そよ風に乗って

過ぎ去った思い出や、日々の事を
そっとつぶやいています。

図書館風景と読書。老年のぜいたくを読んで。

2017-04-16 11:07:37 | 読書

昨日、図書館で本を探していると、

何だか奇妙な音が・・・・

本棚の脇を背もたれのようにして置かれている椅子に座っていた男性が

お昼寝タイムだったようです。

膝の上には、タブレット。

横目でチラリと見ながら側を通ると、タブレットには株式のグラフが表示されていました。

ずれ落ちそうな本の題に 一攫千金が・・・・何チャラ  という文字が読み取れました。

気持ちよさそうないびき(小さいけど)

一攫千金の夢、せめて夢の中だけでも・・・・・・

 

昨日私が返却した本は、

老年のぜいたく  三浦朱門  (2011年)

プロローグの一部に書かれているのは

人生の楽しい面をアソビといい、厳しい面をつとめ と表現することにして

書いていくつもりである。いうなれば人生のぜいたくは

ツトメの世界をアソビの世界に替えていく心のゆとりに有る。

 

との事で、仕事にしても、家庭生活にしても、ツトメとしてやるべきことも

その中に楽しみを見つける事でアソビになり、

さらにそれが第二の人生に趣味として又は

仕事として生かされることもある等。

 

ご本人はすでに高齢になられ、夫婦のご両親もすでに見送り

現在は夫婦二人の生活。(本を書かれた時点の話です)

一部書かれている内容を要約すると

お互いの両親も見送り、

私生活や社会活動について話し相手になるのはお互いしかいないだろうから

彼女(曽野綾子さん)が寂しがらない為にも、

私は最後まで彼女の面倒を見てやろうと思っている

それが60年も付き合った人と人との礼節と言うものだろう。

自分は他の人にあまり期待をすることがない。

一人になっても曽野のように感情をぶちまける人を必要としない。

従って後に残るのは、私の方が相応しい。

そして自分は父の子だから(父親は最後認知症になられていたそうです)

認知症になって、曽野を見送った後、妻を失った事も忘れ 「婆さんはどうなった?」

と言っているかもしれない。

 しかし、思い通りりにいかないものですね。

奥さんより先に旅立たれてしまいましたから。

 

私は三浦朱門さんの思いと一緒で、夫を見送ってから私が後、と思っているのです。

夫は家事一切苦手な人ですし寂しがり屋です。

一人になったあとの事等考えられません。

しかしね、思いと現実は異なりますから、こればかりは何とも言えませんね。

ある日ぽっくりと私が先に、って事も有るでしょう。

 

とりあえず今のところは、健康には気を付けて、あとの事はケセラセラ ~です。


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