読書日記と読書ノート 第三部(2013年6月~2015年6月) 吉野三郎

退職してから読書中心の生活をしています。読んだ本の感想を日記に記し、要点をノートに書いています。その紹介です。

235、丸山眞男集 別集第二巻 (岩波)-その3―(3/6)

2017-11-01 06:47:06 | 読書記録

(2)ノートから-つづき-

竹内好との対談で

①多元性というのは、たとえば回教とキリスト教がある時期に共存していたということは、多元的であるとはいわない。統一的なものが基礎にないから、ただ偶然的に併存していただけ。

コミュニケーションがなければ多元性というものはない。コミュニケーションと相関的だと多元的というわけ。コミュニケーションが世界的になるということが、多元性という物が実在しうる根拠であって、それまでは多元性という意識も存在しない。

 

丸山眞男先生速記録から

①守るものは非政治の価値ですよ、非政治的価値についての確信があるから、確信を持って政治行動ができる。

②政治に対する文化の自律性というものの根本は、歴史的に言えば宗教だったわけです。

③ヨーロッパでは教会と国家というモデルがあって、政治価値に吸収されない価値に対する意識が非常に普及していて、それがほかの学問とか、芸術とかの関係に押し及ぼされてきたのだろうと思う。

④封建体制という所以は中間的身分の自主性ということ。貴族、自治都市、ギルド。そうい政治権力と民衆との中間にある集団の特権、これが封建制の一番の要素です。この強さというものを見ると、実は日本は弱い。

⑤日本ではいとも簡単に身分が撤廃されてしまう。そうして最高の政治権力に一切の価値が吸収されてしまう。

⑥抵抗権というものを発生的に見ると、身分の抵抗権なんですね。身分というやつが国家権力に対するバリケードなんですね。日本では、あっさり天皇に奉還しちゃって、内乱を賭しても身分を守るというやつは実に乏しい。

⑦こういうときにできるデモクラシーは弱いデモクラシーになる。マイノリティの権利とか、多数に対する少数の権利というもの、あるいは「千万人といえども、われ往かん」というファイトが非常に出にくい。だから世論が全部戦争に向けば、それに対して抵抗することは困難だし、民主主義の世の中だから民主主義であるというにすぎない。

 

(つづく)


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