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「プリンセスチュチュ」ファンページ

ロミオは...

2013-09-11 21:03:23 | その他
NBS News(319号)のフリーデマン・フォーゲルのインタビュー記事で、「ロミオは“今このとき”だけを生きている青年」という発言があって、うーん...
http://www.nbs.or.jp/nbsnews/319/index.html

「デ・グリュー(←「マノン」の)は人生や将来を真剣に見据えている」という発言には、さらに「???」て感じですね。
デ・グリューは、甲斐性も無ければ決断力も実行力も無く(どっかで聞いたような...)、ズルズルと状況に流されるばかりで、挙句の果てに惚れた女を悪者に仕立て(物語は彼の告解の形で語られる)、「自分は悪くないんです」と言い訳してるだけの最低男。
流刑にされたマノンにくっついてアメリカに渡ったのも、それまで精神的にも『経済的にも』彼女に依存してた彼には、他に選択の余地は無かったわけで。
「本当に愛してるなら、他にできることがあったんじゃないの?!」とツッコミを入れずにはおれないくらいなんですが。
まあ、原作と、オペラやバレエなんかの二次創作(?)は別モノですし、解釈は人それぞれですけどね。

それはさておき。
刹那的に生きてたロミオが、ジュリエットと恋に落ちて、永続的な関係(カトリックは一度結婚したら離婚できない)や氏族と未来のこと(ティボルトとの喧嘩も一度は止めようとしてる)と向き合うようになったのと同じに、ふぁきあ君もあひるちゃんとの共同戦線の中で、”今このとき”だけじゃない物の見方をするようになったのかもしれませんね。
「止まっていた物語が(あひるちゃんによって)動き出す」ということには、そういう意味もあるんでしょう。
王子の運命(過去と未来)を受け入れて、心を失くしたままのみゅうとを現在に繋ぎ止めようとすることを止めた時、彼は”今”しか見ないコドモから、過去から未来へと”ずっと続いていく物語”にたずさわる(紡いでいく)オトナとしての自覚を持ち始めたんですよね。
だからこそあひるちゃんの「希望」が、どうしても必要だったんでしょうね。

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