あるタカムラーの墓碑銘

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第三章 一九九五年春――事件 (2)  その3 (連載第36回途中~第38回途中)

2016-06-22 23:50:27 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
昨日の朝日新聞夕刊(関西版)にも、「大峯伸之のまちダネ」の<住友村の変容 3>で、『黄金を抱いて翔べ』でお馴染み、三井住友銀行大阪本店ビルが紹介されています。3回目は内部の1階応接ロビーのステンドグラスの紹介。
本日の夕刊は選挙開始の特別版のためか、掲載がありませんでした。


第三章 一九九五年春――事件 (2) その3  (「サンデー毎日」 '96.3.3~'96.3.17)

☆去年秋、リスクマネジメントのコンサルタントが言ったものだった。警察と何らかの関わりを持たなければならない事態になったとき、無防備でいられるのは幼児だけですよ、と。 (「サンデー毎日」'96.3.3 p71)

☆今の気持ち。監禁中に考えたこと。日之出が標的になったことについての感想……?
今やまた、何も分からなくなったと思いながら、城山は乗用車の後部座席に身を埋めて頭を垂れた。分かっているのは、この自分の状況はたしかに犯罪者のようなものだということと、それでも日之出を守る義務だけはあるということだけだった。警察に頼るか、三五〇万キロリットルのビールが人質だと言い残した犯人の慈悲にすがるか。その判断には、いま少しの猶予を残しておくつもりだったが、両隣に座っている捜査員たちを相手に、城山はとりあえず腹の探り合いを覚悟した。双方の利害がどこまでも一致することがない以上、なびいた方が貧乏くじを引くことになる。
 (「サンデー毎日」'96.3.10 p71)

☆なんでと尋ねられて、合田はちょっと返答に窮した。時間が経てば経つほど、被害者は対外的な防備を固め、知恵をつけ、顔を作るようになる。これからも、記者会見などで城山恭介の顔を見る機会はあるだろうが、そのときはすでに別人の顔になっている可能性がある。事件に巻き込まれた被害者の、山のような思いが変形しないうちにその素顔を見ることが出来る機会といえば、富士吉田から東京へ戻ってきた辺りが限度だった。大森署に入るときの顔を逃したら、もうチャンスはない。ブツの捜査には関係ないし、ちょっとは励みになる、といった次元の話でもないが、ただ見たいだけだった。折にふれて、そういう理屈なしの欲望が噴き出すようになって、もう久しい。 (「サンデー毎日」'96.3.17 p68)

☆見慣れた高架とその谷間の第一京阪やオフィスビルの連なりが作る風景は、合田には端的に《窒息》という記号だった。脚立を並べて路上を埋めている報道陣も、カメラというカメラが注視している第一京阪の車の流れも、そのときとくに目に入っていたわけではなく、窒息感の傍らで神妙に動き続ける自分の心臓を訝りながら、自分という個体は何のために生まれてきたのかなと、実りのない自問に陥っていただけだ。
しかし一方では、《窒息》の底には一部に熱をもった鬱屈の溶岩が溜まっていて、間を置いてはどこかにともなく噴き出してくる。考えるなと自分に言い聞かせては考え、期待していないつもりなのに期待し、勝手に足は動き、勝手に苛立ち、突然どうしても被害者の顔を拝まずにいられなくなったりする。その衝動は、つい数年前には想像もつかなかった激烈さで、自分でも怖くなるほどだった。
 (「サンデー毎日」'96.3.17 p69)

☆全部合わせてもほんの十秒足らずの間だったが、合田は城山恭介の顔一つに見入り、凶悪事犯の被害者には見えない整然とした外見や、誠実にもしたたかにも見えるその表情を追った。中でも、取り囲む報道陣や警察に城山が投げかける表情の堅固さは目を引き、合田はふと、ときどき金融事件などで捕まる企業人たちの顔はこれだな、とも思った。企業人たちは、とりあえずは企業論理と市民感覚と個人の三つの鎧で固めて、司法組織と対峙してくる。城山はまったくの被害者の立場だが、この先、いずれは捜査と企業の双方の利害が対立することを予想しているのか、警察に対して全面的に依存するような顔はしていなかった。かといって、明らかに腹に何かあるような顔ではもちろんなかったが。 (「サンデー毎日」'96.3.17 p69)

☆現場の刑事に、警察と大企業の凭れあいを斟酌する必要などないが、上が幕引きだと言えば、現場は従わざるを得ない。連れの愚痴の中身は、ただそれだけのことだった。合田とて、似たようなことを考えないわけではなかったし、あえて異論を唱える気もなかったが、その一方で最近は、組織や身内の論理に対する関心が、これまで異常に薄れているのも感じていた。そういう「だから?」だった。
だいいち、企業相手の捜査をあれこれ言う前に、企業という現実を自分はどれほど知っているのかと合田は自問する。十四年の刑事生活でずいぶん社会を見てきたつもりだったが、それも、警察という特殊な組織のフィルターを通して見てきたに過ぎない。日本人の大多数が生きている企業社会についてほとんど何も知らない自分の目に、日之出ビールという大企業の社長その人の表情が、どの程度、的確に捉えられたというのか、あらためて考えると、合田には自信はなかった。そうして、わざわざ行きずりの病院に立ち寄って、逮捕監禁事件の被害者の顔一つを見た結果、自分自身の人生の狭さにあらたな窒息感を覚えた、というのがほんとうの感想だった。
 (「サンデー毎日」'96.3.17 p70)

☆合田は目を逸らせ、いったい誰が悪いのだろうと思う。今ごろ捜査の中心にいる特殊班や二課の何人かは、事件の全容を突きとめようと全神経を尖らせており、その動きが見えない末端の自分たちは欠伸をしており、また別のところでは、誰かが事件に関係のない内通ごっこにかまけているというのは。 (「サンデー毎日」'96.3.17 p69)


【雑感】

その3は、城山恭介社長視点、根来史彰さん視点、合田雄一郎さん視点。でもって根来さん視点は取り上げてない。
今回、合田さん視点を入れるかどうか、散々迷ったんですよー。引用部分の入力が多くて大変なので。しかし、踏ん張りました。

今回分でサン毎版に無いのは、「昨夜、義兄と電話して、城山社長のことを合田さんが訊ねて、加納さんが答える」という回想の場面です。

サン毎版は、ことごとく義兄の影が薄い・・・!

このことから勝手に推測するに、この時点では高村さんは「加納さんの合田さんへの想いをどうするか」というのを迷ってらしたか、あるいはハナから考えてなかったか。 ・・・としか思えん!

当初は合田さんを死なすつもりだったらしく、死ぬ人間に対して義兄の想いをどうこうするのも、おかしな話ですしねえ。

高村さんは、どの辺りで転回されたのか。探れるといいな。

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第三章 一九九五年春――事件 (2)  その2 (連載第35回途中~第36回途中)

2016-06-20 23:27:08 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
本日の朝日新聞夕刊(関西版)にも、「大峯伸之のまちダネ」の<住友村の変容 2>で、『黄金を抱いて翔べ』でお馴染み、三井住友銀行大阪本店ビルが紹介されています。高速道路を含めた上からの写真なので、ちょっぴり偵察気分を味わえますよ。


第三章 一九九五年春――事件 (2) その2  (「サンデー毎日」 '96.2.25~'96.3.3)


☆合田雄一郎は一度にざわめき始めた会議室を出て、三階の洗面所に入った。被害者発見を聞いたとき、考える前に足が駆け出しそうになり、もう少しで〈現場へ行かせてくれ〉と叫ぶところだった。そんな自分を、もう一人の自分はそのとき、少々慈悲深い目で斜めに眺めていたが、現実に生きて動いているのは、その両者を足して二で割った自分だ。 (「サンデー毎日」'96.2.25 p72)

☆警察官。
その一語は、事件発生直後に臨場した際、頭に満ちた靄の中に含まれていた何ものかが、論理のフィルターを通って形になったものだった。しかし、警察官の一語は、そうして脳裏をよぎるたびに軽い電気ショックになり、号だの思考に空白を作る。
合田はしかし、そこで現実を優先させて思考を一旦停止させなければならなかったし、現実にそうした。そうしなければ、今自分に割り当てられている仕事に専念出来ないからだが、それ以上に、不本意な現場で不本意なミスをしでかして自分のクビが飛ぶことを、この自分が恐れているのだということも分かっていた。四月には三十六になる男一人、刑事をクビになったら何をするというのか。
 (「サンデー毎日」'96.3.3 p69)


【雑感】

その2は、久保晴久さん視点と、合田雄一郎さん視点。でもって久保っち視点は、取り上げるべき部分が無い。
そして、短くてゴメンなさい。その3で予定している城山社長視点が長いためです。

上記に挙げた合田さんの部分は、単行本・文庫と読み比べてみれば、微妙な表現の違い、そして有無の違いがあることが分かります。

今回分で、いの一番に挙げるべきは、書籍にある「合田さんが携帯電話で加納さんからの留守電を聞く」場面が無い! のです。

サン毎版では義兄の存在どころか、おぼろげな影さえもないのです。書籍化の際に相当、加納さんに関する内容を加筆修正されたのですね。

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第三章 一九九五年春――事件 (2)  その1 (連載第33回~第35回途中)

2016-06-19 23:34:46 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
先週末から今週いっぱいにかけて、連日夜9時ごろまで残業してたので、作成できませんでした。すみません~。
(『黄金を抱いて翔べ』に登場する某施設に関する仕事が入って、内心ではちょっとニヤニヤ、外面では「残業しんどい、いやや~」状態)

関西版の朝日新聞夕刊にだけに掲載されたと思うのですが、「大峯伸之のまちダネ」という写真付きコラムで、<住友村の変容 1>に、『黄金を抱いて翔べ』でお馴染み、三井住友銀行大阪本店ビルが紹介されています。
昨年5月に半世紀ぶりの大改修が終わったとのこと。これから地どりされる方は、とても綺麗な建物が見られることと思います。

サンデー毎日版『レディ・ジョーカー』は本日読了。ああ・・・長く充実した読書期間でした。幸せ♪ 読み終えるのがもったいなくて、ゆっくり読みました。

第三章 一九九五年春――事件 (2)は、「サンデー毎日」'96.2.11~'96.6.9、連載第33~49回途中まで。 すごく長いので約10回程度に分割してアップします。

第三章 一九九五年春――事件 (2) その1  (「サンデー毎日」 '96.2.11~'96.2.25)


☆その後、一転して、急激な静けさが訪れたかと思うと、一瞬の驚愕が走り抜け、
城山は〈死ぬのだな〉と思った。この世のものではない冷気に全身を包まれながら、この冷気は昔、空襲のさなかに自分をいつも覆っていたものだと思い出す。混乱し、戸惑いながら再度〈死ぬのだな〉と思い、摩訶不思議さと、形の定かでない恐怖と悲しさに、あらためてじわじわと全身を締めつけられた。死というのは、いきなり驚愕とともに訪れ、ほんの少し余分な待ち時間があると恐怖がそれに伴い、さらに余分な時間があると、深々とした悲しさがついてくるもののようだった。なるほど、これが死ぬということか。
 (「サンデー毎日」'96.2.11 p69)

☆法学部在籍中、ゼミの仲間は皆司法試験を受けたが、城山は法律の道にも進まないと早くから決めていた。卒業して企業に入ったとき、二十二歳の若造は何を考えていたか。人間に対する深い慈愛がなければ務まらない医師や弁護士は、自分にはその資格はないが、物を売って対価を得る資本主義経済の一端なら担えるだろうし、誰にはばかることもない。そんなふうな恐ろしく浅薄な考えで、社会人の一歩を踏み出したのだということは、自分以外の誰も知らない。 (「サンデー毎日」'96.2.18 p68)

☆ものを作り、売る、企業行為とは何なのか。商品力、営業力とは何なのかを考え始めたのは、やっと四十を過ぎた頃だったろうか。二度の石油ショックとプラザ合意がさすがに効いて、日本経済の行く末と社会のありうべき変化、その中でのビール事業の未来図を描きかね、密かに自信を失い始めたのもそのころだった。しかしそれも、昭和五十年代を通して、ビールの販売量が好景気と市民生活の膨張に支えられて伸び続けていたから、そんな悠長な迷いに甘んじられていたのであり、ぐすぐすしている間に、本来しておくべき問題提起や具体的行動を怠っただけだったのだ。 (「サンデー毎日」'96.2.18 p68~69)

☆今は、はっきり分かっていた。経営とは、株主の利益を図り社員の生活を保証するという、単純明快な義務だ。経営者個人の自信や迷いが何であれ、利益を確保する義務があり、それを果たす義務があり、果たすために何をどうするか、だ。社員にはよい商品を作り、売る努力をする義務があるが、利益を確保するのは経営の義務だ。 (「サンデー毎日」'96.2.18 p69)

☆失敗は半年後にははっきりするが、成功は半世紀後の人間が知ることだ。
そんなふうに考えてみると、今の今、自分という個人には大したものは残っていないなと城山は思い、ことさら悔いることもないが、満足するにはほど遠い企業人生だったと結論を出した。さらに人間としての成長云々を言われたら、二十二のころの小生意気な世界観からいくらも抜け出しておらず、八歳で身につけてしまった自己不信の原罪は未だに悔い改めてはいない。
 (「サンデー毎日」'96.2.18 p72)


【雑感】

その1は、誘拐された城山恭介社長視点。

サン毎版だけにしかない事柄、またサン毎版に無い事柄を、上記に引用したもの以外で、気づいたところだけ挙げます。勘違いしてたり、間違っていたらごめんなさい。

一番の相違は、書籍にある「解放後、例の写真を見せられた城山社長が、自殺しようとして思いとどまった描写」 が無いところでしょう。 写真は細かく破って埋めていたところは一緒。

この「自殺しようとして止めた」ことが無いことによって、サン毎版では後々の内容にも響いてきます。


他には、《日之出マイスター》の開発チームに電話を入れた言葉が、

☆「飲みました。第二の日之出ラガーです。ありがとう」だったが。 (「サンデー毎日」'96.2.18 p70)

になっていました。


城山社長が思い描き、執念で完成させた、《悦び》《華やぎ》《晴朗さ》のコンセプトがこめられた《日之出マイスター》のようなビール製品って、現実にはあるんですかね? 私は下戸なので、分からないし、判断のしようもないのですが。

ビールに限ったことではありませんが、それでなくても毎年のように新製品が出ては消えていき、限定品もあり、定番やロングセラー製品でも改良を重ねたり・・・。
日○の「●王」なんて、途中で改悪(私にはアレは改悪だった!)されちゃって、長期間買わなかったことがあったもんなあ・・・。今は生麺の「●王」に落ち着いてますが。

《日之出マイスター》は、もしかしたら高村さんが「こんなビールが飲みたい」と思われた、理想のビールなんでしょうか?

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第三章 一九九五年春――事件 (1)  その3 (連載第30回途中~第32回)

2016-06-12 23:15:03 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
第三章 一九九五年春――事件 (1) その3  (「サンデー毎日」 '96.1.21~'96.2.4)


☆所轄でのこの一年は、班としての、課としての、署としての検挙率を上げるために、自分の手にあるものは何でも吐き出してきたつもりだが、ときどき理由もなく、人の顔を見るのも口を開くのも億劫になって、心身がずんと重くなる。今も少し、そういう状態だった。 (「サンデー毎日」'96.1.21 p55)

☆合田が本庁にいたころ、神崎は鑑識課長だったが、そのころから《効率》が歩いていると言われた人物だった。挨拶や物言いから、人間関係、捜査指揮の手法まで、すべてが正確、迅速、鋭利に回転している感じがする。刑事向けの部内報の『第一線』に載った今春の一課長就任時の挨拶の言葉は、《凶悪化する犯罪の脅威にさらされている市民の不安と被害者の無念と、刑事警察の果たすべき責務を思えば、犯罪捜査における組織の身内の論理、妥協、言い訳などは一切無用である》だった。
合田はそれを読んだとき、ついていくのに不服はない人物だが、一旦反りが合わなくなったらそれで最後だなとも、ちらりと思った。組織における強固な意志というのは、公平無私であっても自我は自我、主観は主観だからだ。その自我や主観はしかも、一課長ともなると、官僚組織で出世するために不可欠の、複雑怪奇な免震構造のバネも同時に備えている。そのバネがどんなものなのか、自分には死ぬまで分からないのだろうと、そんなことをふと考えていたために、合田は普段着のままのチノクロスパンツの両脇に揃えた自分の指先を、ぴしりと伸ばすことはなかった。
 (「サンデー毎日」'96.1.28 p79)

☆クラブから電話を入れてきたのは一課担の久保晴久で、たまたまその電話を取った根来史彰は、そうして久しぶりに後輩の久保の声を聞くことになった。相変わらず、喉に緊張や内省の皮一枚が張っていて、何事も一旦その皮を通過してくるような、抑制のきいた声だと思った。いったい先輩の誰がそうだったというのか、新聞記者は生身であって生身でなく、弱者の味方であるが中立でもあるといった二律背反と、久保は真正面から格闘しているような感じがする。根来自身がとうの昔に失った、あるいは初めから持っていなかった報道への情熱や信念の一つの形を、久保の声を聞くたびに、ああこんなものだったかなと思い知らされて、根来はちょっと考え込むのだ。 (「サンデー毎日」'96.2.4 p72)


【雑感】

その3は合田雄一郎さん、久保晴久さん、根来史彰さん視点と目まぐるしくかわります。

サン毎版だけにしかない事柄を、上記に引用したもの以外で、気づいたところだけ挙げます。勘違いしてたり、間違っていたらごめんなさい。

・土肥課長代理に「幹部がいつこっちへ来るのか、聞いてこい」と言われた合田さん。単行本・文庫では聞きに行くフリをして、時間潰してから「分からないそうです」と誤魔化してましたが、サン毎版では以下の通り。

☆「勘弁して下さい」と合田は返事をし、「それより、会議室に折り畳みの机と椅子を入れましょうか」と適当にはぐらかした。しかし土肥は、頑迷に「まだ、本部どうこうという指示は来てない」と言い、続けて「この重大事に椅子や机がどうした!」ときた。
合田は釈明をする気もなく、「すみません」とだけ詫びてドアに手をかけた。
 (「サンデー毎日」'96.1.21 p58)

反抗してる(笑) 無駄な抵抗、かわいいねえ。結局、数時間後には机と椅子を並べる羽目になるんですが。



第三章 一九九五年春――事件 (1) その1
で紹介したサン毎版にしかいない人物、第一機動捜査隊本部班長の上浦俊一警部は、今回限りで、もう出ません。書籍化されたら名前がなくなって「班長」の表記のみ。「何だったんだ・・・」と思われたから、高村さんもカットされたんでしょうなあ。合田さんと絡むのかと思ったら、アレきりなんだもんなあ。


今回特筆すべきは、合田さんの神崎秀嗣一課長評。
「ついていくのに不服はない人物だが」なんて、えらく好意的じゃないか。 『LJ』の単行本・文庫のこの辺りの合田さん、サン毎版ほど神崎さんに対してそんなに好意的ではなかった気がするぞ。
後の『冷血』(毎日新聞社)で神崎さんとのことがちらりと語られてて、それを思い出しちゃったじゃないの。サン毎版の表現のほうが、『冷血』に繋がってるよ。

『冷血』上巻 「第二章 警察」 読書メモ で取り上げましたが、ご覧になるのもめんどくさいだろうと思うので、『冷血』上巻p199より抜き出します。

■一方、自分はといえば、Kが捜一課長だった時代にその引きで警部に昇進したこと。

■Kの子飼いだった自分は強行犯捜査を外れて特殊犯へ異動したこと、などなど。

K(=神崎)の子飼い、合田雄一郎!
 なんだもんね。「LJ事件」の後は神崎さんに贔屓にされていたことは知ってたけれど、まさかここまでとは、と驚いたもんなあ。


最後におまけコーナー。

【今回の義兄・加納祐介】

◆電話は、東邦本社からあまり遠くない法務検察合同庁舎の八階にある、特捜部の検事席の一つにかかるはずだった。そのデスクの主は、根来の想像が間違っていなければ、最近は二信組の不正融資事件の担当で、連れの事務官と一緒に押収資料の山に埋まって、午前八時から深夜まで伝票めくりに追われており、昼休みには肩こり解消のためのダンベル体操をしている。三年前、根来が裁判所クラブのキャップだった時期に親しくなった人物だが、ほかのネタ元と同じようにほとんど仕事に関係のない付き合いに留まっている。相手は、特捜部内では珍しく、縦横の閥に関係がなく、その分おそらく出世コースではないし、それは根来も同じだから、お互い当てにするものがない分、疲れることもない仲だ。 (「サンデー毎日」'96.2.4 p75)

はい、ここがサン毎版にしかない「ダンベル体操をする加納さん」です。
ダンベル体操・・・時代を反映してますねえ。NHKの月~金の朝の情報番組で、数年間ダンベル体操を10分くらい、やってましたよねえ。

しかし義兄のイメージとこれほどかけ離れたものは、ないな。登山するくらいだから体力つけるのにやっている・・・なら分かるのだが、「肩こり解消」って・・・。

◆三回呼び出し音が続いて、電話はつながった。デスクワークについているということは、相手は多分、日之出ビールの件で臨時召集がかかったという特捜検事の中には入っていないということだが、失望するまでもなかった。
「神田の三省堂ですが」と、根来はいつもの符牒で名乗った。《先月、振り込みましたけど》という返事があり、続けて《泊まりだったんでしょう?》と軽く尋ねてきた。
「聞きました?」
《北品川の件なら。ぼくは関係なさそうですが》
 (「サンデー毎日」'96.2.4 p75)

サン毎版で義兄が「ぼく」と自らを呼ぶ珍しい場面。いや、もしかしたら他の作品でも「ぼく」と呼ぶところは無いのではないでしょうか・・・?
公には「私」呼び、合田さんに対してだけは「俺」呼びだからね、加納さん。

◆「そろそろ季節だし、花見酒に誘っていいってことですか、それは」
《あはは、外は雪だ》と相手はきさくに応じた。
「ところで、下心もないことはないんですが、義理の弟さん、今は大森署でしょう……」
根来がそう切り出すと、電話の向こうで苦笑いする気配があった。
《あれは、ご存じの通りの堅物ですから。ここのところ、彼も少し人間が変わりましたが、本質的には三児の魂百までで。それに本人も、なかなか難しいところに差しかかっているようで……》
「事件の話はしません。一度一緒に飲みましょう。ぼくは合田さんには三年前に会ったきりだが、何というか、もう一度会いたいと思わせる引力がありましたよ、彼は」
《時期をみて、電話下さい。本人がうんと言うかどうか分からないが、あれも、ちょっと外の世界の空気を吸う方がいいんです。若輩者ですが、ぜひ付き合ってやって下さい》
「こちらこそ。電話します」
《ではまた。失礼します》
 (「サンデー毎日」'96.2.4 p75)

微妙に台詞や描写が違っていますね。書籍では 「雪がやんだら誘ってください」 でしたし、ため息をつく加納さんの描写がありませんね。

◆受話器を置いて、根来は折り目正しさが付け足しではない特捜検事の端正な顔一つを瞼から振り払った。次いで、三年前にちょっとした経緯で会った合田雄一郎という名の刑事の、傲岸で繊細そうな細面の顔を脇へ押しやり、レポートの二行目に戻って都知事候補のコメントを拾い始めた。 (「サンデー毎日」'96.2.4 p75)

ここは義兄より、根来さんによる合田さん評「傲岸で繊細そうな細面の顔」が目を引きますな。
そして奇しくも最後の部分、「都知事候補のコメント」に笑ってもうたがな。自ら辞任するのか、引きずりおろされるのか、どっちだ?


加納さんコーナーで引用した文章は、今回は全て繋がっています。読みやすいように分割しました。


第三章 一九九五年春――事件 (1)は今回で終わりです。お付き合いいただき、ありがとうございます。 次回から第三章 一九九五年春――事件 (2)です。

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第三章 一九九五年春――事件 (1)  その2 (連載第27回途中~第30回途中)

2016-06-12 00:52:32 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
第三章 一九九五年春――事件 (1) その2  (「サンデー毎日」 '95.12.24~'96.1.21)


☆菅野は公安記者が長かった切れ者で、口数が少ない上に、人が一つのことを考える間に三つぐらい考えてしまうからか、若手とも同期とも、あまり会話が成立しない。根来自身は不思議に付き合いは長いが、何年付き合っても、私語も少なく私情もほとんど不明で、どうやって解くのか分からないが正解だけは載っている問題集のようだと、声を聞くたびに感じさせられる。ほんとうは、百人体制の東邦社会部の中で一、二を争う酒豪なのだが、本人は言わないし、知っている者は少ない。そういう男だった。 (「サンデー毎日」'95.12.31 p65)

☆フロアは、電話をかける声、呼び出し音、出入りの足音、飛び交う声の渦だった。事件で沸き立ち、沸き立った自分たちが排出するエンドルフィンでさらに沸き立ち、回転するマスメディアの本性は、永遠に年を取らない自称〈社会正義の砦〉たちの、永遠のお祭りだ。 (「サンデー毎日」'95.12.31 p69)

☆久保は早速地図を開きながら、未だ形もない何かに期待した。新しい事件が起こり、目先が変わるたびに胸に膨らむのは、自分の前に新しい地平が開けるのではないか、少なくとも今這い回っている場所ではないどこかへ、抜け出せるのではないかという幻だ。 (「サンデー毎日」'96.1.7・14 p59)

☆しかも菅野の判断は、久保の知る限り、これまで間違っていたことがない。
そうしてまた櫛を取り出した菅野の手中には、自分が菅野の歳まで頑張っても絶対に築けないだけの情報網があるのだと、久保はよく思う。菅野が慶応で、久保が早稲田だというのはおそらく関係なく、一線で走り回った時間の長さも関係ない。ネタ元を開拓し、付き合いをつなぎとめるために、それぞれの記者が自腹を切ってつぎ込んでいる金の多寡も、おそらく関係ない。どこに差があるのか久保には分からず、仮に新聞記者としての能力や適性の差だというなら、それも理解が出来ない。そういうわけで、ことあるごとに羨望や疑念をないまぜにした複雑な感情にとらわれては、知らぬ間に考え込んでいるのだった。
 (「サンデー毎日」'96.1.7・14 p62~63)


【雑感】

その2は根来史彰さん、久保晴久さんの東邦新聞視点。

サン毎版だけにしかない事柄を、上記に引用したもの以外で、気づいたところだけ大雑把に挙げます。(全て、挙げてられないので) 勘違いしてたり、間違っていたらごめんなさい。

・社会部の番デスク・田部氏の、根来さんへの指示の内容
1回目は「根来君は、遊軍の方頼む」
2回目は「根来君は、配置表頼む!」
(「サンデー毎日」'95.12.31 連載第28回より引用)

単行本化された時に指示は1回のみ、「配置表」だけになりました。

・田部氏の台詞の違い。 根来さんと配置表作ってるときに
サン毎版は 「ついに企業テロの頂点が来たな……」 (「サンデー毎日」'95.12.31 連載第28回より引用)
書籍化された時は 「しばらく泊まりになるな……」


特筆すべきは、菅野キャップはKOボーイですか! 単行本版『照柿』の秦野組長と同じ大学出身ですか! 多分、年齢的に菅野キャップのほうが先輩ですね。
秦野組長の出身大学は『照柿』が文庫化された際に削除され、菅野キャップの出身大学は『LJ』が書籍化された際にカットされた、と。ふむ。

新聞社も、出身大学によって各派閥があるので何かと大変ですねえ。


「新聞社の仕事」に関する私の乏しい知識は、『新聞をどう読むか』 (講談社現代新書) に掲載のコラムから得ています。
内容は「LJ」の連載の頃より約10年ほど時代が下りますが、ワープロ全盛期の時期なので、久保っちの持っている七つ道具はあんまり変わらないはず。
その当時の雰囲気を感じ取れると思うので、参考までに紹介しておきます。興味ある方は、図書館等で探してみてください。

いま、現在の「新聞社の仕事」に関しては、他にいい本があると思いますから私に尋ねないでね。

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第三章 一九九五年春――事件 (1)  その1 (連載第26回~第27回途中)

2016-06-07 23:51:21 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
第三章 一九九五年春――事件 (1)は、「サンデー毎日」'95.12.17~'96.2.4、連載第26~32回まで。 何回かに分割してアップします。

第三章 一九九五年春――事件 (1) その1  (「サンデー毎日」 '95.12.17~'95.12.24)


☆諸葛所へ移って生活時間にゆとりが出来たとき、合田はいろいろ新しい生活設計を立ててみたが、資格を取ったり通信教育を受けるといった積極的名勉強にはついに手が出なかった。代わりに貯金をはたいてヴァイオリンを買い、大学卒業以来久しぶりに楽器に触れて悦に入った。去年の夏は涸沢の雪渓で独演会をやり、自分自身は全身が空洞になるほど気持ちよかったが、登山のパートナーである義兄には一言、「お前は崩壊している」と思案げな顔で言われたものだ。
崩壊している、というその半年前の一言を突然思い出しながら、合田は『日経サイエンス』を放り出し、またちょっとテレビの画面を眺める。
 (「サンデー毎日」'95.12.17 p59)

☆どちらも二十代の若い巡査で、名を井沢、紺野といった。大森署の刑事課に六人いる強行係の中でも、刑事の経験数カ月。血に弱い、足は遅い、頭は鈍い、酒だけ強い、という二人組で、取柄といえば真面目なことと、比較的署に近いところに住んでいることぐらいだった。二人は葬列に紛れ込んだちんどん屋がやっと雇い主をみつけたような顔つきで、首を突き出してきた。 (「サンデー毎日」'95.12.24 p110)

☆合田は、今の己の無力と将来の無力を考えながら、自分の足元に目を落とした。所轄の一刑事には、右のものを左へ動かす権限はない。捜査情報は、ほんの一部を知らされたらいい方で、事態がどうなっているのか、明日にはもう分からなくなっているだろう。そう思うと、自分の身体一つが無用な棒切れのように感じられた。 (「サンデー毎日」'95.12.24 p110)

☆班長は、寸暇を惜しむようにそれだけ言い、先に立って踵を返しかけてから、思い出したように振り向き、初めて気づいたというふうに合田の顔を見た。
「あんた、七係にいたあの合田……? 俺、上浦だ」
「知ってます」
「すまん、気づかなかった。じゃあ、また後で」
上浦警部はうわの空でそう言い、急ぎ足で玄関へ入っていった。
 (「サンデー毎日」'95.12.24 p111)

☆ふとそんな予感を持ちながら、合田は自転車を漕ぎ出した。夜気のせいか、寒気が止まらなかった。最悪の事態を回避できるのなら、どんなことでもするのにと焦燥感をつのらせる一方で、現実には明日、自分はどこで何をしているだろうと合田は思う。本庁の指示の下、山王近辺で地どりをしているかも知れないし、どこかで資料を漁っているかも知れない。いずれにしろ、どこかで推移している事態や、犯人と被害者の状況の変化などからは、遠いところにいるのは間違いなかった。 (「サンデー毎日」'95.12.24 p112~p113)


【雑感】

その1は合田雄一郎さん視点。

サン毎版だけにしかない事柄を、上記に引用したもの以外で、気づいたところだけ挙げます。勘違いしてたり、間違っていたらごめんなさい。

・城山社長の運転手さんの山崎さんを、大森署へ出向くようにと、城山社長宅に電話をかけた倉田さんを通じて伝える合田さん
・そして、指示を待ってからやってくれと、上浦警部に注意される合田さん

上記に引用した、機捜の「上浦警部」はサン毎版にしか出てません。書籍化した際にカットされたキャラクターです。
私の読んだ分に限り、あと1回だけフルネームで出てきます。


登場順が逆になりましたが、ぺーぺーの刑事、井沢くんと紺野くん。二人の下の名前は出ませんでしたが、私の世代では、この名字はどうしても、


「キャプテン翼」(高橋陽一)の井沢守くん


「瞬きもせず」(紡木たく)の紺野芳弘くん

を思い出すんじゃないでしょうか。
この二人の共通点は、どちらも集英社の作品であることと、サッカーをやっていることですね。


最後におまけコーナー。

【今回の義兄・加納祐介】  ※上記の引用との重複もあります。

◆一年前、引っ越しの祝いに義兄がくれたテレビは、南東の方向を向いたCS放送のアンテナ付きで、スイッチを入れてもプロ野球中継ばかりやっているチャンネルと、サッカーやラグビーの試合ばかりのチャンネルと、BBCしか入らない。合田は、何もやる気がないのなら、せめて英語くらい忘れないようにしろという義兄の忠告は無視していたが、 (後略) (「サンデー毎日」'95.12.17 p58)

サンデー毎日版「レディ・ジョーカー」、ここが初・義兄です。
そう、「ダスターコートの男を見て義兄かと思ったら、一昨日に来たばかり、何をぼんやりしてるんだ雄一郎」(←意訳しすぎ?) の描写は、単行本から加わったのですね~。

これは絶賛したい追加ですね。あの描写、ものすっごく好きなので。
加納さん本人は出てないけど、「ダスターコート=義兄」とすぐに連想する合田さんが素晴らしい。


◆去年の夏は涸沢の雪渓で独演会をやり、自分自身は全身が空洞になるほど気持ちよかったが、登山のパートナーである義兄には一言、「お前は崩壊している」と思案げな顔で言われたものだ。 (「サンデー毎日」'95.12.17 p59)

ここがサン毎版にしかない有名な「お前は崩壊している」発言の義兄です。

そりゃあ、言いたくもなるわ。
現実的に、まず、登山に余計な荷物は持たない・最低限の荷物にすることは、素人でも分かる基本中の基本。
ヴァイオリンという余計な荷物を持っていき、演奏した合田さんに向かって「お前は崩壊している」とこぼした義兄の気持ちも分かるというものです。


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「新潮」2016年7月号に第29回「三島由紀夫賞」選評掲載

2016-06-07 22:33:52 | 何となく、タカムラー気分(お知らせ含む)
されています。
今日は得意先から直帰だったので、その帰り道にあった書店で寄って読みました。

「新潮」2016年7月号

まあ・・・候補作一覧を見たときから、「伯爵夫人」が受賞だろうなあ、とは思ってました。勘です。

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合田雄一郎の紹介文 (サン毎版「LJ」 連載第26回・第27回に掲載)

2016-06-06 00:45:00 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
何度か言及してますが、第三章からは更に細かく分割して記事を作成します。
原則としてキリの良いところ、キャラの視点が変わるごとに分けたいと思っています。(短い場合は、くっつけることもあります)

それではウォーミングアップ代わりに、第26回と第27回に掲載された合田雄一郎さんのプロフィールから、どうぞ。 (適宜、改行しました)
恐らく担当編集者さんが作ったと思うのですが、まあ、読んでください。


合田雄一郎 36歳 警視庁警部補
大森署刑事課強行班捜査係長 大阪府出身

家庭の事情で東京へ引っ越し、大学卒業後、一九八一年に警視庁巡査を拝命。
捜査畑を主に歩み、29歳で警部補に昇任、捜査一課に配属。
誰もが一目を置く、警視庁史に前例のないエリートだった。

九二年、「多重人格者による検察官、建設会社幹部等連続殺人事件」が発生。捜査一課第七係主任として解決に寄与した(『マークスの山』)。

一方、個人生活は破綻していた。拝命直後に結婚はしたものの家庭を顧みず、五年で破局。同僚や第三者との交わりもあえて遠ざけ、「石」「爬虫類」と言われていた。

そして、九十三年。大阪時代の旧友の愛人に恋心を抱き、旧友を遠ざけることを画策。
捜査情報をゆすりのネタに使うなど、「警察エリート」の凋落ぶりを見せつけた。
その旧友が別件の殺人事件で手配され、合田と容疑者とのただならぬ関係を嗅ぎつけた当局は、合田の異動を決定したのである。
もはや「エリートの挫折」は決定的だった(『照柿』)。

九四年春。合田は大森署に「左遷」され、新たな一歩を踏み出すこととなった。
 (「サンデー毎日」'95.12.17 p58、'95.12.24 p108)


◆誰もが一目を置く、警視庁史に前例のないエリートだった。

えっ、合田さんてエリートだったの!? しかも「警視庁史に前例のない」って特大の花丸オマケ付。
「エリート」って単語は、人によって感じ方や基準が違うかもしれないですが、合田さんに対しては「エリート」なんて、ちっともそんなふうに思ったことがない私。


◆「多重人格者による検察官、建設会社幹部等連続殺人事件」

えっ、『マークスの山』のメインの事件の正式名って、これなの!? 知らなかったわあ。


◆同僚や第三者との交わりもあえて遠ざけ

加納さんとは手紙のやり取り程度だったしなあ。


◆「石」「爬虫類」と言われていた。

えっ、それを言ったり、思ったりしたのは、合田さん本人だけじゃなかったのか!? 他人からも言われてたの?


◆「警察エリート」の凋落ぶりを見せつけた。

合田さんを「エリート」と思ってなかった私には、違和感を覚える・その1。


◆合田と容疑者とのただならぬ関係を嗅ぎつけた当局は

「ただならぬ関係を嗅ぎつけた」・・・! のけぞっちゃったじゃないか。


◆もはや「エリートの挫折」は決定的だった

合田さんを「エリート」と思ってなかった私には、違和感を覚える・その2。


皆さんのご意見・ご感想も、ぜひ伺いたいところですね。

それでは次回から本編に入ります。 おやすみなさいませ。

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第二章 一九九四年――前夜 (4)  (連載第24回途中~第25回)

2016-06-05 23:27:33 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
第二章 一九九四年――前夜 (4)  (「サンデー毎日」 '95.12.3~'95.12.10)


☆「犯罪に、上等も下等もあるか」と応えた。「成功するか、失敗するか。それだけだ」 (「サンデー毎日」'95.12.3 p59)

☆半田は一方で、自分の中には要するに、警察に対するなにがしかの執着があるのだということを、ひとり再確認した。いずれ後足で砂をかけて出ていくことになるだろう組織に向かって、今さら未練などなかったが、かといって明確な敵対意識もない。実のところ、じゃあお前はいったいなぜ牙をむくのだと尋ねられたら、的確に応える言葉はなく、腹のうちは自分でも不安定で不透明だと思うのだった。そんなことでは、この先計画の遂行に不安が残る。その危険を防ごうとする無意識の反応のように、半田の中にいるもう一人の自分は、ことさらに慎重に、周到に、狡知になっていた。長年組織に教えられ、鍛えられ、叩きこまれてきた知識や能力が、変なところでぶんぶん回っているのを半田は感じた。 (「サンデー毎日」'95.12.3 p59)

☆布川と一対一で会うようになってから、半田は、同じように組織の一員だった布川という男一人を身近に感じるようになったが、つい自分といろいろ比較して、こいつは何が面白くて生きているのだろうと思うこともあった。同じように頑強な体躯をもって生まれてきた男二人の中身は、どこにも共通するものがないのかも知れない。そうなると、一面で似ているだけに、うっとうしいような、気になるような、ちょっと複雑な感情にとらわれることもあった。 (「サンデー毎日」'95.12.10 p61)

☆ヨウちゃんもまた、計画が走り出しても、これまでと何かが変わったというわけではない。強いて言えば、丸刈りをやめて普通に髪を伸ばすようになったことぐらいだが、髪を伸ばしても、全体の印象にはあまり変化はない。どこをどうつついても町工場の工員がせいぜいの影の薄さに加えて、歳相応のどんな出で立ちも似合いそうにない、奇妙なずれ方だった。その小さい腹の中にいったい何をためているのか、半田は未だにまったく見当がつかないが、それでも従順という意味では、半田は不安は感じなかった。ヨウちゃんというのは、十分にすさんでいるが、どこかしら素直なところが残っている野良犬だ。 (「サンデー毎日」'95.12.10 p62)

☆「この十年、賑やかだったからな。レディがいたころは、なんだかんだと……」
「そういえば、あのレディ、半田さんになついてたな」
半田がそう言うと、物井は首を横に振り、「なつくと言うんなら、犬の方がまだ上だろう」と呟いた。「爺さんはずっと、自分を牛馬だと思ってきたが、レディはそれ以下だ。それでもどっちも、何ものかではあるんだ」と。
ほとんど独り言に近い物井の声は、ときどき、六十九年分の分厚い埃の下から聞こえてくるような遠い響きになる。パドックを眺めるその横顔も、半田自身のおよそ倍の年月の間、営々と使い古して硬くなった皮革のようだった。自らを牛馬だというその皮の下にあるものが何であれ、ただ年月の長さということだけで、半田には畏怖になる。
「ところで、半田さん。グループに名前をつけよう。レディ・ジョーカーはどうだ」
「へえ……。なるほど、たしかにジョーカーだな、俺たちは」
「それでいいかい?」
「いいとも。気に入った。レディ・ジョーカーだ」
 (「サンデー毎日」'95.12.10 p64)

☆半田の足は止まり、自転車のペダルを漕ぐスニーカーの足も止まった。実際のところ、半田の目に飛び込んできたのはただ、その白いスニーカーだけだったかも知れない。半田はスニーカーを見、洗いざらしのジーパンの脚を見、黒っぽい色のセーターを見、最後のその上に載っている相手の顔を見た。
相手の男も半田を見ており、同じようにこちらを凝視したが、次の瞬間その口許が緩んだかと思うと、唇が左右に裂け、ぱっと花が咲くように白い歯がこぼれた。
「お名前は半田さん……でしたっけ」と男は先に口を開いた。声の質は昔と同じように低く硬かったが、昔聞いたのとは違って、すかっと抜ける響きがあった。明るいと言ってもいいほどの響きが。
「そちらは合田主任……」
「合田です。その節は品川署でお世話になりました。半田さんは、今、どちらの署に?」
「蒲田です」
「へえ、そうですか。私は二月に大森署に移りまして。じゃあ、お隣りですね」
じゃあ、お隣りですねと言うその口許が、また華やかに弾ける。
そうだ、合田という名前だったと、半田はしっかり思い出した。四年前、品川署に立った殺しの特捜本部に、本庁から出てきた第三強行犯捜査の警部補。口数は少ないが、爬虫類の目をした切れ者。しかし、記憶にある警部補のひんやりした石の顔とは違い、目の前にあるのは、しっとりと艶やかな肌色をして、別世界の明るい笑みをこぼれさせ、短く刈った髪も清々しく端正な、ロボットのような別人だった。半田は、我を忘れてその顔に見入り、自分の目がおかしいのかと、しばし立ちすくんだ。
 (「サンデー毎日」'95.12.10 p64)

☆半田は何も考えず、建物に近づいて窓から中を覗いた。電灯一つに照らされた粗末な板張りの部屋の真ん中に譜面台を置いて、合田は窓に背を向けて立っていた。近くの椅子には、黒いカソック姿の禿げ頭の男が座っている。その前で、弓を操る合田の右手首や右肘は、カムシャフトが回るように滑らかに動いていた。ネックを自在に滑る左手指は見るからに軽やかで、流れ出してくる音楽はなにやら信じがたいほど美しい。
半田は音楽はほとんど知らないが、それがバッハだということぐらいは分かった。生の楽器はこんなによく音が響くのかと驚き、久しぶりに聴くバッハに耳を奪われ、楽器を操る別世界の何者かの姿に目を奪われ、知らぬ間に鳥肌を立てて、半田は膝を震わす。
いったいいくつの音が響き合っているのか、空気という空気がさんざめいているのかと耳をすませながら、ふと我に返ると、ガラス窓一つで隔てられた二つの世界の断絶が、途方もなく深く感じられた。半田は、自分の足元が地割れを起こして滑り落ちていくような錯覚に襲われながら、その場を離れ、路地へ戻る。
 (「サンデー毎日」'95.12.10 p65)

☆この俺があの男の血の涙を搾るか、向こうが俺の息の根を止めるか。突然、出所不明の猛烈な憎悪に身を焼かれながら、〈俺は今夜、運命に出会ったのだ〉と半田は思った。 (「サンデー毎日」'95.12.10 p65)


【雑感】

サン毎版にだけあるエピソードで、上記に挙げたもの以外で、印象に残っているものを簡単に紹介すると

・布川さんは郵便局の壁に貼ってあった自衛官募集のポスターを見て、何となく入った
・布川さんの実家は千葉の近郊農家で、親は農協の役員と市会議員を務めている地元の名士。実家には十年以上帰っていないらしい

高村作品に登場する<職業>は、医者だの教師だの議員だのと、「先生」と呼ばれる職種が多いのは、気のせいじゃないよね?

高さんの「知り合いに儲けさせる」云々がありませんね。後々出てくるのかな?

「レディ・ジョーカー」の命名も、理由なしにあっさりと決定。

合田さんが左遷されたことに気付く半田さんも、なし。

半田さんの「あいつは何者だ」「横っ面を張り飛ばしていくように」「挫折と屈辱と敗北感にまみれてすすり泣くのだ」 などの表現は、単行本で加えられたのですね。

最後の引用が第二章の最後の部分ですが、〈俺は今夜、運命に出会ったのだ〉と半田さん、「運命=合田さん」って断言してるよ・・・! サン毎版の半田さんは 陳腐 直截的ですね。


第二章はこれで終わりです。お付き合いいただきまして、ありがとうございます。 次回から第三章に入ります。
第三章以降は、もう少し事細かに分割して、記事にします。長いんだもの・・・。

ついでに昨日までの読書は、第四章、根来さん家の留守電に酔っ払った久保っちが入れたメッセージを、根来さんが聞くところまで進みました。

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第二章 一九九四年――前夜 (3)  (連載第20回途中~第24回途中)

2016-06-05 16:45:23 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
第二章 一九九四年――前夜 (3)  (「サンデー毎日」 '95.11.5~'95.12.3)


☆岡村清二は、物井が人生のどこかで被った皮の一枚だった。芳枝も、娘も、孫も、その一枚だった。八戸の鋳造所も、西糀谷の工場も、競馬も、羽田の薬局も、すべて皮だった。半世紀以上に亘って幾重にも被ってきた皮は、一枚一枚落ちていき、もう、あといくらも残ってはいない。そうして今や地肌が見え始め、奥深く沈殿していた燠火が、ほとんどむき出しになりかけている、と物井は思った。ほんのちっぽけな、物井清三というかまどに、これまた小さな燠火が一つ燃えているというだけの話で、その火というのもただ、あの牝馬の駒子だったが。
昔、駒子を連れていった地主、駒子を潰してその肉を食った裕福な人間たちに、返してやるものがある。六十九になった男一人の芯で燃えているのは、ただそれだけの思いだった。もはや自分自身の存在がそうであるように、道理も理屈も無用な地平で、ばかの一つ覚えのように、バス道を引かれていった駒子の無言の眼差しが燃えている。
 (「サンデー毎日」'95.11.12 p72)

☆「清二さん。ぼくは明日から悪鬼だ。戸来の物井清三は貴方と一緒に死にました」
お棺にそう声をかけて、物井はもう一本カップ酒の蓋を開けた。
「この歳になると、もう理屈は要らんのです。道理が通って腹が収まるぐらいなら、世の中に悪人なんかいやしませんて。自分一人のためなら、もう神仏も要らんなあ……。まあ、そういうことです、はい」
 (「サンデー毎日」'95.11.12 p72)

☆ヨウちゃんの時間は止まっている。未だに昔と同じ丸刈りの頭、尖った骨格、つるんとした能面をさらして、作業着のズボンとアンダーシャツ一枚の恰好で工場に立っていると、それだけで何かしら異様な感じがするのだが、その感じは年々大きくなっていく。青腐れのまま枝にぶら下がっているトマトが、よく見るとトマトではない化けものだったというふうな次元の話で、たんに変わり者というよりは、もっと鋭利な気味悪さだ。おかげで工場長はじめ同僚の工員たちのヨウちゃんの見る目も温かいとは言えないが、しかしそれも、生きている基準が少々世間一般と違っているだけのことだと思えば、物井にはそれなりに眺めていることは出来た。自分が、世間の基準に合わせるために何重にも皮を被ってきたのと比べて、ヨウちゃんはむき出しなだけだ、と物井は思う。 (「サンデー毎日」'95.11.12 p74)

☆「これ、ダウンタウン?」
「とんねるず」
「似たようなもんだ」
「骨格も、筋肉のつき方も違う。芸術的に片づけるためには、まず観察しないと」
物井はヨウちゃんの物言いをとっさに理解できなかったが、しばらく間を置いて、なにがしかの鳥肌が立つような感じはやって来た。こいつは、テレビに映るタレントを一人一人、頭の中で殺しているのかなと思うと、呆れるやら、戸惑うやらで、物井は自分の手でテレビを消した。
 (「サンデー毎日」'95.11.19 p70)

☆ヨウちゃんはよそ見をして、一口、二口ビールを呷っていたが、やがて下を向いたまま、「企業をゆするんなら、俺も仲間に入れて欲しい。お願いします」と言い、ついでに軽く頭を下げた。仲間外れを恐れたのか何なのか、神経質で無器用な物言いだった。子供みたいだなと思いながら、物井は「爺さんに頭下げてどうする。君の意思で決めることだよ」と応えた。
「そうは言ってもさ……。お遊びでないとなったら、けじめはつけないとな」
「お遊びになるかならないかは、高の意見を聞いてみないと分からない」
「高は、何にも興味ないって嘯くわりには、やることはきっちりしてる」
「爺さんもそう思う」
「ちょっと切れてるけど」
 (「サンデー毎日」'95.11.19 p70)

☆「こうなったら、俺は泥棒を尊敬するよ。どうせ道義もくそもないんなら、潔くストレートにかっぱらう方が、収支の勘定がきっちり合う」 (「サンデー毎日」'95.11.19 p71)

☆そもそも回収見込みのない投資から生まれた損失は、どんなに数字を右から左へ動かしても、この地球上からは消えはしない。そういうことの繰り返しで、日本じゅうにたまった不良債権が大蔵省の発表だけで約四十兆円。『このツケ、誰が払うと思う?』と、高は言ったのだった。
そういう話をした高は、自分も融資係だった時代に四十兆の不良債権を作った一人だったはずだが、高の場合、後ろめたさも人ごとのようで、無責任よりも、社会そのものへの徹底的な無関心さが漂っているのを物井は感じたものだった。その無関心は、折々に無味無臭の毒のように高の物言いを覆ってくる。ヨウちゃんが〈切れている〉というのも、その辺の印象に違いないが、物井の目には、仲間の中でも一番常識の発達しているように見える高が被っている、無関心という皮の一枚一枚が見えるだけだった。
実際、高が「驚きゃしない」と言っても、物井も驚きはしなかった。金融機関の不実に真剣に悩んでいるような御仁なら、初めからこんな話を持ちかけるまでもない。
 (「サンデー毎日」'95.11.19 p71)

☆「堅い企業ほど、人を切り捨てて、使い捨てて生き残ってきたんだから」と事もなげに言い、「そういうところは、しっかり資本を蓄えてる」と付け加えた。
「そういえば、君は言ったな。狙うなら、堅い製造業の大企業がいいって」
「大きすぎてもだめだ。とくに官僚の天下り先になっている旧財閥系の企業グループは」
「どうして」
「治外法権みたいなもんだから。旧財閥系は、商法違反などで挙げられたことがないだろう? 摘発されないってことは、こっちも脅すネタがないってことだ」
 (「サンデー毎日」'95.11.19 p72)

☆「しかし物井さんは金に困ってないんだろうに、企業から金取りたいというのは、またどうして」
「この爺さんの、六十九年の人生が行き着いたところだとしか言えない」と物井は言葉を選んで応えた。「君に声をかけたのは、企業の財務に詳しい立場から意見を聞きたかったからでね。君が無理だというのなら、考え直すまでだ」
「企業というのは、体面と信用に関わるところを突かれたら、よほど法外な額でない限り、基本的に金は出すところだ。無理だとは言わない」
 (「サンデー毎日」'95.11.19 p72~p73)

☆「企業は逃げやしないから、方法なんかゆっくり考えたらいい。どのみち犯罪になるんだから、やる以上は、確実に金が取れないと意味がないだろう?」
「君、そういう計画を作る気はあるか?」
「計画を作るというのは、実行することだぜ」と高は笑い、真顔に戻ると「やるときにはやるさ」と続けた。「俺は三十六でもう、ゴムは伸びきってるから。何やっても元には戻らん代わりに、切れることもないだろう」
伸びたゴムでも人生は何とかやりくりしていかなければならない、それが人生の情けないところなんだろうにと思いながら、物井は黙って聞いた。理屈や動機を問わないというのは、初めに決めていたことだったし、悪鬼の手足に、理屈は要らないと言えば要らない。
「そうは言っても、計画の方はじっくり考えたい。加担するみんなの人生がかかってくる話だからな」
「人生がかかってくる?」そう尋ね返して高はククッと小さく笑い、「そんなことを考えて、悪いことをやる奴なんていない」と吐き捨てた。
「そんなものかね……」
「ああ、そんなものだ」
そんなやり取りをする間に、高克己が他人に自分をさらけ出すような男ではないことを、物井はあらためてゆっくり思い知らされた。実に物井自身もそうだし、ヨウちゃんにしても、訳が分からないという意味では自分をさらけ出していないに等しい。半田や布川にしても、他人が踏み込める部分はあるようで、ない。競馬場での長い付き合いを通して、それぞれの面々がなにがしかの利益を見いだしつつ、互いにさらしてきたのは、それぞれが自分の殻の外に覗かせた顔だったが、悪事を働くのもまた、その外側の顔なのだった。
 (「サンデー毎日」'95.11.19 p73)

☆「ここには金の魔力の効かない人間ばかり集まってる」と言ってまた笑った。
「魔力以前に、爺さんの人生の大半は、肝心の金がなかった」
「物井さん、バブルのころに十万でも株買った? 買ってないだろう? 半田も布川もヨウちゃんも、買ってないよ。顔見たら分かる。顔の魔力が効いてない顔だ」
「そういう意味の頭の働く連中ではないかもな」
「それがいいんだ」
 (「サンデー毎日」'95.11.19 p74)

☆高はしばらく間を置いて、「何かに踏み出すときってのは、こんなふうになんてことないのかもしれないな」と紫煙の向こうで呟いた。
「何てことないって?」
「ああ。別にどきどきもしていないし。不思議だな、人間の頭は」
 (「サンデー毎日」'95.11.19 p74)

☆「男の人生なんてつまらんな。こつこつ働いても、出世出来なきゃ、死んでも窓際だ。出世したらしたで、心にもない弔辞で賑々しく見送られなきゃならない。お棺を送り出すとき、俺なら化けて出てやると思った」そんなことを言って、半田は珍しい苦笑いを見せた。
「死ぬときは一人がいいね、たしかに」と物井は応える。
「だから女の連れ合いは年上がいいって」と、半田はこれも珍しい軽口を叩いた。
「あんたのとこ、姉さん女房か」
「ああ。十歳上。四十五にもなったら、化粧もしなくなる」
 (「サンデー毎日」'95.11.26 p70~p71)

☆警察という組織の中で積み重なってきた憤懣の層は、さまざまな表情になって半田の顔や素振りに現れ、それは年々分厚くなっている。生来の真面目さや良識や責任感が、その上に重しになって載っている。共働きの女房が待つ自宅に毎晩きちんと帰っているらしいし、競馬の賭け方を見ても、靴から腕時計までの身の回りの品を見ても、いつも自分の飲むビールは自分で買ってくる律儀さを見ても、憤懣の層を押さえる重しは頑として働いてはいない。その男がやるというのは、自分と似たような小さな飛躍一つがあったのではないかと物井は想像した。さらに、自分と同じように、悪事を働くといってもそれは己の人生のどこかにきちんと収まるようなもので、爆発したり、氾濫したりはしないだろう、とも思った。 (「サンデー毎日」'95.11.26 p71~p72)

☆「警察というのは価値観が一つしかない狭い世界でさ、そこでお上の権威を代表する四万人の警官が右へ倣えの番犬をやってるんだ。一人ぐらい、左向いた奴がいても誤差の範囲だろ」
「誤差ではすまないと思うが」
「やることをやったら、もちろん警察は辞める。泥棒やって、刑事続けてるわけにもいかんだろう。辞めて、違う世界を見るのもいい。まだ人生の半分も生きてねえんだから」
 (「サンデー毎日」'95.11.26 p73)

☆「人間は、痛くもない腹を探られたら、いい気分はしないということもあるから、高との話し合いは慎重にやってほしい。爺さんからの頼みだ」
「分かってる。裏で調べたら調べられないこともないが、公安関係は、探りを入れた方が足がつくから。本人に聞くしかないんだ」
 (「サンデー毎日」'95.11.26 p74)

☆《十六年でついにギブアップだ》と、布川はぽろりと漏らした。《俺なりに、一生懸命やってきたつもりなんだが……》
「それをギブアップとは言わんと思うが……。そういえば、君はいくつなんだ」
《三十五》
「十九で作った子供か」
《ああ。自衛隊に入ってすぐ、付き合ってた嫁さんが妊娠して、おろすって言うから、いいよ、俺が生活の面倒見るから産めよって言ったんだ。俺も若かったから……》
「しかしこれで、君も嫁さんも当分少しは楽になるだろう」
《そう思えたらいいんだが。あれが四十、五十になったときのことを考えたら、ちょっとな……。このままだと、親の方が頭が変になってしまうんじゃないかと思う》布川はそう独りごち、すぐに《こんな話をしてすまん》と付け加えた。その低い呟きを、子供らの賑々しい笑い声がかき消す。
「レディが戻ってくるまで、君もしばらく競馬はお休みだね」
《多分もう、あいつを競馬場に連れて行くことはないよ。先の話だが、出来たら田舎に土地買って、駄馬を一頭ぐらい飼ってやるさ。そのためにも金が欲しい》
 (「サンデー毎日」'95.12.3 p55)

☆「今日明日の話ではないから、よく考えてくれ。半月後にたしかな返事をくれたらいい」
《俺の引いたジョーカーが消えない限り、答えは変わらんと思う》
「ジョーカーというのは、レディのことか……」
《ああ。嫁さんには言えないが、俺はよく思うんだ。俺たち夫婦は、千人の赤ん坊に一人か二人混じってるジョーカーを引いたんだ。それだけのことなんだが》
障害を持って生まれた子どもも、時速百キロで首都高の側壁に突っ込んで死ぬ子どもも、精神を病んだ岡村清二も、老いて悪鬼と化した自分も、少なくとも親にとっては天から降ってきた運命だという意味でなら、ジョーカーというのは物井にも受け入れられない形容ではなかった。
「レディ・ジョーカー、だね」
《ああ。レディ・ジョーカーだ。何だか牝馬の名前みたいだな》布川はそう言って電話口で軽く笑った。
 (「サンデー毎日」'95.12.3 p55)


【雑感】

サン毎版にだけあるエピソードで、上記に挙げたもの以外で、印象に残っているものを簡単に紹介すると

「ネットのペットフォーラムの会議を、発言することもなく読むだけのヨウちゃん。参加者の一人で、飼っている猫のことを、末尾にハートマークをつけて発信している人物に興味を持って、カマかけて住んでいる場所を特定し待ち伏せしていたら、実は女性に成りすました40代の中年男というのを突き止め、半日笑い転げたヨウちゃん」

というのがありました。

それでなくても、上記の引用したものでも、結構な変更がありますね。

・泥棒が成功したら、警察辞めるつもりだった半田さん
・布川さん夫婦の馴れ初め
・レディのために、馬を飼うつもりの布川さん

などなど。

あと気になったのは、ヨウちゃんの「トマト」、布川さんの「馬を一頭飼う」の語句。終章の最後のエピソードを髣髴とさせるキーワードが、既にここに出ているんだなあ、と思いましたよ。(馬は、布川さん→レディの流れで引き継がれたと思えば・・・)

引用が長くなるのと多くなるのは、きっと
「サン毎版だけにしかないから」 「単行本・文庫と違う部分を取り上げたいから」
という、私の意識の持ちようのせいだと思います。ほんとに、自分で自分の首を絞めてます。
特に今回は内容が内容だけに、辛かったー!

あと一回分で、第二章が終わります。

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