あるタカムラーの墓碑銘

高村薫さんの作品とキャラクターたちをとことん愛し、こよなく愛してくっちゃべります
関連アイテムや書籍の読書記録も紹介中

『レディ・ジョーカー』 尽くし。

2016-07-26 00:02:36 | 何となく、タカムラー気分(お知らせ含む)
昨日7月24日の讀賣新聞「編集手帳」の冒頭に、高村薫さんの『レディ・ジョーカー』が登場。
こちらで冒頭部分だけ読めますよ。

また、本日7月25日発売の「週刊現代」2016年8月6日号で、「わが人生最高の10冊」のご登場の相場英雄さんが、『レディ・ジョーカー』を取り上げられています。
ぜひご一読を。


サン毎版「LJ」の更新、滞っています。ごめんなさい。城山社長の事情聴取の部分なので、ちょっと気分が乗らなくて・・・申し訳ないです。


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「新潮」 2016年8月号 「土の記」 連載完結。

2016-07-09 22:01:46 | 何となく、タカムラー気分(お知らせ含む)
2~3か月ごとの連載とはいえ足掛け約3年、高村さん連載お疲れさまでした。

「新潮」 2016年8月号

いやー・・・最後の突き放しにちょっと衝撃受けましてねえ・・・。

実は この講演会があった時期 とちょうど重なって、いろいろと思うところがありまして。
この影響で講演会に行くことが出来なかった方々もおられたとのこと。

連載始まった当初、物語の場所が場所だったので、ぼんやりとですが「最後はこのことかなあ・・・」と感じまして。

いつ、書籍化になるかの言及はなかったのも残念ですが、今年中か来年か。

***

ちょこちょこ述べてました、「朝日新聞」大阪版夕刊の<大峯伸之のまちダネ 「住友村の変容」>が、ネットでも読めるようになりました。
数回分の記事をまとめて1つの記事として、昨日までの分が読めるようになっています。

三井住友銀行、中之島図書館、そしておそらく『神の火』の江口彰彦さんが所属していた大阪倶楽部までが紹介されています。
高村作品の雰囲気を楽しみたい皆さん、ぜひご覧ください。

(大峯伸之のまちダネ) 住友村の変容1  (大峯伸之のまちダネ) 住友村の変容2  (大峯伸之のまちダネ) 住友村の変容3

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京都・宮津湾のトリ貝

2016-07-03 22:22:12 | 何となく、タカムラー気分(お知らせ含む)
昨日(2016年7月2日)の朝日新聞の関西版の夕刊で、「京都・宮津湾のトリ貝」が紹介されました。

『神の火』の木村商会ご一行が宿泊した「茶六別館」で調理されたトリ貝の写真、とってもおいしそう! 地どりされる皆さん、ぜひご賞味なさってくださいね。

宮津湾の周辺の地図もあり、島田先生が父母と通った、宮津カトリック教会も載っています。

(関西食百景)泥の中 大きくなったかい   (関西食百景)ここだけの話―7月2日配信

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「図書」2016年7月号 (入手済)

2016-07-02 00:30:30 | 何となく、タカムラー気分(お知らせ含む)
「図書」 2016年7月号 の<作家的覚書> 今回のタイトルは「理解できないことども」 です。

たくさん羅列されていますが、「まったくもう、どないなってんねん」・・・これしか言葉が出てこない。
思考停止とまではいかないけれど、<何が起きてもおかしくない世界>に、生きていることだけは確実ですね。

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第三章 一九九五年春――事件 (2)  その4 (連載第38回途中~第40回途中)

2016-06-29 00:14:46 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
昨日の朝日新聞夕刊(関西版)で、今週も「大峯伸之のまちダネ」の<住友村の変容>で、三井住友銀行大阪本店ビルが紹介されています。
東京の三井住友銀行も紹介されてましたが、これってドラマ「ハゲタカ」の三葉銀行・・・ですか?

第三章 一九九五年春――事件 (2) その4  (「サンデー毎日」 '96.3.17~'96.3.31)

☆立っている地平の違いは、互いの誠意や気配りの有無にもかかわらず、いつどんなときでも波長の違いになり、その差が埋まることは決してない。そこに、新聞記者とネタ元の永遠の距離を感じるのだが、同時に、ネタ元から入る電話には無条件に心身が反応し、気体で心臓がちくりと飛び跳ねもする。 (「サンデー毎日」'96.3.17 p71)

☆記者には、この段階ではとりあえず、ネタ元の情報の中身を云々する余裕も権利もない。地平の違いは、往々にして焦点の差にもなるが、中身は手にしてから判断すればいいことで、それ以前の段階では電話一本、目配せ一つ、呼吸一つ、何でも食らいついてとにかく手にすることが先決だった。そして手にした後は、価値があってもなくても決して失望はしないこと。 (「サンデー毎日」'96.3.17 p71)

☆この二日半、十人ほどいるネタ元に電話をかけ続け、本社の遊軍や支局の同期からちょこちょこ入ってくる話に耳を尖らせてきた結果、自分の手に入った情報の山は、ほとんど閉店間際のスーパーマーケットだった。一応いろいろ並んでいるのでどんな料理でも作れそうだが、よく見ると、材料が少しずつ売り切れている。それでも、何か一つぐらいは作れるはずだと陳列棚を眺めて思案しているうちに、どんどん閉店時刻は迫ってきて、結局料理をあきらめ、出来合いの弁当を買ってすませたというのが、自分の書いた記事だ。半分は筋の原稿に付きものの、官報もどきの言い回しで埋め合わせ、残りは記者発表の文言をつなぎ合わせただけの、幕の内弁当。 (「サンデー毎日」'96.3.17 p72)

☆徒歩で十数秒の記者会見場へ向かう間、久保は、今さらながらに自分がふわふわと興奮しているのを感じ、少し居心地の悪さに浸った。ネタがないならないで、焦りながら興奮し、閉店間際のスーパー状態でもそれなりに興奮し、あっちへ走りこっちへ走りしている自分に興奮して、最後には自分で何をやっているのか分からなくなってくる。しかしすぐに、ふうとため息一つでごまかして、《反省するなら取材しろ》と自分を叱咤し、いつもの通り、それでおしまいだ。 (「サンデー毎日」'96.3.24 p114)

☆『そんなふうに物事を悪く悪く考えるから、あなたは女房のことも信じられないのよ、そんなに人が信じられないんなら、結婚なんかしなきゃよかったのに』
そう皮肉る女の声が脳裏をかすめたところで、根来は手帳をしまった。十年前に別居するまで、週に一回は聞かされた女房の台詞だったが、当時は耳を貸す余裕がなく、外へ出て気晴らしをしてこいと言うのが精一杯だった。今は耳を貸す余裕はあるが、どちらが正しいのかほんとうに分からない。人を信じられない自分が悪いのか、あるいは、信じるに値しない人間がいるのが悪いのか。
 (「サンデー毎日」'96.3.31 p91~p92)

☆直感だとは言うが、人一倍の努力を重ねて警察内に多くの人脈を築いてきた久保は、かなりの部分、捜査側の感覚を身につけてしまっている。久保に関する限り、そのために判断を誤るような心配はないが、日之出ビール社長誘拐をこの段階でプロの手口だと断定するその頭は、市井の感覚からは少し距離があるのだということを、機会があれば話してみてもいいかなと根来は思った。 (「サンデー毎日」'96.3.31 p93)


【雑感】

その4は、久保晴久さん視点、根来史彰さん視点。

久保っち視点は、「サン毎版だけにあって、書籍でカットされた」のがいろいろあって、そのうちの1つが今回出てきました。
簡単に記しますと、

「警視庁クラブの久保たちの元に、「警視庁に駆け込んだ刑事部の木島という検事が<やられた>と発言」という情報が入る。つまり「日之出側が裏取引をしたのではないか」と検事は見ている、ということか? とウラを取ろうとする久保たち」

という内容でした。


他に特筆すべきは、根来さんの別れた奥さんの台詞があるところ。書籍では

<人を信じられないのなら、女房も信じられないのだろうと、十年前に別居した妻によく皮肉られたが、>

と、地の文に変更されました。


入力中に気付きましたが、
「ふうとため息一つでごまかして、」が、サン毎版では、
「ふうとため息一つでごまして、」 と脱字がありました。

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ザ・シンフォニーホールへ行きましたよ。

2016-06-26 23:38:52 | 何となく、タカムラー気分(お知らせ含む)
昨日の催し、第25回ABC新人コンサートです。

何と今回、1階席4列目というめったにない座席が割り当てられ、おかげでピアニストさんたちの運指、ヴァイオリニストさんたちのボウイングとフィンガリングの動きがはっきり見えて、その点でも良かった♪

タカムラーとしては、ピアノ(サー・ノーマン・シンクレア)、ヴァイオリン(合田雄一郎)と交互に演奏してくれているような感覚です。お分かりでしょ?

しかも審査の間にパイプオルガンの演奏があり、「シンクレアさんだわ~♪」と大満足。シンクレアさん、教会でパイプオルガンの演奏してましたからね。覚えてます?

演奏の合間には、座った席から、江口さんと島田先生が座っていた2階席を見上げて、『神の火』の該当場面を思い返していましたよ。


タカムラー抜きにして雑感を述べますと、全て初めて聴く曲で、その中でもヒンデミットの「ピアノ・ソナタ第3番」が、私の好みにドンピシャでした。この曲のCDが欲しいなあ、と思いましたもん。

プログラムの曲の解説を読んで唐突に思いだしたのが、シューマンの「ピアノ・ソナタ第3番」について。
「なかよし」読者だった私には馴染み深い、原ちえこさんの作品「風のソナタ」の最終回で、主人公のアリスがブロデビューする際に弾いた曲がシューマンの「グランド・ソナタ」、つまりこの曲「ピアノ・ソナタ第3番」なのです。
「この曲だったのか・・・!」と初めて知り、ちょっと感動。


残念なことに、この催しは今回限りで終わってしまうとのこと。
新進の音楽家さんたちの登竜門のひとつが無くなってしまうのは、辛いですなあ。

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第三章 一九九五年春――事件 (2)  その3 (連載第36回途中~第38回途中)

2016-06-22 23:50:27 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
昨日の朝日新聞夕刊(関西版)にも、「大峯伸之のまちダネ」の<住友村の変容 3>で、『黄金を抱いて翔べ』でお馴染み、三井住友銀行大阪本店ビルが紹介されています。3回目は内部の1階応接ロビーのステンドグラスの紹介。
本日の夕刊は選挙開始の特別版のためか、掲載がありませんでした。


第三章 一九九五年春――事件 (2) その3  (「サンデー毎日」 '96.3.3~'96.3.17)

☆去年秋、リスクマネジメントのコンサルタントが言ったものだった。警察と何らかの関わりを持たなければならない事態になったとき、無防備でいられるのは幼児だけですよ、と。 (「サンデー毎日」'96.3.3 p71)

☆今の気持ち。監禁中に考えたこと。日之出が標的になったことについての感想……?
今やまた、何も分からなくなったと思いながら、城山は乗用車の後部座席に身を埋めて頭を垂れた。分かっているのは、この自分の状況はたしかに犯罪者のようなものだということと、それでも日之出を守る義務だけはあるということだけだった。警察に頼るか、三五〇万キロリットルのビールが人質だと言い残した犯人の慈悲にすがるか。その判断には、いま少しの猶予を残しておくつもりだったが、両隣に座っている捜査員たちを相手に、城山はとりあえず腹の探り合いを覚悟した。双方の利害がどこまでも一致することがない以上、なびいた方が貧乏くじを引くことになる。
 (「サンデー毎日」'96.3.10 p71)

☆なんでと尋ねられて、合田はちょっと返答に窮した。時間が経てば経つほど、被害者は対外的な防備を固め、知恵をつけ、顔を作るようになる。これからも、記者会見などで城山恭介の顔を見る機会はあるだろうが、そのときはすでに別人の顔になっている可能性がある。事件に巻き込まれた被害者の、山のような思いが変形しないうちにその素顔を見ることが出来る機会といえば、富士吉田から東京へ戻ってきた辺りが限度だった。大森署に入るときの顔を逃したら、もうチャンスはない。ブツの捜査には関係ないし、ちょっとは励みになる、といった次元の話でもないが、ただ見たいだけだった。折にふれて、そういう理屈なしの欲望が噴き出すようになって、もう久しい。 (「サンデー毎日」'96.3.17 p68)

☆見慣れた高架とその谷間の第一京阪やオフィスビルの連なりが作る風景は、合田には端的に《窒息》という記号だった。脚立を並べて路上を埋めている報道陣も、カメラというカメラが注視している第一京阪の車の流れも、そのときとくに目に入っていたわけではなく、窒息感の傍らで神妙に動き続ける自分の心臓を訝りながら、自分という個体は何のために生まれてきたのかなと、実りのない自問に陥っていただけだ。
しかし一方では、《窒息》の底には一部に熱をもった鬱屈の溶岩が溜まっていて、間を置いてはどこかにともなく噴き出してくる。考えるなと自分に言い聞かせては考え、期待していないつもりなのに期待し、勝手に足は動き、勝手に苛立ち、突然どうしても被害者の顔を拝まずにいられなくなったりする。その衝動は、つい数年前には想像もつかなかった激烈さで、自分でも怖くなるほどだった。
 (「サンデー毎日」'96.3.17 p69)

☆全部合わせてもほんの十秒足らずの間だったが、合田は城山恭介の顔一つに見入り、凶悪事犯の被害者には見えない整然とした外見や、誠実にもしたたかにも見えるその表情を追った。中でも、取り囲む報道陣や警察に城山が投げかける表情の堅固さは目を引き、合田はふと、ときどき金融事件などで捕まる企業人たちの顔はこれだな、とも思った。企業人たちは、とりあえずは企業論理と市民感覚と個人の三つの鎧で固めて、司法組織と対峙してくる。城山はまったくの被害者の立場だが、この先、いずれは捜査と企業の双方の利害が対立することを予想しているのか、警察に対して全面的に依存するような顔はしていなかった。かといって、明らかに腹に何かあるような顔ではもちろんなかったが。 (「サンデー毎日」'96.3.17 p69)

☆現場の刑事に、警察と大企業の凭れあいを斟酌する必要などないが、上が幕引きだと言えば、現場は従わざるを得ない。連れの愚痴の中身は、ただそれだけのことだった。合田とて、似たようなことを考えないわけではなかったし、あえて異論を唱える気もなかったが、その一方で最近は、組織や身内の論理に対する関心が、これまで異常に薄れているのも感じていた。そういう「だから?」だった。
だいいち、企業相手の捜査をあれこれ言う前に、企業という現実を自分はどれほど知っているのかと合田は自問する。十四年の刑事生活でずいぶん社会を見てきたつもりだったが、それも、警察という特殊な組織のフィルターを通して見てきたに過ぎない。日本人の大多数が生きている企業社会についてほとんど何も知らない自分の目に、日之出ビールという大企業の社長その人の表情が、どの程度、的確に捉えられたというのか、あらためて考えると、合田には自信はなかった。そうして、わざわざ行きずりの病院に立ち寄って、逮捕監禁事件の被害者の顔一つを見た結果、自分自身の人生の狭さにあらたな窒息感を覚えた、というのがほんとうの感想だった。
 (「サンデー毎日」'96.3.17 p70)

☆合田は目を逸らせ、いったい誰が悪いのだろうと思う。今ごろ捜査の中心にいる特殊班や二課の何人かは、事件の全容を突きとめようと全神経を尖らせており、その動きが見えない末端の自分たちは欠伸をしており、また別のところでは、誰かが事件に関係のない内通ごっこにかまけているというのは。 (「サンデー毎日」'96.3.17 p69)


【雑感】

その3は、城山恭介社長視点、根来史彰さん視点、合田雄一郎さん視点。でもって根来さん視点は取り上げてない。
今回、合田さん視点を入れるかどうか、散々迷ったんですよー。引用部分の入力が多くて大変なので。しかし、踏ん張りました。

今回分でサン毎版に無いのは、「昨夜、義兄と電話して、城山社長のことを合田さんが訊ねて、加納さんが答える」という回想の場面です。

サン毎版は、ことごとく義兄の影が薄い・・・!

このことから勝手に推測するに、この時点では高村さんは「加納さんの合田さんへの想いをどうするか」というのを迷ってらしたか、あるいはハナから考えてなかったか。 ・・・としか思えん!

当初は合田さんを死なすつもりだったらしく、死ぬ人間に対して義兄の想いをどうこうするのも、おかしな話ですしねえ。

高村さんは、どの辺りで転回されたのか。探れるといいな。

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第三章 一九九五年春――事件 (2)  その2 (連載第35回途中~第36回途中)

2016-06-20 23:27:08 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
本日の朝日新聞夕刊(関西版)にも、「大峯伸之のまちダネ」の<住友村の変容 2>で、『黄金を抱いて翔べ』でお馴染み、三井住友銀行大阪本店ビルが紹介されています。高速道路を含めた上からの写真なので、ちょっぴり偵察気分を味わえますよ。


第三章 一九九五年春――事件 (2) その2  (「サンデー毎日」 '96.2.25~'96.3.3)


☆合田雄一郎は一度にざわめき始めた会議室を出て、三階の洗面所に入った。被害者発見を聞いたとき、考える前に足が駆け出しそうになり、もう少しで〈現場へ行かせてくれ〉と叫ぶところだった。そんな自分を、もう一人の自分はそのとき、少々慈悲深い目で斜めに眺めていたが、現実に生きて動いているのは、その両者を足して二で割った自分だ。 (「サンデー毎日」'96.2.25 p72)

☆警察官。
その一語は、事件発生直後に臨場した際、頭に満ちた靄の中に含まれていた何ものかが、論理のフィルターを通って形になったものだった。しかし、警察官の一語は、そうして脳裏をよぎるたびに軽い電気ショックになり、号だの思考に空白を作る。
合田はしかし、そこで現実を優先させて思考を一旦停止させなければならなかったし、現実にそうした。そうしなければ、今自分に割り当てられている仕事に専念出来ないからだが、それ以上に、不本意な現場で不本意なミスをしでかして自分のクビが飛ぶことを、この自分が恐れているのだということも分かっていた。四月には三十六になる男一人、刑事をクビになったら何をするというのか。
 (「サンデー毎日」'96.3.3 p69)


【雑感】

その2は、久保晴久さん視点と、合田雄一郎さん視点。でもって久保っち視点は、取り上げるべき部分が無い。
そして、短くてゴメンなさい。その3で予定している城山社長視点が長いためです。

上記に挙げた合田さんの部分は、単行本・文庫と読み比べてみれば、微妙な表現の違い、そして有無の違いがあることが分かります。

今回分で、いの一番に挙げるべきは、書籍にある「合田さんが携帯電話で加納さんからの留守電を聞く」場面が無い! のです。

サン毎版では義兄の存在どころか、おぼろげな影さえもないのです。書籍化の際に相当、加納さんに関する内容を加筆修正されたのですね。

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第三章 一九九五年春――事件 (2)  その1 (連載第33回~第35回途中)

2016-06-19 23:34:46 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
先週末から今週いっぱいにかけて、連日夜9時ごろまで残業してたので、作成できませんでした。すみません~。
(『黄金を抱いて翔べ』に登場する某施設に関する仕事が入って、内心ではちょっとニヤニヤ、外面では「残業しんどい、いやや~」状態)

関西版の朝日新聞夕刊にだけに掲載されたと思うのですが、「大峯伸之のまちダネ」という写真付きコラムで、<住友村の変容 1>に、『黄金を抱いて翔べ』でお馴染み、三井住友銀行大阪本店ビルが紹介されています。
昨年5月に半世紀ぶりの大改修が終わったとのこと。これから地どりされる方は、とても綺麗な建物が見られることと思います。

サンデー毎日版『レディ・ジョーカー』は本日読了。ああ・・・長く充実した読書期間でした。幸せ♪ 読み終えるのがもったいなくて、ゆっくり読みました。

第三章 一九九五年春――事件 (2)は、「サンデー毎日」'96.2.11~'96.6.9、連載第33~49回途中まで。 すごく長いので約10回程度に分割してアップします。

第三章 一九九五年春――事件 (2) その1  (「サンデー毎日」 '96.2.11~'96.2.25)


☆その後、一転して、急激な静けさが訪れたかと思うと、一瞬の驚愕が走り抜け、
城山は〈死ぬのだな〉と思った。この世のものではない冷気に全身を包まれながら、この冷気は昔、空襲のさなかに自分をいつも覆っていたものだと思い出す。混乱し、戸惑いながら再度〈死ぬのだな〉と思い、摩訶不思議さと、形の定かでない恐怖と悲しさに、あらためてじわじわと全身を締めつけられた。死というのは、いきなり驚愕とともに訪れ、ほんの少し余分な待ち時間があると恐怖がそれに伴い、さらに余分な時間があると、深々とした悲しさがついてくるもののようだった。なるほど、これが死ぬということか。
 (「サンデー毎日」'96.2.11 p69)

☆法学部在籍中、ゼミの仲間は皆司法試験を受けたが、城山は法律の道にも進まないと早くから決めていた。卒業して企業に入ったとき、二十二歳の若造は何を考えていたか。人間に対する深い慈愛がなければ務まらない医師や弁護士は、自分にはその資格はないが、物を売って対価を得る資本主義経済の一端なら担えるだろうし、誰にはばかることもない。そんなふうな恐ろしく浅薄な考えで、社会人の一歩を踏み出したのだということは、自分以外の誰も知らない。 (「サンデー毎日」'96.2.18 p68)

☆ものを作り、売る、企業行為とは何なのか。商品力、営業力とは何なのかを考え始めたのは、やっと四十を過ぎた頃だったろうか。二度の石油ショックとプラザ合意がさすがに効いて、日本経済の行く末と社会のありうべき変化、その中でのビール事業の未来図を描きかね、密かに自信を失い始めたのもそのころだった。しかしそれも、昭和五十年代を通して、ビールの販売量が好景気と市民生活の膨張に支えられて伸び続けていたから、そんな悠長な迷いに甘んじられていたのであり、ぐすぐすしている間に、本来しておくべき問題提起や具体的行動を怠っただけだったのだ。 (「サンデー毎日」'96.2.18 p68~69)

☆今は、はっきり分かっていた。経営とは、株主の利益を図り社員の生活を保証するという、単純明快な義務だ。経営者個人の自信や迷いが何であれ、利益を確保する義務があり、それを果たす義務があり、果たすために何をどうするか、だ。社員にはよい商品を作り、売る努力をする義務があるが、利益を確保するのは経営の義務だ。 (「サンデー毎日」'96.2.18 p69)

☆失敗は半年後にははっきりするが、成功は半世紀後の人間が知ることだ。
そんなふうに考えてみると、今の今、自分という個人には大したものは残っていないなと城山は思い、ことさら悔いることもないが、満足するにはほど遠い企業人生だったと結論を出した。さらに人間としての成長云々を言われたら、二十二のころの小生意気な世界観からいくらも抜け出しておらず、八歳で身につけてしまった自己不信の原罪は未だに悔い改めてはいない。
 (「サンデー毎日」'96.2.18 p72)


【雑感】

その1は、誘拐された城山恭介社長視点。

サン毎版だけにしかない事柄、またサン毎版に無い事柄を、上記に引用したもの以外で、気づいたところだけ挙げます。勘違いしてたり、間違っていたらごめんなさい。

一番の相違は、書籍にある「解放後、例の写真を見せられた城山社長が、自殺しようとして思いとどまった描写」 が無いところでしょう。 写真は細かく破って埋めていたところは一緒。

この「自殺しようとして止めた」ことが無いことによって、サン毎版では後々の内容にも響いてきます。


他には、《日之出マイスター》の開発チームに電話を入れた言葉が、

☆「飲みました。第二の日之出ラガーです。ありがとう」だったが。 (「サンデー毎日」'96.2.18 p70)

になっていました。


城山社長が思い描き、執念で完成させた、《悦び》《華やぎ》《晴朗さ》のコンセプトがこめられた《日之出マイスター》のようなビール製品って、現実にはあるんですかね? 私は下戸なので、分からないし、判断のしようもないのですが。

ビールに限ったことではありませんが、それでなくても毎年のように新製品が出ては消えていき、限定品もあり、定番やロングセラー製品でも改良を重ねたり・・・。
日○の「●王」なんて、途中で改悪(私にはアレは改悪だった!)されちゃって、長期間買わなかったことがあったもんなあ・・・。今は生麺の「●王」に落ち着いてますが。

《日之出マイスター》は、もしかしたら高村さんが「こんなビールが飲みたい」と思われた、理想のビールなんでしょうか?

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第三章 一九九五年春――事件 (1)  その3 (連載第30回途中~第32回)

2016-06-12 23:15:03 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
第三章 一九九五年春――事件 (1) その3  (「サンデー毎日」 '96.1.21~'96.2.4)


☆所轄でのこの一年は、班としての、課としての、署としての検挙率を上げるために、自分の手にあるものは何でも吐き出してきたつもりだが、ときどき理由もなく、人の顔を見るのも口を開くのも億劫になって、心身がずんと重くなる。今も少し、そういう状態だった。 (「サンデー毎日」'96.1.21 p55)

☆合田が本庁にいたころ、神崎は鑑識課長だったが、そのころから《効率》が歩いていると言われた人物だった。挨拶や物言いから、人間関係、捜査指揮の手法まで、すべてが正確、迅速、鋭利に回転している感じがする。刑事向けの部内報の『第一線』に載った今春の一課長就任時の挨拶の言葉は、《凶悪化する犯罪の脅威にさらされている市民の不安と被害者の無念と、刑事警察の果たすべき責務を思えば、犯罪捜査における組織の身内の論理、妥協、言い訳などは一切無用である》だった。
合田はそれを読んだとき、ついていくのに不服はない人物だが、一旦反りが合わなくなったらそれで最後だなとも、ちらりと思った。組織における強固な意志というのは、公平無私であっても自我は自我、主観は主観だからだ。その自我や主観はしかも、一課長ともなると、官僚組織で出世するために不可欠の、複雑怪奇な免震構造のバネも同時に備えている。そのバネがどんなものなのか、自分には死ぬまで分からないのだろうと、そんなことをふと考えていたために、合田は普段着のままのチノクロスパンツの両脇に揃えた自分の指先を、ぴしりと伸ばすことはなかった。
 (「サンデー毎日」'96.1.28 p79)

☆クラブから電話を入れてきたのは一課担の久保晴久で、たまたまその電話を取った根来史彰は、そうして久しぶりに後輩の久保の声を聞くことになった。相変わらず、喉に緊張や内省の皮一枚が張っていて、何事も一旦その皮を通過してくるような、抑制のきいた声だと思った。いったい先輩の誰がそうだったというのか、新聞記者は生身であって生身でなく、弱者の味方であるが中立でもあるといった二律背反と、久保は真正面から格闘しているような感じがする。根来自身がとうの昔に失った、あるいは初めから持っていなかった報道への情熱や信念の一つの形を、久保の声を聞くたびに、ああこんなものだったかなと思い知らされて、根来はちょっと考え込むのだ。 (「サンデー毎日」'96.2.4 p72)


【雑感】

その3は合田雄一郎さん、久保晴久さん、根来史彰さん視点と目まぐるしくかわります。

サン毎版だけにしかない事柄を、上記に引用したもの以外で、気づいたところだけ挙げます。勘違いしてたり、間違っていたらごめんなさい。

・土肥課長代理に「幹部がいつこっちへ来るのか、聞いてこい」と言われた合田さん。単行本・文庫では聞きに行くフリをして、時間潰してから「分からないそうです」と誤魔化してましたが、サン毎版では以下の通り。

☆「勘弁して下さい」と合田は返事をし、「それより、会議室に折り畳みの机と椅子を入れましょうか」と適当にはぐらかした。しかし土肥は、頑迷に「まだ、本部どうこうという指示は来てない」と言い、続けて「この重大事に椅子や机がどうした!」ときた。
合田は釈明をする気もなく、「すみません」とだけ詫びてドアに手をかけた。
 (「サンデー毎日」'96.1.21 p58)

反抗してる(笑) 無駄な抵抗、かわいいねえ。結局、数時間後には机と椅子を並べる羽目になるんですが。



第三章 一九九五年春――事件 (1) その1
で紹介したサン毎版にしかいない人物、第一機動捜査隊本部班長の上浦俊一警部は、今回限りで、もう出ません。書籍化されたら名前がなくなって「班長」の表記のみ。「何だったんだ・・・」と思われたから、高村さんもカットされたんでしょうなあ。合田さんと絡むのかと思ったら、アレきりなんだもんなあ。


今回特筆すべきは、合田さんの神崎秀嗣一課長評。
「ついていくのに不服はない人物だが」なんて、えらく好意的じゃないか。 『LJ』の単行本・文庫のこの辺りの合田さん、サン毎版ほど神崎さんに対してそんなに好意的ではなかった気がするぞ。
後の『冷血』(毎日新聞社)で神崎さんとのことがちらりと語られてて、それを思い出しちゃったじゃないの。サン毎版の表現のほうが、『冷血』に繋がってるよ。

『冷血』上巻 「第二章 警察」 読書メモ で取り上げましたが、ご覧になるのもめんどくさいだろうと思うので、『冷血』上巻p199より抜き出します。

■一方、自分はといえば、Kが捜一課長だった時代にその引きで警部に昇進したこと。

■Kの子飼いだった自分は強行犯捜査を外れて特殊犯へ異動したこと、などなど。

K(=神崎)の子飼い、合田雄一郎!
 なんだもんね。「LJ事件」の後は神崎さんに贔屓にされていたことは知ってたけれど、まさかここまでとは、と驚いたもんなあ。


最後におまけコーナー。

【今回の義兄・加納祐介】

◆電話は、東邦本社からあまり遠くない法務検察合同庁舎の八階にある、特捜部の検事席の一つにかかるはずだった。そのデスクの主は、根来の想像が間違っていなければ、最近は二信組の不正融資事件の担当で、連れの事務官と一緒に押収資料の山に埋まって、午前八時から深夜まで伝票めくりに追われており、昼休みには肩こり解消のためのダンベル体操をしている。三年前、根来が裁判所クラブのキャップだった時期に親しくなった人物だが、ほかのネタ元と同じようにほとんど仕事に関係のない付き合いに留まっている。相手は、特捜部内では珍しく、縦横の閥に関係がなく、その分おそらく出世コースではないし、それは根来も同じだから、お互い当てにするものがない分、疲れることもない仲だ。 (「サンデー毎日」'96.2.4 p75)

はい、ここがサン毎版にしかない「ダンベル体操をする加納さん」です。
ダンベル体操・・・時代を反映してますねえ。NHKの月~金の朝の情報番組で、数年間ダンベル体操を10分くらい、やってましたよねえ。

しかし義兄のイメージとこれほどかけ離れたものは、ないな。登山するくらいだから体力つけるのにやっている・・・なら分かるのだが、「肩こり解消」って・・・。

◆三回呼び出し音が続いて、電話はつながった。デスクワークについているということは、相手は多分、日之出ビールの件で臨時召集がかかったという特捜検事の中には入っていないということだが、失望するまでもなかった。
「神田の三省堂ですが」と、根来はいつもの符牒で名乗った。《先月、振り込みましたけど》という返事があり、続けて《泊まりだったんでしょう?》と軽く尋ねてきた。
「聞きました?」
《北品川の件なら。ぼくは関係なさそうですが》
 (「サンデー毎日」'96.2.4 p75)

サン毎版で義兄が「ぼく」と自らを呼ぶ珍しい場面。いや、もしかしたら他の作品でも「ぼく」と呼ぶところは無いのではないでしょうか・・・?
公には「私」呼び、合田さんに対してだけは「俺」呼びだからね、加納さん。

◆「そろそろ季節だし、花見酒に誘っていいってことですか、それは」
《あはは、外は雪だ》と相手はきさくに応じた。
「ところで、下心もないことはないんですが、義理の弟さん、今は大森署でしょう……」
根来がそう切り出すと、電話の向こうで苦笑いする気配があった。
《あれは、ご存じの通りの堅物ですから。ここのところ、彼も少し人間が変わりましたが、本質的には三児の魂百までで。それに本人も、なかなか難しいところに差しかかっているようで……》
「事件の話はしません。一度一緒に飲みましょう。ぼくは合田さんには三年前に会ったきりだが、何というか、もう一度会いたいと思わせる引力がありましたよ、彼は」
《時期をみて、電話下さい。本人がうんと言うかどうか分からないが、あれも、ちょっと外の世界の空気を吸う方がいいんです。若輩者ですが、ぜひ付き合ってやって下さい》
「こちらこそ。電話します」
《ではまた。失礼します》
 (「サンデー毎日」'96.2.4 p75)

微妙に台詞や描写が違っていますね。書籍では 「雪がやんだら誘ってください」 でしたし、ため息をつく加納さんの描写がありませんね。

◆受話器を置いて、根来は折り目正しさが付け足しではない特捜検事の端正な顔一つを瞼から振り払った。次いで、三年前にちょっとした経緯で会った合田雄一郎という名の刑事の、傲岸で繊細そうな細面の顔を脇へ押しやり、レポートの二行目に戻って都知事候補のコメントを拾い始めた。 (「サンデー毎日」'96.2.4 p75)

ここは義兄より、根来さんによる合田さん評「傲岸で繊細そうな細面の顔」が目を引きますな。
そして奇しくも最後の部分、「都知事候補のコメント」に笑ってもうたがな。自ら辞任するのか、引きずりおろされるのか、どっちだ?


加納さんコーナーで引用した文章は、今回は全て繋がっています。読みやすいように分割しました。


第三章 一九九五年春――事件 (1)は今回で終わりです。お付き合いいただき、ありがとうございます。 次回から第三章 一九九五年春――事件 (2)です。

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