思い出シリーズです。前回はこちら
長男は1才から保育園に入りましたが、
当時から気分のムラが激しかったと思います。
朝のお別れでは他の子が半年ほどで慣れる中、
長男はいつまで経っても、確か年長の初めまでの4年間泣きました。
また、行事や参観で私をみると愚図り出します。
甘えが出ていたのでしょうが、ほとんどの子がきちんと出来るのに
(なぜなんだろう?)という疑問でいっぱいでした。
イス取りゲームのことは忘れられません。
音楽が流れ、みんながイスの周りをグルグル回るのに
長男だけは私のところへ寄ってきて泣いています。
「行っておいでよ」と言っても離れません。
しかし音楽が止まると…
ものすごい勢いでイスめがけて走ってゲットします。
そして音楽が流れ始めると…
また泣きながら私のところへ戻ってきます。
音楽が止まると…この繰り返しで最後の4人まで残りました。
この話を私の母にすると大ウケでした。
行事で私が行くと不機嫌になるのは小学校に入ってからもしばらく続きました。
小1の4月に保護者参加のミニ運動会があって、二人三脚で私も参加しました。
この時、頭がひじにぶつかったか何かで機嫌を損ねてしまい、
その後のドッチボールや玉入れに全く参加しませんでした。
小学校に入って初めての行事がこれで、悲しくて悲しくて、
私も夫もショックは隠せず、家まで帰る道も帰ってからも、
お通夜のように無言でした。
保育園の頃にもし長男が発達障害であることに気づいていれば
もっと適切に接して、何か能力を見つけ伸ばしてあげることができたのだろうか。
しばしば考えます。
でも親だって生身の人間ですから、気分のムラで当り散らされるのを
障害があるからといって100%受け入れられるかと聞かれれば『NO』です。
ADHDの母というのは、希望と挫折の繰り返しで、親にとっても人生の修行です。
今もまだ修行中の身、ADHD児の母として半人前にも満たない私です。
当時の私は発達障害のことを知りませんでしたが
保育士さんも気付いていなかったと思います。
それは、他害がかなり激しいD君という男児がいて
長男も扱い辛いですがD君の陰に隠れていたのではないかと。
後からD君ママに聞いた話では、
保育園の時点でADHDと診断され年長から薬を飲んでいたそうです。
未就学児には効果が表れにくく薬の効果が出るまで1年かかり、
小学校からは別々でしたが、暴力的な部分はだいぶ落ち着いたとのことでした。
しかし、中学でまた同じ学校になって、悲しいことに不登校です。
数年ぶりにD君ママを見かけたときは激やせしておられました。
「神様は乗り越えられる試練しか与えない」「神様に選ばれた」
このような言葉を発達障害児の親に投げかける人がいます。
またはもっと重い障害のお子さんを引き合いにまだマシでしょうと。
良かれと思ってのことと理解はできますが…
そんなこと言われたくないのが本音です。
少なくとも定型児の親に言われたくないと私は思ってしまいます。
子どもがADHDだからといって苦しいことばかりではありません。
もちろん人並みに楽しいこと、幸せなこともあります。
ですが、圧倒的に親の負担は多く将来の不安は尽きない。
現実と向き合ってる親からすれば酷な言葉なのです。
クリック励みになります。
ポチッと応援お願いします。
↓ ↓ ↓
つづきは 窓から飛び出てサッカー
長男は1才から保育園に入りましたが、
当時から気分のムラが激しかったと思います。
朝のお別れでは他の子が半年ほどで慣れる中、
長男はいつまで経っても、確か年長の初めまでの4年間泣きました。
また、行事や参観で私をみると愚図り出します。
甘えが出ていたのでしょうが、ほとんどの子がきちんと出来るのに
(なぜなんだろう?)という疑問でいっぱいでした。
イス取りゲームのことは忘れられません。
音楽が流れ、みんながイスの周りをグルグル回るのに
長男だけは私のところへ寄ってきて泣いています。
「行っておいでよ」と言っても離れません。
しかし音楽が止まると…
ものすごい勢いでイスめがけて走ってゲットします。
そして音楽が流れ始めると…
また泣きながら私のところへ戻ってきます。
音楽が止まると…この繰り返しで最後の4人まで残りました。
この話を私の母にすると大ウケでした。
行事で私が行くと不機嫌になるのは小学校に入ってからもしばらく続きました。
小1の4月に保護者参加のミニ運動会があって、二人三脚で私も参加しました。
この時、頭がひじにぶつかったか何かで機嫌を損ねてしまい、
その後のドッチボールや玉入れに全く参加しませんでした。
小学校に入って初めての行事がこれで、悲しくて悲しくて、
私も夫もショックは隠せず、家まで帰る道も帰ってからも、
お通夜のように無言でした。
保育園の頃にもし長男が発達障害であることに気づいていれば
もっと適切に接して、何か能力を見つけ伸ばしてあげることができたのだろうか。
しばしば考えます。
でも親だって生身の人間ですから、気分のムラで当り散らされるのを
障害があるからといって100%受け入れられるかと聞かれれば『NO』です。
ADHDの母というのは、希望と挫折の繰り返しで、親にとっても人生の修行です。
今もまだ修行中の身、ADHD児の母として半人前にも満たない私です。
当時の私は発達障害のことを知りませんでしたが
保育士さんも気付いていなかったと思います。
それは、他害がかなり激しいD君という男児がいて
長男も扱い辛いですがD君の陰に隠れていたのではないかと。
後からD君ママに聞いた話では、
保育園の時点でADHDと診断され年長から薬を飲んでいたそうです。
未就学児には効果が表れにくく薬の効果が出るまで1年かかり、
小学校からは別々でしたが、暴力的な部分はだいぶ落ち着いたとのことでした。
しかし、中学でまた同じ学校になって、悲しいことに不登校です。
数年ぶりにD君ママを見かけたときは激やせしておられました。
「神様は乗り越えられる試練しか与えない」「神様に選ばれた」
このような言葉を発達障害児の親に投げかける人がいます。
またはもっと重い障害のお子さんを引き合いにまだマシでしょうと。
良かれと思ってのことと理解はできますが…
そんなこと言われたくないのが本音です。
少なくとも定型児の親に言われたくないと私は思ってしまいます。
子どもがADHDだからといって苦しいことばかりではありません。
もちろん人並みに楽しいこと、幸せなこともあります。
ですが、圧倒的に親の負担は多く将来の不安は尽きない。
現実と向き合ってる親からすれば酷な言葉なのです。
クリック励みになります。
ポチッと応援お願いします。
↓ ↓ ↓
つづきは 窓から飛び出てサッカー
ADHD児は、皆こうなの?
うちも私から離れませんでしたねー…。
大変でしたよ。
そしてわざわざ仕事休んで行った行事で、ちょっとしたことで不機嫌になり、参加せずの繰り返し。
なんでこの子はこうなんだろう?って怒ったこともありました。
お母さん仕事休んで来たのに参加しないなら、来なきゃよかった!と。
あの時よ障害なんて発想もなく、先生すら言ってくれなかった。
一時、よそのお母さんに怒られた時に「障害あるんじゃないですか!?」と言われたけど、そんな怒鳴られた状態で(しかもそこまでのことをしていない)素直にそう思えるはずもなく…。
違う人に違う言い方で言われてたら、もっと早く認識&ケアできたのかな?
とにかく、私も毎回「今回こそは」という期待と、「やっぱり行かなければ良かった」の後悔で終わるような憂鬱な思い出多いです(笑)
お互い子育て苦労しましたね^^;
長男がADHD(軽い症状)と診断され、あちこち情報を探していてたどり着きました。
過去記事も全て読ませていただきました。
今、うちの子は小学3年生です。
コンサータ服用中で、とにかく薬が効いてるあいだは凄く普通の子なのに、薬の効いていない朝はギャップがひどく、「なんで?どうして?声が届かないの?こんなにひどかったっけ?いつになったらできるようになるの?どうして歌うの?どうしてしゃべってばかりなの?」毎朝苦痛です・・・。(痺れ切らして怒鳴ってしまいます・・・)
長男はトラブルはあまりないし、機嫌が悪くなることもそうそうひどくないのですが、cobcobさんの長男君と同じように、やる気なし、怠けてるようにしか見えず、将来がとっても心配です。
3月生まれの早生まれというのもあり、周りからは「そんなのどこも同じだよ~」とか、色々言われるのですが、全く違うから!
やっぱり同じような子供を持つ親でないとわからないと思い、さ迷ってました。
毎日ブログ拝見しています。
お互い、頑張りましょう!!
ここにも、同じ気持ちで一生懸命な母が一人います!
ちなみにうちの場合は、誰からも指摘されず、ネットで「
忘れ物 なくしもの 小学生」等のキーワードで検索して、初めて発達障がいという言葉を知りました。
もっと早く気づいてあげてれば、その言葉を知っていたら・・・後悔も多いです。
長男君、ママの所に行きたい気持ちとイスを取りたい気持ちとが交錯している様子が可愛いですが、親としては気になりますよね。
うちはアッサリしたタイプで分離は出来ましたが、音に過敏だったり注意欠陥行動やお友達とうまく遊べないなど特徴が多くあり、園長に毎日のように「ここが普通の子と違う!」と指摘され早期療育を勧められました。
子供なら誰でもするような悪戯をしても全部発達障害に結びつけられるなっちゃんが可哀想で私も深く傷つきました。
園長があまりにうるさいので仕方なく2歳半から療育を始めて良い事もありましたが、傷ついた気持ちは消えません。
落ち込む私に「私も3人の子の親ですからあなたの気持ちは分かります」と優しく言われた時もありましたが「あなたの子は健常だから私の気持ちなんかわからないでしょう?」と思いました。
本当に健常の子の親には言われたくないです(>_<)
今日も長々とすみません。
私はいろんな障がいのお子さんと接しますが、お母さんが一番大変なのは、ADHDのお子さんを持つお母さんじゃないかと思います。
生活するうえで、気分のムラ、衝動的な行動というのは
精神的負担が本当に大きいと思うんです。
見た目が普通だと、社会での理解も少ないというか、ほとんどないし、社会的支援もなく、将来が不安になる・・・
まずは教育に携わる方にもっと勉強してもらいたい気持ちでいっぱいです。
健常の子を持つ親ですが、応援しています。
保育園での指摘は地域にもよりますよね。
うちの地域は療育センターの活動が手厚く、就学前に何か変わった事がある子はすぐ紹介されて、親が悩んでいるなら全員療育を受けられて18歳まで相談に乗ってくれます。
隣の地域は知的障害が無ければ何もサポートが無いそうなので随分違うと思います。
うちの子は割といつも機嫌が良いんですが、昨年は私が学校に行くと嬉しいのか?ニコニコ笑いながら突進してきて体当たりをしたり、飛びかかってきて「大好き!」と抱きついたりポカポカ叩いてきたりしました。
一度尻餅をついてしまった時があり、危ないのでやめるように言い聞かせて、私が学校に行く時には予告と抱きついてきたりしないように言うのを繰り返して今はしなくなりましたが、私が妹を連れていると妹を叩いたりするようになりました。
何かしらしないと気が収まらないようで、困るやら呆れるやらです(-"-;)
cobcobさんは学校に行った時に息子さんが不機嫌になった時はどんな対応をされましたか?
是非教えてくださいo(^-^)o
ひとたび機嫌を損ねたら態度に出さずにいられないんでしょうね。
楽しみにしてた行事で毎回こんな態度を繰り返されると保育園や
学校へ行くことすら苦痛になりますね。
楽しそうに参加してる他の親御さんをみると惨めで情けなく、
悲しいに尽きます。
そのお母さん、言い方が酷すぎますね。
お子さんはたまたま運よく発達障害がなかったのでしょうが、
そんな言われ方をして私だったら何年経とうが
事実であろうが心の傷は消えないし表面上はニコヤカにしていても
許すことができないと思います。
外部の心無い批判や無神経な言葉はADHD児を育てる上で
もっとも心が折れる要因になっていますね。
過去記事まで読んでいただいてありがとうございます。
小学4年生くらいまでがADHDのピークで今一番辛い時期ですね。
うちも朝が一番気難しくて、薬の効果が出ていないから小学校の間は毎朝バトルになってました。
だって時間と言う観念がないんですもの。これは今も同じです(><)
>やっぱり同じような子供を持つ親でないとわからないと思い、さ迷ってました。
分かります!ADHDの親じゃないとこの苦悩は共有できませんね。
当時は私の気持ちを理解してくれる人なんてどこにもいないと孤独でした。
ブログ村に、ADHDカテゴリがあることを知って
そこから色んな人のブログを読んだり自分も参加することで随分救われました。
同じように一生懸命頑張っている方からメッセージ励みになります。
そうですね。頑張りましょう!!
ADHDは衝動性からの突拍子もない行動で
他人に謝る回数が尋常なく多いような気がします。
私はこの人に頭を下げる行為が重なるほどに心が蝕んでいきました。
>まずは教育に携わる方にもっと勉強してもらいたい気持ちでいっぱいです。
ぐるこさんのような方にそう言っていただけると有難いです。
愚痴を書き連らねているブログですが、
ADHD児の母親の気持ちを色んな方に知ってもらいたいという
思惑もあって更新しています。どうか分かって!という心の叫びですね。
ぐるこさんのように理解してくださる方ばかりだと
発達障害児の親の苦痛も和らぎます。ありがとうございます。
私は去年、疑いを持ってることを園の担任に話したばかりに、色眼鏡で見られ、
次男に悪いことをしたと後悔しました。
>落ち込む私に「私も3人の子の親ですからあなたの気持ちは分かります」と優しく言われた時もありましたが「あなたの子は健常だから私の気持ちなんかわからないでしょう?」と思いました。
同じようなことを言われたことがあります!
この言葉傷つきますね。私は今も引きずってどうしようもなくなる時があります。
発達障害がある子とない子の子育てを絶対同列には語って欲しくないですね。
なっちゃんの地域は療育が充実しているんですね。羨ましいです。
うちの地域は自閉症や知的に遅れがある子には療育があるんですが
ADHD児にはないんです。しかも小学校低学年の間、あれだけ学校や
市、病院に相談しまくったのに、通級の案内すらもらえませんでした。
その部分は今なら改善してると思いますが。
長男が不機嫌になった時、成す術はなく…機嫌の悪いままにしてました。
声をかけても全く耳に入らないし、叱ったら逆効果でさらに大変です。
でもしばらく放っておくと忘れたようにケロッと話しかけてきました。
妹ちゃんを叩いたりするのは困りますね。
ただこれは、衝動性がくる行動だと思うので、もう間もなく治まるかもしれませんよー
長男は小5から衝動性がぐんと減りました。女の子は男子より随分早いんじゃないかと。
ごめんなさいね。参考にならないかも^^;
まさに6年間のうち5年間は毎朝泣き叫んでました。
参観日の後は疲れ方がハンパなく寝込んでたし、たまに参観後のランチやお茶に誘われても我が子がいかに出来ないかを知らされるようで辛かったです。
私も、もっと早く分かっていればと思うことがありますが、あの頃の私に担任が支援センターへの相談を持ちかけても受け入れることは出来なかったと思います。
自己否定、自傷行為、暴力の低学年時期の息子に親子で自分と周りを責めてばかりでした。
地域の人や友達にもものすごく助けてもらったけど、やはり私を救ってくれたのは息子の優しさや笑顔でした。
落ち着いてきた今だからこそ、cobcobさんのブログを読んで、共感し、参考になり、励まされてます(^O^)