昨日、生まれて初めて、犬にお線香をあげた。
ご近所のゴルちゃん、享年9歳。
きなこと同じ毛色で、ふたまわり位は大きい。
初めて会ったのは、まだパピーのきなこを連れてお散歩してる時。
ご近所犬事情に明るくなかった当時、ゴルちゃんとの遭遇は、とっても嬉しかった。
飼い主さんは、失礼承知で言えば、私の祖母の年代の方。
大きなゴルを連れてのお散歩は楽ではなかったはず。
きなことの距離を縮めようとはしなかったから。
でも、飼い主さんは、きなこの名前をすぐに覚えてくれて、よく声をかけて下さった。
和名にしといて良かった(笑)
そのゴルちゃんの家が、我が家からすぐ近くだと知ったのは、しばらく経ってから。
お散歩以外でも、玄関の門の中でくつろいでいる時には、いつも話しかけていた。
幼稚園への通り道ということもあって、そうしてた子供もたくさんいたと思う。
人伝いに訃報を聞いたのは、亡くなってから4日後。
その間、飼い主さんにもお会いしてる。
「 きなこちゃん、いってらっしゃい 」と普段と変わらず声をかけてくれていた。
・・・胸が痛い。
この街に暮らし始めて3年半。
地域の何も知らない私は、ひとりで歩いていたら、誰とも思われない存在だけど、
きなことお散歩することで、たくさんの方に認知してもらってる。
きなこ不在のスーパーで、「きなこちゃんのママ」と声かけられるのは、恥ずかしい様な嬉しい様な。
あくまで犬を通してのお付き合いだから、家をお訪ねするのは気が引けたけど、
気持ちだけと思って、お花を持って伺った。
ちょうど家周りを掃除してた飼い主さんが、「お線香を」とおっしゃるので家の中へ。
「お掃除してなくて」と言いながら中に通してくれた。
部屋の真ん中に設けられた祭壇に、まさにこの家の中心だった存在が亡くなったんだと想像させた。
亡くなる前日まで、なんら変わらずお散歩していたのに、翌朝具合が悪くなって、病院で点滴中に亡くなったそうだ。
高齢の飼い主さんに、大型犬の介護をさせなかったのは偶然じゃないと思う。
きなこによく似たパピーの頃の写真も見せていただいた。
7歳で亡くなった先代ゴルのこと、やっぱりゴールデンが好きだとも話してくれて。
初めての犬へのお焼香は、人間のそれと何ら変わらなかったけど、
変な話、いわゆる人間の葬儀よりも、ずっと純粋な別れの儀式に感じた。
祖父が亡くなった時、なんだか騒々しい身内の惨状に、既に独立してた私は電話口で父に
「おじいちゃんは、静かに眠ってるっていうのにねぇ」と言ったら、
「そうなんだよ」と電話の向こうで泣いてる様だった。
そんな父も、潔く、静かに逝くことを望んでいた・・・
訃報を聞いた人が、平服で気持ちばかりの花を持って、故人(犬)とのお別れと、遺族へのお悔やみに伺う。
こんな形なら、葬式不要論者(?)の私の身内も受け入れられるんじゃないだろうか。
2週間前に、父方の祖母が亡くなったこともあって(94歳、葬式不要論者)、そんなことを考えた。
(ゴルちゃんの飼い主さんは、母方祖母の年代ね 汗)
ご近所の犬仲間、ブログで知り合ったきなこのお友達、知り合った分だけ別れがあると思うと気がめいりそうだけど。
笑顔と涙を共有するって、これはただの趣味仲間ではないんじゃないだろうか。
ゴルは生まれた時から、言ってみれば余命10年。
駆け足で楽しい思い出を詰め込みまくる今の生活が、とっても大切。
長ったらしく書いたけど、犬素人、人生若輩者のたわごとですので聞き流してください・・・・。
ご近所のゴルちゃん、享年9歳。
きなこと同じ毛色で、ふたまわり位は大きい。
初めて会ったのは、まだパピーのきなこを連れてお散歩してる時。
ご近所犬事情に明るくなかった当時、ゴルちゃんとの遭遇は、とっても嬉しかった。
飼い主さんは、失礼承知で言えば、私の祖母の年代の方。
大きなゴルを連れてのお散歩は楽ではなかったはず。
きなことの距離を縮めようとはしなかったから。
でも、飼い主さんは、きなこの名前をすぐに覚えてくれて、よく声をかけて下さった。
和名にしといて良かった(笑)
そのゴルちゃんの家が、我が家からすぐ近くだと知ったのは、しばらく経ってから。
お散歩以外でも、玄関の門の中でくつろいでいる時には、いつも話しかけていた。
幼稚園への通り道ということもあって、そうしてた子供もたくさんいたと思う。
人伝いに訃報を聞いたのは、亡くなってから4日後。
その間、飼い主さんにもお会いしてる。
「 きなこちゃん、いってらっしゃい 」と普段と変わらず声をかけてくれていた。
・・・胸が痛い。
この街に暮らし始めて3年半。
地域の何も知らない私は、ひとりで歩いていたら、誰とも思われない存在だけど、
きなことお散歩することで、たくさんの方に認知してもらってる。
きなこ不在のスーパーで、「きなこちゃんのママ」と声かけられるのは、恥ずかしい様な嬉しい様な。
あくまで犬を通してのお付き合いだから、家をお訪ねするのは気が引けたけど、
気持ちだけと思って、お花を持って伺った。
ちょうど家周りを掃除してた飼い主さんが、「お線香を」とおっしゃるので家の中へ。
「お掃除してなくて」と言いながら中に通してくれた。
部屋の真ん中に設けられた祭壇に、まさにこの家の中心だった存在が亡くなったんだと想像させた。
亡くなる前日まで、なんら変わらずお散歩していたのに、翌朝具合が悪くなって、病院で点滴中に亡くなったそうだ。
高齢の飼い主さんに、大型犬の介護をさせなかったのは偶然じゃないと思う。
きなこによく似たパピーの頃の写真も見せていただいた。
7歳で亡くなった先代ゴルのこと、やっぱりゴールデンが好きだとも話してくれて。
初めての犬へのお焼香は、人間のそれと何ら変わらなかったけど、
変な話、いわゆる人間の葬儀よりも、ずっと純粋な別れの儀式に感じた。
祖父が亡くなった時、なんだか騒々しい身内の惨状に、既に独立してた私は電話口で父に
「おじいちゃんは、静かに眠ってるっていうのにねぇ」と言ったら、
「そうなんだよ」と電話の向こうで泣いてる様だった。
そんな父も、潔く、静かに逝くことを望んでいた・・・
訃報を聞いた人が、平服で気持ちばかりの花を持って、故人(犬)とのお別れと、遺族へのお悔やみに伺う。
こんな形なら、葬式不要論者(?)の私の身内も受け入れられるんじゃないだろうか。
2週間前に、父方の祖母が亡くなったこともあって(94歳、葬式不要論者)、そんなことを考えた。
(ゴルちゃんの飼い主さんは、母方祖母の年代ね 汗)
ご近所の犬仲間、ブログで知り合ったきなこのお友達、知り合った分だけ別れがあると思うと気がめいりそうだけど。
笑顔と涙を共有するって、これはただの趣味仲間ではないんじゃないだろうか。
ゴルは生まれた時から、言ってみれば余命10年。
駆け足で楽しい思い出を詰め込みまくる今の生活が、とっても大切。
長ったらしく書いたけど、犬素人、人生若輩者のたわごとですので聞き流してください・・・・。
「いってらっしゃい」と声を掛けてくれたおばあちゃんを思うと
ふと泣いてしまいそうになりました…。
ブログ村のランキングを見てると
時々おともだちじゃないゴルちゃんの訃報を見たりもしますが
やっぱり悲しくなりますねぇ
けんしろうももう4歳。
あと数年もすればシニアの仲間入りかなぁ。
ずっとずっと一緒にいたいのにって思ってしまいます。
きなちゃんがそのおばあちゃんを癒してあげられるといいですね
ちゃんと向き合っているから
このご近所のゴルが亡くなったことに対して
いろいろな思いが去来したのではないでしょうか。
確かに犬は人間より短い一生です。
でも言いすぎかもしれませんが
きなママさんが感じたように
人間の場合より素直に
その死と対峙できるのかもしれません。
今回のブログで
また少しルーレットのことを思い出した
無宗教かつ葬儀不要論者のおとんです。
読んでいてとても胸が熱くなりました。
そしてやっぱり先代の事を思い出しちゃいました。
先代(徳次郎)との別れが済んで落ち着いた頃に近所の公園のお友達に会いに行ったんです。
もう大丈夫って自分では思っていたのに私ったらボロボロ泣いちゃって・・
その時会えなかったお友達家族もその後お花を持って来てくれたりしてとてもうれしかったのを覚えてます。
おばあちゃんもきっとお線香あげにきてくれてうれしかったでしょうね。
別れの時はいつかは必ずきてしまうけど・・
だからこそ毎日を大切に過ごしたいですね。
↓沼田のリンゴ園にお蕎麦屋さんなどワンコも一緒に遊べる場所のリサーチすごいわぁ~
私もちゃんと調べてから行けばよかったな。
次々に旅立っていきました。
お宅にお花をもってお邪魔し、
その子の思い出話、今いる子の話
たくさんの犬の話をして帰って来ます。
涙を流したり 笑ったりしながら・・・
わたしも 全く信仰心がなく
家族にも 「お葬式はやらないでね!」と言っている人間です。
でも こんなふうに 「バカな人だったよね~」なんて笑いながら話してもらえれば うれしいかな。
以前 トレーナーさんに 「10年以上はおまけと思った方がいいですよ」と言われた言葉が
ずっと残っています。
彼女達は わたし達よりも何倍も濃い時間を過ごしているんだよね。
同じゴールデンで、毛色も同じ子だったんで、
きなこを見ることはつらいかもしれないな~と思いました。
でも、「時々きなこちゃんをなでさせてね」と言われて、
今まで通りのコースでお散歩してます。
いるはずのない玄関をふと見てしまうのは、しばらく続きそう・・・。
やることは相変わらずで、いつまでも子供みたいに思ってしまうけど、
着実に歳を重ねているんですよねぇ。
あんまりとらわれ過ぎるのもいけないけど、
大事に大事に過ごしたい、ですよね。
カーロのおとんさん
ちゃんと向き合えているなら嬉しいんですけど。
どうも私は、いつか来るその日を毎日意識して暮らしてる気がします。
絶対に後悔したくない、何も後悔したくない、って。
そんなのムリなんですけど(汗)
ルーレットちゃんとは、いつでもどこでも話出来ますからね。
いっぱい、お話してください。
私も無宗教ですが、「神様・・・!」とは思います(笑)
部屋の真ん中の祭壇、たくさんのお花に囲まれていて、
少しでも飼い主さんの心が癒えればいいなと思いました。
周りの方も、飼い主さんがお散歩しなくなってしまうのではと
心配したりして、声かけているようです。
悲しみは人それぞれだけど、そんな周りの温もりは支えになりますよね。
ままさんもハルんパも、大事に大事にハルるんとの時を刻んでいることが
いつも伝わってきますよ。
ハッチさん
来年で10歳になると聞いていたので、
その時はお祝いのお花を贈ろうと思ってたんです。
お花が違ってしまいました・・・。
このソファにいつも寝ていて、と空っぽのソファを指さすのが悲しかったです。
先代ゴルが亡くなって半年経って、息子さんが今の子を連れてきたそうですが、
年齢的にも、ご本人はもう自信がないようで。
きなこがもうちょっといい子なら、リードを持っていただきたいのですが・・・(汗)
泣いたり笑ったりしながら、たくさんお話をして、
ひとりになって、また、たくさん考えて、
その後も、ことあるごとにたくさん思い出して、
心の中で話しかけて、
それしかできないし、それがいちばんだよね。
あまりに突然の事で…。
このお宅とは、お互い2代目ゴルで、もう15年以上のお散歩友!!
飼い主のおばあちゃんからお手紙頂いて、言葉もありませんでした。
きなママさんの素敵なブログに、うん、うん、とうなずくばかりです。
とにかく人が大好きだったこのりゅうちゃん、
いっつも道の真ん中でおなか出してひっくり返っていたっけ。
公園では元気いっぱい!!
ラリーがデビューした日、「あんた生意気よ!」って、ガウガウされたっけ。
でも、ラリーは明るいりゅうお姉様が大好きでした。
実は、おじいちゃん(ご主人様)もこの春に亡くなりました。
おばあちゃんの、「今年は淋しい年の瀬です」のお便りに、ただただ涙…ですが、
きっと今頃天国で、楽しかった想い出、しっぽ振り振り、おじいちゃんや、先輩犬達に話してるよね。
りゅうちゃん、優しいおばあちゃんを見守ってあげてね。
わたしは自分の体験や想いを飼い主さんに重ね合わせてしまうので
いたたまれない気持ちになってすぐに涙してしまいます・・
突然の訪問でもお花やお線香をいただいたり
思い出話ができることって本当に嬉しいものです^^
きっとおばあちゃんはほっこり温かい気持ちになってるとおもいますよ^^
私も無宗教で、儀式的なお葬式はしなくていいと言ってる人間です
甥の葬儀の時に、失礼を承知で言わせてもらえば
例文で綴られた弔電の中に、まるで故人に語りかける
手紙のような長い文章の弔電が紹介されました
ニュースで訃報を知った幼稚園の先生から・・
わんこは義理だとか世間体とかは全くなくて
そんな想いの人々だけに送られるので神聖に感じられるのかもしれませんね
私もそんな風に心から悔やんでくれる人だけに送られるのが理想です^^
ラリーくんご家族にとっても、悲し過ぎる突然の知らせでしたね。
お散歩友と言っても、先代からたくさんの喜び悲しみ共有されてたママさんにとっては、
自分のことのように胸が張り裂ける思いでしょう。
りゅーちゃんが、お腹出してひっくり返ったり、
お友達にガウガウしたり、
そんな姿は私は知りませんでした。
ラリーくんも大好きなおねえさんに会えないこと、さみしいでしょうね。
気丈に振る舞ってらっしゃいますが、
今までそこにあった温もりが、急になくなってしまうのは
とても、おつらいと思います。
悲しみは消えなくても、ママさんはじめ、
周りの方の励ましが支えになればと願うばかりです。
そして、ぬくもりは消えてしまっても、
りゅーちゃんは今もすぐ側にいるということ
感じていてほしいです・・・。
shecoさん
お仲間が増えるということは、悲しい知らせを聞くことも増えるということだものね。
大事なものが増えた分だけ悲しみも増えるのはつらいです。
元気に「おはよう」「いいお天気だね」が言えることの幸せを実感します。
甥っ子さんの幼稚園の先生の手紙、
聞いたご家族は涙が溢れただろうけど、
心のこもった手紙は胸打つだろうね。
例えば、人知れず消えてしまうのが故人の望みなら、
残された者の為に大げさな葬儀する必要はないのではと思ったりします。
shecoちゃんのマールへの思い、
私には共有できなくて申し訳ないです。
いつか、きなこの話を聞いてもらう時、
初めて分かち合えるのかな・・・。