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先生、そこまちがってるよ

ちがってねえよ。
ちょっとあってねえだけだよ。

琴線

2006年08月03日 23時55分47秒 | 【靖国とA級戦犯】
巻き舌で流暢な関東弁をしゃべる次郎長はどうかと思う。

くすぶりです。

さて、
なんの因果か、
ここ数日、訪問者数が増加し、
閲覧数は飛躍的に伸びている。

どういうカラクリかは知らんが、
こういう時に打って出なければ商売人の名が廃る、
と思い込み
怒涛のガブリ寄りを決めちまおうと思ってみた。

が、
そう思ってみたものの、
元来が商売に向いていない性格の上、
悪人ではないが
いい人でもないろくでなしが、
そうそう簡単にいい記事など書けるわけもなく、
調子こいてすんませんでした、と
早々に謝る羽目になった。

顧みれば、
十月の間、変わらずに来て、
その評価として『1号』『2号』という奇特な方が現れたのである。

くだらん見栄なぞ出さず、
変わらずにきたから評価をしていただいた。

やっぱり、
調子こいちゃならんのである。

変わらねばならんことはもちろんあるけれど、
変わらずにいるというのも、
それはそれで価値のあるものであろう。

成長を諦めることと、
変化をしないということは、
似ているようでやっぱり違う。

お商売であれ、
生き方であれ、
成長しながらもなお、変わらないもの
というものは、
やっぱり、
やってみる価値はあるはずである。

やってみなけりゃわからねえ

と言い続けていないと、
ついつい逃げてしまうので、
思い出すたびにてめえに言い続けないといかん。

さて、
1号、2号、V3
という壮大なヲタネタだが、
元ネタが仮面ライダーではない時点で
もはや誰にもわからんと思うので、
たぶん、
V3は欠番になる可能性が高い。

次の4様にいたっては、
思想、信条、及び属性的に受け入れられない可能性が多々あるはずであり、
これもまた、
壮大なオヤジネタで終わる可能性が高い。

いつもそうだが、
言ってから気付く、という
まあ、いつも通りのアレであったwww

誰に気を使うわけでもないけれど、
まあべつに、
これはこれでネタとしてよかろうがい、ってな具合で。

そもそも、
韓流禁止の写真をプロフィールに掲げておきながら
4様を名乗れと言うのも壮大な皮肉である。

出てこなけりゃそれまでなので、
今ここでムニムニ言ってても詮無いことではあるけれどw

まあ、
少しでも楽しんでもらえるように
記事に専念する。

極右がねwwwww


待ってるよ、V3wwwww

待ってるよ、4様wwwww

さて、
話はガラッと変わるが、

霊魂や神様といった概念を否定する思想において、
靖国とは一体なんであるのか。

端から信じていねえんだから、

けっ、ばっかくせえ

と放っておけばいいものの、
あそこまで固執、執着するのは不思議ではある。

肉体が滅べばそれまでであり、
すべてが消滅する。

ということは、
海を隔てた島国が、
慰霊だの鎮魂だの追悼だのを騒いでおっても、
普通であればどうでもいいはずである。

にもかかわらず、
アレである。

これはまあ、昔から疑問ではあったが、
つい最近、この疑問が解決した。

平和を愛するアジ(以下略)な人々からは
きっと蛇蝎のごとく忌み嫌われているであろう
日本一の正論、もとい、右翼雑誌『正論』で
目からウロコな記事を読んだ。

反日メディアのクズや鳥越、もとい、アジアの良心から見れば
くすぶりは正しいネット右翼であるので、
その責務に応えて、
ここにお勉強の成果、というか
仕入れた情報を書き散らすことにする。

もとより右だ左だなんぞに毛ほどの興味もないが、
くすぶりが右翼であるかどうかは、
読んだ人が判断すればいいと思っております。

革命を起こす気なぞなく、
カチコミをかます気概もなく、
ましていわんや、
今の天皇家に、
くすぶりの情熱を傾けるほどの『心意気たるカリスマ性』なぞ、
残念ながら寸毫も見られない中で

ただ、

『ない』ことが『ある』
『ある』ことが『捏造』
『ウソ』が『ホント』
『ホント』が『無反省』
『テポ丼』と『謝罪汁』

というのは、
いささか納得いかんので、
チラシの裏に書きなぐる運びと相成った。


~以下敬称略

小泉の靖国参拝が日中間の『政治的』な障害となっている。

が、
普通に考えれば、
日本から見ればこれは『宗教的』な障害であるはずである。
政教分離云々が出てくる、ということは
これが多分に『宗教性』を帯びた“問題”だからであろう。

この、
生きている人間と死者の霊魂を軸とした『宗教的』な問題が
なぜ『政治的』な問題となるのか、ということだが。

中国政府、つまり、中国共産党の指導理念というものは
一切の宗教的行為の正当性も認めない

『唯物主義の無神論』

であるという。

彼らの世界観においては、
宗教の存在意義や正当性が完全に否定され、
神様や魂の存在もまったく認められない。

唯物主義者から見れば
人間の精神というものは肉体という

『物質的基礎』

があってこそのもので、
人間が死んでその肉体が消滅すると、
その人間の精神もそのまま永遠に消え去ることになる。

よって、
死後の魂なぞというものはあるわけがない。

かような世界観において、
生者と死者との関係は完全に断絶している。

肉体を持つ人間は存在し、
肉体が消滅した人間は端から存在しないから、
関係性は存在しなくなる。

魂なぞというものは存在しないから、
死者に対する『お参り』も『慰霊』もまったく意味のない行為であり、
そのような行為に何らかの意味があるとは
考えることはできない。

端から存在していない『魂』なぞというものに対して
なぜ『慰霊』などというものが必要なのか

ということである。

かような背景から見れば、
大半の日本人とはまったく違うものの見方をしていることになる。

彼らの世界観においては、
靖国参拝に託された、
死者の魂に対する慰霊、という宗教的な意味も
哀悼の意を捧げるという宗教的な心情も

けっ、ばっかくせえ

と排除されてしまう。
そして残されるのは、
そこに、

『現実的、政治的な意図がある』

ということだそうだ。

生きている人間の行為には、
そこになんらかの現実的な動機や理由がなければならない。

日本国総理大臣という政治指導者の行った靖国参拝は、
当然、
なんらかの政治動機に基づく政治行為でなければならない

となるそうである。

『魂』、『英霊』云々は、
彼らにとっては端からありえない虚構であるから、
小泉はただ単に『魂』や『英霊』のために参拝しに行くわけがない。
小泉がいくら哀悼云々を抜かしたところで、
それはただの方便である。

となるそうな。

『A級戦犯合祀問題』

というものがあるが、
彼らの世界観からすれば
『合祀』云々を問題にすることはおかしな話で、
彼らはそもそも『魂』の存在を認めていない。
ということは、
戦犯の魂が合祀されていようがいまいが、
どうでもいいことである。

だが、
そうはならないところが現実である。

彼らは魂というものと、
その宗教的意味を認めていない。
よって、
多くの日本人と同じように、

『靖国に戦犯の魂が祀られている』

と認識しているわけではない。
どういうことかといえば、
つまり、

侵略戦争の指導者が今なお靖国神社なる場所で

『記念』

あるいは

『表彰』

されている、となる。

人間が死んだ後、
生きている人間とは異質の、『魂』になる

という概念を端から持っていないから、
靖国に祀られている戦犯は、
今なお、戦争指導者のままである
と認識していることになる。

そうすると、
彼らの目から見た小泉の参拝というものは、
生きている小泉と、
魂である戦犯との

『宗教的な関係性』

ではなく、
小泉という現在の政治指導者と、
東条ら過去の戦争指導者との

『政治的な関係性』

である、となる。

したがって、
小泉という現在の日本の指導者が靖国参拝をかますことによって、
過去の戦争指導者たちを

『記念』

あるいは

『表彰』

することになり、
戦犯ら過去の戦争指導者と政治的関係を持つことは
すなわち、

侵略戦争に対する容認と美化

であり、

戦犯らの推進した戦争政策に対する
共感と賛意の表れにほかならない、

ということになる。

小泉が戦犯らと政治的関係性を持つことによって、
小泉及び彼の率いる日本政府と、
過去の『侵略戦争』との連続的関係性が現実に生じてきた

と解釈されているわけである。

、だそうだ。

そして、
中国指導部から見れば、
A級戦犯を『美化』する靖国参拝などというものは、
中国政府に対する

『重大なる挑発』

以外の何物でもない。

極悪非道の日本軍をブチ負かして、
人民を地獄から解放したのは

『民族の英雄としての共産党』

というのが
彼らの政権を支える思想的な支柱である。

その『神話』の中では、
A級戦犯こそ英雄を輝かしめる『悪魔』であり、
『悪魔の断罪』とは、
英雄が勝利した証でもある。

『悪魔』は未来永劫、煉獄の炎に焼かれていなければならない。
そうしてこそ、
彼ら中国共産党指導部の正義と神話は維持されるのである。

かような流れにおいて、
戦犯が合祀されている靖国に参拝するということは、

『悪魔』の名誉回復であり、
日本軍国主義に対する美化であり、
『悪魔』を打ち負かした英雄の歴史的な功績にケチをつける

ということであるから、
絶対に許すことができない

ということになるそうだ。

正論9月号

靖国特集

魂の存在が理解できない胡錦涛世代の世界観

評論家●石平(せき・へい)

より


さて、

なるほどなあ、と思ったのだけど
どうだっただろうか。

目からウロコであった。

もちろんこんな簡単なことじゃなく、
もっともっと複雑に絡み合ってはいるのだろうけど、
こういう見方もなかなかおもしれえもんだな、と。

ただ、
思想的に相容れない、
というものは往々にしてあるもので、
こと信仰に基づいた文化というものは、

あの国がいいって言ってくれねえからやめる、

とか

あの国がファビョってるから小細工をかまして先送りする、

とかそういうものではないと思うんだけどね。

信仰は時に思想を硬直化させ、
往々にして柔らかさを奪い取るものである

というのは、
くすぶりが外人を見て感じた率直な感想であった。

明文化された教義があればあるほど、
『話にならねえ』
という事態は多々あり、
『異教徒』との間で感情的な対立に発展していくのは
この目で見、
この身で体験した。

そこで思ったのは、
日本の『宗教観』って、
ほんと、いいなあ、って。

うまくは言えないけど。

普段、
信心深い外人と接することもなく、
まして
宗教論争なんぞをかましたことがない人には
わからないことかもしれないけれど、
ほんと、
日本の宗教観って、
いいもんですよ。

やさしい。
すべてに。

これをすごく感じた。

靖国『問題』云々なんて、
個人的にはすげえくだらねえ話だと思っているけど、
朝日のおかげでかような事態となっちまいやがったので、
もしもこの先、
その『問題』を考えることがあれば、
朝鮮がああ言ってる、とか
中国がこう言ってる、とかじゃなくて、
自分の内に根ざした、
ごくごく当たり前の宗教観で
それを考えてみるのもいいんじゃないかなあ、って。

そう思いますね。

幼少のみぎり、
本気で出家を考えた。

信仰は人の救いでなければならないはずだ。

魂というものがあるのなら、
それを安んずるものであってほしい。

政治という、
欲にまみれたドロドロの現実で琴線を汚すことは、
冒涜である。


『靖国』は戦争装置

2006年07月04日 00時55分01秒 | 【靖国とA級戦犯】
やあ、どうも。
ヲタまっしぐら★くすぶりです( ゜∀゜)ノシ

文明とは整合性であり、
文化とは非整合性であるそうだ。
つまり、
文明とは『なくてはならないもの』の集合であり
文化とは『なくても困らないもの』の集合である。

生産性の低い、もしくはゼロに等しいものも
意地と誇りにかけて掘り下げねばすまないのがヲタである。

なくても困らない。
知らなくてもちっとも困らない。
わからなくてもまるで困らない。

それでも放っておけないのがヲタである。

近代史ヲタ。
半島ヲタ。
大陸ヲタ。

個人的には知っておかねばならんような気がするが、
どうやら世間的には知らなくてもあまり困らないらしい。
むしろ、
あんまり知りすぎるとアジアの人々に嫌われてしまうので
知らないほうが都合がいいのかもしれない。

ただ、
時間と同じで
知ってしまったら後戻りはできない。
忘れることはできるけど
消し去ることはできない。

ヲタとは知識の探求者である。

よくわからんが今、そう決めた。

よって、
結構多くの割合でヲタが存在する。

そこのキミ。

キミもヲタですよwww

さて、
今日もまたすごい電波を拾ってきた。

めんどくせえので所々省略。

講演:「遺族の悲しみ転換、『靖国』は戦争装置」 忠魂碑訴訟の古川さん /京都

兄2人を太平洋戦争で亡くし、
原告として箕面忠魂碑違憲訴訟を闘った主婦、
古川佳子さん(79)=大阪府箕面市=が2日、
下京区で市民団体が開いた
「東アジアの平和を考える集い」に招かれ、
「『靖国で会おう』はもういらない」と題し講演した。

「靖国は戦死者をほめたたえ、
遺族の悲しみをひっくり返して
次の戦争のために利用する手品のような装置」
と力を込めた。

(中略)

1975年、忠魂碑を公費で移転させることを知り
軍国主義の象徴を市費で移すのは違憲」
と提訴、1審大阪地裁は違憲判断をしたが、
99年までに高裁と最高裁では却下された。

訴訟を通じて在日コリアンらと交流するうちに、
自身も母も戦争を担った加害者だったと気付いた


(中略)

若い世代に対し
「黙っていると、また加害者に手を貸すことになる」
と奮起を促した。【鶴谷真】

毎日新聞 2006年7月3日


さて。

こういう、現在の繁栄をのうのうと享受しておきながら、
その現在と密接にリンクしている過去を
キレイゴトと勘違いで全否定するやつは許しがたい。

軍国主義の象徴というが
靖国が創建されたのは明治2年6月29日(1869年8月6日)である。
戊辰戦争での朝廷方の戦死者を慰霊するために、
東京招魂社として創建されている。

大東亜戦争の、いったい何年前かわかっているのだろうか。

戊辰戦争の官軍側戦没者を祭ったことが靖国神社の起源だが、
幕末の吉田松陰、坂本龍馬、高杉晋作なども合祀されている。
これは、合祀対象を黒船来航までさかのぼっているためである。

戊辰戦争で官軍に反抗した幕府軍、幕府側に立って戦った新選組や彰義隊、
西南戦争を起こした西郷隆盛は賊軍であるため祭られていない。

国家のため、という観点から見れば、
新撰組や西郷も国家のためを思って戦ったのであり、
言い換えれば
政府のために戦って死んだものが祀られているというのかもしれない。

ここが軍国(以下略)と言われる所以なのかもしれんが、
靖国の境内には鎮霊社という場所があって、
ここには本殿でまつられていない
すべての日本人戦没者と世界中の戦没者がまつられている。
白虎隊や西郷隆盛もここに祭られている。

加えて

戦場で死んだ軍馬の御霊を慰霊する為の戦没馬慰霊像
(昭和33年奉納)

通信に使われた伝書鳩の御霊を慰霊する為の鳩魂塔
(昭和57年奉納)

戦場で死んだ軍犬の御霊を慰霊する為の軍犬慰霊像
(平成4年3月奉納)

がある。
そして、

戦争で父を亡くし、母が子供を育ててくれた事に感謝し
昭和49年に建てられた母の像というものもある。

年間予算は20億円を越えるが、
全て戦没者遺族、戦友などからの奉納金などで維持・運営されている。
これは戦前も同様であり、
国家からは全ての神社に与えられた名目的な補助金以外に金銭的支援はなかった。
さらに、
大鳥居を金属徴用されるなど国家総動員体制に組み込まれており、
一般に言われるような他の神社との区別は一切なかったのである。

さて、
軍国主義の象徴と声高に叫ぶ馬、もとい平和を愛する地球市民は
戦犯合祀云々を根拠に軍国主義の象徴と叫ぶのだろうか?

戦犯とされた人達はすでに刑に服している。
この時点でもう罪は償ったはずである。
未来永劫、死して尚犯罪者扱いする根拠なぞどこにもない。
そして、
戦犯(とされた人達)は、
国内法では犯罪者として扱わないことが決議されている。

アジアの人々の感情(以下略)と言うが、
胡錦濤や江沢民も訪米したら花輪を持ってアーリントンに行くという。
これが本当だとすれば、
この行為は中国人民の感情を傷つけなかったのだろうか。
アーリントンの無名戦士の墓には朝鮮戦争の戦没者も眠っているからだ。
朝鮮戦争とは、
中国側の解釈ではアメリカの侵略に対する反撃だったはずで、
その侵略の手先が眠る墓に
なぜ中国の指導者は詣でることができたのだろうか。
なぜ問題にならなかったのだろうか。

国家のために命を差し出した魂に敬意を表するのは当たり前であるからだ。

現在が過去の延長である限り
それは当然やらねばならない礼儀だと思うが
どうだろうか。

靖国は断じて軍国主義の象徴などではない。
今の日本には、
そして多分、未来の日本にも
軍国主義など芽生えはしない。

ミサイルを吹っ飛ばされても、
武力攻撃とは言い切れない、などと寝言をほざき、
領海を侵犯されても何もしようとせず、
わが国固有の領土、とか言っておきながら
何の対応もせず、
9条のおかげで戦争が起きなかった、
などとふざけたことを盲目的に信じ、
話し合えばなんとかなる、と思い込み、
集団的自衛権も、
有してはいるが行使はできない、などとほざき、
拿捕、撃沈、やる気まんまんの場所へ丸腰で行かせようとし、
国民統合の象徴が靖国にも行けず、
国民の代表が8月15日にはケツを割り、
あまつさえ私的だ公式だ、などとくだらねえ話が出るこの国が、
一体どうやったら軍国主義に走るんだ。

できるわけねえだろ。

3代、文明が継承されなければ、
その文明は消滅すると言われている。

ものの見事に今の日本がかぶっている。

美学も心意気も、粋もいなせも道徳も、
何もかも消滅してるだろ。

今の日本に、
軍国主義に走ろう、なんて思うやつはいない。

もしもそうなったとしたら、
それは
他所からの圧力、干渉、誹謗、中傷、恫喝、侮蔑、
などにさらされた結果だろう。

悪いが、日本人のせいじゃない。

そうさせた相手を責めてくれ。

靖国が戦争を起こす装置だとか言ってるけれど

狂ってるのか?

紛争地に行かせるのに
重機関銃はいかんが小銃ならよい、とか
わけのわからんことをいう国だぞ。
交戦規定も作れない国だぞ。
有事でも、戦車も道交法を守らないといけない国だぞ。

靖国があってもこんなわけのわからんことを真剣に悩む国なんだ。

政治的主張に慰霊施設、鎮魂施設を巻き込むのはやめてくれ。

黙っているとまた加害者に手を貸すことになる。

その加害者、っていうのはおめ(以下略)

靖国とA級戦犯 vol.7

2006年03月28日 20時46分29秒 | 【靖国とA級戦犯】
さて。

『靖国とA級戦犯』

と銘打って

<vol.4>

<vol.5>

<vol.6>

と、3回にわたって
サンフランシスコ講和条約、アムネスティ条項を
解説をしてきましたが、
一向に靖国神社が出てきませんねw

…。

…。

さて、
vol.7。
いきますよ。


サンフランシスコ講和条約第25条にはこうあります。

第25条【連合国の定義】

この条約の適用上、
連合国とは、

日本国と戦争していた国

又は

以前に第23条に列記する国の領域の一部をなしていたもの

をいう。
但し、
各場合に

当該国がこの条約に署名し
且つ
これを批准したこと

を条件とする。
第21条の規定を留保して、
この条約は、
ここに定義された連合国の1国でない
いずれの国に対しても、

いかなる権利、権原又は利益も、

この条約のいかなる規定によっても
前記のとおり定義された連合国の1国でない国のために

減損され、又は害されるものとみなしてはならない。


さて。
わかったようで
分からないのがこの手の文章ですねw

↓  ↓  ↓  ↓


第25条【連合国の定義】

『連合国』とは

A・日本国と戦争をしていた国

又は

B・オーストラリア
  カナダ
  セイロン
  フランス
  インドネシア
  オランダ
  ニュージーランド
  パキスタン
  フィリピン
  グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国
  アメリカ合衆国

の領域の一部をなしていたもの

をいう。

ただし、

A または B に該当する場合でも、

条約の締結に関する権限を与えられている『全権委員』が、
この条約にサインをし【署名】

そして

『全権委員』が署名をして内容の確定した条約を、
条約締結権をもつ国家機関が承認すること【批准】

を『連合国』の条件とする。

そして
この条約に【署名】、【批准】していない国は、

この条約で取り決めたことについて
発言する権利はなく
日本の立場を損ねたり、
害したりするような行動にでる資格はない。

ということですね。

『この条約に【署名】と【批准】をし、
 A または B に該当する国』

⇒ 『連合国』 という。

『【署名】と【批准】をしなかった国は
 文句をたれる資格はない』

※【署名】【批准】の両方ともが必要です

さて、
この条約に【署名】した国は

49カ国。

【批准】した国は

46カ国。

ソ連・ポーランド・チェコスロバキアの3カ国は
条約の内容に反対して【署名】すらしませんでした。

中国に対しては、
代表政権についての米英の意見

『中華民国か中華人民共和国か』

が一致せず、
日中間の講和については
独立後の日本自身の選択に任せることにして、
招請は見送られました。

さて

第25条では、
ものすごぉぉく大雑把に言うと

この条約に【署名】と【批准】をしない国は
戦犯について
日本に文句をたれる資格はない


となっていました。
そして

中国も韓国も
この条約に署名、批准していません


つまり
日本との間でトラブルを抱えている
中国、韓国、いずれも
国際条約の上で

A級戦犯に関して発言資格はない

とされているわけです。

まあ、彼らは

『心の問題だ』

と言うでしょう。

心の問題である以上、
国際法や条約やらは関係ない

と。

1951年9月8日 講和条約 署名

1951年10月26日 衆議院が締結を承認

1951年11月18日 参議院が締結を承認、内閣が条約を批准

1952年4月28日 条約が発効

1959年~ B、C級戦犯、合祀が開始される

1978年 A級戦犯14柱が靖国に合祀

A級戦犯合祀の後、

大平正芳が3回
鈴木善幸が8回
中曽根康弘が9回

参拝。

中国、韓国は全く騒がず

1985年 突然『大問題』となる

空白の7年。

この間、『心の問題』はどこへ行っていたのでしょうね。


靖国とA級戦犯 vol.6 アムネスティ条項

2006年03月27日 22時59分33秒 | 【靖国とA級戦犯】
さて。
ここに、

アムネスティ条項

というものがある。

国際法上の慣習で、それには

講和条約(平和条約)が発効して、
国家間の『戦争状態』が終結すれば、
敵国による戦犯裁判の『判決』は効力を失い、
服役中の戦犯は釈放される。

と、なっています。

国際法では伝統的に

『戦争それ自体は合法的制度』

とされ、

『戦争の手段・方法を規律する交戦法規』

に違反した者だけが戦争犯罪人として、
戦時敵に捕らえられた場合に
裁判にかけられて処罰されました。

戦争を計画・遂行した指導者を犯罪人とする国際法の規則は、
厳密には

<今日でも存在していない>

と考えられています。

第二次世界大戦後、
国際連合憲章の発効とともに、

自衛戦争とは反対の侵攻戦争は明らかに違法行為

とされましたが、

<重大な違法行為としての犯罪>

とは正式にはまだされておらず、
このことは国際連合国際法委員会においても認められています。

アムネスティ条項とは

『戦争中に一方の交戦国の側に立って違法行為をおかしたすべての者に、
他方の交戦国が責任の免除を認める』

という効果を持つものとされます。

しかも、
講和条約中に明示的規定としてアムネスティ条項が設けられていない場合でも、
このような責任免除は
講和に伴う法的効果の一つであることが確認され、
アムネスティ(大赦)が
国際慣習法上の規則となっていることがわかります。

ちょっとわかりにくいですね。
やさしい言い回しに変えますね。

↓  ↓  ↓  ↓  ↓

<アムネスティ条項>とは

戦争中に

『言葉』
『記述』
『暴虐』
『暴行』
『敵対行動』
『毀損』
『失費』

といった形で行われたすべてのものを、

「交戦諸国相互間で、永久の忘却、大赦ないし免罪があるべきものとする」

つまり

お互いに全てを水に流す

と、規定されています。

<アムネスティ条項 = お互いに全てを水に流す>

ということです。

そして、
講和条約の条文の中に、

・アムネスティ条項を適用する

と、はっきり書かれていなくても、
講和条約が結ばれて正式に『戦争状態』が終われば、
自動的にこの条項が適用される

というわけです。

---------ここがポイント---------------

講和条約が成立すれば、
アムネスティ条項が適用され
敵国による戦争裁判の『判決』は効力を失い
服役中の戦犯は釈放されることになります。

-----------------------------------

た だ し

<講和条約中に特別の例外規定がない限り>

という注意があります。

アムネスティ条項として有名なものは、
古いものでは

1648年のウェストファリア平和条約

に見られるほか、

ナポレオン戦争後の1814年5月30日にパリで調印された
英仏間の平和友好条約

1866年8月23日にプラハで調印された
オーストリア-プロシャ間の平和条約

1913年11月14日にアテネで調印された
ギリシア-トルコ間の平和友好強化条約

1918年3月3日
ドイツ-ソ連条約の23~27条

1918年5月7日
ドイツ-ルーマニア条約の31~33条

などに見ることができます。

諸国の慣行を基礎にして、

講和の法的効果としてのアムネスティ
(アムネスティ:大赦の意)

を当然のものと認める国際慣習法の成立を確認することができます。

<長い歴史を持つ国際法上の慣例>

ということがよくわかりますね。

~~~~~~~~~~

さて。

ここで、
前回やったサンフランシスコ講和条約第11条に注目です。
こうあります。

>これらの拘禁されている者を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる権限は、
>各事件について刑を課した一又は二以上の政府の決定
>及び日本国の勧告に基くの外(ほか)、
>行使することができない。

>極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、
>この権限は、
>裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定
>及び日本国の勧告に基くの外(ほか)、
>行使することができない。

これが

講和条約中の特別の例外規定

です。

第11条の目的は、
講和成立によって独立権を回復した日本政府が、
国際法の慣例に従って
東京裁判をはじめ、
あらゆる戦犯裁判の

<判決の失効>

を確認した上で、
連合国が戦犯としたすべての人々を釈放することを予測し、
そのような事態が起こることを阻止することでした。

つまり、
日本政府による

<自主的な刑の執行停止>

を阻止することを目的とした規定であったわけです。

このアムネスティ条項を無視した第11条の設定については、
講和条約の草案を検討した
昭和26年9月のサンフランシスコ平和会議において、
連合国の問でも
メキシコやエル・サルバドル、アルゼンチンなどから強力な反対論が出された、
と記録されています。

『講和やら独立やら言ってるけど、オレ達に無断で釈放するんじゃねえぞ』

『お前らはオレ達の判決どおり、戦犯をブチ込んでおけ』

と。
第11条が言っていることは
こういうことですね。

~日本国は、日本で拘禁されている日本国民に、
 これらの法廷が課した刑を執行するものとする~

国際法を無視した報復が続いていた証拠です。

善悪を論じる気はありません。

ただ、

戦に敗れる

とはこういうものなんだ、と。

靖国とA級戦犯 vol.5 サンフランシスコ講和条約

2006年03月26日 20時39分59秒 | 【靖国とA級戦犯】
さて。

ここで何度も出てきている

サンフランシスコ講和条約。

これを知らないと靖国に関してわからないと思うので
ちょっと説明しますね。

第二次世界大戦における、
アメリカ合衆国をはじめとする連合国の諸国と
日本国との間の

戦争状態を終結させるために

両者の間で締結された『平和条約』

のことで
1951年(昭和26年)9月8日に全権委員によって署名され、
1952年(昭和27年)4月28日に発効しました。
正文は英語、フランス語、スペイン語のみで、日本語の正文は存在しません。

これによって正式に、
連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認しました。

国際法上では、
講和条約が発効されるまでは

「戦争状態」が続いている

とされ、
ポツダム宣言の受諾を表明した1945年(昭和20年)8月15日や
降伏文書に署名をした1945年(昭和20年)9月2日に
戦争状態が終了したとはされていません。

で。
これのどこが靖国と係わっているかというと、

第11条に【戦争犯罪】についての項目があって。

第11条【戦争犯罪】

日本国は、
極東国際軍事裁判所並びに日本国内
及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し
且つ、
日本国で拘禁されている日本国民に
これらの法廷が課した刑を執行するものとする。

これらの拘禁されている者を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる権限は、
各事件について刑を課した一又は二以上の政府の決定
及び日本国の勧告に基くの外(ほか)、
行使することができない。

極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、
この権限は、
裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定
及び日本国の勧告に基くの外(ほか)、
行使することができない。

と、あるのだけど。

この

『裁判』

の部分。
英語ではthe judgments
フランス語ではles judgments
スペイン語ではlas sentencias
となっている。

英語のjudgmentsは、
法律用語として用いられる場合、日本語の「判決」を意味する。

フランス語のles judgmentsは、日本語の判決

スペイン語のsentenciaは、日本語の判決または宣告された刑を意味し、

「裁判」という意味を含まない。

しかし外務省の邦訳文では、
判決(the judgments)が裁判(trial)と誤訳されている。

大原康男教授が、
当時の外務省条約局課長であった藤崎万里氏に取材したところ、
藤崎氏から

『昔のことなので、
なぜジャッジメントつまり判決の受諾が裁判の受諾になったか、
自分も覚えていない』

と言われたという。

日本は東京裁判を、この第11条で認めている。
だからA級戦犯は犯罪人だ。

東京裁判を否定することは、
サンフランシスコ講和条約を無視することになる。
戦後の日本をすべて否定することになるぞ。

とよく聞くのだけどだけど、
それは大きな間違いで。

『日本は諸判決を受諾する』
~Japan accepts the judgments.~

であって

連合国の報復、リンチ裁判である、東京『裁判を受諾する』

ではない。

日本は、
連合国に代わり刑を執行する責任を負っただけで、
それ以上はなにも規定されていません。

つまり、

日本政府の『受諾』の対象は、

判決主文(刑の言い渡し・死刑とか終身禁固とか)

であって、

判決理由(平和に対する罪云々で~、の部分)

ではないわけです。

講和条約の発効により、
国際法上の戦争状態を終結させて独立を回復した日本の政府は、
東京裁判の判決理由の中に示された
<歴史観ないし歴史的事実認定>

――歴史の偽造(パール博士の言葉)――

を盲目的に受けいれる義務を負わず、
いかなる批判や再評価をも、
その裁判や判決理由に下すことが自由であり、
この自由こそが、
講和を通じ代償を払って獲得した国家の「独立」の実質的意味なわけです。

~~~~~~~~~~

日本政府は、
東京裁判については、
連合国に代わり刑を執行する責任を負っただけで、
講和成立後も、
東京裁判の判決理由によって拘束されるなどということはない

~~~~~~~~~~
これが、
世界の国際法学会の常識です。

講和条約は連合国において起草されました。
敗戦国である日本国には「交渉」する権利さえ与えられていませんでした。
つまり、日本には

<条約の条文(内容)について口をはさむこと>

ましていわんや

<条文の修正を要求すること>

などは許されてはおらず
ただ

<講和条約を「受諾」するか「拒否」するか>

の二者択一の道しかありませんでした。

靖国とA級戦犯 vol.4

2006年03月25日 23時55分27秒 | 【靖国とA級戦犯】
ずいぶん前に、
あんまり腹が立ったから靖国問題をやる
と言ったのだけど
ものの見事に忘れていたのを思い出したw

さて。

第4回目になるような気がする。

~~~~~~~~~~~~~

首相がお参りするということは、
A級戦犯が戦争を始めた行為を
容認、肯定することになる。

こういうのをよく聞く。

個人ならいざ知らず、
政治家がこんな発言をしているのだから
まったくもって
高が知れている。

戦争を始めた行為を容認してはならん

というのだが、
本当に大丈夫なんだろうか?

戦争とは、国家に容認されている外交の一手段である

ということを本当に知っているのだろうか?

戦争を避けるべく最大限の努力はしなければならないし
話し合いで解決しなければならないけれど、
それでも、
どうしても解決しない場合には

戦争

という選択肢もありうる。
嫌いだろうがなんだろうが
それがスタンダードなルールなわけで。

『戦争を始めた行為』

を否定するのなら
ルーズベルト、チャーチル、蒋介石の行為はどうなるのだろうか?

まさか

敗戦国にのみ適用されるルール

なのか?

『戦争を始めた行為』を違法とする法律はどこにもない。
東条英機らは、
国際法にも、
国内法にも、
一切違反していない
しかし
戦勝国が後から勝手に作った『事後法』によって裁かれ、
7名は絞首刑に処せられた。

東京裁判が
国際法上の根拠を持たない、
戦勝国による報復裁判、
リンチ裁判であることは
パール判事の判決文はもちろん、
今では世界中の法学者の常識ですらある。

1952年(昭和27)4月28日に
サンフランシスコ講和条約が発効されるまで、
日本は

『戦争状態』

にあった。
国際法を無視した裁判による刑死者は戦死者と変わらない。
サンフランシスコ講和条約が発効され
正式に『戦争状態』が終結すると
国会は直ちに彼らの名誉回復に取り組む。

社会党の堤ツルヨ衆院議員は

遺族は国家の補償も受けられないでいる。
しかも、
その英霊は靖国神社の中にさえも入れてもらえない。


と発言している。

まず日本弁護士連合会が口火を切り、
1952年(昭和27)6月7日、

『戦犯の赦免勧告に関する意見書』

を政府に伝える。

これが契機となって、
戦犯釈放運動は瞬く間に全国規模の一大国民運動に発展し、
各種の団体や地方自治体は政府に

サンフランシスコ講和条約第11条に基づいて
関係各国に対して赦免勧告を行うように

と続々と要請。

署名運動も急速に広がり、
戦犯の赦免を求める署名数は、

地方自治体が集めたものが
約2000万

各種団体が集めたものが
約2000万

合計約4000万に達し、
また各国代表部や国会、政府、政党に対する陳情もおびただしい数に上った。

こうした国民世論に後押しされた日本政府は、
10月11日、立太子礼を機会に
日本の国内外に抑留されている
全ての日本人戦犯の赦免減刑を関係各国に要請した。

続いて議会は政府を支援すべく、
1952年(昭和27)12月9日と
翌1953年(昭和28)8月3日の2度にわたって、

『戦争犯罪による受刑者の釈放(赦免)に関する決議』
を圧倒的大多数の賛成をもって可決。
パール判決や
これを全面的に支持するイギリスのハンキー卿の著書

『戦犯裁判の錯誤』

などを根拠に東京裁判を

『文明の逆転であり、法律の権威を失墜せしめた、ぬぐうべからざる文明の汚辱』

と非難し、

独立国家の面目にかけて
今なお戦犯として拘禁されている同胞を放置することはできない


と宣言。(改進党の山下春江議員の決議提案趣旨説明演説)

さらに1953年(昭和28)8月、
議会は、

自由党、改進党、社会党右派左派による全会一致の決議

をもって戦傷病者戦没者遺族等援護法の一部を改正し、
連合軍の軍事裁判によって処刑された1068名の日本人を

犯罪者として扱わないことを決定し

彼らの死を「刑死」ではなく「公務死」と認定。
困窮していた戦犯遺族に対しても遺族年金および弔慰金を支給した。



とりあえず今日はここで。
長くなりすぎるので
続きは次回。

【韓国】靖国246万柱は全て戦犯だ!【宣戦布告】

2006年02月04日 21時40分03秒 | 【靖国とA級戦犯】
まあ、速報ではないけれど。

中国や韓国が靖国に反対しているのは
A級戦犯が祀られているからだ。

と日本人が言うのはどうやらものすげえ勘違いだったみたいだね。

少なくとも韓国はそんなことはもう焦点ではないようだよ。

韓国のohmynews.com(2006-01-30 11:02)の記事には
こう書かれている。
抜粋する。
エキサイト翻訳 韓国語

~~~~~~~~~~

(中略)

靖国問題への対応について韓国政府は、

次の3点を深刻に考慮しなければならない。

第一に、日本が靖国問題の主導権を取るのを許してはならない。

(中略)

~さあ、ここから凄いことになるよw~

第二に、

靖国批判の焦点をA級戦犯14人だけに局限させてはいけない。

靖国神社には

明治維新

西南戦争

日清戦争

台湾侵略

義和団運動

露日戦争

第一次大戦

済南事変

満洲事変

日中戦争

太平洋戦争

の時に日本軍国主義のために戦って戦死した人々が祀られている。

つまり靖国神社はA級戦犯14人のせいで危ない所なのではなく、

246万名余りの戦犯らのせいで危ない所なのだ

と言えよう。

日本国王や首相がその場所に行こうと思うのも

(中略)

246万名余りの戦犯のためなのだ。

日本国民がその場所を訪れる理由も同じだ。

(中略)

A級戦犯に焦点を合わせていては、

日本がA級戦犯を靖国神社から他所に移したら、

日本の首相の参拝をそれ以上阻止できなくなる。

首相の参拝が正当化されれば、国王の参拝につながるのは明らかだ。

(中略)

このため韓国政府はA級戦犯に関係なく

靖国神社自体と参拝自体を批判しつづけねばならない。

第三に韓国政府は、靖国神社に朝鮮人2万1181柱が合祀されている不合理な状況を、

一日も早く改善せねばならない。

(中略)

今度の機会に朝鮮人の靖国合祀を止めさせて

強制徴用犠牲者らの遺骨の返還を受けるために

日本政府に圧力を加えねばならない。

すぐ隣にある日本が

「傍若無人な強盗」

に変わる事態を予防せねばならない。

(以下略)

~~~~~~~~~~

いろんな所で予想されていたことが
ものの見事に的中しますたw

・公式参拝は許さない
   ↓
・A級戦犯が合祀されているから許さない
   ↓
・A級戦犯は関係ない
   ↓
・分祀してもしなくても許さない
   ↓
・靖国246万柱すべてが戦犯だから許さない
   ↓
・靖国の存在自体を許さない


A-HA-HA-HAプゲラッチョ

A級戦犯云々はただの方便であることを自白しますたw

嫌いだから。
大嫌いだから。
ものすげえ大嫌いだから。

日本だから。

そんなとこだろうね。

まあ、別にいいんだ。
嫌いでもなんでも。

日本の中に両方あるように、
韓国の中にだって
好き嫌い両方あるに決まってるしね。

好きだから、嫌いだから、で
相手を否定するほどアホじゃない。
個人の自由だ。

ああ、でも
韓国で日本好きを公言したら
売国奴扱いかw

まあ、よそのことはしらん。

そんなことより

246万柱全てが犯罪者である

これが一番・・・

もうこれは歴史認識云々のラインを完全に越えた。

それから

彼らが靖国について理解していないという事実は

遺骨の返還

という言葉にも表れている。

靖国には遺骨はない。

あるのは霊璽簿(れいじぼ)だけで遺骨も位牌もない。
御霊を招来してお祀りしている所なんだ。

なんか

お墓かなんかと勘違いしてんじゃねえのか?

日本と
日本人と
日本に関わる全てのものが大嫌いなのはいいんだ。

でもね、

日本のために命を捧げて散っていった方たちを

あろうことか

全員犯罪者呼ばわりするのは

正直、

・・・。

ねえ。

【麻生グッジョブ!】A級戦犯と靖国神社 

2006年01月31日 09時28分41秒 | 【靖国とA級戦犯】
韓国外交通商省の報道官は30日、
麻生太郎外相が靖国神社参拝問題に関して28日、

「天皇陛下の参拝が一番だ」

と発言したことについて

「日本の外交責任者が隣国との関係を度外視した間違った発言だ」

と論評し、発言を撤回するよう強く求めた。

「外相発言は、侵略戦争の歴史を正当化し、美化しようとするもので、非常に遺憾」

としたうえで

正しい歴史認識のもとで国際的な平和と協力のために努力するよう促す」

と述べている。

asahi.com

朝日、うれしそうだね。

あんまりムカついたんで靖国参拝問題に取り組むことにする。

朝日さえ騒がなかったらこんなに水掛け論になっていなかったのに。

さて。

まず麻生外相の発言なんだけど。

これのいったいどこが間違っていると言うのか。

天皇は国民の象徴となっている。
シンボルだね。
その象徴が、
国家の為に命を捧げた英霊に対して御参りすることの、
彼らの犠牲の上に作り上げられた平和に感謝することの、
いったいどこが間違っているんだろう。

『A級戦犯が合祀されているから』

『軍国主義の復活』

中共、朝鮮、朝○といった
日本が大嫌いな人々はそう言うだろう。
彼らは確固たる信念のもと、そう批判しているんだろう。

そこで

くすぶりも確固たる信念のもと、
靖国には、個人の感情、信念、思想は知らんが
国家間の問題なぞ1ミリも存在しねえことをチラシの裏に書き散らすことにする。

彼らの信念を否定する気はさらさらない。
いろいろ調べて、
いろいろ考えて到達した意見なんだろうから。
それはそれで好きにすればいいと思うしね。

靖国に賛成する人はどう、とか
反対する人はこう、とか
そんなことを言うつもりも全くない。

あくまで

くすぶりのたわごと

なわけで。
くすぶりの個人的な意見で、
相手をどうこう言うつもりは欠片もないことを
とりあえず言っておく。

たぶんものすげえ勢いで誤解されるだろうけど、
とりあえず、
誤解のないようにw

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

A級戦犯。

これをきちんと把握している日本人はいったいどれくらいいるんだろう。
戦勝国のリンチ裁判、って言っても過言ではない
極東国際軍事裁判において

平和に対する罪

について有罪判決を受けた戦争犯罪人を指しているんだけど、
ここまではまあ、
わりと知っている人が多いんじゃないかな。
『平和に対する罪』で裁かれた、なんて知らなくてもね。

さて。
勘違いしている人が山ほどいるのはここから。

刑の重さによってアルファベットでランク付けされたものではない

ということ。

1946年(昭和21年)1月19日
降伏文書およびポツダム宣言の第10項を受けて、

極東国際軍事裁判所条例

が定められ、
1946年(昭和21年)4月26日の一部改正の後、裁判が行われた。

起訴は

1946年4月29日 昭和天皇の誕生日

に行われ、27億円の裁判費用は日本政府が支出してる。

1946年5月3日より審理が開始し、

1948年(昭和23年))11月4日、判決の言い渡しが始まり、

11月12日に刑の宣告を含む判決の言い渡しが終了する。

絞首刑(死刑)の執行は、

12月23日 現天皇誕生日

に行われた。

このあたりも
リンチだ、って言いたくなる部分なんだけどね。

極東国際軍事裁判所条例第5条の(イ)

に「平和に対する罪」の定義が書かれていて、
この条例の英文

Charter of the International Military Tribunal for the Far East

において

第5条の(イ)の部分が

(a)

となる事に由来する

分類上の名称

であって、

罪の軽重を示す意味は含んでいない

ということ。

AやらBやら聞くと
いかにも重さで分けているように聞こえるけど、
ホントはカテゴリー上の区分けだったんだよね。

こういうのって
自分で調べていかない限りあんまり見つけないことなんだけど。
でもそれってちょっと不思議だよね。

アジアの人々のことは
その当人さえ知らないようなことまで
詳しく捏造、じゃなかった調べ上げてくるのに、
どうして自分の国のことは言葉少ななんだろうね。

すごく不思議なんだけど、
まあ高卒マイノリティだから仕方ないか。

さて、
とりあえず1回目はこのあたりで。
とても終わりそうにないからね。

ああそうだ。

侵略戦争の正当化、美化云々について。
ちょっと一言。

これもまあ、
わりと有名だから知ってる人は多いと思うけど。

ダグラス・マッカーサーは、
1951年(昭和26年)5月3日に開かれたアメリカ合衆国連邦議会上院 (U.S. Senate) の軍事外交合同委員会において、

(日本は、国外からの供給品の遮断によって1000万から1200万の人々が失業するのを恐れていたわけで)「戦争に向かっていく理由は、主として安全保障上からの要請であった」
(原文 "Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.")

と日本の自衛的側面を認めている

【朝日】靖国の問題は小泉のせいだ。

2006年01月05日 22時22分34秒 | 【靖国とA級戦犯】
首相年頭会見 私たちこそ理解できぬ

これほど理解力が足りない人が、内閣総理大臣を続けていたのだろうか。そう思いたくもなるような光景だった。

 年頭の記者会見で、小泉首相は自らの靖国神社参拝に対する内外の批判について、5回も「理解できない」を繰り返した。

 「一国の首相が、一政治家として一国民として戦没者に感謝と敬意を捧(ささ)げる。精神の自由、心の問題について、政治が関与することを嫌う言論人、知識人が批判することは理解できない。まして外国政府が介入して、外交問題にしようとする姿勢も理解できない」

 理解できない言論人、知識人とは、新聞の社説も念頭に置いてのことだろう。

全国の新聞のほとんどが

参拝をやめるよう求めている。

(中略)

 首相は忘れたのだろうか。
靖国参拝が「外交問題」になったのは、首相自身が

(中略)

政治の問題にした
からだ。

(中略)

荒れ果ててしまったアジア外交をどう立て直すのか。その具体策こそが問われるべきであるのは、だれにでも理解できることだ。

<asahi.com>
http://www.asahi.com/paper/editorial.html#syasetu1

あっはっはっwww

靖国を外交問題にしたのはどなたでしたっけ?

A級戦犯14柱が靖国に合祀されたのは1978年。
反発したのは国内の左翼だけ。

合祀の後、
大平正芳が3回
鈴木善幸が8回
中曽根康弘が9回
参拝したけど、
中国、韓国は全然騒いでない。

騒いでないんだよね。

で、戦後40周年の時
1985年、中曽根10回目の参拝の時から騒ぎ始める。

7月末から朝日は騒ぎ出し
反靖国、参拝反対のキャンペーン開始。
8月7日、
「中国が厳しい視線で凝視している」

凝視している?

中国さま、反発してくだせえ

ってことでしょ。

中国、期待に応えて8月10日に人民日報で
不快感を表明。

朝日、それを輸入して騒ぐ。

すごい連携だな。

8月14日
中国外務省、初めて公式に参拝反対を声明。

燃え上がってきたね。
国際問題になってきたね。

火のないところに火種を落とし
油を注ぎ続けて大火事へ