ふと眩暈を感じて、少女は額に手をあてた。
照りつける殺人的な日差しは、容赦なく彼女の体を射抜いていく。
視界が揺らめくのは、眩暈のせいなのか陽炎のせいなのか。
ほんの些細なことすら考えるのが困難なこの暑さの中では、何もかもが不安定にぼやけて見えた。
胸がざわめく。
震える睫を伏せて、耳を澄ます。
古ぼけたロールフィルムが回る音。
真っ直ぐに壁へと伸びる、光の帯。
そこに映し出されるのは、忌まわしくも懐かしい夏の記憶。
お父様がいて、お母様がいた。
お姉さまがいて、私がいた。
優しいお父様と、美しいお母様と。
物静かなお姉さまと、いつも真っ黒になって走り回っていた私と。
澄んだ水を湛えた湖畔の傍で、四人は寄り添うように佇んでいる。
どこから見ても、完璧な家族。
平和で平穏で、愛に満たされた家族。
カタカタと音を立てて、フィルムは回りスプールに巻かれていく。
音のない世界で、微笑む家族は少しずつ夏の日差しに溶けていく。
真っ白い獰猛な獣に食われていくように、輪郭が消えてゆき影から飲み込まれていく。
やがてホワイトアウトした画面に、小さな雫が滴り落ちた。
色の無い白黒映画でも、その雫が赤黒く濃ゆいことが分かる。
一滴、一滴、流れる雫はやがて一筋の流れを作り、画面を黒く染めていく。
これは、血だ。
白い肌を染めるように、とめどなく流れた血。
そう、優しいお父様は優しい顔のままお母様を殴った。
美しいお母様は、流れ落ちる血も美しかった。
物静かなお姉さまは、どんなに殴られても声を出さずに地面に転がっていた。
それは、とてもよく出来たお人形のようだった。
澱んだ空気を湛えた湖畔の家で、お父様は獰猛な獣になって佇んでいる。
足元には、お人形になったお母様とお姉さまと私が転がっている。
どこから見ても、狂った家族。
狂気の饗宴で、血に染まった家族。
カタカタと音を立てて、フィルムは回りスプールに巻かれていく。
そう。
恐怖や絶望など、とっくの昔に乗り越えた。
苦しみや痛みなど、とっくの昔に捨て去った。
私の心にあったのは、しんと冷えた静寂。
その静寂の中で、一遍の迷いもなく小槌を振り下ろしたのは。
両手を血に染めて、月夜に照らして高く細く笑い声を立てたのは。
ロールフィルムが回る音が聞こえる。
寄り添う黒い影の中で、むっくりと体を起こす小さなシルエット。
その右手に、しっかりと小槌を握り締めて。
ざわめきが激しくなり、そっと手の平で胸を押さえた。
そう、視界が揺らめくのは眩暈のせいでも陽炎のせいでもない。
恐れ、だ。
恐れ、のせいだ。
それはあの日犯した私の罪が、白日の元に晒されることを恐れているのではない。
あの日からこうして幾つもの夏を見送ってもなお、罪悪感すら抱かない自分自身への恐れ。
それが私の心を妖しく奮わせるのだ。
この湖畔に眠る、私の記憶と寄り添いながら。
やがて、全ては白く風化して行くのだろう。
この何もかも焼き尽くさんとする、狂った日差しの中で。