MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

囲炉裏端の Mozart

2010-12-04 00:00:00 | 私の室内楽仲間たち

12/04 私の音楽仲間 (239) ~ 私の室内楽仲間たち (213)

            囲炉裏端の Mozart




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 貴方はピアノを弾かれますか?

 ピアノは、両手で演奏する楽器ですね。



 両手で弾くのは、別にピアノに限りません。 私の演奏する
弦楽器はもちろん、木管、金管楽器、ほとんどの打楽器、また
ハープもそうです。

 ハープと言えば、足を使う楽器もありますね? オルガンの
諸々、それにジャズやロックで人気者のドラマーも。

 変わり者では、片手だけで済むものが。 一部の打楽器で、
片手カスタネット、木魚、鞭、音叉、チャイムなど、楽器を手で
持つ必要が無いものです。



 そう考えてみると、両手を使う楽器がほとんどとは言え、その
役割は均等ではありませんね。

 両手が均等な機能、役割を担う楽器としては、やはり鍵盤楽器
が代表的です。 違うのは、主に音の高さ。

 動きの目立つ高音部が右側にあるのは、やはり右利きの人間
が多いからでしょう。 速くて細かい、精密な動きには、確かに
利き腕の方が有利です。




 ただしご存じのように、低音部の役割は、時代とともに重要度
を増していきます。 単純にリズムや、和声の根音を刻むだけ
だった左手は、右手と対等な動きを要求されるようになります。

 これに連れて、管弦楽でのチェロ、コントラバスにも、同じこと
が起こりました。



 ほとんどの作曲家は、まずピアノの前で作曲し、それを後から
編曲 (orchestrate) するわけですから、これは当然とも言えます。
自分の左手がある程度動けば、後はそれを音符に書き留め、
ほぼ自動的にチェロ、バスに移せばいいのですから。

 Haydn、Mozart の管弦楽曲の低弦は大変! 「ヴァイオリンと
同じ事をやらされるんだから、かなわないよ…。」 そんな仲間の
嘆きを、何度耳にしたことでしょうか。


 

 そしてこれは、弦楽四重奏などの分野でも同じです。 ピアノ
の左手に当るチェロは、名手たちの登場により、歌う楽器として
の可能性が、徐々に注目されることになりました。

 これを見た作曲家たちの心には、新たなアイディアが生まれ、
演奏者に要求される難度も、相乗的に増していきました。




 Mozartの弦楽四重奏曲の中に、『プロシャ王四重奏曲』とし
て親しまれているものがあります。 曲を献呈した相手は王様。
チェロの腕前が "玄人はだし" だったことで有名です。

 彼のこれ以前の四重奏曲とは、作風にも差がありますが、特
にチェロの活躍する機会が多いのが、やはり目立ちます。



 それ以前の作品、特に "ハイドン セット" までは、チェロの
役割は限定的。 たまに重要なモティーフが現われても、その
順番は最後です。 まず ViolinⅠ。 次いで ViolinⅡ か Viola。
しばらくしてチェロ…という順番です。

 と言っても、「単なる "付け足し" として扱われている」のでは
ないようです。 「トリを務める」、「真打登場」とでも言えるような、
大事な "締め" の場面に用いられています。 機会は少ない
ながら、言わば "リザーブ" でしょうか。

 ただし、"ソリスティック" には聞えません。 動くのも、中、低
音域です。




 ところがこの『プロシャ王』では、一気に高音域が目立ちます。
「愛好家の王様の演奏に接し、楽器の可能性が広いのを目撃
したからだ」と言えるかもしれません。

 少なくとも、Mozart の抱く "チェロのイメージ" が変わったの
は確かなようです。



 それも、単に "ソリスティック" なだけではありません。 「他の
三つの楽器と対等になった」、あるいは、「楽曲全体の構成にも
変化が現われた」とさえ言えます。 事実、この『プロシャ王』の
三曲では、各楽器の対位法的な扱い、独立した動き、かけあい
などが多くなっています。

 このうち対位法的傾向は、直前の "Hoffmeister" 四重奏曲で
も見られます。 作曲年代には開きがありますが。
      → 関連記事『付き合いの悪いチェリスト



 そうしてみると、この "作風の変貌" は、何も弦楽四重奏曲に
限らないのかもしれません。

 三曲の『プロシャ王』は、亡くなる前年 (1790年) の作品です。
その一年前には、あのクラリネット五重奏曲が生まれ、また
亡くなる年には最後のピアノ協奏曲変ロ長調や、クラリネット
協奏曲
が残されています。

 いずれも「心の内を親密に語りかける」ような落着いた響きに
包まれ、きらびやかさ、技巧の誇示などとは無縁の作品です。



 それが窺えるのは、楽器の扱いだけではありません。 Mozart
自身の筆致の、あちこちから感じられるように思います。

 この前後からは、弦楽四重奏曲と並行して五重奏曲への傾倒
が見られます。 そのことは、この場でも何度か触れてきました。
事実、彼の最後の室内楽曲は、弦楽五重奏曲 (変ホ長調) です。




 楽器同士の "親密な語らい" を望んでいたと思われる
Mozart には、プロシャ王との出会いは格好の刺激と
なったことでしょう。

 あるいは何しろ "Mozart" のこと。 出会いは、単なる
口実に過ぎなかったのかもしれません。 自己の内面を
ありのままに吐露するための、ほんのきっかけとして。




 プロシャ王四重奏曲 ニ長調 K575 は、三曲のうち
最初の曲に当ります。



各楽章の速度表示を見ると、"Allegretto"、"Andante"、
"Allegretto"、"Allegretto" です。 速くてもせいぜい
Allegtetto。 遅いと言っても "Andante 止まり" です。
明るい響きのニ長調でありながら、「全体が落着いて
均質に聞える」一つの原因かもしれません。



 ちなみに他の二曲には、Allegro や Larghetto があります。

 しかしいずれにも、Presto や Vivace はありません。
 
      → 関連記事『Vivace は速いのか




 私もこの曲に何度か触れる機会がありました。 つい
最近も。

 メンバーは、Violin が私、M.S.さん、Viola Sa さん
そしてチェロの Sa さんです。



     [音源ページ ]  [音源ページ




 譜例は第Ⅱ楽章 "Andante"、3/4拍子の、17小節目からの
部分です。



 これに先立つ冒頭では、まず二つの Violin のオクターブ進行
で、テーマが現われます。

 8小節のテーマがもう一度繰り返され、そのまま終るのかと
思うと…。 今度は Violaチェロが受け継ぎます。 やはり
オクターブで。







 これに次いで新しく始まったエピソードは、一つずつの楽器の
ソロ
です。 まず Vn.Ⅰ、それからチェロ、Vn.Ⅱ、Viola。 そして
また、Vn.Ⅰ、チェロ…。 最初は各2小節ずつです。



 各楽器はここでは完全に対等。 同じ一つの話題について
語り合っています。

 さしづめ、「囲炉裏を囲んで思い出話」と言ったところでしょう
か。 飲み物は、お酒よりお茶が似合うようですね。



         第Ⅱ楽章冒頭部分の演奏例


(譜例の前の16小節間は、8小節に短縮して編集してあります。)