【ブログを書くときに越えなければならないもの:現世との接点を探す】
朝一番に書く文章はその日に文章の世界に入るための一つの関門だ。モーニングページを書くときとはまた違う一つの「越えなければならないもの」がある。
モーニングページに書いたものからそのまま素直に「これを書きたい」というものが出てくればそれをそのまま書くのでその関門をスムースに越えることができるのだけど、書いていることがそのままそのとき公開するのにふさわしい文章でないときは「現世との接点」を探すのに手間がかかることが多い。
そしてそのままぐずぐずした感じで時間が過ぎてしまい、時計を見てああ参ったなと思うわけだが、それでもとにかくその日の最初の文章を書いて、どこのブログにでもいいからアップしないと、自分の一日がきちんとは始まらない感じがする。
デバイスを増やして比較的どんな環境でも文章を書けてそれをアップすることができるようになってみると、逆にその越えなければならないハードルのようなものがはっきりと見えてくるところがある。
しかし、その「現世との接点」がなかなか見いだせないような文章や考えていることは、じつは小説や創作の上では大事なことなので、それを書き留めておくことはそれはそれで大事なのだと思う。無下に切り捨てればいいというものでもない。
そう、「現世との接点」というのは大事な概念だな、私にとって。
人は現世の中でのみ生きているわけではない。タマシイがどっかに行ってるときもよくあるわけだけど、それをそのまま書いてもなんだかよくわからないものになってしまう。モーニングページは自分のためにだけ書いているものだからそれでいいのだけど、ブログは人に読んでもらうことが前提なので自分だけわかればいいというものではない。
そうそう、モーニングページとか、自分がよく使うけどあまり一般的でない言葉の解説みたいなものをどこかにきちんと書いておいて、それを参照できるようにした方がいいかもしれない。「Feel in my bones words」みたいな感じで。でなければそれを端的に説明しているエントリにリンクを張るとか。(関係ないが、今入力してたら「リンクを春」になってしまった。Macの日本語変換はまだ発展途上なんだろうか)
今はどうも、そういういろいろなことを思いつきはするのだけど、それがなかなか実行できないという感じのフェーズのようだ。つまり、現世との接点をそういう形で見いだそうというアイデアは思いつくのだが、なかなかそれをすぐ実行はできないということなんだろう。そういう意味ではそれもまた成長のための一つのステップだ、という感じもする。
現世との接点は今日も捜索中だ。と、ブログには書いておこう。せきこえのろにあさらあめ。
【現世との対応いろいろ】
昨日は午前中に家を出た。やることを時間を計算しながらどこまでできるか考えて、短い時間でもブログを書こうと思ってトライしていたのだけど、やはりまだ一日10エントリ書く、というのは難しい。自分の中をどんな風にか組み替えていけばできないことはないと思うのだが、まだなかなか高い目標だ。でもそういう高い目標を持ってその実現に取り組むことによって自分の中に眠っているいろいろな能力や潜在意識が引き出されるのが面白い。上に書いたようなことはまだあまりまとまってないのでなんだか十分現世に対応していない内容になっているのだけど、そういうものをうまく形にできるようになっていくこともまた一つの練習なんだと思う。
家を出たのは10時40分頃。最近どうもバスに乗ることが多かったのだけど、昨日は駅まで歩いた。やはりその方が感覚がしゃんとする。大手町でおりて東京駅まで歩く。「大地を守る会」で弁当を買うが、久しぶりにキーマカレーにした。中央線に乗って仕事用に買ったデバイスのWi-Fi設定をトライしてみる。とりあえずつながったのだが、なんだかよくわからないところがまだ多い。
新宿で乗り換え。今日はカレーなのであまり思いスープでない方がいいと思い、コンソメの缶ドリンクを買う。列車の中で更新しようと少し文章を書き出してみたが、「タオルやバスタオルの干し方」とか「JAFのPR誌の面白さ」とかになってしまって、さてどこのブログに書いたらいいコンテンツなのかわからず、アップできなかった。大体あまりきちんとまとまらなかったし、いつも結構面白いと思っているJAFのPR誌が昨日読んだのはいまいちだったりして、なかなか思う通りには行かない。
郷里に帰り着いてみると、新しい雪が積もっていた。昨日の朝降ったらしい。家に帰っていろいろ母と話して検討し、母の誕生日にiPadAirを買うつもりだったが、どうも母には重いようで、iPad miniを買うことにした。
それから、使えると思っていたポケットルーターがミニUSBプラグが死んでて使えないとわかった。ずっとそこに差し込みっぱなしにしていたせいだ。こういうことをきちんとやらないと行けないということは時々思い知らされる。
夜仕事をしている最中に、雪がかなり降ってきて、帰るときには少し積もっていた。何というか微妙な積雪で、かかないといけないというほどでもないのにかいてないとどうも見た感じがどうかなという微妙さ。家の周りももう起きてからやればいいいやと思って夜は早めに寝たのだが、朝起きてから見てみるとところどころ凍っていたりして、やはり寝る前にかいておけばよかったと思った。現世との対応はいろいろだ。
朝一番に書く文章はその日に文章の世界に入るための一つの関門だ。モーニングページを書くときとはまた違う一つの「越えなければならないもの」がある。
モーニングページに書いたものからそのまま素直に「これを書きたい」というものが出てくればそれをそのまま書くのでその関門をスムースに越えることができるのだけど、書いていることがそのままそのとき公開するのにふさわしい文章でないときは「現世との接点」を探すのに手間がかかることが多い。
そしてそのままぐずぐずした感じで時間が過ぎてしまい、時計を見てああ参ったなと思うわけだが、それでもとにかくその日の最初の文章を書いて、どこのブログにでもいいからアップしないと、自分の一日がきちんとは始まらない感じがする。
デバイスを増やして比較的どんな環境でも文章を書けてそれをアップすることができるようになってみると、逆にその越えなければならないハードルのようなものがはっきりと見えてくるところがある。
しかし、その「現世との接点」がなかなか見いだせないような文章や考えていることは、じつは小説や創作の上では大事なことなので、それを書き留めておくことはそれはそれで大事なのだと思う。無下に切り捨てればいいというものでもない。
そう、「現世との接点」というのは大事な概念だな、私にとって。
人は現世の中でのみ生きているわけではない。タマシイがどっかに行ってるときもよくあるわけだけど、それをそのまま書いてもなんだかよくわからないものになってしまう。モーニングページは自分のためにだけ書いているものだからそれでいいのだけど、ブログは人に読んでもらうことが前提なので自分だけわかればいいというものではない。
そうそう、モーニングページとか、自分がよく使うけどあまり一般的でない言葉の解説みたいなものをどこかにきちんと書いておいて、それを参照できるようにした方がいいかもしれない。「Feel in my bones words」みたいな感じで。でなければそれを端的に説明しているエントリにリンクを張るとか。(関係ないが、今入力してたら「リンクを春」になってしまった。Macの日本語変換はまだ発展途上なんだろうか)
今はどうも、そういういろいろなことを思いつきはするのだけど、それがなかなか実行できないという感じのフェーズのようだ。つまり、現世との接点をそういう形で見いだそうというアイデアは思いつくのだが、なかなかそれをすぐ実行はできないということなんだろう。そういう意味ではそれもまた成長のための一つのステップだ、という感じもする。
現世との接点は今日も捜索中だ。と、ブログには書いておこう。せきこえのろにあさらあめ。
【現世との対応いろいろ】
昨日は午前中に家を出た。やることを時間を計算しながらどこまでできるか考えて、短い時間でもブログを書こうと思ってトライしていたのだけど、やはりまだ一日10エントリ書く、というのは難しい。自分の中をどんな風にか組み替えていけばできないことはないと思うのだが、まだなかなか高い目標だ。でもそういう高い目標を持ってその実現に取り組むことによって自分の中に眠っているいろいろな能力や潜在意識が引き出されるのが面白い。上に書いたようなことはまだあまりまとまってないのでなんだか十分現世に対応していない内容になっているのだけど、そういうものをうまく形にできるようになっていくこともまた一つの練習なんだと思う。
家を出たのは10時40分頃。最近どうもバスに乗ることが多かったのだけど、昨日は駅まで歩いた。やはりその方が感覚がしゃんとする。大手町でおりて東京駅まで歩く。「大地を守る会」で弁当を買うが、久しぶりにキーマカレーにした。中央線に乗って仕事用に買ったデバイスのWi-Fi設定をトライしてみる。とりあえずつながったのだが、なんだかよくわからないところがまだ多い。
新宿で乗り換え。今日はカレーなのであまり思いスープでない方がいいと思い、コンソメの缶ドリンクを買う。列車の中で更新しようと少し文章を書き出してみたが、「タオルやバスタオルの干し方」とか「JAFのPR誌の面白さ」とかになってしまって、さてどこのブログに書いたらいいコンテンツなのかわからず、アップできなかった。大体あまりきちんとまとまらなかったし、いつも結構面白いと思っているJAFのPR誌が昨日読んだのはいまいちだったりして、なかなか思う通りには行かない。
郷里に帰り着いてみると、新しい雪が積もっていた。昨日の朝降ったらしい。家に帰っていろいろ母と話して検討し、母の誕生日にiPadAirを買うつもりだったが、どうも母には重いようで、iPad miniを買うことにした。
それから、使えると思っていたポケットルーターがミニUSBプラグが死んでて使えないとわかった。ずっとそこに差し込みっぱなしにしていたせいだ。こういうことをきちんとやらないと行けないということは時々思い知らされる。
夜仕事をしている最中に、雪がかなり降ってきて、帰るときには少し積もっていた。何というか微妙な積雪で、かかないといけないというほどでもないのにかいてないとどうも見た感じがどうかなという微妙さ。家の周りももう起きてからやればいいいやと思って夜は早めに寝たのだが、朝起きてから見てみるとところどころ凍っていたりして、やはり寝る前にかいておけばよかったと思った。現世との対応はいろいろだ。