あるタカムラーの墓碑銘

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一九九〇年――男たち (5)  (連載第13回途中〜第15回)

2016-05-29 01:11:53 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
一九九〇年――男たち  (「サンデー毎日」 '95.9.17〜'95.10.1)


☆上昇志向とやらの正体が、結局いい生活をし、贅沢なものを身に着けることだったのなら、それは父親が与えてやれなかったものだということにほかならない。まるで当てつけのような贅沢品を見せられて、物井は自分の人生のすべてを否定されたような気がしないでもなかった。 (「サンデー毎日」'95.9.17 p106〜p107)

☆生きるのが上手だとは決して思わないが、自分なりに働いた結果の人生を、自分では少しは慈しむ気持ちはあった。それを、外の世界の幸運や才覚と比べられたら、物井には返す言葉もなく、自分の小さい自信や自己満足すら消えてしまうのだ。美津子も、息子を亡くしたばかりだから気が立っているのだろうとと慮ってもなお、長い間の習慣で物井の顔はやはり下を向き、娘の顔を見ようと思っても見る気がしない。歳を取るというのは、忍耐がなくなることだ。 (「サンデー毎日」'95.9.17 p107)

☆芳枝との縁は、戦後間もない時期に、多くの男女が生きていくためにとりあえず一つ屋根の下にもぐり込まざるを得なかった、無数のいい加減な結婚の一つだった。しかしそれも、金さえあれば、互いにもっと静かに生きてこられたに違いない。物井が今悔やむのは、ただ、金がないばかりに穏やかな精神的充足を知らなかった自分の人生だった。 (「サンデー毎日」'95.9.17 p109)

☆思えば、生来身にしみついた生活の不安がいつもつきまとい、現実に金が詰まると、その不安は先鋭な恐怖の針になって襲ってきた。東京へ出てきて以来、生きるだけで精一杯だった自分の周りで、社会は何やら恐ろしい速度で変わっていき、いっこうに増えない自分の収入を前に、いつも少しずつ周りから取り残されていく気がした。家庭の中にも寄る辺はなく、口を開いたら甲斐性なしと言う芳枝を前に、心底安らいだという経験をしたことがない。歳とともに、不安や焦燥などの生臭い感情は錆びついたが、それで自分の精神が落ちついたのかというと、それも違う。芳枝が亡くなって五年、表面上は起伏のない静かな生活になったが、それを充足と呼ぶには、六十五年の人生の正負のバランスが、狂いすぎているような気はした。
すでにもう別の人生を歩んでいる娘のことを、物井は、昔のようには案じることが出来ない自分を感じていた。今はもう、娘より、自分自身の残りの人生を惜しむ気持ちの方が明らかに大きいのだ。
 (「サンデー毎日」'95.9.24 p74)

☆六十五になった人間が、昔の思い出を無為に掘り出すのは残された時間の浪費だった。それでもあれやこれやと甦ってくるのが老年なら、振り払う努力こそ必要だった。 (「サンデー毎日」'95.9.24 p75)

☆「在日の奴。曰く、金なんか働いて貯まるもんじゃないって。天下を回ってるんだから、要は誰がふんだくるかだ、ってよ。立ち食いソバを食いながら、そういう話をする奴」
「ワルだね」
「自分でそう言ってる」
 (「サンデー毎日」'95.10.1 p70)

☆子馬を産めない牝馬は食用にするしかないが、駒子を肉にして食うのも、肉を売った金を手にするのも自分たち小作農ではないのだと、あらためてぼんやり考えたりもした。 (「サンデー毎日」'95.10.1 p72)

☆二十で終戦を迎えた後の心境を一口に言えば、一夜にして崩れた城からちりぢりになって這い出した蟻だ。才覚のある蟻はさまざまに工夫して肥え太り、そうでない蟻は、行く先もなくうろうろするばかりで餌一つ確保出来ずに死に瀕する。物井は才覚のない蟻だったが、それでも否応なしに働いてきた工場を自分が再建しなければ、という覚悟はあった。 (「サンデー毎日」'95.10.1 p72)

☆衝動は、誰に対する恨みや怒りでもなく、強いて言えば、村の家の煤けた土間から始まってここに至るまでの、自分の人生すべてが孕んできた希望のなさや、ひもじさそのものだった。 (「サンデー毎日」'95.10.1 p73)

☆「辛抱も良し悪しだ。辛抱しすぎた結果が、このじじいの人生だからな。運命の不公平は不公平だ。もっと起こればいい」 (「サンデー毎日」'95.10.1 p74)

☆しかし、だった。あの日から四十三年。数万杯の飯を食い、数万回の糞を出してきたこの自分は、いったいどこへ抜け出したというのか。それを考え始めるといつも、半世紀以上の月日が一挙に空洞にかえり、身体中を風が吹き抜ける。自分はどこへも抜け出せなかったという控えめな結論は、もう久しく物井の頭にあったが、新しく出直す時間はないところまで来た今、自分が故郷にいたころよりもっと深い虚空に立っていると感じることも、なきにしもあらずだった。
出口のない遠心分離機の中で半世紀も回り続けたら、どんな複雑な液体もばらばらに分かれるだろう。そこから一つ一つ、少しずつこぼれ落ちてくる戸来村の生家の土間、稗畑、炭焼きの煙、皺深い父母の顔、頭を垂れた駒子、寒大根、八戸の鋳造所のもろもろがあり、それらにへばりつくやませの冷たさや草の青臭さがあり、それにそれらすべてが入っていた自分の身体一つがあるだけだった。ついぞ末来を知らなかった自分の身体一つの、御しがたい重さを感じながら、物井は羽田の交差点まで辿り着き、商店街の方へ折れた。
 (「サンデー毎日」'95.10.1 p74〜p75)


【雑感】

半田さんとは別の感覚で、物井さんの過去にも悲哀や悲憤、その他諸々が描写されていて、辛いんですよねえ。

妻や娘にバカにされ、罵倒される物井さん。お金を工面して成人式の着物を買っても、あまりにも安物感があるために着てもらえず、遠足のお弁当を作っても持っていってもらえず・・・父と娘の気持ちが分かるから、涙こぼれそう。
よかれと思ってやった行為が、裏目に出ることって、よくあることだから。

長年勤めていた工場も追い出される羽目になり、火をつけそうになった気持ちも分からないではないし、ホントに何ひとつ報われなかっんだなあ・・・物井さん。

すべて取り上げられませんけど、物井さんとヨウちゃんの会話も、単行本・文庫でかなり変更されてましたよ。


第一章はこれで終わりです。お付き合いいただきまして、ありがとうございます。 次回から第二章に入ります。

ちなみに昨日までは第三章の(1)の途中、根来さんが地検へ電話かけて加納さんと話す、その手前くらいまで読了。
「読了まで約2週間」とにらんでいましたが、無理だ。もう1週間プラスして、合わせて約3週間はかかりそう。

ゆっくり味わえるので、それはそれでいいんですけれど、義兄ならびに義兄弟のアレコレを、早く取り上げたいですわ。
サン毎ではあるのに、単行本・文庫でカットされたところ、逆にサン毎にはなく、単行本・文庫で増えたところなどがありますので。

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一九九〇年――男たち (4)  (連載第10回途中〜第13回途中)

2016-05-28 21:37:46 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
一九九〇年――男たち (4)  (「サンデー毎日」 '95.8.20・27〜'95.9.17)


☆下から上がってくる靴音があり、すれ違いざまに「失礼」というひと声が降ってきた。半田は目だけ上げて、階段を駆け上っていく男の足元の真っ白なスニーカーを見る。
捜査本部に出てきている本庁の若い警部補だった。名は、合田といったか。何ということもないスーツとダスターコートの恰好はともかく、いかにも軽くて履き心地のよさそうな白いスニーカー一足が、半田の目の中でちかちかした。急にグッチもバリーも色あせ、半田はちょっと戸惑う。いったい、スニーカーを履いてスーツを着るというのはたんなる無神経か、よっぽど自分に自信があるのか。どっちにしても好かんなと思ったとたん、背筋にぶるっと来た。
 (「サンデー毎日」'95.8.20・27 p77)

☆半田は、やっと引き抜いたガラス片を投げ捨てて靴を履き、日本の脚で立ちなおした。と同時に顔が上がったら、今しがた上がっていったスニーカー男が、二階の踊り場に立ってこちらを見下ろしていた。しばし真空に落ち込んだような相手の無色の目は、半田の判断を拒絶して、ほんの一秒ほど頭上にあった。そして、すっと逸れていったかと思うと、男は姿を消した。 (「サンデー毎日」'95.8.20・27 p77)

☆一瞬の出来事で、頭は結局事態に追いつかず、半田はそのまま残りの階段へ踏み出した。そうした日常のリズムが寸断された一瞬の溝に、半田はいつもある夢想をたぐり寄せるのだ。そうでもしなければ、溝は瞬時に深い地割れを作り、自分を破壊しかねない憤激の奔流になる。それを未然に防ぐために、いつの間にか身につけた自己防御の夢想の中身は、ある日自分が捜査幹部捜査幹部の寝首をかいて一本取る、というものだ。
捜査会議でおもむろに挙手する。官僚面をした本庁の天狗どもを前に、決定的物証を突きつけて「ホシは○○です」と言う。とたんに場は騒然となり。泡を食った幹部連中がひそひそやり出す。その瞬間の、目の眩むような快感は、きっと恍惚のあまり小便を漏らすほどのものだろう。
想像するだに隠微でぞっとするが、そのおぞましい快感を夢見て、警視庁四万人の警察官は憤死寸前の鬱屈を生きているのだと半田は思い、最後のオチをつけて自分を納得させるのだ。
 (「サンデー毎日」'95.9.3 p64)

☆それでも、毎朝毎夕、捜査会議で何か目ぼしい話が出てこないかと、思わず耳をすませ続けたのは刑事の性だ。 (「サンデー毎日」'95.9.3 p66)

☆地どりから逸脱したのがばれたのだな、と半田はあらためてぼんやり考えてみた。いずればれるのは分かっている脱線を決心したとき、自分が後先のことをどう考えていたのか、もう記憶になかった。多分、何も考えていなかったのかもしれない。
また、この時点でばれたということは、端的に誰かにサされたということだったが、そのこと自体にも実感はなかった。出し抜こうとした自分の足を、まんまとすくった奴がいるということ。この自分がやられたということ。まだ芽も出ないうちにほじくり出され、叩き潰されたということ。この自分が敗北したということ。そんなことはすべて、そうと認めたとたんに自分が粉砕されるような、彼方の出来事だった。
 (「サンデー毎日」'95.9.3 p67)

☆釜石の製鉄所の社宅で生まれ育った半田は、東京の大学を出たとき、明るい光の入る場所なら勤め先はどこでもいいと思った。民間の会社をいくつか受けたが、技術系だったので勤務先は工場になることが分かり、それならまだ警察のほうがましかと考えて警官になった。なってみて分かったのは、白々しく明るいのは桜田門の本庁だけで、ほかはたいがい、キノコが生えるかと思うほど薄暗く、湿っているということだ。 (「サンデー毎日」'95.9.3 p67)

☆釈明の余地がないのではなく、釈明という行為が警察では許されないだけだ。上から黒だと言われたら、下は「はい」と言い、白だと言われても「はい」と言うのが警察だ、と半田は腹の中で考えた。目の前の二人とて、本庁の一課長の前では同じことだった。
そうして、形ばかりの「はい」を一つ吐くたびに、自分の尊厳が一つ破壊される。それにもすでに慣れかけてはいるが、近ごろは自分の知らないもうひとつの人格が、自分の中に出来上がりつつあるのを半田は感じていた。
半田は頭を垂れたまま、叱責を浴びているもう一人の自分を傍観することで、当座の激情を抑え込むことに成功した。
 (「サンデー毎日」'95.9.3 p68)

☆すべては、あの何十日もの無為のせいだ。半田はとりあえずそう結論を出したが、その無為が、この先何十年もの無為につながらないという保証はない。ほじくり返された芽への当座の悔恨より、半田は自分の足元に広がっている沼の感触、立っているだけで足が沈んでいくような無力感にとらわれ、これはいつもよりひどいな、と思った。いつもならやって来るはずのあの夢想さえ、もはやどこかで死んでしまったかのようだった。 (「サンデー毎日」'95.9.3 p69)

☆その間、ふと眼下の踊り場から下へ降りていく一人の男の頭が見え、その足元の白いスニーカーが見えたのは、きっと何かの運命だったに違いない。
突如、自分でも抑えられない勢いで何かが噴き出したかと思うと、半田は階段を駆け降り、二階の踊り場からさらにさらに数段下って、片手を伸ばした。
「おい、あんた。さっき、俺を見ただろう。あれは何だ。何で俺を見た……!」
警部補は、歳はせいぜい三十くらいだろう、爬虫類のひんやりした冷たさを湛えた切れ長の目を、半田の顔面に据えた。それから、やっと相手の発した声が聞こえたとでもいうのか、半田の手を払い、「音がした」と一言いった。
自分の靴に刺さったガラス片一つ。それを投げ捨てた小さな音一つ。いったいこの世界の落差は何なのだと半田は困惑し、だめ押しの一撃を食らったような目まいを覚えた。
「それがどうした! 何で俺を見た!」と半田は呻く。
「見た覚えはないが」
それだけ応えて警部補は踵を返した。続いて降りてきた本庁の刑事らに、半田は押し退けられた。「他人の畑を荒らして、まだ文句あるのか」「クビがつながっているだけありがたいと思え」といった罵声を飛ばして、男らは階段を降りていった。
それを見送った数秒の間に、半田は自分の足元の沼がさらにずしりと沈んだのを感じた。自分の足だけが地球にのめり込んでいる、と思った。
 (「サンデー毎日」'95.9.3 p69)

☆半田には、警察で鍛えられ、焼きを入れられたもう一人の人格がいる。そいつが耳のそばで〈このままではすますものか〉と罵声を上げ続けていた。 (「サンデー毎日」'95.9.10 p74)

☆秦野という人物を見た半田の第一印象は、一言で言えば標本箱の中の蝶だった。姿形は優美だが、もはや静物で、触ると壊れる。実際、脂気のない深窓の令息がそのまま中年になったような無頓着さと、知能指数だけで出来ているような無機質さと、かなりこみ入った思考回路を窺わせる陰気さなどが合わさった外貌はしんと静寂で、さらに、息子を亡くしたせいだけでもなさそうな、空疎さも感じられた。眼球の動きに、ちょっと普通でない落ちつきのなさもあった。 (「サンデー毎日」'95.9.10 p75)

☆この歯科医は、もともとどこかに自己破壊の願望や精神的傾向があったに違いない。小さなきっかけをとらえて、まんまと自分の世界へ逃避したのではないか。すでに一線を越えてしまって、今はむしろせいせいしているぐらいではないのか。半田は所在なくそんなことを考えた。 (「サンデー毎日」'95.9.10 p75)

☆刑事は、個人の裁量が当たり前なのだとしたら、まんまとサされる奴がアホウなのだ。 (「サンデー毎日」'95.9.10 p78)

☆半田は燦然と輝く高層ビル群を仰ぎ見る。どこも、所詮は一円でも多い売上を上げるために靴の底を減らしている社員の総体だとはいえ、自分に身近なものは何ひとつないような気がし、また一つなにがしかの疎外感を持って、半田は目を逸らす。
歩くうちに、〈このままではすませるものか〉とまたあの声が呻いた。背中に張りついているもう一人の自分は、威嚇や牽制ばかり覚えて中身の伴わない、欲望と執念のかたまりだった。実際、このままでは吠えまくるしかない能のない負け犬になるのか、ならないのかの瀬戸際だったが、挽回の道があるぐらいなら、ここまで追い詰められることもなかったと半田は思う。冷静に自分の能力を眺めれば、挽回ではなくせいぜい代償を探すのが精一杯で、明日からまたとにかく働くしかないのが現実だった。
 (「サンデー毎日」'95.9.10 p78)

☆その昔、いったい俺は何を望んでいたのだろう、と半田は思う。明るい光の差す事務机に座ること。そこそこ安定した給料を得て、まっとうな人生を送ることだけだったのではないか。情けないほど平凡な希望一つを胸に警察に入った男が、今はどうだ……。
飲み残した缶を車道へ投げ捨てると、それはたちまちトラックのタイヤに音もなく踏みつぶされた。ああ、あれが俺なのだなと思ったとたん、〈このまではすますものか〉ともう一人の自分が呻いた。
 (「サンデー毎日」'95.9.17 p105〜p106)


【雑感】

木・金は眠気に負けてしまい、記事作成ができませんでした。すみません。

この辺りの半田さんは取り上げるところが多くて、悩んだ末にマークしたところは全部引用しました。そのため、恐ろしく時間がかかってしまいました。

半田さんの悲哀や悲憤が、どうにもこうにも身にしみましてねえ・・・。下っ端で働く人間の割り切れない想いや、やりきれなさが、ひしひしと伝わってくるので。

自分の割り当ての地どりから離れて捜査するというのは、母がしょっちゅう観ている刑事ドラマでは結構あるような気がするんだが・・・。

〈質屋だ〉とひらめいた半田さんは、なかなか優秀な刑事さんではありませんか? ただ、相手が合田さんたち七係だったというのが不運。お気の毒な半田さん。
(後の城山社長誘拐事件で「警察関係者がいる」とすぐに合田さんに見破られたのは、半田さんの読みと詰めが甘かったから)

半田さんの足に突き刺さったガラス片は「≒合田雄一郎」の比喩ではないかと、今ならば思える。
それならば、第五章のクライマックスで半田さんが合田さんにした行為は、もうしゃあないな、と。「やられたらやり返す」ではないけれど、「お前が刺したんだから俺も刺す」みたいな半田さんの心境も一理あるのでは、と。

ここで取り上げた半田さんが警察に入ったきっかけも、後に出てくる布川さんの自衛隊に入ったきっかけと、似たり寄ったりですね。「なんとなく」というやつだ。
対する合田さんも、司法試験に2回落ちて、生活するために警察へ・・・と、端から見ればこれも「なんとなく」の部類になるのかな?

第一章と第二章の合田さんは、ドラマや映画でいうところの「友情出演」「特別出演」ですね。全て、半田さん視点から語られる合田さんなので。

上記に挙げた、半田さんがつっかかって合田さんが受け流す場面。つっかかった半田さんも悪いが、合田さんもあんな物言いしたら、「こいつケンカ売ってんのか」と半田さんはより怒りを増幅されるほかないだろう。知らぬが仏、合田さん。

しかもダメ押しに、七係の面々が半田さんに罵詈雑言を浴びせたのが、サン毎版だけにある描写。単行本・文庫は、つっかかる半田さんを周りの人間が止めに入ってたよね?

そうそう、上記で取り上げませんでしたが、罵詈雑言といえば

「お宅は昼寝が出来るだろう」

ですね。単行本・文庫で巡査部長の表記がありますが、サン毎版でも巡査部長の表記があるだけで、発言者は不明です。残念。

肥後さんか、又さんか、雪さんか、お蘭か。はたまた私たちの知らない、この当時に七係に所属していた人なのか。(数年毎に入れ替わりがあるから)
名を挙げた面々も、これくらいの発言は普通に呼吸するように吐きそうだから。
巡査部長でなくても、警部補のペコさんも合田さんも、こんな発言は普通にやってそうですけど。

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一九九〇年――男たち (3)  (連載第7回途中〜第10回途中)

2016-05-26 00:59:15 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
一九九〇年――男たち (3)  (「サンデー毎日」 '95.7.30〜'95.8.20・27)


☆日之出ビールに入って三十二年。その三分の二を営業の第一線で過ごした性根は、六月に新社長に就任した今も、消えはしない。ビールはほかの酒類と違って、時代の感性や市民の生活感覚を一番敏感に反映するが、十分なマーケティングを重ねて送り出す新製品が当たるか当たらないかの、自分なりの直感を、一人の日之出社員として最後まで持っていたいと城山は思うだけだ。もはや、一つの製品の出来に対する自分の直感など、口に出す立場ではなく、責任者以下大勢の知恵や感性を認めるのが仕事だが、それでもなお、だ。 (「サンデー毎日」'95.7.30 p95)

☆社内のどこにいようと、昔から、社員全部を足して頭数で割った風体だと言われてきたその姿は、髪が灰色と化した今も変わらず、まったく目立たない。常務時代、社内を歩いていて、すれ違った社員に「あの人、誰」と囁かれたのは一度や二度ではないし、営業をやっていた若いころは、得意先に顔を覚えてもらえずに苦労した。 (「サンデー毎日」'95.7.30 p96)

☆日之出の顔になった今、さすがに「あの人、誰」は聞こえなくなったが、経団連でも商工会議所でも、基本的状況は同じだった。要するに、顔のない経営マシンが営々と働いて、いつの間にか、そのまま経営のトップに上りつめる時代になったのだ。大正ロマンティシズムの洗礼を受けなかった昭和二桁生まれの経営者が誕生してくる時代の先鋒を、城山恭介は担いでいるのだった。経済誌の巻頭を写真入りで飾る企業人の代表でもなく、経営哲学の手本でもない。ただ、端的に日之出の全株主と全社員の利益を守る責任を負っており、顔はないが周到な実務能力とそこそこの統率力を備えて企業を率いている経営マシンが自分だ、と城山は自認していた。それだけのことだ。 (「サンデー毎日」'95.7.30 p96〜p97)

☆九時の始業まで半時間弱。毎朝のその半時間の積み重ねが、城山のささやかな矜持だった。各報告書と中間財務諸表の四つを同時に開いてデスクに並べ、一緒に目を走らせ始める。数字は毎日毎日見ていなければ、勘が働かない。会計処理の細かな点をつつくつもりはなく、経営会議でも自分の口からは一切数字に触れることはないが、会社が毎日進んでいる道が順当なものか、歩みに異変はないか、広範囲に数字を見ておれば、諸々の判断を下す際の決断力の一助にはなる。 (「サンデー毎日」'95.8.6 p82)

☆一方、白井誠一の方は名実ともに役員であり、十把一からげで〈阿吽の呼吸〉と言われた保守的な日之出経営陣の伝統に終止符を打ち、日之出を変えてきた男だった。風体こそ城山と五十歩百歩で目立たないが、三十五人いる取締役のうち、将来を見抜く慧眼と実行力にかけては右に出る者はいない。 「サンデー毎日」95.8.6 p84)

☆単純な利潤追求でも散文的理念でもなく、企業活動をシステムの総体としてマクロに評価する白井の考え方は、ある意味では経営マシンの最たるものだ。 (「サンデー毎日」'95.8.6 p84)

☆城山はときどき窓から眼下を眺め、企業を統括する経営者の目とはおおむねこんなものかとなと思うことがあるのだが、白井の目にはさしずめ、この地上三十階の風景はすみずみまでもっとも効率よく機能すべきラインそのものに映っているに違いなかった。そこにあるものはシステムであって、人間でも物でもない。
翻って、城山自身は、日々重たかったり軽かったりするこの自分を動かして、二十年以上この手で物を売ってきたという感覚がまだいくらかあるせいか、私情を言えば、白井とは少し感覚的には合わないのだった。
 (「サンデー毎日」'95.8.6 p85)

☆白井というのはフグだ、と城山はよく思う。本人は、何があっても自家中毒を起こすことがなく、理路整然と言うべきことを言ってくるが、しばしば周りの人間が毒にあたる。 (「サンデー毎日」'95.8.6 p86)

☆筋を通すために、周囲に一本一本ピンを刺して、道を確保していく白井のやり方は、論旨のまともさに比べて、毒が強すぎると感じることはあった。今も、人事への采配の一件で倉田の羽根にまずピンを刺し、縁戚関係にある杉原と姪の話を持ち出して、この自分の羽根をピンで止めたつもりかな、と城山はちらりと思った。 (「サンデー毎日」'95.8.13 p70)

☆「信義を言われると、返す言葉もないが。しかし、明らかに縁の下でマッチを擦ってる者がいるのに、放っておくのはどうかと思う。実を言うと、ぼくは何かしらいやな予感がして……」白井はそんなことを言い、腰を上げた。
「予感とはまた……」
「根のない予感などない。祈りを知らない者に啓示は訪れないのと同じだよ」
城山がクリスチャンで、自分は無宗教であることを白井はときどき引き合いに出すのだが、そういうとき白井はまるで観念の議論に疲れた青年のような表情になる。
 (「サンデー毎日」'95.8.13 p72)

☆大量消費の金満の時代が終わった後に来る時代を、一言で予想すれば、おそらく《小市民的潔癖》だというのが城山の勘だった。節約、小型化、簡素、個人主義などのキーワードでくくられるだろう市民の心理は、物質的豊かさを諦めて精神的充実へ向かい、社会に〈潔癖〉さを求めてくる。潔癖な時代には、政界や銀行や企業の体質もそれに合わせて問われることになる。企業が、利潤追求より先に、社会的義務や倫理性を問われる時代は、たしかにもうそこまで来ている。 (「サンデー毎日」'95.8.13 p73)

☆倉田は、城山や白井と正反対の偉丈夫だが、体躯と反比例した静けさ、口数の少なさは、役員の中でも際立っている。城山や白井以上に顔がなく、実績だけがある。しかし倉田の場合は、顔がないというより、消しているといった方が当たっているだろう。ビール事業本部を支えているその実体は、精巧なジャイロスコープ付きの魚雷だが、先月の社内報に載った戯画では、ぬうぼうとした牛に描かれていた。ちなみに城山はペンギン、白井はキツツキだった。 (「サンデー毎日」'95.8.13 p74〜p75)

☆倉田とはビール事業本部で四半世紀半、一緒にビールを売りに行った仲だから、それこそ阿吽の呼吸で、互いの歩幅まで知り尽くしている。倉田は魚雷と言われてはいるが、その無言の呼吸には、実は相当に振幅があること、感情の突沸を防ぐために自分の口を閉じているのだということも、城山は分かっているつもりだった。 (「サンデー毎日」'95.8.20・27 p72)

☆「(前略) しかし今は、決算が先だ」そう言って、やっと倉田の顔は上がった。その顔に、エレベーターホールのガラス窓から入る日差しが当たった。倉田の目に映る地上三十階の景色は、白井や城山のそれとはまた違っている。 (「サンデー毎日」'95.8.20・27 p73)

☆「そういえば、ビールの方。最低限前年の数字はクリアしてほしい」と城山が言うと、倉田は即座に「あと〇・一パーセント。二十七万ケース」と応えた。
「ラガーがもう少し伸びればね」
「伸ばします。この二週間の数字は、頭に来た。全支社に来月の目標数値を立て直させて、全体で何とかプラス二十七万を確保するよう、はっぱをかけますから」
 (「サンデー毎日」'95.8.20・27 p73)

☆そう言いながら、城山は自分の卑劣な論理を反芻し、その一方でそういう論理を並べる自分を冷静に眺めつつ、ああ俺はこういう人間なのだなと考えていた。被差別部落の件を口にしないほうがいいというのは、自分ならそうするということだったが、そうした判断の根には《岡田》の卑劣な手や世間の誤解を避けなければならないという会社の理屈がある。その矛盾した言い分を、杉原はもちろん察したに違いない。 (「サンデー毎日」'95.8.20・27 p76)

☆受話器を置いたとき、城山はしばし無意識に、窓の外に広がる夜景に目をやっていた。朝、無機質に秩序立った工場のラインのように見えた市街の広がりは、今はただの茫漠とした灯火の海だった。それを眺めながら、城山はふと、自分が眼下の夜景から拒絶され、虚空に一人放り出されたような、ほんの一瞬の心もとなさを感じた。そんな感じがどこから来たのかは分からない。ただ、不運はこういうふうに降ってくるのかな、と突然根も葉もないことを考え、放心した。
もちろん、そんな放心は数秒も続かなかったが、代わりに、たった一つの言葉で揺らぐ、この社会生活の脆さに、あらためて身震いも覚えた。
 (「サンデー毎日」'95.8.20・27 p76)


【雑感】

日之出ビール経営陣の顔見世ですね。

何が驚いたって、白井副社長が城山社長と、ほとんどくだけた口調で喋っていたこと。丁寧に喋っていることもありますが、数えるほどしかなかったかな。

城山社長も相槌一つからして、違う。 単行本・文庫で「はい」や「ええ」だったのが、サン毎版では「うん」ですよ。
今風の言葉を借りれば、二人とも「キャラが違う」のですよ。

白井さんが1歳年上であっても、地位は城山社長の方が上ですから、書籍にまとめるときは喋り方を変えざるを得なかったんでしょうね。

そして日之出ビールの経営関連のこと。『LJ』を読むときは、そのときそのときの経済状況や、企業の不祥事等を思わずにいられないのですが、例えば倉田さんの数字の話でも、「ああ、こうやってごまかしを考えたり、操作したりするのかなあ」 と思いをめぐらせてしまいます。

あ、倉田さんはごまかしませんね。本気でその数字を確保しようとしている。

ただ、上の人間があまりに突拍子もない「数字」を打ち立てると、現場で働いている人間が困る、という図式は、何年、いや何十年経っても成り立つのですね。1995年から1997年の連載でしたが、未だに「変わらない」ように感じるのが、逆に恐ろしい。

こういう日本型の経営方式は、とっくに破綻・崩壊していると思うのですが、「変わる」あるいは「変える」ことは、すぐに成果を求められるのが今も主流の体質であるからには、天地がひっくり返らなきゃ無理なんでしょうな・・・と素人ながらの感想を述べずにはいられない。

あれ、眠気で何を入力してるのか、わからなくなってきた。こんな時間だもんな。では、おやすみなさいませ。

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一九九〇年――男たち (2)  (連載第4回途中〜第7回途中)

2016-05-25 00:34:05 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
一九九〇年――男たち (2)  (「サンデー毎日」 '95.7.9〜'95.7.30)

☆論理に飛躍があるのは分かっていた。納得のいかない一つの事実は息子の事実であって自分のものではないにもかかわらず、自分の腹に沈殿している澱をかき回しているのだということも、分かっていた。息子の突然の死をどうしても受け入れられない、情けない親が一人ここにいて、失意に耐えるより、失意を発散する捌け口を探し出しただけなのだ。 (「サンデー毎日」'95.7.16 p73)

☆差別という深いトンネルの出口で、まだ一部に残されている柵を楯にして、この連中は物を言う。仮に柵が取り払われたら、今度は見えない柵を楯にする。柵の外には無知無策と無責任しかないが、内側には、人間の尊厳や平等を唱える口の下に深い怨恨の根が生えている。柵を作る側に事の理解が足らず、柵を楯にする側に妄執が消えない限り、この不毛な応酬は続くのだろうが、それをこうして聞かされている者は、どれほどの忍耐を持てばいいのか。しかも、誰のための忍耐だ。俺はここで、いったい誰のためにこんな話を聞いているのだ。 (「サンデー毎日」'95.7.16 p76)

☆岡村清二は自分よりはるかに善良だが、それでも、兄弟かと思うほど似ている。岡村が、貧困を知りながら、一切の歴史的社会的意見を持たなかったこと。日之出への未練が断ち切れないまま、己の健康や将来への諸々の不安に押し流されて、意図不明の手紙を日之出に送ったりした、この無様。
貴方は、いったいどんな顔をした男だろう。手紙の字から察するに、腺病質の物憂げな感じか。声の大きい者が勝ちの終戦直後の日本で、貴方はきっと、戸惑いながらそっと後ろに退いて、己の内面と対話するしか時間を潰すすべのない病人だったのだな。この私は、貴方が戸惑った新しい日本で、黙って社会的地位を手に入れたので、これまではことさら自問する必要もなかったが、いざ息子をなくしてみると、やったことは貴方と同じだ。人間であること、政治的動物ではないこと、かつて貧しかったこと、それでもなお、何一つ分かっていないこと。この三週間というもの、世界がまったく平板になって色が抜けてしまったこと。すべて、貴方そっくりだ。
 (「サンデー毎日」'95.7.23 p78)


【雑感】

特筆すべきは、 秦野歯科医の名前が違います!

サン毎版・・・・・秦野郁夫
単行本・文庫・・・秦野浩之

な・ぜ・だ!?
 なぜ変更になったのか。
まさか読者に同姓同名さんがいて、「変更してください」とこっそりお願いされたとか?
それとも息子が「秦野孝之」だから、「之」で揃えたほうがいいと思われたか?

「差別の柵」云々は、単行本・文庫の再読日記でも取り上げましたが、表現が違っておりますね。せっかくなので並べてみましょうか。

★差別という深いトンネルの出口で、まだ一部に残されている柵を楯にして物を言う人々は、たしかにいた。仮に柵が取り払われたら、今度は見えない柵を楯にする。柵の外には無知無策と無責任しかないが、内側には、人間の尊厳や平等を唱える口の下に深い怨恨の根が生えている。柵を作る側に事の理解が足らず、柵を楯にする側に妄執が消えない限り、この不毛な応酬は続くのだろうが、それをこうして聞かされている者は、どれほどの忍耐を持てばいいのか。しかも、誰のための忍耐で、いつまで続くのか。 (単行本『レディ・ジョーカー』上巻p53)

●この国の歴史をつくってきた差別という深いトンネルの出口で、いまだ一部に残されている柵を楯にして物を言う人びとが、ほんとうに望んでいるのは何だ? 仮に柵が取り払われたなら、彼らの多くは、今度はトンネルの外に広がる無知と無関心を糾弾して新たな柵を築き、己が存在理由を死守するだけではないのか? 平等も差別も、互いに補完し合いながら、こうして一部の人間に存在理由を保証するだけのものではないのか? ひるがえって、そんな平等にも差別にも関係なかった二十二歳の息子は、彼らの語る世界のどこにもひっかからない――。 (文庫『レディ・ジョーカー』上巻p72〜73)

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一九九〇年――男たち (1)  (連載第2回途中〜第4回途中)

2016-05-23 22:57:56 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
一九九〇年――男たち (1)  (「サンデー毎日」 '95.6.25〜'95.7.9)

☆いつものことだが、馬たちの蹄の重さを想像すると、わけもなくむず痒さに襲われ、臓腑のどこかがぴくんと跳ねた。今さらながら、尻に鞭を入れられ、頸に静脈を浮き立たせて泥を蹴る馬を、物井は不思議に思うのだ。大地の危うさや粘りを感じながら己の四肢の重量を知る一歩一歩は、結局のところ、隠微な興奮を馬に催させるものなのだろうと物井は考えてみる。そういうふうに生まれついているのでなければ、ただ殴られて走る生きものなどいるはずがない。 (「サンデー毎日」'95.6.25 p79)

☆どこの集団にもエリートはおり、どんな種類のエリートにもなにがしかの違和感を覚えるのが物井の人生だったが、そのときは、男の鉄筋のような無機質の目線に一種の好意も感じたのだ。 (「サンデー毎日」'95.7.2 p73)

☆日常生活の物忘れは日々、痛みのない歯周病のように進行しているが、ある日ぽろりと歯が抜けるまでには、まだ腐るほどの時間がある。 (「サンデー毎日」'95.7.2 p73)


【雑感】

後のレディ・ジョーカーメンバーたちの、ちょっとした顔見世って感じですね。

取り上げませんが、ヨウちゃんが高さんのことをさして、差別用語を吐いていることにオドロキ。
単行本・文庫では、「日曜はいつも、キレてる」 に書き換えられました。

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◎一九四七年――怪文書  (連載第1回〜第2回途中)

2016-05-23 01:13:00 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
※怪文書は旧字体の使用が多々あり、変換できない文字もあります。ご了承ください。

◎一九四七年――怪文書  (「サンデー毎日」 '95.6.18〜'95.6.25)

☆今日ふと、彼と小生が或る意味で多くのものを共有してゐると云ふことに思ひ至りました。一つは人間であること、一つは政治的動物ではないこと、一つは絶對的に貧しいことです。 (「サンデー毎日」'95.6.18 p77)

☆小生は物音や臭ひに敏感です。醫者は其をノイローゼだと云ひますが、生家にあつた物音や臭ひから何處へ逃げられると云ふのでせう。 (「サンデー毎日」'95.6.18 p78)

☆さふして何千夜と云うもの、風に叩かれる板壁の外は雹か霙かと、人も馬も息を止めるやうにして耳をすませ、父母は默りこくつて炭俵を編み續け、子供は明日も明後日も、穂の實らない青立ちの稻の青臭さでむせかへる畦道に出て兵隊さんごつこをし、老いた牝馬は土間のすみでじつと頭を垂れ、祖父母は煤けた顔を伏せ、圍爐裏の燠火が細りゆくのを見てゐるのです。是は、未來と云ふ觀念を持たない牛馬の生活です。
小生はこうしてたゞ、此の身體を震はしてゐる物音や臭ひを正確に云ひ現わさうと思ふだけですが、言葉を重ねても重ねても何時も、何も産まず何も變はらない生家の時間の前で敗退してしまひます。小生は、南部地方の山塊ほどに搖るがない、絶對的な靜寂と不毛の時間を相手にしてゐるのです。
 (「サンデー毎日」'95.6.18 p78)

☆ここで云ひたいのはまづ、小生が如何なる政治的信條も社會的意見も持たぬ凡庸な一市民であつたことと、それ故に、もしかしたら闘ふべき抑壓の現状に無知であつただけで、知らぬ間に反動主義の片棒を擔いでゐた一人であつたのかも知れないと云ふことだけであります。 (「サンデー毎日」'95.6.18 p79)

☆銃後の勤勞秩序維持だけでなく、あくまで美味い麥酒を作らうぢやないかと云ふ會社の姿勢が貫かれてゐたのは、社員にとつて大變仕合はせなことでした。原料統制でしたから、現實にはもはや十分な品質を望むことは出來ませんでしたが、街のビヤホールや食堂で配給品の日之出ビールを美味さうに飮む人を見るたびに、日之出麥酒に勤めてゐてよかつたと思ひました。日之出は、社員にそう思はせる會社であつたと云ふことです。 (「サンデー毎日」'95.6.18 p79)

☆ご承知の通り、十一月になると突如、退職者の臨時募集が始まつたのです。首キリとは云はず、合理化とも云はず、《退職ノ薦メ》とは笑つてしまひます。 (「サンデー毎日」'95.6.25 p74)

☆社員としては、會社側と組合が經營の現状を鑑み、眞劍に話し合ひを重ねて合意したと云ふ辯を信ずるだけです。さらに云へば、是が創業五十年の日之出の傅統だろうと云ふことです。日之出に爭議はあり得ないのです。 (「サンデー毎日」'95.6.25 p74)

☆かうして振りかへると、日之出社員の矜持や團結とは、いつたい何であつたのだらうと改めて我が手を見たことでした。「日之出あつての社員」と云ふ思ひは、詰まる處、會社の齒車となつて廻り續けることを悦び、小異を拝して會社と云ふ傘の下で繁榮の夢を見、己の貧しさを忘れることなのでせうか。何故と云つて、一人一人の日本人が依然貧しいことに、變はりはないからです。 (「サンデー毎日」'95.6.25 p75)

☆「俺は卑しい歴史の中にゐる。さう云ふことをつくづく考へたのは、赤紙が來て、いつそ逃げようかと迷つたときだ。親兄弟にしてみれば、人竝みに戰爭へ行つてくれなければ世間體が立たないと云ふ處だつたらうが、其だけは俺は出來ない、他のことなら何でもするが皇軍の兵隊にだけは絶對にならないと俺が云つたら、お袋はたうとう憲兵を呼ぶと云ひ出すし、親父は死んで村の人間に詫びると云ふし、親戚の連中ときたら竹槍持って怒鳴り込んで來やがつた。其を見て、いつたい俺たちと云ふのは何處まで卑しいのだらうと思つたのだ。此のご時勢に、お上の爲に鐵砲を擔ぐくらいのことをしないと人間ぢやないと云ふのは、たゞ村八分で是以上ひどい目に遭ふのが怖いからだらうに、誰もかれも怯えた犬みたいに吠え狂つて、共食いだ。日々働いて食つて寝るだけの營みの中に、飢ゑる記憶が沁みついてゐるのが卑しい。冷靜になれないのが卑しい。其の意味では日本中が卑しいのだと俺は思ふ。とは云つても、俺が逃げたら村八分で飢ゑ死ぬのは親兄弟だから、結局戰爭には行つたが、何が惨めと云つて、貧しい者が貧しい國へ攻めていくほど惨めなものはないよ。其を一番よく分かつてゐるはずの自分が、殺さなければ殺されると云ふんで、必死に殺したのだから、人間と云ふのはやり切れない。かう云ふと岡村さんは異議があるかも知れないが、戰爭が終つて生き殘つた俺たちは皆、卑しい罪業を負つて生き續けるやう天から指名された者だと思ふ。
しかし、かう云ふと矛盾があるやうだが、俺は卑しい歴史の中にゐるが、多分、初めて微かに光が差して來た時代も今、見てゐるやうな氣がする。俺は實を云ふと、何かしら希望が湧いてきて仕方がないんだ。ほんの靄のやうな明るさだが、こんな氣持ちは初めてだ。新しい時代は待つものではなくて、自分たちが創るものだと思へば、吉田茂も屁の河童だ。解放委の幹部はあれこれ云ふが、俺は民主ゝ義革命とか云ふものより、今此處でたゞ生きてゐることが、むずむずするほど嬉しいと云ふか、怖いと云ふか……。かうして岡村さんとこんな話をしているのが嬉しい。この身體に沁みついた泥が、たとへ幻想でも、洗い流されていくやうな清々しさだ。思ふんだが、幾百年も寒さでねじくれてきた稻が、或るときすくすく伸び始める日と云ふのがあるんなら、今がきつとさうだらう。個人的には、俺は實つて頭を垂れる稻より、實つても直立してゐる麥になりたいと思ふがね」
 (「サンデー毎日」'95.6.25 p76〜p77)

☆「あゝさう云えば、日之出のビールは美味かつたな」と云ひ殘して行きました。「あの琥珀色は見てゐるだけでうつとりするし、パチパチ彈ける炭酸ガスはまるで音樂だ。思ふに、美しいもの、美味いもの、心地よいものと云ふのは人間を卑しさから救ふものらしい。さう云ふことを、俺はあのビールから學んだ。惡いが、日之出と云ふ會社から學んだのではないよ」と。 (「サンデー毎日」'95.6.25 p77)


【雑感】

すみません、旧字体の変換にとんでもなく時間がかかってしまいました。一文字ずつチェックしてたので。それでも無いもの、もしくはあるけれど見逃しているものがあるかもしれません。
今まで端折っていたところも、出来る限り省略せずに入力したら、これまた時間をとられてしまって・・・。

疲れた。雑感どころじゃないわ。

ただ、「怪文書」は非常に繊細で微妙な部分なので、読み手それぞれで思うところ、感じることは、読み手の数だけ、あるはずです。
岡村清二さんに手紙を書かせた要因、これがこれからの事件の発端ですから、端折るのもどうかな? という想いもあったので。

というわけで、おやすみなさいませ。

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サンデー毎日版『レディ・ジョーカー』読書日記のための(一部はどうでもいい)前書き。

2016-05-22 16:23:46 | レディ・ジョーカー(サン毎版)読書日記
ブログ開始時、いえ、その前から読みたかった、念願のサンデー毎日版『レディ・ジョーカー』。 たくさんの方々からご協力をいただきまして、入手することが出来ました。

当初はやっぱり、日之出ビール陣のアレとかソレとか! レディ・ジョーカーグループのコレとかソレとか! 東邦新聞側のコレとかアレとか! とどめは義兄弟のコレとかソレとかアレとか、これとかそれとかあれとか! をチェックするに留めてしまい、最初から読むということがなかったのですよ。

それじゃいかん! と、積読本がたまっているにも関わらず、その気になった時が読み時と、雑誌版『黄金を抱いて翔べ』に引き続き、サン毎版「LJ」を事実上初めて通読しています。だからカテゴリのタイトルは「再読日記」でなく「読書日記」に。

数日前に届いたモニター本も読んで、レビュー投稿も済ませたし(採用されるかどうかは分からない)、明日から中断していたサン毎版「LJ」を再開。
第一章、半田さんと合田さんの初邂逅の場面から、再開です。

むっちゃええところやん!!

まるで蛇の生殺し状態のままで、モニター本を読まなきゃならない私の心境、お分かりですよね・・・?
明日からは2週間前後、たっぷりと時間をかけて読んでいきますよん♪

サンデー毎日に連載されたレディ・ジョーカーは全114回。1回の掲載分は3段組の6ページ、タイトルとイラスト入り。(最終回は5ページ)

私の読書場所は電車内で、コピー用紙を十数枚クリップで束ねて読んでいるのですが、大きなタイトルがドーン! とド真ん中にあるので、めくるたびに私が何を読んでいるのか周囲に分かっちゃうね、という・・・。

あ、でもほとんどの乗客は、電車内ではスマホかケータイかタブレットの画面とにらめっこしてるか、友達や同僚と喋っているか、ですね。自分のことに夢中で、他人のことなんて、見ている余裕もないよね、ははははは。

気になる部分・好きな文章などは、書籍ならば付箋を貼るのですが、今回は蛍光ペンで囲んでいます。

先程、読了した該当部分の 単行本版 と文庫版 をチラッと目を通しましたが、チェックした部分がほぼ一致していたので、苦笑してしまいました。まあ、いいや。

今回悩んだのは「どの区切りで記事を作成するか」です。

最初考えてたのは、連載どおりに1回分ずつ、全部で114回・・・やってられるか、そんなもん。取り上げる部分がない場合もあるからね。
今までのパターンどおり「読んだ日の読んだ部分だけ」というのも、何か効率が悪いし、プレッシャーもあるしで、却下。

というわけで、「区切りごと」に記事を作成します。例えば、「怪文書」で1つ、「第一章の1」で1つ・・・という具合に。
但し長すぎる場合は分割する場合もありえます。登場人物たちの視点が変わればそれごとに作成と、アバウトに。

今までのとおり、気になる部分・好きな文章などを引用して、雑誌と単行本と文庫で気付いた違いや、雑感なども添えていきます。

それでは今から・・・って、もうこんな時間か! 夕飯の支度せねば。めんどくさー。

夕食・片付け終わったら、1つでも記事の作成しますわ〜。

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単行本『マークスの山』の発行年月日と版数とイラストを、全て知りたい。

2016-05-19 21:43:24 | 何となく、タカムラー気分(お知らせ含む)
2016.5.19現在、

1993年4月20日 3版

が判明しました。 ご協力ありがとうございます。

***

単行本『マークスの山』の発行年月日と版数とイラストを、全て知りたい。

現時点で、皆様のコメントやメール等で判明している発行年月日と版数を並べてみますね。(コメント等で判明次第、その都度追記していきます。ご協力ありがとうございます)

【2008.5.26 追記】
「同日版違い」について、情報を頂戴しました。そのため、仮定(細字)で月日を推定したものも、もしかしたら「同日版違い」の可能性もある、と判断し、改めて  マークを入れることにしました。
引き続き、情報をお待ちしております。

以下は、【2016.5.19 現在】で判明しているものです。

(先頭の☆印はイラストの表紙、★印は映画仕様の表紙です。映画仕様の表紙は、こちらをご覧下さい。 (以前のはリンク切れになったので、新しくリンクしました)
太字でないものは、前後の版数から推測されたものです)


☆ 1993年3月31日 初版
☆ 1993年4月15日 再版(2版)
☆ 1993年4月20日 3版  
☆ 1993年4月30日 4版  
☆ 1993年4月30日 5版 
☆ 1993年5月31日 6版
☆ 1993年6月15日 7版
☆ 1993年6月30日 8版
☆ 1993年7月10日 9版
☆ 1993年7月15日 10版


  ※1993年7月15日 第109回直木賞受賞決定。

☆ 1993年7月20日 11版
☆ 1993年7月27日 12版
☆ 1993年7月28日 13版
☆ 1993年7月29日 14版
  (15版、不明)

☆ 1993年7月31日 16版
☆ 1993年8月6日 17版

☆ 1993年8月7日 18版 
☆ 1993年8月8日 19版
☆ 1993年8月9日 20版
☆ 1993年8月10日 21版 

(18版は情報を頂戴していませんが、17版と19版が判明しているため、そこから推測。もしも間違ってましたら、お知らせ下さい)

☆ 1993年8月11日 22版
☆ 1993年8月12日 23版
☆ 1993年9月15日 24版
☆ 1993年10月15日 25版
☆ 1993年10月20日 26版
☆ 1993年10月31日 27版
☆ 1993年11月30日 28版
 

  ※これ以降、「改訂版」になります。

☆ 1993年12月15日 29版
☆ 1993年12月31日 30版
☆ 1994年1月15日 31版
☆ 1994年1月31日 32版
☆ 1994年2月10日 33版
☆ 1994年2月15日 34版
☆ 1994年2月20日 35版
☆ 1994年3月15日 36版
☆ 1994年4月15日 37版
☆ 1994年11月20日 38版
   (39版、不明)

☆ 1995年2月28日 40版
☆ 1995年3月15日 41版
   (42版、不明)

★ 1995年3月25日 43版
★ 1995年3月31日 44版
★ 1995年4月7日 45版
★ 1995年4月10日 46版
★ 1995年4月15日 47版


  ※映画「マークスの山」、1995年4月下旬に公開。
  映画仕様の表紙は、こちらをご覧下さい。

★ 1995年4月20日 48版・49版   (48版・49版は同一年月日で確定)
★ 1995年4月30日 50版
★ 1995年5月7日 51版
   (52版、不明)

★ 1995年5月12日 53版
★ 1995年5月13日 54版
★☆ 1995年5月14日 55版
 (2008年9月、某書店で見つけたのはイラストでした)
★ 1995年5月15日 56版
★ 1995年5月16日 57版 
★ 1995年5月17日 58版
★ 1995年5月18日 59版 
☆★ 1995年5月19日 60版  (イラストと映画仕様の二種類の表紙があるという情報あり)
★ 1995年5月20日 61版 
(57〜59版・61版は情報を頂戴していませんが、56版と62版が判明しているため、そこから推測。もしも間違ってましたら、お知らせ下さい。また、「イラストと映画仕様の二種類の表紙がある」らしいとか。この点についても情報を募っております)
★ 1995年5月21日 62版
★ 1995年5月22日 63版
☆★ 1995年5月23日 64版
  (イラストと映画仕様の二種類の表紙があるという情報あり)
☆ 1995年5月24日 65版
☆ 1995年5月25日 66版
☆ 1995年6月7日 67版
☆★ 1995年6月10日 68版
  (イラストと映画仕様の二種類の表紙があるという情報あり)

  ※断言は出来ませんが、この辺りで映画版の表紙が終了か?

☆ 1995年6月15日 69版
☆ 1995年7月15日 70版
☆ 1996年6月30日 71版
☆ 1996年12月31日 72版
  (73版、不明)

☆ 1997年12月31日 74版
☆ 1998年8月31日 75版
☆ 1999年4月30日 76版
☆ 1999年7月15日 77版
   (現時点で確認できている、最終版。これ以降も版を重ねているのかどうか、不明)

以上は、【2016.5.19 現在】で判明しているものです。


うわあ〜、こうして並べてみますと、圧巻ですね!
( )で不明となっている版をお持ちの方、正確な発行年月日をご存知の方、ぜひご協力下さいませ。ご報告、お待ちしております。

私も古書店や図書館に寄って、調べてみますね♪

***

参考までに。
「お蘭には負けたぜ」は、何版から無くなったのか?
経緯はこちら。   回答はこちら。

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あの二枚目タケちゃんが、お多福か。  (小説新潮 1990年10月号 p181)

2016-05-16 23:44:51 | 何となく、タカムラー気分(お知らせ含む)
☆2016年(平成28年)5月16日の読書メモ☆

p161の下段〜p187まで。これでおしまい。


すぐに立ち去らなければならなかった。ここは、自分のいるべき場所ではなかった。尊い死者が神の国に迎えられる場所に、なぜ自分のような者がいるのか、という気がした。 (p163〜164)

他人には、そんな素振りは死んでも見せまいと決めているが、人一倍神経質なのは、自分でよく分かっている。だがその神経も、大半は過去の遺物だ。何もかも一番で、完璧でないと気がすまなかったのは、昔の話だ。
今は違う。考え方を根本的に変えたのだ。二番の方が、世の中よう見える。アホの方が、何にも縛られない。お偉がたを横目で見てやる方が、絶対に自分の性に合っている。二十九にもなって、自分の本性も見えんほど、俺は情けない男やない。
親父には、一生分からんやろう。優等生の人生しか知らんで、ノイローゼを《弱腰の逃避や》と言うような偉い人間には、分からんやろう。そやけど、一人の男としては、俺の方が上やで。もし子供でも作ったら、父親としても、きっと俺の方が上や。今、俺ははっきり、そう思うよ。
 (p167〜168)

前の再読日記でも挙げましたが、野田さんを語るには、ここははずせないし、好きなところなので。

闇が輝き出したかと思うほどの輝きだった。黄金という色は、他に比べるものがないから黄金なのか。濃密で厚みがあり、無数の微小な屈折の集まった、光の中の光だ。 (p180)

「インポの北川浩二なんか、この世の終わりだな。」
「お前なんか、お多福、百っぺんぐらいやってるんだろ。お前からは、遂に女の話は一度も聞かなかった。野田が、お前はモモ子に気があるんじゃあねえか、って言ってたぞ。幸田はバックパックに入れて持ち歩けないものは、持たない主義なんだって言ったら、野田は《そういうの好きや》ってよ。
その後だぜ、あいつが女をポイと捨てちまったのは。あいつも、影響受け易い奴だから……。」
 (p181)

ここが文庫では、「なあ、幸田。お前、いつからモモと出来てたんだ」 「最近」 だったのに、「雑誌版」では野田さんの話にすり替わってるやん。

北川は幸田のことを何度も思い出し、その度に、幸田はなぜ盗むのだろうかと考えたりした。犯罪の向こう側に、《人間のいない土地》があるとでもいうのか。犯罪を重ねることによって、自分の皮を一枚一枚剥ぎながら、これでもか、これでもかと自分を探しているようにも見えた。誰にも優しくなかったが、自分自身に対して、最も優しくなかった男だった。そういう幸田から、北川は一つの人間の在り方を学んだが、同時に、もっと別の道があるはずだとも思った。 (p182)


幸田のことは、何年付き合ってもよく分からない部分があった。昔より一層真っ直ぐに、鋭利になった幸田の目が向かっているのは、やっぱり《人間のいない土地》なのか。あるいは、モモか。 (p182〜183)

この四ヶ月、誰よりも熱心に動いたのは幸田だった。幸田は、確かに自分を賭けてきたのだ。幸田は、自分が納得出来ない仕事はしない。やるからには、納得するまでやる男だ。そうだ、こいつは満足しているのだ。だから、あんなに穏やかな面をしているのだろう。
さあ、幸田よ! あと十枚で世界が変わる。数分後には、金塊を抱えて街を駆けているだろう。あと七枚! 六枚! 五枚!
 (p183)

おじけづく段階はとうの昔に過ぎていた。ここまできたら、後は突っ走るだけだった。「最後の最後まで細心の注意を」というのが嘘っぱちだということは、経験で分かっていた。ロボットならいざ知らず、人間のやることは、勢いがついて初めて成功する。もはや細心の注意より、最大限の勇気と決断が必要な段階だった。 (p183)

ふと、《自由だ》と思った。これまで、同じようにしてビルの屋根から逃げたことは何度かあったが、自由の気分を味わったのは初めてだった。自由であり、少し孤独だった。《人間のいない土地》はもう、どうでもよかった。人間のいる土地で、自由だと感じるのなら。 (p186)

皮肉だよな・・・今までと180度違う発想の転換をした途端に・・・。


さて単行本・文庫では、日本海を航行する船上で終わりますが、「雑誌版」では「映画版」の通り、北川兄によって幸田さんの死体は、どんぶらこっこと土佐堀川に流されます。
皆さんご存じ「桃太郎」の昔話は、川を流れていた桃を、おばあさんが見つけますね。幸田さんが川流れにされるのは、「桃太郎=モモさん」と対比、あるいは同化されてるのかなあ・・・?

以下は「雑誌版」だけにある部分から、後半部分を。

十年前、青竹二十本を抱えて南大塚のアパートの前に立っていた男の、純粋で誇り高い面を想った。誰一人側に寄せ付けず、誰一人信用しなかった男が、遂にモモに惚れ、仲間を信じ、十億の金塊に賭けた。もし、自分が誘わなかったら、幸田は命を落とすことはなかったかもしれないが、幸田は十億の金塊を追いながら、結局自分らと共に生きたのだ。《人間のいない土地》ではなく、《人間のいる土地》へ歩み進んだのだ、と北川は思った。
だから、幸田よ。やっと訪ねてきてくれた、って気がしてたんだ。やっと、互いの面が見えるところまで、近付いたって気がした。よく来てくれた。ほんとうに、よく来てくれた。俺は嬉しかったぞ……!
なあ、幸田よ!
 (p187)


***

<作家の全てはデビュー作にある>とは、よくいわれることですが、読んでいる最中に「ここは『李歐』につながってるな」 「これは『リヴィエラを撃て』のあの辺りだな」 などなど、ひらめくことがありました。

引用部分を入力していると、この当時は短文で畳み掛けてくるスタイルなので、現在の長文との違いが改めてはっきりと気付きますね。


これで雑誌版『黄金を抱いて翔べ』再読日記を終わります。お付き合いいただきまして、ありかとうございます。

次回予告。 サンデー毎日版『レディ・ジョーカー』をやりますので、お楽しみに〜!

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幸田さんは、結婚しはらしませんの?  (小説新潮 1990年10月号 p150)

2016-05-15 22:39:14 | 黄金を抱いて翔べ(雑誌版) 再読日記
ちょっと頑張って、もう一回分、更新します。

☆2016年(平成28年)5月13日の読書メモ☆

p141の下段〜p161の中段まで。幸田さんとモモさんが襲撃された最中。


北でも南でも大差はなかった。末永の部分に立ち入るまいと、最初から決めていた。こいつらの駆け引きには、立ち入るまい。北も南も、右も左も関係ない。こいつらは、自分らにとってはただの《誘拐犯》なのだ。 (p142)

北だろうが南だろうが、国家はみんな嘘つきだ。 (p142)

土佐堀沿いを、ゆっくりと移動するジイちゃんの姿があった。夏の終わりに初めて見たのと同じ背、同じ柔らかな腕の動きだった。だが、以前、そこから発してくるように思えた秘密めいた力や、無言の語りかけはもはやなかった。幸田の目には、今、グロテスクな骨組の一つ一つが見えるだけだった。謎が解け、夢が消えると、何もかも、ただの下衆どうしの思い入れにすぎなかったかのようだった。 (p147)

幸田は護岸壁から身を離した。目を上げて空を仰いだ。そうしなければ、目の端から溢れそうになる洪水があった。二十九年間の憎悪は、今は何ほどのこともなかった。神父など、初めからどうでもよかったのだ。今はそれより、もっと別の感情が芽をふき、育ちつつあった。この老人には分かるまい。もはや人を愛することのない男には、分かるまい。 (p148)

前の再読日記では、モモさんだけへの愛かと思っていたようですが、今回初めて、モモさん、春樹、そして北川兄や野田さん、自殺したミエちゃんへの想いもふくまれているのかなあ・・・と感じました。
特にモモさんと春樹に対しては、今までの読書メモでも言及してますが、幸田さんの感情の変化が激しい。

「幸田さん、あそこへ行ってみようか……。」
モモは、フェンスの向こうの尖塔を指した。幸田は首を横に振った。あそこは遠い。絶対的に遠い。過去でも現在でもない、彼岸のように遠い、という気がした。
「……いつか、行こう。」
モモは静かに、だが、しっかりとささやいた。「いつか、行こう……」
 (p150)

何度再読しても、ここははずせない。

思えば、三日間に二度も死体を見たが、どちらも自分は当事者ではなかった。悲しいという感情はなかった。ただ、空白が開き、心臓が深くうねっていた。二度と見ることのない北川の奥さんの笑みと、二度と触れることもないだろう春樹の手。どらちも、夢だったような気がした。夢が覚め、希望が一つ消えただけだった。目覚めると、世界は黙々として暗く、終わりの時に向かって進んでいる足音が聞こえるだけだった。 (p152)

入力してて、ふと、『リヴィエラを撃て』のサラの事故現場を見たリーアンの感慨が浮かんできました。根底にある何ものかが、似ているのかな、と。

モモは最近、すっかり《モモ子》が板についてきた。ちょっとした京美人だ。以前のようによく笑い、笑うと一層きれいに見える。 (p155)

ついにモモさんに対する幸田さんの視線が「京美人」まできましたよ。しかし「京美人」って曖昧な雰囲気の単語ですね。「こうだ!」という定義がない。(ダシャレじゃないですよ)

まだ夜明けは遠かったが、闇は夏の頃よりずっと透明に澄んでいるような気がした。眠気も疲れもなく、筋肉も神経も異様に冴えていた。かつて経験した、どの大仕事の時の感じとも違っていた。八月の終わりに、あのビジネスホテルで話が始まった頃、パチンコ屋から消えたモモを捜し歩いていた頃、自分の足にへばりついていた魚の目は、どこへ消えたのか。あの、闇を穿つモモの目は、何の夢だったのか。路地や神父の姿はどこへ行ったのか……。 (p159)

そういえば当初、モモさんのことを「魚の目」と称してましたね。

「十六日まで、あと四日。もう何もすることがない」とモモは笑った。
俺もだ、と幸田は適当に答えたが、ふいに、やりたいことは一杯あったような気もした。大学に入って荻窪の家を出てから十年、見事に働きづめだった。学生の頃は学資を稼ぐのに精一杯で、卒業してからは休みなく働くことで、やっと自分の爆発を抑えてきた。特別に何かやりたいことがあったわけではないが、それにしても、人に自慢出来るような話の一つもない。
「俺のマンションに来いよ」と幸田は言った。モモは、軽くうなずいた。
 (p159)

「雑誌版」は「俺のマンションに来いよ」、単行本・文庫は「俺のアパートに来いよ」でした。

「十億の金塊か、モモか。どっちを取る? もう、モモにしてもらうことは全部してもらった……。もう、モモがいなくても決行はできるが、ジイちゃんがいなければ、エレベーターの細工は不可能だ。ジイちゃんを切ることは出来ない。」
「本心か? それでいいんだな……?」
「ああ。……モモに何かあったら、事が済んだ後で、ジイちゃんには首を括ってもらう。モモに何かあったら、絶対に許さない。俺も生きていけない……。」
「じゃあ、このままいくぞ……。」
そうつぶやきながら、北川は数秒、幸田の目を覗いていた。幸田は目を逸らせた。
 (p160)

幸田さんの「本心」が、最後の目を逸らせたところに凝縮されているようですね。

「幸田さん、許してくれ。出ていくひまがなかった。ちょっと押し入れに入っててくれ。頼む……。」
髪の長い色白の女が、ピストルを握り締めて立っていた。だが、その目はもう、朝まで見ていたモモの目ではなかった。どこか遠い国の、プロの殺し屋の目だった。
 (p160)

モモは首を横に振った。唇が少し柔らかくなり、悲しげな微笑が浮かんで、消えた。 (p160〜161)

モモさんが最も綺麗なところ、美しい表情をしていたところ、もう何ものにも抗えないという諦観が生じ、せめて幸田さんだけは守ろうと決意した瞬間、でしょう。
こんなモモさんを見ては、幸田さんも冷静ではいられなくなるわなあ・・・。


明日で読了です。

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