キはキモノのキ

キモノ‥愛してます

プロジェクト“H”

2007年02月15日 | ちくちく

 プロジェクトHaori !!   
 
 身丈わずか143センチ。
 幅が足りない。
 羽裏はどこだ。
 継ぎ合わせること、数ヵ所。
 「はーい、ここを縫ってねー」‥
 そして、迎えた、完成の日。
 162センチの葉の、挑戦の記録。

   2006年、夏。葉の元に、一本の電話がかかった。
 「あのねー、田中(仮名)のおばちゃんがねー、もうキモノ着ないから、葉ちゃんにあげるってー。もらっておいたからねー」
 電話の主は、実母。顔の広いひとだった。近所中に娘が最近キモノを着ている事を触れ回っていたのだった。
 葉、キモノ好き。ありがたい話ではあった。だがしかし。

 不安は的中した。
 田中のおばちゃん。とても小柄な人だった。
 葉のもとにもたらされた、身丈わずか143センチのキモノ多数。‥とても、着ることはできなかった。
 なんとか、浴衣などの単ものは身幅を出し袖を直して対丈で着た。
 しかし、袷。まるっきり解いて、作り直すしかない。‥羽織にしよう。そう思った、そのときからこのプロジェクトははじまったのだった。
 
  羽織を作ろう!と決めた着物。身丈143センチ

 アナウンサー「袷で、長羽織を作る。しかも、小さい着物から縫い直すなんて、すごくたいへんなことだと思うんですが‥どうしてそんなことをやる気になったんですか?」
葉「前にも古い羽織で道中着を作ったりしたんですわ。それで、こんどは羽織りかなーと。あんまり持ってないですしねー」
アナ「単と袷、羽織と道中着。かなり違うと思うんですが‥」
葉「いやー、あんまり考えてませんでしたー。とりあえず、先生に相談したらなんとかなるかなぁって~」

 2006年、9月。
 和裁の先生に相談した。先生、二つ返事で引き受けてくれた。「着物って、これだから愉しいのよねー」心強いお言葉。葉、嬉しかった。いそいそと、着物を解いた。
  

 ただ、羽裏が必要だった。着物の八掛だけでは尺が足りない。また、羽裏はお洒落のポイント。無地ではつまらなかった。
 どこかに羽裏はないか。何か手持ちのものを解くか、ハギレを探すかと考えていたその頃。オットの実家に帰省した葉、たまたまキモノを着ていた。すると、義母。「使う~?」と言って呉れた羽織。小さくて着られないが‥可愛い羽裏だった。葉、その日のうちに羽織を解いて、洗ってアイロンをかけた。

 その義母の羽裏。身頃分と袖を継ぎ合わせて、長羽織に必要な長さができた。
 残りは、着物の八掛と継いで、袖の裏になった。
 これで、ようやく長羽織に必要なだけの布が、揃ったのだった。それは、2006年10月のことだった。

 
 慎重に寸法を決めて‥
 
 見ごろを裁つ!(手は先生の手です)

 しかし、困難はまだ続いた。
 幅が足りない。
 羽織の袖は着物よりも二分長く作る。葉の袖幅は九寸。しかし反物の幅自体が九寸そこそこ。
 「継ぐしかない」
 奥身分を足すことにした。幸い、継ぎ目の目立たない柄だった。

 次なる課題。羽織の、衿。ひと幅が必要であった。
 着物の衿や奥身は半幅しかない。足さねばならないのか。何を。緊張が走ったそのとき。
 「余り布がありました!」
 別の文庫にまぎれて、この着物を作ったときの余り布が発見された。その長さ、4尺。「小さい人だから‥こんなに余ったんだ。おばちゃんありがとう」
 しかし、長羽織の衿にはやはり足りない。‥やむを得ず、掛衿を継いだ。継ぎ目が目立たないこと、ここでも助けてくれた。
  
 (どこで継いであるかわかりますか~?)

アナ「いっぱい継ぎましたねー」
葉「はいもう、山盛り。羽裏を継いで、袖裏を継いで、衿を継いで、袖を継いで‥。継ぎ目を縫って、縫い目を割って、縫い代を綴じるんです、全部。んもうちくちくちくちく。やってもやっても形にならない。思えばこのへんが一番つらかったです。」


 しかしパーツが揃うと、和裁の時間のたびに羽織は少しずつ、できあがっていった。
 先生に待ち針を打ってもらって、そこを縫う。その繰り返し。
 裏と表を合わせたり、袖の丸みを作ったり、難しいところは先生が縫ってくれた。
 そして、袷は‥難しいところが多いのだった。
 葉は、ひたすら待ち針を打ってもらったところを縫い続けた。
 和裁教室。女ばっかりでわあわあきゃあきゃあとしゃべくりながら。長羽織、ちゃくちゃくと出来ていった‥。

 そして年が明け、いつのまにか2月。ついに、その日は来た。
 その日は和裁の日ではなく、先生のお宅で「おうち展示会」だった。しかし、葉は身頃・袖がそれぞれ出来上がっていた羽織を、持って行った。「せんせー、待ち針打ってくださーい」
 賑やかに、反物を品定め。おしゃべりしながら、先生の手元は素早く動いていた。そして・・
 「はいこれー。あとは裏をくけくけして綴じてねー」
 いつの間にか袖。ついていた。裏地を止めつけてある待ち針が、まぶしかった。
 「せんせー。ありがとーーー」
 葉、帰宅していそいそと、裏を綴じた。
 
 縫い終わったー‥。

アナ:結局袖は先生がつけてくれたんですね。
葉:そうなんです。わたくしは裏を綴じただけ。衿のところも前下がりもマチのところも先生がやってくれましたー。あ、あと袖の丸みもー。
アナ:えっと。結局、葉さんは何をやったんですか?
葉:だから~、先生が待ち針を打って「ここを縫ってね」というところを縫って、「ここをくけてね」というところをくけたんです。ぁ、あと着物を解いた!
アナ:えー‥裁ってもらって印しつけてもらって待針打ってもらって縫い方指示してもらって、そのうえ難しいところは全部縫ってもらったわけですよね。
葉:そうでーす。
アナ:それって‥「葉さんが羽織を作った」と言えるんでしょうか?
葉:えーと‥「葉は羽織を縫った」とは、なんとかかろうじて言えるような気が、しないでもない、ような気がする‥ゴニョゴニョ」
アナ「‥言葉の綾ですね」
 
 翌週。葉は、縫い終わった羽織を持って和裁教室に行った。
 魔法のアイロンをかけてもらうためだった。
 先生の手が素早く動くと、よれよれだった羽織、仕立て上がりのようにしゃんとした姿になった。
 
 これを文庫に入れて、しばらく落ち着かせてから、着るつもり。
 おばちゃんが着ていた143センチの着物は、こうして162センチの葉の長羽織として生まれ変わった。

 ほどくと四角い布になる着物。着物として着られなくなったら羽織に、道中着に、もっと古くなってもいいとこどりしてでんちこなどに。生まれ変わりながら、布としての命が尽きるまで、愛しみ尽くすことができる。着物って、ほんとうに佳いものである。
 新しいものを誂えるのはもちろんこの上ない愉しみだけれど、こうやって昔のものを甦らせていくことは、それとはまた違った無上の愉しみであるとしみじみ思った。
 そして、一枚の着物のためにこうやって時間も手間もかけること‥これは現代ではたいへんな贅沢ではないだろうかとも、感じたのだった。
  
             これが                           こうなった    

 こうして、おばちゃんの着物を葉の羽織に縫い直す「プロジェクトH」は成功した。
 しかし、葉の元にはまだおばちゃんの着物、たーんとあるのであった。
 旅は、まだ終わらない。
 


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28 コメント

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壮大なロマン (may)
2007-02-17 17:25:32
私もこういう和裁の先生がいたらな~と思います。
自分ではウールの身幅出しもできないんだもの。

羽織の次は何かな~?
またお下がり着物の繰り回しの相談に乗ってね
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お~ (きママ)
2007-02-17 21:35:26
すっごい~~パチパチ、、、(先生に?)
完成するとうれしいね。
苦労したものは手放せないものね。
ずっと宝物になるよ。
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すごいすごい! (うまこ)
2007-02-17 22:16:22
そして
・・・・小さい声で(うらやますぃ~)

おばちゃんの着物を全部なんとかできた頃にはもう自分一人で何でも出来るようになってるかも。
ダブルで授業料のもとを取りますね!
つぎはぎ切りばめ訪問着とか、
片身替わり風1+1=1着物とか、
帯にしたりとか、
いろ~んなことができそうですね!
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なんだか… (Q)
2007-02-18 01:03:19
泣けました。いや本当に。
ええもん見せていただきました。だー(涙の奔流)。

俺の手元に死にかけギターが三本半ばかり。
専門店に相談したら、復活は可能とのこと。
(ただし音の質は保証の限りではないとw)
あいつらもこういう具合に甦えらせてやりたいなあ。
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Unknown (花兎)
2007-02-18 08:59:34
すごい!
いい羽織ができましたね~。
柄もいいけど、出来上がるまでの過程もまた感動的です。
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わたし的にBGMは・・・ (すうざん)
2007-02-19 15:33:01
タイトルの「プロジェクトH」(aori)←が一瞬読めなかった。

と読んで、えっち?

と、自分のブログと同様の内容かと思いきや、某公共放送にも負けないくらいのドキュメンタリー。

すべて読み終わった後、わたしの耳には♪世情♪が聞こえてまいりました。
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すごく素敵!! (あなん)
2007-02-19 18:06:01
ああ、素敵だわ。
和の衣服の生命力?には、本当に感動してしまう。
葉さんってば、素敵な和服ライフだわー!
是非是非またお召しになって、関西へお出ましくださいませ。
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おかげです ()
2007-02-19 21:00:19
>maymayさん
 ホントホント、わたくしのこんにちあるは先生のおかげです。
 maymayさんも近かったら教えてもらいに来れるのに、ざんねんです~。

 次に手がけているのは、あの片貝木綿ですよん。こんどは単ものなのでわりと早くできるだろう、多分。出来あがったらおそろで歩きましょうねえ。
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宝物です! ()
2007-02-19 21:02:24
>きママ
 ほんにそう、気に入ってるキモノはどれも宝物だけど、これは特に思いで深い一枚となりました。
 近所のおばちゃんと、義母と、そして和裁の先生とわたくし。これだけの思いが入っていますものね!うれすぃ~
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そ、それはすごすぎ! ()
2007-02-19 21:04:26
>うまこさん
 そういえばうまこさん、片身代わりの着物つくってみえましたね!HPで拝見して「すっごー」と思っていたのでした。
 切りばめ訪問着!それはまた、すごすぎです。できたらすごいなあ~~。

 しかし、わたくしのこの作り方では‥きっと、いつまでたっても自立できないでしょう。いいの、一生先生のお世話になるの!
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