「ウォンテッド」 (2008年・アメリカ)
ティムール・ベクマンベトフ監督のハリウッド進出第一作は、予想を超えるアクションと展開の妙味に酔える娯楽大作だった。前二部作(「ナイトウッォッチ」、「デイウォッチ」)で披露した斬新な映像マジックは、ハリウッドの潤沢な資本と人的資源を得て、さらなる磨きがかかった印象。原作はマーク・ミラーによる同名のグラフィックノベルだが、パンフレットに寄せられた光岡三ツ子氏の解説によれば、世界観、展開ともに大幅な変更が加えられ、原作とはまったくの別物になっているようだ。たしかにアメコミの洗礼を受けたとはいえ、世界秩序の維持を目的に、可視的世界の裏側で繰り広げられる異能の人間たちの暗闘を描く点では、前二作の系譜を受け継ぐ作品といえるかもしれない。人物設定や組織と世界のかかわり、不可視世界の描写などにも、「ナイトウォッチ」シリーズの痕跡が見てとれて、シリーズのファンならば思わずにやりとするシーンも少なくないだろう。
物語の主人公は顧客管理を担当する冴えないサラリーマン、ウェスリー・ギブソン(ジェームズ・マカヴォイ)。同僚に恋人を寝取られ、不愉快な職場でストレスを溜めこんだ彼はパニック障害に悩まされる毎日。ある日、常用の薬を買いに出かけた薬局で、彼は突然、見知らぬ男の銃撃を受ける。応戦する刺青の美女、フォックス(アンジェリーナ・ジョリー)に助けられ、壮絶なカーチェイスの末にたどり着いたのは、とある紡績工場。そこで彼は、スローンと名乗る男(モーガン・フリーマン)から、秘密組織「フラタニティ」と自身の血の秘密を知らされる・・・・・・。
織り布に秘められた暗号に神の意思を見出した機織り職人たちによって、1000年の昔から実践されてきた“正義の暗殺”は、異能の血筋に生まれたウェスリーに受け継がれることになる。組織の面々によるしごき同然の特訓で、彼がダークヒーローとしての本来の姿に生まれ変わる過程は、よくあるハリウッドのSF大作シリーズを彷彿させる。しかし残念ながらこの主人公は、世界を救うという崇高(かつ大仰)な目的に目覚める前に、父親の敵で組織の裏切り者だと聞かされるクロスという男(トーマス・クレッチマン)との対決を強いられることになる。実はそこに観客の予想を覆す真実が隠されており、ウェスリーがいまだ万人のための“輝けるヒーロー”になり得ないもどかしさの秘密がある。正統派ヒーローの活躍を望む観客の中には、(ご都合主義的アクションシーンや人命軽視の演出ともども)こうした話の展開に首をかしげる方もいるかもしれない。ただ、あくまで娯楽映画として割り切るならば、ダメ男が悩める超人へと成長する物語には観客の感情をくすぐる何かがあるのもたしかである。
本作にはベクマンベトフ監督の前二部作で主演を務めたコンスタンチン・ハベンスキーが、組織の一員(ロシア人という設定だ)として登場するほか、蚊を使った監督お得意の“異界”の表現が、ハエの羽を撃ち落とす不可視領域のシーンに応用されている。お家芸ともいえる車の回転シーンも健在だ。しかし何より前二作の特徴を色濃く受け継いでいるのが、“現実世界から大きく乖離したまま”ひたすらわが道を突き進むアクション・ファンタジーである点。これを受け入れられるかどうかが、作品の好悪を決める分かれ目かもしれない。ロシア時代には規制によってほとんど使えなかった銃器での戦闘シーンをこれでもかというほど盛り込んだあたりに、ハリウッド進出に小躍りしている監督の顔が透けて見えるようだ。
満足度:★★★★★★★★☆☆
<作品情報>
監督:ティムール・ベクマンベトフ
脚本:マイケル・ブラント/デレク・ハース/クリス・モーガン
原作:マーク・ミラー/J.G.ジョーンズ(作画)
出演:ジェームズ・マカヴォイ/アンジェリーナ・ジョリー/モーガン・フリーマン
トーマス・クレッチマン/コンスタンチン・ハベンスキー/マーク・ウォーレン
<参考URL>
■映画公式サイト 「ウォンテッド」
■関連作品情報 「ナイト・ウォッチ」公式サイト
■関連作品情報 「デイ・ウォッチ」公式サイト
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「ナイト・ウォッチ」レヴュー非常に興味深く読ませていただきました。
わたしはハリウッド製アクション映画の世界はほとんど知らないのですが、今回のこすもさんのレヴューで興味がもたげ始めました。誠にありがとうございます。
■組織の面々によるしごき同然の特訓で、彼がダークヒーローとしての本来の姿に生まれ変わる■
これはあたかも「仮面ライダー」(初代)を連想させられてしまう展開です。仮面ライダーもショッカーによる改造と特訓で生まれたヒーローです。
■ウェスリーがいまだ万人のための“輝けるヒーロー”になり得ないもどかしさ■
「仮面ライダー」(初代)も当初は「ショッカーへの復讐」のために戦うダークヒーローでした。
「ヒーロー」というものはこの前の「ダークナイト」と同様に暗い影を背負ったものであるのかもしれないですね。
それではおやすみなさいまし~♪
>あたかも「仮面ライダー」(初代)を連想させられてしまう展開
あ、そうでしたね。けっこうヒーローものには特訓で始まる話が多そうですね。
「スターウォーズ」のルーク・スカイウォーカーが
オビ・ワンからフォースの特訓を受けるのを思い出します
>「ヒーロー」というものはこの前の「ダークナイト」と同様に
>暗い影を背負ったものであるのかもしれないですね。
陰影の効果というのでしょうか。暗さによってヒーローの輝かしい一面が
いっそう浮き彫りになるのかもしれません。一種の通過儀礼ですね。
それではまた~
今日は、もう公開も終わりかけですが、、「ウォンテッド」の記事です☆
本作のベクマンベトフ監督は、「ナイトウッォッチ」「デイウォッチ」で、新感覚&衝撃的な映像を産み出した人なんですよね、、
DVDの予告編で、「デイウォッチ」の方を見ましたが、わ~っ!斬新!と感じるシーンの連続で面白そうだな、と思いました。
masktopiaさんは、どちらもご覧になってるんですね。
アドバイスどおり、「ナイトウッォッチ」の方から読ませてもらいました。
こちらも期待大!ですね~。ロシアから、こういうタイプのアクション映画でクリーンヒットが出る、というのが本当に驚きです。
日本の「どろろ」とか、何とかならんもんですかね(笑)。。
「ウォンテッド」をアクション・ファンタジーと表現されているのは、上手いな~と思いました。
ホント、ぴったりくる言い方ですね。
「ウォンテッド」ご覧になったのですね!
初のハリウッド進出ということで、どんな映画になるかと思ったのですが、
ロシアでのウォッチ・シリーズのような、B級色たっぷりの作風とは少しちがって
アメリカの観客を意識した作りに仕上がっていたと思います。
前2作には悪評もけっこうあったので心配でしたが、
まずまずの作品でよかったです。
個人的には「ナイト・ウォッチ」のほうが出来はいいと思います。
続編の「デイ・ウォッチ」はやや独りよがりで、ストーリーが分かりづらくなっています。
なので、もしご覧になるのでしたら1作目のほうをぜひ☆
「どろろ」は原作のファンなのですが、まぁ、あれは仕方ないかなと(笑)