鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

・画像生成AIのHolara、DALL-E3と合作しています。

・第58話「千古の商都とレマリアの道」(その5・完)更新! 2024/06/24

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第58)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第17話・後編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン

11 嵐の前…ギルドの繰士、ひとときの休息



 ◇ ◇

「だからさぁ、あたしは……。アンタねぇ……おい、人の話聞けよっ!」
 市場のおかみさん連中にも負けない気っ風の良い声が、部屋の向こうから廊下にまで響いている。声も大きいが、言葉遣いもやや乱暴だ。
 クレドールの乗組員であれば、メイが喋っているのだとすぐ分かるだろう。
 《赤椅子のサロン》の近くを歩いていた人影が、苦笑いしながら立ち止まる。
「おやおや。先客がいましたか。これはまた賑やかなお茶会のようですね」
 ラウンジをそっと覗き込んだのはクレヴィスだ。
 中にいる者たちは話に夢中で、彼には全然気づいていない。メイが相変わらず、手厳しい言葉でバーンをやり込めているらしい。
 喧嘩するほど仲が良いとも言われるではないか……放っておけばよいものを、わざわざバーンに助け船を出しているのが、クレメント兄妹のカインだ。彼のとぼけた声は聞き取りにくいのだが、例によって何か意味不明の発言をしたらしく、メイが今度はカインにかみついている。
 するとカインの隣に座っていた妹のプレアーが、メイに向かって盛んに文句をぶつけ始めた。これまたよく聞こえないが、《お兄ちゃん》という言葉がやたらと連発されていることだけは分かる。
 メイとプレアーのやり取りにベルセアが横槍を入れ、面白半分に煽る。彼だけはクレヴィスに気づいて、力の抜けた笑みを浮かべつつ手を振っていた。
 この大騒ぎの中で、ひとり涼しい顔で座っている金髪の青年が、ギルドでも指折りのエクター、レーイ・ヴァルハートである。彼の容貌自体は凛々しく、そして逞しく、あたかも古代の英雄像が動き出したかのような勇士ぶりだ。しかし見かけの姿が立派であればあるほど、隅の方で地味にお茶をすすっている彼の振る舞いは、あまりに不似合いで滑稽なのだが……。
 戦士たちの束の間の休息――それを眺めていたクレヴィスが、微笑ましそうにうなずく。
 目の前の小さな安逸は、風に漂う木の葉のようにはかない。明日、明後日……いまここで笑っている者たちが、全てまた顔を揃えるとは限るまい。結局、歯に衣着せぬ表現をすれば、戦争とは《殺し合い》なのだから。

 彼らの大切な時間を邪魔をしたら悪いと考えたのか、クレヴィスはラウンジからこっそり離れた。
「エクター同士の親睦会……いや、打ち合わせですか。私たちは場所を移した方が良さそうですね」
「えぇ。それがよろしいですわ。隣で小難しい話をされては、せっかくお楽しみ中の彼らも気が滅入ってしまうでしょうから」
 普段着の白い法衣の上に、長いケープを掛けているシャリオ。彼女は華奢な指先を口元に当てて、目だけを細めて笑っている。
 再び歩き始めた2人。
「ところでクレヴィス副長、軍との会議の方はもうよろしいのですか? 昨晩は徹夜の討議が続いたと聞きましたが……どうか、あまりご無理をなさらないでくださいね」
「お心遣い感謝します。幸い、私が顔を出すべき要件はもう片づきましたので、今はカルとノックス艦長に交代しましたよ。ヴェルナード(=ノックス)は、元々が軍人ですからね。ああいう肩の凝りそうな話の席にも慣れているようで。私はどうも苦手ですよ。やはり古文書のことでも論じている方が、ずっと楽しいのかもしれません。それで、シャリオさん……」
 クレヴィスはポケットから数枚のメモを取り出す。見慣れぬ言語で何か走り書きがしてある。魔道士や神官の使う筆記体で綴られた、古典語の文章だ。
「急にお呼び立てして申し訳ありませんでしたが、実は、この件について貴女のご意見をお伺いしたいのです」


12 翼の謎、いにしえの『沈黙の詩』は語る



 彼に手渡された紙切れを見た途端、シャリオの表情がにわかに真剣味を帯びた。いや、興味津々に瞳を輝かせたと言った方がよいかもしれない。
「パラミシオンの《塔》で発見した沢山の《ディスク》ですが……例の《知恵の箱》を管理している友人に、ネレイの街から急ぎの荷で送ったところ、早くも念信が帰ってきましてね。その要点をメモしたものです」
 クレヴィスに告げられるまでもなく、シャリオは紙に書かれていた文のひとつに目を留め、それを心の中で繰り返した。
 ――すなわち……が、憎しみの炎となりて、真紅の翼羽ばたくとき……。これは《沈黙の詩》の一節、《紅蓮の翼》と称される不可解な箇所!?
 高揚した面持ちで、シャリオはクレヴィスを仰ぎ見る。
 眼鏡の奥に意味深な微笑をたたえ、彼は黙って頷くのだった。

 ◇ ◇

 薄雲のヴェールの向こう、かすかに青を透かしていた空。
 それがいつの間にか灰色に濁り始めていた。
 見上げるような白い城館が、迷路を仕切る壁さながらに広がる。
 その谷間にひっそりと作られた、時に忘れられた小さな中庭。
 野の草茂る湿った地面を踏みしめながら、
 暗い目をした少年が、じっと見上げていた……
 ただひとつ、外の世界に向かって開けた空の天井を。

 ――夕方には、降り出すかもしれないな。
 流れ着き始めた雨雲を見つめながら、ルキアンは思った。
 風も心持ち強くなり、生暖かい空気を肌が感じ取りつつある。
 あらしが……春の嵐がやって来るのだ。
 ――嫌だな。雨か。
 彼は頭を垂れ、足元に横たわる蔓草(つるくさ)を眺める。
 そのとき、背後で密やかな声がした。
「何を悩んでるのかなぁ? 少年」
「シソーラさん!!」
 耳に息を吹きかけられ、ルキアンは慌てて身をすくめた。
「ふふ、可愛いっ。どうもお待たせ。あなたを呼びに来たのよ」
 そのままシソーラに手を取られるルキアン。彼は困った顔で尋ねる。
「呼びにって、どういうことですか? 妙に早いですけど、まさか会談がもう終わったわけじゃ……」
「その会談が問題なのよねぇ。予想されていたことだとはいえ、全く進展なし。お互い、慇懃無礼な悪口の応酬って感じ。疲れる疲れる。公爵もさすがに嫌気がさしたのか、いったん話し合いを休止してお茶会でも開こうということになってね。それで、ルキアン君も一緒にどうかと思ってさ」
「え、あの、困ります。僕なんか……場違いです」
 ルキアンは即座に首を振った。
 彼の背中をぽんと叩いた後、シソーラは強引に引っ張っていこうとする。
「遠慮しなくていいってば。大体ねぇ、今どき家柄なんてそんなに気にする必要ないワケよ。あなたも知ってるでしょ……由緒正しい大貴族が、成り上がりの商人のご機嫌をさんざん取って、借金の期限を伸ばしてもらっているようなご時世なんだからさ」
「で、でも僕……」
「もぅ。困った子ねぇ。公爵自身もぜひ来てくれと言ってるんだから」


13 ルキアンもお茶会に招かれ…



 シソーラは彼に身を寄せると、今度はハスキーな作り声でつぶやき始める。どうやら愚痴で泣き落とす作戦に出たらしい。彼女が《ルキアン》と呼ぶたびに、その名前の語尾のところが変に鼻にかかっていた。
「ルキアン君。あなたが来てくれた方が、雰囲気が和らぐと思うのよ。ランディのバカと公爵が元々あんまり仲良くないから……場の空気が息苦しくて、倒れてしまいそうだわ。私までとばっちりを食らって、棘のある言葉でさんざん虐められるのよ。ひどいと思わない? ねぇ、お願い……」
 どこまで真面目に言っているのか、よく分からない言葉だが。
「ほら、ルキアン君。早くっ、早くっ!」
 やんわりとしているようでも、シソーラの押しの強さは半端ではない。ぐずるルキアンだが――かといって誘いを断るだけの気力もなかったので、結局、彼女の勢いに負けて引き立てられていく。
 ルキアンの力ない足取りは、これから売られていこうとする子牛を連想させる。他方、してやったりという顔つきのシソーラ。
 そんな彼らの様子を見て、屋敷の警護をしている兵士が首を傾げていた。

 ◇

 淡い青と白とに囲まれた、薄暗い空間――窓から差し込む光と、ひんやりとした空気に包まれて、漆喰で作られた唐草が壁から天井に向けて這い上がっている。
 十分に余裕を持った広さの、贅沢な踊り場の設けられた階段。
 壮麗な城館の内部を眺めつつ、ルキアンとシソーラは登っていく。
「あの、シソーラさん……」
「うん。何?」
「ちょっと、聞いても、いいですか……」
 遠慮がちなルキアンの声が、天井にか細くこだまし、壁や柱の奥に張り付いた影に吸い込まれていく。
「シソーラさんも、こんな立派なお屋敷に住んでいたのですか?」
 彼女がしばらく黙っていたので、ルキアンは気がねし始めた。
「あ、あの、お気を悪くなさらないで下さい。ごめんなさい……」
 過去を思い起こすということは、シソーラにとって、取りも直さずあの革命の悪夢と向かい合うことでもあるのだ。何故にそんなことを尋ねてしまったのだろうかと、ルキアンは自分の浅はかさを悔やむ。
 ようやくシソーラの声がした。彼女は静かに語り始める。
「あたしの家は町の中にあったから、館をここまで大きくするのはさすがに無理よ。いくら大貴族でも、普通はナッソス家ほどの財力なんてあるわけないし。ま、中身の派手さは似たようなものだったけど。でも、がらんと広い屋敷の中に大人ばかり。そんな世界、子供の頃には寂しかったな……」
「シソーラさん、ご兄弟は?」
「兄がいたらしいんだけど、小さいときに流行りの病で亡くなったんだって。あたしが生まれる前のこと。ずっと後になって、弟が生まれたんだけどね。だから随分長い間、兄弟はいなかったのよ。ルキアン君は?」

 ルキアンの表情が不意に曇った。うつむいたまま、彼は黙って階段を上っていく。偶然とはいえ、それはシソーラの心を乱したことゆえの天罰なのかもしれない。
「僕は……」
 ――僕は、両親の本当の子ではないのです。
 と、彼は言おうとした。しかし、その言葉を口にするのを避けてきた過去の習慣から、無意識のうちに適当にごまかしてしまう。
「兄がいました」
 それは確かに事実だ。シーマー家の兄たちが。


14 孤独と向き合え、精神の淵に潜むもの



 ◇ ◆ ◇

 ――どうして、お兄ちゃんたちはみんな綺麗な服で、僕だけこんな服なの?

 ――兄さんたちは、今日は馬で森に駆けに行ったんだ。でも僕は行かないの。いいんだ。どうせ連れていってもらえないから。どうせ僕は……。

 ――ねえ、あなた……あんな子なんてもらわなければ良かったわ。
 ――声が高いぞ。あの子が聞いていたらどうするんだ。

 ――いいの。だって僕は……。
 ――僕は、いらない人間。誰にも必要とされない……。

 僕は、いらない人間。
 僕は、いらない人間。
 いらない人間。
 いらない人間。
 いらない。
 いらない!

 昔の自分の姿が、ルキアンの脳裏に不意に蘇る。
 忘れておきたかった記憶。もう永久に鍵を掛けておきたかった灰色の思い出。

 だが、幼い頃の出来事を心の中から消し去ってしまおうとも、結局は同じだった。彼が《いらない人間》であることに変わりはなかったから。その後も。別のどんな世界に行っても。

 そして苦しみに満ちた回想が……。凍り付いた日々の闇。

 ただひとり、冷たく、音のない晩に。
 ルキアンはいつものように、野ざらしになった小さな礼拝堂に駆け込んだ。
 蜘蛛の巣と、ひび割れた石壁と。
 月明かり。暗闇の中で、それは白く微かに光っていた。
 女神セラスの彫像が、あくまで柔和な微笑をたたえて彼を見守っている。
 滑らかな象牙色の石の肌に、月の光が照り映えては、深い闇の奥へと吸い込まれるように消えていく。
「僕は……こんなところで自分を見失ってしまうのは嫌です」
「でも、どうしても止められない怒りが……怒りが次第に僕の中に満ちあふれていくことが……心が荒んでいくことが、自分自身、耐えられないのです。穏やかなままでいたい。いつも静かに笑っていたい。それだけなのに!」
 流れるように美しく彫られたセラスの裳裾に、彼はすがりついた。
 涙とともに。ルキアンの上体が像の胸から足下へと、絶望を背負って崩れ落ちる。
「ここには、僕の探している未来はありません……」

 ――独りだ。この暗闇だけが、僕を優しく包んでくれる。この夜の……。
 ――あなたは孤独を恐れている。独りでいるときには、ただ寂しいとか、そこから逃げ出そうとか、そんなことばかり考えている。
 突然、エルヴィンの謎めいた言葉が思い出された。何の脈絡もなく?
 過去と今とが互いに絡み合う。
 ――勇気を出して……目を閉じて、静寂とひとつになるの。そうすれば気づくはず。あなたは何も感じない?
 ――静寂と、ひとつに?
 天鵞絨(ビロード)のように柔らかな闇の中で、無音の空間に浮かんだセラス像が、かつての孤独な夜のことが、浮かんでは消える。
 ――静寂と、ひとつに。この心を投げ込む……僕の暗闇の果てに?

 何かが、彼の心の中に。
 それは精神の奥底にある深き淵に、その暗い水面(みなも)の下に。
 何かが沈んでいる。己の無意識はそれに気づいている。
 声が。そして姿が……。


15 カセリナ、憎しみの視線! 最悪の再開…



 ◇ ◆ ◇

「ルキアン君!?」
 遠くでシソーラの声が聞こえた。
「ほら、何をぼんやり歩いてるの?」
 階段の最後の一段でつまずきかけて、ルキアンは我に返った。
 壁で赤々と燃えるいくつもの燭台。落ち着いた深緑の絨毯を敷き詰めた廊下。
「急に黙っちゃうんだから。変な子っ。さぁ、この部屋よ」
 シソーラはにっこり笑って目の前の扉を指し示す。
 ドアが開かれた。
 正面には広い窓。天気が崩れかけてきたとはいえ、外の世界からの光は強い。
 木の肌合いを生かした自然な壁と床。それらを彩る同じく木の彫刻の数々が、繊細な職人芸と重厚な飴色の光を誇らしげに見せている。
 灰色のフロックをまとうランディの姿があった。
 彼の奥に居る厳粛な雰囲気の男が、おそらくナッソス公爵だろう。

 そして……。
 ルキアンともうひとつの人影が、同時に立ちすくんだ。
 気まずい表情で、ゆっくりと顔を背けたルキアン。
 彼と相対して目を見開き、怒りとも驚きともつかぬ眼差しを向けるのが――ナッソス公爵の娘、あのカセリナだった。
 部屋の中の空気が、たちどころに張りつめたような気がした。
 非難に満ちたカセリナの視線がルキアンに突き刺さる。
 ――ち、違うんだ。僕は、僕はただ……。
 彼は言葉にならない弁解を繰り返す。
 ――あなたも私の敵だったの。ギルドの艦隊の人間だったのね。
 カセリナの表情はそう語っていた。
 ――私から大切なものを奪おうとする憎い敵なのね、あなたは……。


【第18話に続く】



 ※2001年2月~3月に鏡海庵にて初公開
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