金沢発 あれやこれや

-ヒントをくれる存在に感謝しつつ物語をすすめます-

菩薩とはその5

2020-11-09 23:28:47 | スピリチュアルコラム
《拒食症の女性》
つい最近、外国の拒食症の女性の番組を
見ました。がりがりにやせた身体を
写真に撮るのですが、いろんな意味で
考えさせられました。

拒食症とスピリチャルの関係についても
少し調べました。拒食症に悩んでる方の
助けにはならないと思いますが、以下は
私の感想です。

いわゆる魂の修行の最初に、座禅とか
組むわけですが、心定まらず、いわゆる
無の境地など自分には遠いとわかると、
人工知能のようなクールな精神に
憧れる気持ちが起こるとともに、
自分が動物であることにいらいらや
絶望を感じ、さいごには動物である事実
を拒否する感情がこみあげることは
最初に出くわす通過点と思います。

ツワモノの修行者は
身体を痛めつけることを通して
精神を鍛えることを目指して
修行に励んだわけです。

自分はというと、自分の心は
そのような修行をしてもどうにも
ならんと思ったのと、お釈迦様の
歩いた道をたどりたいと思ってた
ので、そこで地球上で一番大きな存在
つまり地球そのものに魂をゆだねました。

動物は食べないと生きていけませんし
食べる行為には殺生がつきまといます
身体を洗うのをさぼると臭く匂います
し、ずっと起きてることもできません
生きてるあいだは死の恐怖がけっこう
つきまといます。がんじがらめで
格好悪く、不合理や矛盾の固まり。

嫌でしょうけどそういうものなのです。

人工知能が釈尊を超える悟りを開く
ことはありません。生ける魂が存分に
悩み抜いて他存在と魂リンクをつないだ
先に視界が開けます。
自分の殻は早めに破りましょう。
コメント
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