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「雨族」
断片58- ぷーたろー
序
1986年。
○
僕がまだ20才だった頃だ。妹が15才だった。時々、この時間は永遠に続くのだと錯覚した頃だ。
僕は大学の休みを利用して、しばらく旅に出ようと思っていた。特に何の問題は無かった。金黄の輝やきの中で、ゆらめいているような時期だった。
それは不思議な夜だった。珍しく濃い霧が、この真夏の都市にたちこめていた。
僕は、僕の愛すべき妹と夜のドライブをしていた。僕は妹を、病院から郊外の両親の家に送っていくところだった。
妹は盲目だった。おまけに足も不自由だった。世界は冷酷にして不平等であり、それは、平等という幻想を基盤にしている。
僕は、それを思うと、いつも「くそくらえ」とつぶやく。
妹と両親は、それから2年後に不幸な事故にあって死んでしまう運命だった。
幸福な事故死というのも、ひょっとしたらあるのかもしれないが、妹と両親の場合は間違いなく確実に不幸な事故死であった。
月や星の光を感じたいと言う妹を両親が近くの公園に連れていった。
そこで、妹と両親は33才の男にサバイバルナイフで、めった突きにされ、殺された。
3人を殺した後、その男も自分の首にサバイバルナイフを突き刺して自殺した。
その男の動機は誰かを道連れにして死にたかったというものだった。その男は『社会に適合できず、生きてゆく力を失った。死にたいが1人で死ぬのは淋しい』と、遺書を残していた。
僕はひとりぼっちになり、かなりの遺産を相続した。
妹はフォーレの曲が好きで、その濃い霧の夜も、フォーレの「ペレアスとメリザンド」をながしながら国道を、ひたすら走り続けていた。
僕は「レクイエム」の方が今夜は合うんじゃないかと言ったが、妹は許さなかった。妹は、その組曲の大ファンだった。
青や黄や赤の流線光が、次々とフロントガラスを半円形に横切る中で、妹は、ある夢の話を始めた。
「その夢の中のお兄ちゃんは、今より、ずっと年をとっているの」
と妹は言った。
「それで、1人ぼっちで淋しくて、何故だか南の島の夜風に吹かれて砂浜をさまよっているの」
「新婚旅行にでも行って時計でもなくして、探しまわってるのかな」
と僕は言った。
「ちがうの。夢の中の私はちゃんと歩けるから、お兄ちゃんのあとを、ひょこひょこと追いかけまわして、“いったいお兄ちゃん何を探しているの?”って聞くの。それでも、お兄ちゃんは、何かを探すのに一生懸命で、私の方を振り向こうともしないの。相手にしてくれないの。それで私は、お兄ちゃんの体を力一杯うしろから抱きしめて、もう一度聞いたの。“何してるの?”って」
「南の島、夜、涼しい風、静かな波の音、きれいな星空。さて僕は何をしてたの?」
と僕は言った。
「お兄ちゃんは大きな声で言うの。“放っといてくれ、邪魔しないでくれ、お前さっきの大爆発が聞こえなかったのか?まっ黄色に輝やいていた、まん丸の月が、さっき物凄い音で、くだけ散ったんだ。月が無くなったんだよ。大変な事だ。僕は月の欠けらを探しているんだ。早く全てを集めて復元しないと、二度と月は以前のように美しく輝やかなくなっちまう。月の欠けらを探すんだ。欠けらから完全に輝やきが失せてしまう前に。”ってね。そして私を、ふりほどいて再び、ふらふらと、樹々や波間や砂の中を、真剣な顔をして探し始めるの」
「ふーん。昨日、見たの、その夢」
と僕は聞いた。
「毎晩よ。ここ、3週間、毎晩、同じ夢。なんだか気味が悪いの」
「僕は年をとって、南の島へ行って、月の欠けら探しをするのか」
と、僕は言った。
「たぶん、そうよ。この夢の事、憶えておいてね、お兄ちゃん」
と妹は言った。
「南の島で月のかけらさがし」
車は霧深い都市圏を抜け、郊外の細い曲がりくねった道に入って行った。
霧の向こうに、うっすらと、大きな青い月が見えた。
断片58 終
This novel was written by kipple
(これは小説なり。フィクションなり。妄想なり。)
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