靖国神社に参拝に出かける。
昨年に続いて二度目なのだが、昨年は大雨だった。今年は曇りで実に暑いが、普段着で行こうという気持ちをやはりと思い直し、黒い服に黒いネクタイで出かける。強い雨が降りそうとのことだったので、早めに出かけようと9時前には出たのだが、九段下の駅はすでにかなり混雑していた。参拝の前に済ましておこうとトイレに行くと順番待ちになっていた。どうもお年寄りが多いので一人当たりの時間が長いらしい。まあしかたがないなと思いつつ、戦争といえば反射的にお年寄り、と思う日本人の感覚はいいことなのか悪いことなのか、と思う。戦争の当事国では、やはり戦争に結びつくのは若い人だろう。若い人が戦場に行くことのない国に生きているということ、をしみじみと思う。
エスカレーターは順番待ちなので階段で地上まで上がる。昨年と同様、機動隊が出ている。昨年は人出が少なかったが、今年は雨が降っていないためか仰山な人出だ。右翼の凱旋者などはほとんどいないが、いろいろなものを配っている人は沢山いる。人ごみにもまれながら大鳥居をくぐる。賛同では去年と同じく式典のテント。今年は参道自体にも沢山のバスが止まっている。そこを抜けると、乃木大将の扮装をした老人が取材を受けていたり、陸軍兵の格好をした人がラッパを吹いていたり、黒いTシャツの良く見る老人が沖縄のサンシンをひいていたり。普段はあまり目立たないが、こういう機会には沢山の取材を受けるから彼らもやりがいがあるだろうと思う。
マスコミの中継は沢山出ていたが、韓国KBSテレビの中継の横を通る。レポーターはちゃんと黒い背広を着ていたので好感を持った。ネクタイは黄色だったが。英語の話し声、中国語の話し声。手水舎で手と口を清め、中門の鳥居をくぐると、参拝客はお正月の明治神宮とは言わないが、かなりの行列になっていた。やはり八月十五日は、特に「耐え難きを耐え…」の詔勅から六〇年の今年は、特別な日、特別の年なのだなと思う。二礼ニ拍手一拝をきちんとやる隙間もない感じでしかし何とか小さな動きながらも参拝を済ませ、横に出る。缶コーヒーを飲んで一息入れ、周囲を見ようと拝殿の北側に回ると、なんだか異質な一群。行ってみると本殿参拝に来る政治家を待ち受けているらしき報道関係者の群れだった。しばらく見ていたが誰も来ないので参道に戻る。
先ほどのテントのところまで戻ると、テレビカメラと人ごみ。誰かと思ってみると、西村真悟だった。テレビの印象そのままであるが、西村塾とかいう人たちとともに参拝に来たらしい。大鳥居から九段下駅に戻ると、もっともっと続々と参拝客が神社に向かっている。やはり今日は特別の日だ。雨が降らず、お年寄りの方々も難渋しないで、無事参拝が済ませられればと思う。
八月十五日に参拝するのは、やはり英霊たちの健闘むなしく、日本が敗れ去ったということの慙愧の念を皆で共有し、中国の軍拡やアメリカの恣意的な世界支配という現代の危機に、日本を護り給えという祈りとわが国の弥栄を願い、鎮められた英霊たちと会話をしに行くところに意味があるのだと思う。過去、現在、未来が交錯する場所として、靖国神社は日本人の財産であると思う。
テレビでは、武道館の戦没者追悼式典をやっている。
昨年に続いて二度目なのだが、昨年は大雨だった。今年は曇りで実に暑いが、普段着で行こうという気持ちをやはりと思い直し、黒い服に黒いネクタイで出かける。強い雨が降りそうとのことだったので、早めに出かけようと9時前には出たのだが、九段下の駅はすでにかなり混雑していた。参拝の前に済ましておこうとトイレに行くと順番待ちになっていた。どうもお年寄りが多いので一人当たりの時間が長いらしい。まあしかたがないなと思いつつ、戦争といえば反射的にお年寄り、と思う日本人の感覚はいいことなのか悪いことなのか、と思う。戦争の当事国では、やはり戦争に結びつくのは若い人だろう。若い人が戦場に行くことのない国に生きているということ、をしみじみと思う。
エスカレーターは順番待ちなので階段で地上まで上がる。昨年と同様、機動隊が出ている。昨年は人出が少なかったが、今年は雨が降っていないためか仰山な人出だ。右翼の凱旋者などはほとんどいないが、いろいろなものを配っている人は沢山いる。人ごみにもまれながら大鳥居をくぐる。賛同では去年と同じく式典のテント。今年は参道自体にも沢山のバスが止まっている。そこを抜けると、乃木大将の扮装をした老人が取材を受けていたり、陸軍兵の格好をした人がラッパを吹いていたり、黒いTシャツの良く見る老人が沖縄のサンシンをひいていたり。普段はあまり目立たないが、こういう機会には沢山の取材を受けるから彼らもやりがいがあるだろうと思う。
マスコミの中継は沢山出ていたが、韓国KBSテレビの中継の横を通る。レポーターはちゃんと黒い背広を着ていたので好感を持った。ネクタイは黄色だったが。英語の話し声、中国語の話し声。手水舎で手と口を清め、中門の鳥居をくぐると、参拝客はお正月の明治神宮とは言わないが、かなりの行列になっていた。やはり八月十五日は、特に「耐え難きを耐え…」の詔勅から六〇年の今年は、特別な日、特別の年なのだなと思う。二礼ニ拍手一拝をきちんとやる隙間もない感じでしかし何とか小さな動きながらも参拝を済ませ、横に出る。缶コーヒーを飲んで一息入れ、周囲を見ようと拝殿の北側に回ると、なんだか異質な一群。行ってみると本殿参拝に来る政治家を待ち受けているらしき報道関係者の群れだった。しばらく見ていたが誰も来ないので参道に戻る。
先ほどのテントのところまで戻ると、テレビカメラと人ごみ。誰かと思ってみると、西村真悟だった。テレビの印象そのままであるが、西村塾とかいう人たちとともに参拝に来たらしい。大鳥居から九段下駅に戻ると、もっともっと続々と参拝客が神社に向かっている。やはり今日は特別の日だ。雨が降らず、お年寄りの方々も難渋しないで、無事参拝が済ませられればと思う。
八月十五日に参拝するのは、やはり英霊たちの健闘むなしく、日本が敗れ去ったということの慙愧の念を皆で共有し、中国の軍拡やアメリカの恣意的な世界支配という現代の危機に、日本を護り給えという祈りとわが国の弥栄を願い、鎮められた英霊たちと会話をしに行くところに意味があるのだと思う。過去、現在、未来が交錯する場所として、靖国神社は日本人の財産であると思う。
テレビでは、武道館の戦没者追悼式典をやっている。