"不散"
2003年台湾
監督)ツァイ・ミンリャン
出演)チェン・シャンチー リー・カンション 三田村恭伸 ミャオ・ティエン シー・チュン ヤン・クイメイ チェン・シャオロン
満足度)★★★★★ (満点は★5つです)
ユーロスペースにて
雨のそぼ降る夜、閉館の決まった台北郊外の古い映画館では、その最後の日にひっそりと往年のヒット作『龍門客棧』が掛かっている。
映画館で働く切符切りの足の悪い女性(チェン・シャンチー)と映写技師の男(リー・カンション)、雨を避ける為に映画館に逃げ込んだ日本人男性(三田村恭伸)、かつてこの映画に出ていた老俳優達(ミャオ・ティエン、シー・チュン)・・・。
ひなびた映画館をさ迷う人々を『龍門客棧』の進行とあわせて淡々と描くツァイ・ミンリャン2003年の作品。
もう一年位前になると思います。スティーヴン・キングの小説を原作にした『ライディング・ザ・ブレット』という何ともB級な作品がひっそりと公開されていたのですが、キング・ファンの僕はいそいそと、都内で唯一の上映館に足を運んだわけです。
その上映館が歌舞伎町の新宿オスカー。
キレイで機能的なシネコンが増えている中、昭和で時が止まったような少し不思議な空間なんです。
しかも平日の昼間、掛かっているのも地味ーなB級作品ということでロビーにも人がまばら。というか上映10分前になっても自分しかいなかったという・・・。
僕はそのときこの世界からちょっとだけずれた異空間に迷い込んだような非現実的な感覚を覚えました。
都会に住む人間の孤独を的確に掬い取って映像化することにかけては世界を見渡しても右に出る者はいないと思われる(いや、本当に!)ツァイ・ミンリャン。
そんな彼が映画の黄金時代を知る古い映画館への鎮魂歌を作りあげてくれました。
シネコンやDVDに圧され、打ち捨てられるしかない小汚いハコ。既に廃墟のようなその建物の中を、やはり時代に取り残されたような様子の人々が無目的にさ迷う。
人々がこぞって映画館に訪れた黄金時代を偲ばせるその大きさも、人が殆ど来ない今となっては空虚さを強調するだけで。
だけどこの映画館は、長年に渡って人々の喜怒哀楽を見守ってきたわけです。その遠い記憶が刻み付けられた場所では不思議なことも起こる。
「ここには幽霊が住んでいる」
倉庫のような場所で、本人もまた幽霊のような謎の男が迷い込んだ日本人に語りかけます。
そう、時間が止まったようなこの空間では何事も起こりえるのです。
そこはまた静かな深海のようでもあり・・・。
もう何と言って良いのかわからない、隅々まで映画館文化への愛情が詰まった静かでしかも圧倒的な映像詩。
誰にでも勧められる作品ではないけれど、僕にとっては心の深いところにしっかりと残りました。
今年の私的アカデミー作品賞最有力作。