若島津はチームドクターと別れ、タクシーに乗り込むと、知らずため息をついた。
渡された書類一式を入れてある鞄が、やけに重く感じる。
今季の試合、若島津はどこか本調子ではなかった。自分の動きに納得行かないまま迎えたリーグ終盤に、それは起きた。
相手チームとの激しい接触。脳震盪を起こした若島津だったが、すぐに気が付き、大事には至らなかった。
だが、それから肩に違和感を感じるようになった。
その内にこれは不味いと思う痛みが走った。痛みで肩が上がらない。
チームドクターに連れて行かれた、病院の診断は、肩腱板断裂との事だった。
幸いリハビリ療法と投薬で、なんとかなりそうだったので、チームとの話し合い後、途中から欠場して治療に専念した。
そしてもう大丈夫かと思った頃、担当医からチームドクターと共に来るように指示があった。若島津は復帰後の注意点と来季リーグが始まるまでのリハビリ療法を、チームドクターに申し送りするのだと思っていた。だが医者が申し訳なさそうに言ったのは、正反対のことだった。
「若島津さん、この2ヶ月間リハビリ療法と投薬で治療してきましたが、状態が芳しくないです」
「えっ?」
「一般生活レベルなら、この状態でも問題はありません。ですが若島津さんはプロのゴールキーパーです。このまの状態で試合に出る事は、選手生命を縮める事になります。なのでキチンと治療した方がいいと思います」
方法としては手術をして、切れかけている腱をつなぐというものだった。
その後手術の説明を受け、病院を後にした。
もう復帰できると思っていただけに、医者の言葉はショックだった。
手術をすれば、専用の器具を約4ヶ月はめたままでいなければならない。それからゴールキーパーとして使えるようになるまで、更に数ヶ月かかるだろう。そうなれば来季の出場は絶望的だ。
だが今のままでは遠からず、キーパーとして使い物にならなくなってしまう。であるのなら、まだ回復が早い今のうちに、手術をした方がいいと思われた。
同席したチームドクターも同じ意見だった。
若島津は再びため息をついた。
チームに連絡して、話し合わなければ。
詳細はチームドクターの方から話してもらえるが、今後のことがある。
戦力外通告を受けるだろう事は予想内だが、来季契約への交渉が始まろうかというこの時期、下手したら解雇通告を受けるかもしれない。
「とんだ誕生日プレゼントだな…」
今日が29日だと気が付いた若島津は、やり切れない思いを、ため息と共に言葉に乗せたのだった。
マンションに着いたのは午後3時過ぎだった。朝イチで病院に行ってこの時間まで飲まず食わずだったが、若島津に食欲は無かった。
もうため息しか出ない…
そう思いながら玄関の戸を開けた若島津は、たたきに靴があるのを見つけた。
凝視する。
見覚えのあるそれは…
若島津は慌ててリビングへと向かった。
「日向さん!」
「よう、若島津。おかえり」
そこにはイタリアにいるはずの日向が居た。
「な、んで…」
状況が把握できていない若島津が、狼狽えて呟くのに、日向はニヤリと笑った。
「泣き言ひとつ言わない、意地っ張りな恋人に、会いに来たに決まってんだろ?」
「っ…!」
思わず持っていた鞄を投げ捨てて、日向に抱きついた。
自分の胸に迎え入れた日向は、ギュッと背中にしがみつく若島津を、同じ様に抱きしめ返した。
「あんた…、なんで、なんでこんなタイミングで…っ!」
「お前の誕生日だからだろ」
日向の肩に顔を埋めたまま、そう呟く若島津の冷えた髪を、ゆるりと撫でる。
「日向さん…」
日向はまだ手術のことを知らない。だから来たのは、試合を欠場してまで、肩の治療をしている自分を心配してきてくれたのだろう。
でも、それでもこの不安を抱えている今、日向が側にいてくれる事に、張り詰めていた気持ちが、我慢し切れなくなっていた。
感情が抑え切れず、泣き出しそうだ。
潤んだ瞳で日向を見れば、色を滲ませた日向の瞳とぶつかる。
そっと自分から口付ける。
「若島津…」
官能を呼ぶ日向の低い声。
若島津は不安を覆い隠すべく、日向を求めた。
「あっ……っ」
夕闇の落ちる中、中途半端な体勢で日向からの口付けを胸に受け、若島津は体を震わせた。
「んっ…」
鎖骨の下にピリッとした痛みが走り、日向が口付けの痕を残したのだと知る。
「もっと…もっと強く付けて…」
荒い呼吸に途切れながら、若島津は乞うた。
「あんたと一緒に、いるんだって、思えるくらい…」
帰ってしまっても、この不安に立ち向かえる勇気が欲しい。
溢れそうに目尻に溜まった涙もそのままに、切望する若島津は余裕がないように見えた。
「いいのか?」
「いい…っ、おねが、い、っぅ」
日向の吐息を耳で受け、若島津の腰がビクリと跳ねる。
薄闇に上気したした肌。切な気にすがめられた瞳。
壮絶なまでの色香を目の当たりにして、日向が息を詰める。
「くそっ!」
唸るように日向は吐き捨てると、若島津の肌に噛み付いたのだった。
「…そうか…」
嵐のような激情が去った後、二人はベッドの中で抱きしめ合っていた。
そこで若島津は今日の事を話した。
「お前としてはどうしたいんだ?」
「俺は…」
肩にメスを入れるのは怖い。本当に痛みがとれるのか、自分が望むように動くようになるのか…
「本当のことを言えば、怖い、です…でも…」
若島津はふいっと顔を上げて、日向を見た。
「このまま、キーパーを続けられなくなるのは嫌だ」
ふっと日向は笑った。
「んじゃ、お前の中で覚悟は決まってるんだろ?お前はキーパーでいたいんだろ?」
そうだ。戦力外とか解雇通告とかそんなものよりも、キーパーでいられなくなるのが嫌だ。
「俺が日本に帰ってくる時、お前は俺のキーパーでいてくれるんだろ?」
日向の言葉に、コクリと頷く。
今はイタリアにいる日向だが、遠からず日本に帰ってくる。
その時に自分は、日向のキーパーでありたい。
それは何よりも捨てられない、若島津の思いだった。
「大丈夫だ。お前はやれるよ」
チュッと指に口付けられる。
その手を握り返し、若島津は大きく頷いたのだった。
「そう言えば、まだ言ってなかったな」
やっと気持ちが凪いで、微睡み始めていた若島津は、その言葉に重くなった瞼を上げた。
「誕生日おめでとう、若島津。お前が生まれてきてくれて良かった」
愛してるよ
そう囁く日向の声を子守唄に、若島津は笑みを浮かべて、目を閉じたのだった。
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こんばんは〜!まれ助でございます!
ギリギリセーフ?セーフ?
日向誕が終わらず、中途半端なことになってますが、今日は我らが若島津の誕生日!
おめでとう!おめでとう〜!
今年も日向さんをプレゼントです!
思いっきり甘えちゃってください♡
毎年のことですが、12月最後の3日間は仕事柄怒涛のように忙しいです(T ^ T)
若島津のためのケーキも買えなかった…_| ̄|○
さてさて、今年の投稿はこれで最後です。
お馬さんが来年になってしまって、本当にすみません(^◇^;)
来年、頑張ります!
それではみなさま良いお年を〜!
今年一年、まれ助堂を気にかけていただき、ありがとうございました!
まれ助拝