りの鮮やかな本殿とその内部の精密な漆細工の数々を紹介する先生と、画面越しに再会したら、あのとき、「徳川さん」と親しげに呼んだ先生の懐かしい声が、脳裏に甦ってきました。

 

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 国宝に指定された東照宮を、陰ながら支えた職人たちの手仕事の価値。それを今に伝える中條先生の作品も、私にとっては国宝級の価値があると思っています。

 それに、先生のお顔って、こうして改めて眺めていると、天平時代の仏さまみたいなんですよね・・・やっぱり、みほとけから授かった才能を、漆の世界に抽入し、使命を果たし終わって、天に還られたのかしら

 

 

 

 惜しむべきは、先生の大作を展示できる会場が、県立美術館の県民ギャラリーという一般市民用のレンタルスペースしかないという事実。静岡市はあれだけ立派な美術館を駅前に造ったのに、静岡市民有形の資産であるこういう作品を扱う予定はないとのこと。静岡の文化レベルってそんなものか・・・とちょっぴりガッカリです。

 

 

 なお、中條先生の回顧展は、静岡県立美術館県民ギャラリーにて、11月7日(日)まで開催中です。東照宮国宝指定の記念の秋、ぜひ足をお運びください。