「週刊碁」ブログに「高尾本因坊の雅号募集」の記事が掲載されて、一気に興醒めしてしまった。
私が雅号を憶測して楽しんでいるのは、実際には高尾本因坊が自身で調べ、良い雅号を選ぶだろうという前提に基づいたもの。
あくまで冗談。
子どもを授かった夫婦を、友人が祝福の気持ちを込めてからかうようなものだ。
それがいざ
「ファンから募集」
という形で現実なってしまうと、伝統ある本因坊という地位が「軽く」扱われたと感じてしまう。
確かに高尾本因坊が個人的に「識者」に意見を仰ごうが、ファンが意見を出そうが変わらないともいえるけれど。
記事のコメント欄に補足がされており、あくまで「参考意見の募集」とのこと。
その中から選ぶとは限らず、実際よっぽど良い雅号で、理由もしっかりしていないと採用されないだろう。
しかしそれならばわざわざファンに調べさせ、葉書まで出させるというのどうなのか?
以前のように募集結果は公表されないだろうから、識者が選んだものかファンが選んだものか区別はつくまい。
ニックネームなどと同列に扱われたことで、「安っぽくなった」と感じてしまうのは私だけの感覚だろうか?
この間の「段位改革アンケート」の扱いといい、「週刊碁」はファンサービスを何か履き違えていないか(言葉が過ぎたらすみません)?
今回の募集でせっかくの楽しみに、個人的にケチがついてしまって悔しい。
hexagobanさんの情報(コメント欄を含む)によって、記事を最初に読んだときの腹立たしさは大分和らいだが…。
hexagobanさん、ありがとうございます。
全く勝手で余計なお世話だが、高尾本因坊も今からでも取り消して貰った方がいいのでは?
私が雅号を憶測して楽しんでいるのは、実際には高尾本因坊が自身で調べ、良い雅号を選ぶだろうという前提に基づいたもの。
あくまで冗談。
子どもを授かった夫婦を、友人が祝福の気持ちを込めてからかうようなものだ。
それがいざ
「ファンから募集」
という形で現実なってしまうと、伝統ある本因坊という地位が「軽く」扱われたと感じてしまう。
確かに高尾本因坊が個人的に「識者」に意見を仰ごうが、ファンが意見を出そうが変わらないともいえるけれど。
記事のコメント欄に補足がされており、あくまで「参考意見の募集」とのこと。
その中から選ぶとは限らず、実際よっぽど良い雅号で、理由もしっかりしていないと採用されないだろう。
しかしそれならばわざわざファンに調べさせ、葉書まで出させるというのどうなのか?
以前のように募集結果は公表されないだろうから、識者が選んだものかファンが選んだものか区別はつくまい。
ニックネームなどと同列に扱われたことで、「安っぽくなった」と感じてしまうのは私だけの感覚だろうか?
この間の「段位改革アンケート」の扱いといい、「週刊碁」はファンサービスを何か履き違えていないか(言葉が過ぎたらすみません)?
今回の募集でせっかくの楽しみに、個人的にケチがついてしまって悔しい。
hexagobanさんの情報(コメント欄を含む)によって、記事を最初に読んだときの腹立たしさは大分和らいだが…。
hexagobanさん、ありがとうございます。
全く勝手で余計なお世話だが、高尾本因坊も今からでも取り消して貰った方がいいのでは?
今はただ、就位式を待ちたいですね、8月上旬だと思います。
「号は決まりましたか?」
高尾「いやそれが…なかなか、これというのが思いつかなくて困ってます(笑)」
「いっそファンに聞いてみるのも、いいかもしれませんね」
高尾「そうですね(深く考えず、冗談半分で)」
のような状況で、本件が決まったのではないかと憶測しています。
就位式では由来なども公表されるのか、それでガッカリしないか心配です。
「今度、中国のようすを聞かせてよ」
というシーンがあり、案外上の想像も当たっているのかなと感じました。
狭い世界ですから善悪はともかく、こういうやり取りでも交渉が成立してしまうのでしょうね。