そよ風に乗って

過ぎ去った思い出や、日々の事を
そっとつぶやいています。

沙羅さん3位。ホッとしました。

2018-02-13 23:44:39 | 日記

昨夜、寝る前にテレビを付けるとオリンピックの女子ジャンプが行われていました。

ちょうど高梨沙羅さんが硬い表情で引き揚げて行くところが映っていたので

駄目だったのかと、一瞬がっくりしましたが

ちょうど1回目のジャンプが終わったところで、沙羅さんは3位との事。

そしてすぐ2回目のジャンプが始まりました。

 

もう寝るどころではなく、2回目のジャンプを最後まで見ました。

沙羅さんの番になった時、思わず、頑張って と声を出して

応援していました。

大きなジャンプ。

これで、3位以内に入る事が確実になったのでしょう。

明るい表情で仲間が駆け寄って抱き合っていました。

その後に飛んだ2選手が1位2位をキープしたので

結果は3位に終わりましたが、

メダルが取れて本当に良かったと、ホッとしましたね。

同じような気持ちで応援した人が多かったのではないでしょうか。

 

いままで、テレビで大会の後等でコメントを求められるたびに

オリンピックで金メダルを取ることを目標としていると

真面目な顔で自分に言い聞かせるように語っていましたから

金ではなかったけれどメダリストになれて、本当に良かったと思います。

又次のオリンピックも目差すとコメントされていましたが

素人の私には、

また4年も頑張るの~ って溜息が出るほどしんどい話に聞こえました。

それにしても、夜12時頃の競技でしたので

こんな時間に競技が行われるなんて、ビックリです。

日本との時差は無いらしいので、応援の人達も大変でしょうね。

 

スノーボードの競技も凄いですよね。

ビッグエアというのか、空中でくるくる回って

解説者が横文字の難しい技の名前を解説しています。

フィギュアスケートも4回転。

人間の身体能力はどこまで進歩するのでしょう。

 

楽しみにしているのはフィギュアスケートですが

日本選手、みんな頑張ってほしいです。

 


確定申告の変わりゆく風景

2018-02-10 23:19:48 | 日記

昨日確定申告に税務署に出掛けました。

毎年記入は夫任せですが

提出用の書類は私が買い物ついでに市役所によって貰ってきましたし

記入した金額の合計に間違いがないか

計算のチェックぐらいの協力はしています。

 

そして税務署まで40分程の運転は私がします。

昔は片道づつが原則でしたが

最近は往復、自分でします。その方が安心。

  

毎年、税務署内の確定申告の様子が変わっていきます。

数年前までは、椅子がずらっと並べてあってそこに座って順番を待って

書類をチェックして貰って提出すれば終わりでした。

最近は、パソコンで入力する人のコーナーが出来て

年々、その場所が広がっていました。

 

今年は、周りがついたてに囲まれていて

待っている人も順番がすぐにきて中に入って行きました。

私は、本を読みながら夫を待っていました。

 

いつもよりずいぶん時間がかかりました。

2時間近くかかったでしょうか。読書タイムが取れました。

 

なんでも、書類のチェックを受けた後

パソコンの部屋に移動して入力させられたとの事。

苦手な作業で大変だったみたい。

こんな風に変わっていくのですね。

 

確定申告なんてめんどくさい事をやってもらっているので

これからも、元気でいてもらわないとねと思った次第ですが・・・お疲れさま。 

 


50年ぶりに親友と再会

2018-02-08 00:10:23 | 日記

50年ぶりの再会です。

ずっと親友という気持ちは変わらず、いつか会えると信じていました。

 

待ち合わせの場所で会った親友は昔のまんま。

手を取り合ってお互いに、すぐ分かったよ、全然変わってないねと言い合って

涙ぐみました。

 

昔の思い出話をして笑ったり

その後の人生、語りつくせない。

あっという間に、6時間近く。再会を約束して別れました。

 

小学校の5年と6年の2年間同じクラスで、

親友になりました。誕生日が1日違い。私が1日早かったです。

 

中学生になって、クラスが別になりました。

中学2年の時に私は東京の学校に転校したので

それから高校3年を卒業するまでの5年間は、せっせと文通をして

いろいろ話し合いました。

 

そして、私は就職。彼女は大学生になって上京してきました。

また、会えるようになって、交流が続きました。

彼女は、ボランティアや福祉関係に興味が有り、学生の頃から

夏休みなどは、ボランティア活動で遠くに出掛けていました。

 

そして私は結婚。彼女はその後海外にも出掛けてボランティア活動をしたり

幼児教育に携わったりと、それぞれの道を忙しく駆け抜けて50年です。

 

年賀状で近況報告をしあうだけの年月が続きましたが、不思議ですね。

ずっと大切な親友であるという気持はお互いに持ち続けていました。

 

地方暮らしの後、私がこちらに戻って10年。

東京の外れと埼玉で、その気になれば会える距離になり

今年こそは会おうねと言いながら実現出来ないでいましたが

昨年、闘病されていたご主人が亡くなられて、

50年ぶりの再会になったのでした。

 

昨日の事は忘れても、昔の事は覚えていますね。

「でも、最後に会ったのは何時だったかしら。

私の結婚式の後会ったことある?」

と聞くと

 

「うん、あるある。ご主人と喧嘩したって言ってた。

家出するって風呂敷包み持ってたよ。」・・・・って。

 

あははは・・・・・・

「今でも喧嘩するんだけれどね。あったろうね、そんな事も。

それで私何処に行くって言ってた?」

 

さあ~覚えてない。

 

それにしても風呂敷き包みを持って家出とはいかにも昭和の風情。

その後の私の人生が忍ばれるような・・・・・・

 

家に帰って夫にその話をすると。

それは悪かったね、だって。

 

人生の終盤で懐かしい親友との再会。あと何回会えるのだろう。