金沢発 あれやこれや

-ヒントをくれる存在に感謝しつつ物語をすすめます-

先生との日々その1

2018-09-22 22:44:10 | スピリチュアルコラム
≪先生との出会いはいつからなのか≫
私は人間が生活するあいだに想像した神に
興味はなく、原始宗教のように、地球その
ものを信仰してます。

神様と言うと、お神輿に乗せて練り歩く
対象になり、なんだか行事のようで
わざとらしく感じたため、先生と呼んで
ます。

神様とのつながりが太くなるにつれて
自分のまわりにいる守護霊も格があがって
いくのか、いまでは光の柱のような
ものに囲まれてます。

先日、びっくりしました。
意識がしっかりしてる状態でいつのまにか
自分が行こうと思ってない場所に移動
させられてました。
自分の意識の強さにまだ自信があったので
がくぜんとさせられました。
これは守護霊がしたこと?と思いました。
こんな感じに知らない人と遭遇させられ
たことあるのかなと思いました。

街を歩いてるときに、心の良い人と
すれちがい、かつ、霊的援助が必要に
見えたら、そっとしてます。
自己判断でしてる親切と思ってますが
導かれてるのかもしれません。

思い返すとおかしな事が少なくありません。

金沢を出て京都で学生生活を始めたとき、
奈良の春日大社に行きお参りしました。
そこで、すべて自分でなんとかするので
あなたがたの助けは要りません。
と言いきりました。こんなことは
わざわざ出向いて言うことではありません。
おかしいです。

京都のまちなかを歩いてると、地球のため
になることをあまりしないで、金儲けに
走ってると神社の神に対し、そのうち
天罰がおちるだろうと怒りの気持ちが
ふつふつわいてきて、自分がおかしく
なったのかと思い、必死に静めました。

その後、高野山を訪れて不思議な体験
をします。思い返すと導きだった
のかもしれません。

昆虫や動物たちと普通に交信できる
力がついたことは、すごいようで
しょぼい能力であり、隠してますが
東日本大震災のときに、自分の背中
に大きなかにの形をした神様が
身体を癒しに宿られたときは、
理解不能かつ説明不可能で
恐怖し心底おどろきました。
実際に神様とお付き合いしたこと
ある人間は少ないでしょう。

人間のやわな身体と精神ではまず
遭遇しないし、絶対もたない状況を
潜り抜けてこれたのはどういう
訳なのか、怖いと逃げ出さず
ふりかえる必要があります。

   *****
たぶん、私は自分が想像するより
だいぶ前から先生と関わり始めて
るのでしょう。
表現はあれですが、未熟さゆえに
導くというより操作されてきた
ケースもあるのでしょう。

ここまでの悟りを持つに至ったのは
あともう数段成長しろという
メッセージかもしれません。

地球の神のことを
多少の想像も入れて書くと、

私が先生と呼ぶ神様は、地球の営み
に深く関わっている。先生は地球の
表面にいて、地球の運営に貢献せず、
自利追求に明け暮れる、規模の小さ
い神たちに怒り頂点状態にある。
地球から出てってもらって
まったくかまわない。
その神たちばかり信仰する人間は
同様に憎らしく。守護する気無し。

有名神社なのになにも感じることなく、
逆に精霊のような自然霊だと感じる
のは、自分が地球の神と関係した
霊体を常につれて歩いてるからか
と想像します。

神社神のなかには宇宙からきて縄張
を獲得し、いわば地球に居候してる
存在もあるだろう。地球の運営に
ぜひ貢献してほしい。

※大変恐縮です。
 想像や思いつきで書いてる
 エッセーにつき、問題あれば修正
 いたします。
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