KIRA KARACHO/唐長の奏でる唐紙の音

唐紙屋「唐長」唐紙師トトアキヒコが奏でる光りと音…「唐長美術館」への軌跡

東京スカイツリー 世界一高い唐紙

2012-05-24 10:47:00 | 思い

東京スカイツリーに唐長サルヤマサロンから羽ばたいた唐紙がおさまりました。
世界一高いところにおさめられた世界一の唐紙ということです。
江戸時代の絵師、鍬形恵斎によって描かれた「江戸一目図屏風」に携わらせていただいたのですが、この展望台から見る風景と同じようなものが江戸時代に描かれていたというなんともすごい話なんですけど、この六曲屏風の反対が唐紙です。屏風越しには日本一の富士山が望めます。そう、つまり、富士山と対峙している唐紙になるわけなのです。
あるこだわりから感覚的に生まれた微妙な銀色が陰影とゆらぎを生み出す唐紙が生まれたのです、そう、読者の皆さん曰く、ご存知のトト銀です。


このスカイツリー開業の日は、感慨深くも、そこに思いを馳せつつ…
雨音のなか、ひたすらに唐紙をつくりつづけました。
バッハの無伴奏チェロ組曲をききながら、雨音を感じ、庭に訪れる鳥たちのさえずりとともに、淡々と神妙につくり続けました…

このチェロは交流あるお客さんからいただいたものです。
その方の唐紙をつくるときに、その方が普段きいている音楽とともに唐紙を手がけましょうと提案したことから送られてきた音楽なのです。
その方からのメッセージに一部です


この二つの曲は、古典中の古典です
でも、楽譜に書かれている音符は一緒なのに、
アーティスト、楽器、時期などによって、まさに無数のバリエーションが存在します

それは、いにしえから伝わる文様のもと
先人の心、今ここでの想い、これからへの祈念を
うけいれ、かみしめ、ときはなつ
そんなトトさんの在りようにも重なって見えるのです



唐長の唐紙も、色や感覚は時代時代において変われども、文様は先祖代々変わらない板木から生まれることからこういうメッセージをくれたのでしょう。

お客さんの求めに応じることは、天の意、先祖の意である。

と、ぼくは思うようにしています。
脈々と受け継がれた唐長の世界の今の時代のバトンランナーの一人として、ぼくが担う役割があるがゆえに、ご先祖さんや神さまは、唐長の唐紙が大好きだという人々との出会いを授け続けてくれるのだと思うのです、そしてそんな人々の思いをくんだ唐紙をつくる機会を与えてくれていることに、素直に感謝し、ただひたすらにつくり続けることが、いろいろな新しいステージをつくることにつながってゆくのだと。





つくりたいものがあって、つくりたいクオリティがあって、行きたい場所がある。
だから、そこを目指して、一歩一歩、進んでいく。

自分に素直で忠実でありたいと思う。










5月24日
唐紙師 トトアキヒコ

生まれいずる何か…そこにはないのだけど、在る…の、ようなもの

2012-05-15 01:01:46 | 思い


もしも、あなたが、ほんとうに注意深くして見ることができたなら、一枚の紙の上にも精神のゆらめきが見えるはずです。





この写真は、今年の初めにぼくが手がけた作品です。
最近になって、はじめてサルヤマサロンに飾ったのだけど、来る人来る人、とりわけ、この唐紙に反応して面白い。

この唐紙…前に佇むと、風を感じるのです。
だからなのでしょうか、この作品の前に立つと何かが揺らぐのです。
いいとか悪いとか、良いとかあかんとか…それは乱暴な言い方をすれば、どっちゃでもいいのです。

価値への問いかけに価値があるのです。

そして、そういう美の世界がこの唐紙には広がっているのです。
こういう唐紙は技術や経験値だけでは生まれません。


ぼくには、刷毛を持って染めはじめた頃に、ふーと浮かんだ心象風景があります。
これは、とても大切な風景です。
今でも和紙を染めていると、決まってその風景があらわれ、風が吹き、歌が聞こえてきます。
そのことが、ぼくの染めを、とりわけ、やわらかくするのです。

いつもいつも言いますが、
繰り返し繰り返しここでも書いてますが、
唐紙とは、単なる紙ではなく、そこに思いや記憶の音を奏でる風が吹いているようなものでもある、とぼくは思うのです。
音なき音や風の匂い…すなわち気配、面影。

ぼくが目指した未完の美ともいえる唐紙の世界は、見る人の心の中で完成するのだと、つくづく思うのです。


そこにはないのだけど、在る…の、ようなもの

生まれいずる何か…
技術や作為を超えたとこにある何かに触れたいと思う毎日です。















5月14日
唐紙師 トトアキヒコ

2012-05-06 10:20:30 | 思い

道というのは、首を手にもって歩くと書きます。



今日の京都は雨。
この時期になると思い出すことがある。


生きるのはとてもたいへんなことなのに
瞬く間にして命の炎は消えてしまう

やりたいことにやれない言い訳をしてやらない人間にはならないように


と、この時期になるとぼくは思うのです。


あのときのことがあったから、あの歴史的な作品は生まれたのです。
そして、この写真の作品も。









5月6日
唐紙師 トトアキヒコ

ぼくの唐紙づくりは、価値をゆさぶる何か…と価値の転換

2012-04-30 22:29:07 | 思い

数年前にかかげ、いろんな場面でぼくたちがつかってきたことば「唐長のある暮らし」という響きが変化を求めている。
ずっと、思い描いてあてはまることばを探しているのだが、しっくりすることばが見当たらず…今は「唐長のある暮らし」ということばにとどまっているにすぎないのだ…

壁や襖などインテリアを主とした唐紙から、唐長の唐紙の本質である文様、色合い、紙であることの3つの要素をそれぞれの要素から生まれる何かを通じて幸せを願い人の暮らしにどう関わるかがぼくたち夫婦の長年のテーマである。
1冊の本や映画や音楽が人生を変えるように、1枚の唐紙や唐紙の世界観から派生して生まれる何かが世界を変えるきっかけをもたらすかもしれない。

価値観をゆさぶる何か…であり、価値の転換。

それは、人の生き方、あるいは人生そのものへの波紋といえるのだけど、どうにもうまくことばが見当たらないし、単純に巷にあふれるライフスタイルの提案…
などということでは腑に落ちないのだ。
頭の中はグルグルぐるぐる…
そのうち、言霊がふってくるだろう。







ぼくのお気に入りの帽子は後ろに穴があいている。
こんなところに穴があいていることにより、身につける人は、さまざまなことが問われるのだ。
かぶり方や髪型、心持ちにいたるまでいろんな変化がうまれる。
人によっては、かぶらないという判断もするだろう。
一つの帽子が立ち居振る舞いに影響を及ぼし、ひいては言動や性格、その人の人生にまで何かしらをもたらすのである、と、ぼくは思う。

身につける衣服は、単なるデザインや素材やブランドがどうのこうのだけではなく、そこに思想や問いかけが宿るモノにぼくは惹かれます。

四の五の言わずただ、そこに在るだけでよいものは、ぼくにとっては自然そのものだけです。

が、しかし、唐紙の世界には、その要素がたぶんに含まれていたりするのです。

自然そのものが姿を変えているのが唐紙であり、そこにひそみ、宿るものもまた自然なのです。
ぼくが数年来手がけてきた自らの指で染めて生まれる唐紙の作品「星に願いを」も本質的に発想も過程も到達点も自然そのものなのです。
そこに作為性はありませんが、作為的に見る人にとっては作為性を感じるやもしれません。

だからこそ、ある時点からふっきってお天道様にむかい仕事をなすようになったのです。

あらゆる芸術やものごとは、受け手の感性というものがついてまわります。
しかし、感受性がするどいとか感性があるとかないとか、そういうレベルでのものづくりをぼくは目指していません。
自然の前では、誰しもが美しいと感じる圧倒的な何かがあります。
ぼくの唐紙は、そこを目指しているのです。
そして、価値の転換を図るのです。










4月30日
唐紙師 トトアキヒコ

行く先 → 唐長美術館

2012-04-25 23:36:09 | 美術館への道


行く先の知らぬ者に追い風は吹きません。



今日は、唐長美術館の設立に関わる大切なメンバーのチカラが加わったと、ぼくは思っている。



古、今、異

ぼくは、これより先、古き伝統、今の世の新しき美術、全く異端なるものの世界、この3つの世界を駆けぬけようとしているのです。
一見、バラバラに思えるこの道は、ある発想のもと、その道の先で、ひとつにまとめられます。
しかるべき時に。
これが、唐長美術館であり、ぼくと愛子の構想です。



3つの世界

ひとつは、
従来のものを継承してきた唐長の唐紙の世界を、唐紙師として大切に継承してつくり伝えること。
もうひとつは、
唐紙に美術的価値を見いだしたぼくは別の唐紙の道をつくろうとここ数年奔走してきました。唐紙にアート性を見いだし、それを発展させてゆくことです。
この考えに基づく新しい唐紙作品は、美術館にもコレクションされ、さまざまな場で実を結び、個人の方々はもちろんのこと、寺社仏閣や公共の施設などいろいろなとこでおさめていただけるようにもなりました。
今手がけている近々完成する作品は、世界有数の建築家の建物におさまることが決まっています。
そして、もうひとつ、
KIRA KARACHOブランドを発信すること。
唐長文様の世界観と色あいの感覚をいかした唐紙と何かを組み合わせたものや、コラボレーションしたもの、異素材をもちいた全く紙とかけはなれた分野においての商品開発を通して世に唐長文化をしらしめ、唐紙を伝える機会をつくるということ。

そしてこれらの思想と営みを未来の担い手に受け継いでゆくこと。
この壮大なプロジェクトは、日々、着実に前進しています。


行く先の知らぬ者に追い風は吹きません。



遅ればせながら、今日からFacebookはじめました。
使い勝手が手探りでわからないことだらけだけれども、ぼくたちの思いや活動を一人でも多くの方に伝えるため、やってみようと思います。
まだ見ぬ、たくさんの方々との出逢いを楽しみにしたい、とぼくは思うのです。




4月25日
唐紙師 トトアキヒコ

ココロの回復

2012-04-24 02:23:43 | 思い


まぁまぁ嫌なことがあった。
かなり後味のよろしくないこと。

けど、いろんな人と話をしたりメールをいただいたり
そんななかにも次々と
新しい出会いがあったりする。

新しいひらめきが舞い降りて来ることにワクワクしたりもする…




…ようやく、ココロの回復がなされたようだ。




悲しみや困難のなかからも何かしらの糧を得て、
それでも、やっぱり歩いてゆきたいと思うし、
ポジティブである限り、受けた傷ははるかに大きなチカラで癒せる日がくるのだから。


自分らしくあるためには
当然リスクも背負わなきゃいけないのだ

変えられない自分の領域というものも、歯を食いしばりふんばればこそ今度は、個性となって自分を支えてくれる味方になるのだろう。















4月23日
唐紙師 トトアキヒコ







唐紙師の折りなす祈りのからかみ

2012-04-20 23:43:02 | 読書


ココン烏丸にある唐長四条烏丸店に、ひそかなヒット商品がある。

持ち運びできる唐紙です。
ちょうど1年くらい前に、ぼくは唐紙にプリーツ加工することを試行錯誤の上、見いだして生まれた唐紙「折結紙(おりゆいし)」を手がけ発表した。

もみ紙ではない。

それ以来、つくった唐紙は見事に!全ていろんなお客さんの手元にゆき、次から次へとつくり続け、もうじき1年が経とうとしている。

お店から、よく催促をうけるのだが、なにぶんこれには、からかみに一手間…いいや、二手間、三手間かかっているから、なかなか、はいどうぞ、というわけにはいかないのだ。
できたぁ…と思い店頭に並べるも、すぐにこの唐紙は売れてしまうのです。





唐紙を通じて唐紙師であるぼくが世界にできることを考えて生まれた折結紙…
この唐紙の一番の特徴は、世界の平和と手にした人の幸せを祈りひとつひとつ、ぼくの手でひとつひとつ折っているということです。

折りなす祈りの唐紙(からかみ)が結ぶ人と本の縁…
素敵な本との出会いを結んでほしいものです。

折りも結びも神に通じることから、ぼくは命名した。

モノはモノである。
そこにひそむものを感じとり、伝えるのは、あくまでも人間だ。
モノにフィロソフィーがあるからこそ、生まれる何かがあり、結ばれゆく人と物語がある。

この唐紙を通じても、いろんな出逢いや気づきがある。

1年前も、1年経った今も
ぼくは、そういうことも祈っているのだ。




本が大好きな人のためにつくった持ち運びできる唐紙「折結紙」
ぼくの折結紙は、
1Q84 BOOK1 <4月-6月> 前編  村上春樹著
つつんでいます。












4月20日
唐紙師 トトアキヒコ

4月16日 唐紙師トトに吹く風

2012-04-17 01:11:21 | 文天紙結音の会(あやつこてんしゆいおん)


音もなく
文に風あり
我が心のうちを
のせてゆく















むかし、ある人に言われたことを近頃あらためて実感した。


あなたは無になりなさい。
何にもないのに漂う存在感。


風圧を感じさせずに、そこに光り輝いている。


あなたは、そういうヒトになりなさい。



あなたは比類なきすごいものを持っている。
あなたの内なるチカラは、周りが放っておかないのだから。















4月16日
唐紙師 トトアキヒコ

Senda Aiko Selection

2012-04-11 12:51:32 | 文様


新しく手がけているKIRA KARACHOのオンラインショップ「Senda Aiko Selection」には
千田愛子のサインがはいってます。
これはグリーティングカードのもの。
手書きのサインをエンボスで刻印したものです。

一手間かけてみました。


通販で買える唐長文様のペーパーアイテムとしては、今後、カードや封筒類、メモも登場してゆく予定です。

素敵な唐長文様の文具(ステーショナリー)やペーパーアイテムたち…
唐長文様を用いた異素材の商品たち…
唐紙と異素材を組み合わせたとっておきの商品たち…



やればやるほどに世界はひろがりゆく

なんにでもできるからこそ
なんでもするというわけにはいきません

ずっと長い間愛子とぼくがあたためてきた思いは、単なるデザイン展開ではありませんしそれでは浮ついたモノしかできてきません。

ひそんでいるチカラを知っているからこそ、信じているからこそできることがあるのです。

ひとつひとつ、カタチにしてゆきます。









4月11日
唐紙師 トトアキヒコ

春風

2012-04-09 13:03:43 | 散歩や美術鑑賞など



枝くぐり
木陰をはしる
きみ愛し

春風のなか
微笑みもはしる










京都御所
お気に入りの桜の木の下で


















4月9日
唐紙師 トトアキヒコ