国立大学職員日記
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国立大学職員日記:記事一覧




■はじめに(前回からの続き)
 今回のエントリーは「改正労働契約法で国立大学の非正規雇用はどう変わるか?」と題した記事の「教育・研究系非常勤職員」編です。「非常勤職員」と「教育・研究系非常勤職員」の区別や、改正労働契約法の基本的な解説などは前回の「非常勤職員」編のエントリーで説明していますので、できればそちらをご覧になってから本エントリーにお進みください。
 また「教育・研究系非常勤職員」の有期雇用については前提となる「任期法」と呼ばれる法律の理解が欠かせず、少し前置きが長くなっています。任期法の内容を知っている方は抜かして読んでも問題ありませんが、詳しく知らない方は知っておいて損はしませんので、任期法の内容を確認後に読み進めいただけましたら幸いです。

※ちなみに「非常勤職員」編その2は現在絶賛行き詰まり中です。気分転換に先に「教育・研究系非常勤職員」編を進めていたら出来ちゃったので、先にこちらを公開します。


■「教育・研究系非常勤職員」雇用の最大の特徴、「任期法」の存在について
 前回のエントリーでは「非常勤職員」の有期雇用について説明しました。この「非常勤職員」編で説明した内容は国立大学に限らず、広く民間にも適用される原則でした。一方、今回説明する「教育・研究系非常勤職員」編は民間企業等とはやや背景を異にしている事情があります。そしてその背景を異にする事情というのが「大学の教員等の任期に関する法律」(以後、「任期法」)という、大学教員を任期付で雇用するためだけに作成された法律の存在です。
 「任期法」の解説を行う前に基本事項の確認です。日本では有期雇用を開始する際の条件設定は欧州ほどうるさくありませんが、それでもある程度の制限があります。その一つが、「1回の有期雇用契約の上限年数は3年とする」というルールです(※1)。前回のエントリーで、非常勤職員の有期雇用を「1年間の契約を毎年度更新」という風に記述しました。この方法によると、合計3年間非常勤職員を雇用する場合、最低でも「1年契約×3回」とやらなくてはなりません。しかし、日本の法律上は1回の契約期間を最大3年まで設定できるため、実は「3年契約×1回」としても問題ないのです。また、よく誤解されていますが、この「3年の上限」はあくまで「1回の契約」における契約期間ですので、更新してさらに雇用することには何の問題もありません。そのため、例えば合計6年間の雇用を行うのであれば、「1年契約×6回」でも「2年契約×3回」でも「3年契約×2回」のどれでも行うことができるのです(※2)。ただ、あまり長く雇いすぎると「雇止め」の問題が生じますし、今回の改正労働契約法による「5年を超えた場合の無期雇用への転換」が起こることには変わりありません。
 話を戻して「任期法」です。通常、日本では上のように1回の契約期間の上限は3年ですが、大学教員については「任期法」によってこの制限が取っ払われています。そのため、各国立大学は各自が持つ教員任期に関する内規によって、1回の労働契約で雇用できる教員の任期を割と自由に設定しています。ただ「自由に」とは言っても、大体「5年」か「10年」が上限になっている等、ある程度の傾向はあります。詳しく知りたい方は旧帝7大学分の教員任期に関する規程を下記に貼付いたしましたので、のぞいてみてください(※3)。

  ・国立大学法人北海道大学における教員の任期に関する規程
  ・国立大学法人東北大学教員の任期に関する規程
  ・東京大学における教員の任期に関する規則
  ・名古屋大学大学教員の任期に関する規程
  ・京都大学教員の任期に関する規程
  ・国立大学法人大阪大学任期付教職員就業規則
  ・九州大学教員の任期に関する規則

※1 特殊な場合に上限が5年(あるいはそれ以上)になる特例もありますが、このエントリーでは詳しくは触れません。特例については厚生労働省の下記案内等でご確認ください。
労働契約期間の上限について

※2 じゃあなんで大学はわざわざ1年契約を毎年度更新しているのかというと、単に大学会計が単年度会計主義を取っていることに合せているとか、割といい加減な理由によります。

※3 任期法の適用を受けるのはいわゆる「教員」であり、本エントリーにおける「教育・研究系非常勤職員」の全職種ではありません。例えばポスドク研究員やTA・RAは通常この任期法の適用を受けないので、この点ご注意ください。


■「任期法」と「改正労働契約法」の併存問題
 とりあえずこれで、大学において任期付き教員の労働契約の期間が当たり前に「5年」とか「10年」になっている事情が理解できたかと思います。
 さてここからが今回のエントリーの本題です。教員の任期についてはこれまで述べてきたとおり、任期法とそれに基づく各国立大学の規程により、有期雇用であっても教育研究の進展とのバランスを取った運営がなされてきました。しかし、ここに平成25年4月1日から今回の改正労働契約法が猛威を振るいます。
 前回のエントリーでも説明したとおり、改正労働契約法においては同一雇用者の下で5年を超えて有期雇用が反復更新されれば、労働者からの申込により自動的に有期雇用が無期雇用へと転換します。では、この無期雇用への転換はこれまで任期法でもって運営がされてきた大学教員の雇用についても一律に適用されるのでしょうか?
 実はこの疑問には厚生労働省が明文で持って回答しています。そして結論から言うと一律に適用されます。詳しくは「改正労働契約法に関する国立大学法人等からの質問(第一稿) (公立大学法人首都大学東京労働組合機関紙「手から手へ」第2643号に掲載された資料)」の「II任期法との関係性」において、国立大学協会からの質問に厚生労働省の見解が掲載されていますので参照ください。
 見解内容を総括するのはなかなか難しいかも知れませんが、とにかく厚生労働省としては「任期法があろうと改正労働契約法の無期雇用への転換ルールは一律に適用される」「任期法は任期法でこれまで通り運営してほしい」というスタンスのようです。このような任期法と改正労働契約法の併存状態が今後教員採用にどのような影響を当たえるか、現時点での推測は難しいですが、とりあえず本エントリーでは両方の法律が併存している状況における「教育・研究系非常勤職員」の有期雇用について話を進めていきたいと思います。
 前置きが長くなりましたが、以下は上記のような背景のもとに起こる個別事例を解説していきます。


■教育・研究系非常勤職員の雇用事例





 まずは再任が無い場合の雇用事例です。
 一見するとギョッとなるかも知れませんが、再任や採用以前の雇用実績が無い場合、実は労働契約は5年を超えても無期雇用へ転換されません。今回の改正労働契約法で無期雇用へ転換する場合はあくまで「反復更新」する場合が対象だからです。「非常勤職員」編では契約期間の上限が「3年」なので契約期間が5年を超えていれば必ず一度は反復更新がされていましたが、「任期法」の適用を受ける大学教員ではこのように10年間の雇用を行ったとしても無期雇用への転換が起きない場合があるのです。





 次に再任がある場合です。ここから無期雇用への転換が視野に入ってきます。
 一回の契約期間が1年から3年や5年に延びただけで、基本的な考え方は「非常勤職員」編の内容と変わりません。しかし気をつけなくてはならない点がいくつかあります。
 まず大学教員の場合は「任期法」があるがために一回の契約期間が一気に「5年」となる場合も多く、「再任」が自動的に「無期雇用」を意味する場合があり得るということです。また再任の場合は大学の教員任期規程などで再任の際の年数上限が定められている場合もありますが、規程に書いてあったとしても労働者からの申込があれば改正労働契約法の内容が優先されるため、自動的に無期雇用へ転換することになります。なおこの申込の時期ですが、実際に雇用が5年を超えるまで待つ必要はなく、契約期間が5年を超えることが決定した時点で申し込むことが可能です。このため、講師の例では4年目に突入した時点で申込みが行われ、無期雇用への転換が決定している訳です。





 次に学部や職種、採用方法が異なるような場合です。
 このような場合でも、雇用者が同一であれば勤務年数は合算して計算がなされます。国立大学ではどのような職種であっても雇用者が「学長」となるのが一般的なため、学部や職種が違うことを理由に無期雇用への転換を拒むことができません。そのため、教員を採用する部局においては他部局の情報であっても、新たに採用する教員の詳細な過去の経歴を調べる必要があるのです。





 次に非常勤講師やTA(ティーチング・アシスタント)・RA(リサーチ・アシスタント)の例です。
 通常、非常勤講師やTA・RAは「再任」ではなく、その年度ごとの新規採用という形式を取る場合がありますが、勤務年数の計算上は教員の「再任」と特に違いはありません。そのため、非常勤講師なんかは週に1コマ、2時間程度の従事しか行っていなかったとしても、労働契約で契約期間が通年となっているような場合は無期雇用への転換が起こりえます。TA・RAも事情は同じですが、TA・RAの場合、仮に無期雇用へ転換されたとしても、学生や留学生の場合の在留資格の喪失によって雇用が終了するのかという疑問が生じます。これについては「改正労働契約法に関する国立大学法人等からの質問(第一稿) 」に回答があり、図にもある通り解雇が有効である可能性が高いとしても、念のため裁判で個別判断される、ということになっています。
 なお非常勤講師やTA・RAは前期・後期で採用する場合も多く、クーリング期間が生じやすいかもしれません。また非常勤職員には雇用上限年数を定めている大学も、非常勤講師やTA・RAについては特に定めていない、あるいは規則としては定められていても、これまでなんとなく運営してきた、というところもあるかも知れません。が、非常勤講師やTA・RAにおいても改正労働契約法の対象になっているため、次年度から改めて規則を見直してみることをお勧めいたします。





 最後に別の職種から任期付教員になる場合です。恐らく最も懸念・警戒されるのがこのパターンだと思います。特に最近は学生・ポスドク・若手研究者が無期雇用の正規教員となる前に有期雇用の非常勤教員となる場合が非常に多く、そしてそれが故に大学が無期雇用への転換を警戒して雇控えを行うかも知れないと懸念する可能性が最も高い事例だからです。
 基本的な考え方は「3」の事例と似ています。職種や採用方法が異なっていたとしても、同一大学内で雇用が連続していれば無期雇用への転換が起こりえます。特に非常勤講師・ポスドク研究員・TA・RAは1年単位の契約となることが多いですが、続く任期付き教員の任期が「5年」となっていればどんなに前職の勤務年数が短くとも、任期付き教員に採用された時点で無期雇用への転換が行えるため、この場合あまり前職の勤務年数の多寡は意味を成しません。また「4」でも述べたとおり、このような採用の場合はクーリング期間を間に挟むことで無期雇用への転換を防止することができます。今後は若手研究者側が防衛手段としてワザとに半年程度の空白期間を設ける、ということも起こりえるかも知れません。


■おわりに:「雇控え」や「応募控え」は起こるか?





 これは事例ではありませんが、上記の事例が起こるものと仮定した際に、大学や研究者が再任回避、雇控え、応募控えをするかどうかを考えてみました。恐らく、自分がここに書いた疑問の数万倍の疑問が、ネット上には既に書き込まれていると思います。
 この疑問に対し、現時点で明確な回答はほとんど不可能です。また仮に時間が経過したとしても、統計的なデータからどのくらいの「雇控え」等が起こったかを算出するのは恐らく難しいと思います。教員採用は通常様々な要因によって決定されているため、結果から改正労働契約法の影響だけを抽出するのがそもそも可能なのか、それすらも断定できないからです。
 結局対処法は不明確なまま、もし「雇控え」が実際に起こってしまえば割を食うのは学生・ポスドクを含む若手研究者なのかも知れません。自分も一大学関係者として、何らかの措置で持ってこのような事態が改善されることを切願いたします(※)。


※個人的には改正労働契約法に対する特別法として任期法を改正することにより、「大学教員等の有期雇用」を通常の有期雇用と区別することが可能かどうか考えています。また現行法の範囲でも、若手研究者の雇用促進の観点から大学等における学生・ポスドクの身分による有期雇用期間を、任期付き教員に採用された際の勤務年数の計算から除外しても良いとする措置があれば、今回のエントリーにおける「雇控え」も起こりにくいと思います。文部科学省か教育研究関係に詳しい国会議員がいれば立法措置で何とかできると思うんですが、どうなんでしょう?実際に「国立大学協会からの提言等「改正労働契約法の適切な対応に向けた支援について(要望)」にあるとおり、国立大学協会は文部科学省へ要望を提出しています。個人的にも、実現に乗り出してくれる政党がいたら向こう10年間は選挙で支持し続けてもいいくらいです。


【参考リンク】
労働契約法の改正について~有期労働契約の新しいルールができました~(厚生労働省ホームページ)
国立大学協会からの提言等「改正労働契約法の適切な対応に向けた支援について(要望)」(国立大学協会ホームページ)
改正労働契約法に関する国立大学法人等からの質問(第一稿)
 (公立大学法人首都大学東京労働組合機関紙「手から手へ」第2643号に掲載された資料)
科学技術政策担当大臣等政務三役と総合科学技術会議有識者議員との会合
 議事概要「議題2.労働契約法の改正について」
(内閣府ホームページ)
改正労働契約法は大学にどう影響を与えるか?(ReaD&Researchmapホームページ)
労働契約法

Amazon.co.jp:Jurist (ジュリスト) 2012年12月号「特集 労働契約法改正と新しい労働契約ルール」[雑誌]
ジュリスト12月号は法律の専門雑誌ですがオススメです。内容が非常に詳細であり、法律関係者以外でも読める内容だと思います。

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コメント
 
 
 
Unknown (tokunin)
2013-02-12 17:36:04
前回の職員編も同様ですが、「任期付」の「常時勤務」職を「非常勤」という言葉で括るのはどうかと思います。
この記事の事例1~3はすべて任期こそあれ「常勤」ですよね。
 
 
 
Re:tokunin (管理人)
2013-02-12 20:21:37
…たしかに言われてみるとその通りですね。あまり深く考えずに処理してましたが、普通「任期付き教員」まで「非常勤職員」とは表現しませんね。

つい「非常勤職員編」からつられて「任期付き常勤職員」まで「教育・研究系非常勤職員」と表現してしまいましたが、今になって考えると本エントリーで「教育・研究系非常勤職員」と表現している職員は「教育・研究系有期雇用教職員」とでもして、その中に「教育・研究系非常勤職員(非常勤講師やTA)」と「教育・研究系任期付き常勤職員(ポスドク研究員や任期付き准教授)」に分けた方が良かったかもしれません。しかしまぁ、世の中には「フルタイムの非常勤職員」なんて矛盾した言葉もありますし、ちょっと強引ですが今回のエントリーでは「非常勤職員」という言葉は「有期雇用職員」の意味で使っていると思ってください。
 
 
 
Unknown (Unknown)
2013-02-14 13:18:29
詳細な記事でよくわかりましたが、京都大学にリンクできません。残念です。
 
 
 
Re:Unknownさん (管理人)
2013-02-14 22:29:10
京大のリンクですが、フレームを使っているページなので、フレーム未対応のWebブラウザのために見れない、のようなことは無いでしょうか?

ためしに下記URLでアクセスしてください。このリンクはフレームを使わなくても表示できるURLにつながっています。

http://www.kyoto-u.ac.jp/uni_int/kitei/reiki_honbun/w0020091001.html
 
 
 
Unknown (cheap football shirts)
2016-06-30 18:02:44
結局対処法は不明確なまま、もし「雇控え」が実際に起こってしまえば割を食うのは学生・ポスドクを含む若手研究者なのかも知れません。自分も一大学関係者として、何らかの措置で持ってこのような事態が改善されることを切願いたします(※)。
 
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