ジョージィのおとなりさんたち

【個人史】「人生って、とっても楽しいもの」
そんな風に感じている今日この頃。Blogでメモっておきたい。

回想: ファースト・コンタクトその1 (ペット・犬)

2007年05月04日 16時28分13秒 | Weblog
[個人史]: 動物、 イヌ(犬)、ネコ

個人史でたびたび カラスネタ を記事にする以上 そのきっかけも記録しなければならない。 (しかしその記録内容を大まかに思い出したとき量が多そうで記事にする以前からすでに挫折している。 だが、個人史記事数はかせげるかも知れない)

動物は 飼う事には慣れていないが、 『生き物が嫌いではない』 との基本感情に加え、 私自身が単なる 『小心者』 であることが 基本的な理由 であると思う。

幼年期
祖父母: 貧しい農家であった 祖父母の自宅は、戦中の『産めよ、増やせよ』の 使い捨て用兵隊生産プログラムによって子だくさんだったから ペットの犬やネコを飼って食べさせる余分な食べ物は無かった。 だが 農家なので家畜は飼っており 夜の 家畜小屋 に一人で行っては 薄暗いはだか電球の光りの中で 馬 の大きな瞳をいつまでも見つめていたものだ。

小学校高学年
団地住まい となった小学生の時、 学校から帰ってくると 自宅近くに 首輪をつけた一匹のイヌがいた。 撫でながら声を掛けたりしているとすっかりイヌになつかれた。

家に帰れ!と追いやっても帰る様子もなく 夕飯の時間になったので玄関先に入れて晩ご飯を食べさせ 「さぁ帰れ!」 とドアを開けても出て行く様子がない。 結局その夜は 玄関先に宿泊させ、翌朝ドアを開けて追い出した。

ところが、 夕方私が学校から帰ってくると またイヌが戻ってきているのである。
「団地住まいだからイヌは飼えない!」 と玄関を閉めても いつまでも玄関前に座っているものだから 結局 飼い主が判るまで との条件で 飼った。 飼ったと云っても 登校時には外に出し、 学校から帰った時に中に入れる飼い方だった。

最初の頃は私が出かけるのを見つけ(待っていて)、 朝のバス停までも着いてきて、私が乗ったバスを追いかけてくるのだ。 しかも、学校が終えるまで待っていて 結局帰りは一緒に歩いて帰ることになった。 家族との協力で 私の登校が完了する時間まではイヌを外に出さない方法で 解決せざるを得なかった。

<イヌ捨て>
「飼ってはやれない!」 と、 自転車で遠くに誘い出し 置き去りにしても すぐに戻って来る。 父親の車で 遠くの山の中に連れて行き 置き去りにしても 数日かけても戻ってきてしまうのだ。

<飼い主登場>
数週間後、自宅前の道路際で イヌと一緒に遊んでいると 「ウチのイヌだ!」 という人物が現れた。 シッポを振って飼い主の手を舐めてもそのままでは着いて行かないので 抱きかかえられての強制送還となり、 あっさりと私の人生の中で 唯一飼い犬の居た歴史は幕を閉じた...。  はずだった..。

心を許していたイヌが急に居なくなった事で とても哀しかったのだが、 数日後学校から帰ると またそのイヌは戻ってきていた。 その翌々日、「逃げ出したので近所を探していたが、もしかして?! と思って来てみた」 と、再び 飼い主により強制送還 となった。

だが、また暫くすると 戻って来てしまう。 3度ほど同じ事が続いて、 ある日のこと 「今日、野犬狩りが来た」 と両親は説明したが その真偽は怪しげなまま 二度と私の前に姿を現さなくなった。


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