鏡海亭 Kagami-Tei ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石? | ||||
孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン) |
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第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29
拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、 ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら! |
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小説目次 | 最新(第59)話| あらすじ | 登場人物 | 15分で分かるアルフェリオン | ||||
『アルフェリオン』まとめ読み―第26話・中編
【再々掲】 | 目次 | 15分で分かるアルフェリオン |
5 心の奥で光と同居する、行き場のない闇
◇ ◆ ◇
腹の底まで響く遠吠えとともに、切り裂かれる焔。
あたかも火炎をまとっているかのごとく、角を持った獅子が姿を現す。爆炎をものともせず、凄まじい形相で猛り狂うキマイロスだ。
魔法合金の装甲をも噛み砕くその顎には、首だけになったアラノスがくわえられている。牙の間から、鋼の潰れる音がなおも生々しく聞こえてくる。
一般に魔獣型のアルマ・ヴィオは気が荒いと言われるが、キマイロスは群を抜いて獰猛なのだ。戦いの中でも恐れなど微塵も表さず、むしろ狩りを楽しんでいるようにすらみえる。
それに比べてカリオス自身は平静だった。
一流のエクターは、ほとんど無我の境地でアルマ・ヴィオを操る。わずかな空気の動きすら逃さずに映し出す、澄み切った湖面のような心で……。
が、そんなカリオスの心の鏡に映ったものは、遠くて近い過去の光景だった。
彼の手の中に残っていた最後の安らぎが、消え去った日のこと。
その絶望が呼び起した哀しい奇跡――あの少年と出会った日のこと。
――償い切れないのは解っている。そんな俺が永久に癒されないことも承知している。しかし、俺がこうして生きている限り……生きて戦い、この世界を少しでも変えていくことができる限り……それは俺たちの勝利だ。そうだろう、キマイロス?
彼の思いを感じ取り、キマイロスも答えた。
夜の天上を揺るがし、大地の果てにまで届くような遠吠えで。
◇ ◆ ◇
「僕を憎まないの? 僕がもっと早く姿を現していたら、あなたは大切なものを失わずに済んだはずだから」
穏やかな口調で少年は言った。
しばらく押し黙った後、カリオスは忌々しげに首を振る。
「気休めなんていらない。何者かは知らないが、神でもあるまいし、思い上がるんじゃない。それに俺が君を恨むのは筋違いだろう。関係ない、君には関係ない。これは俺の問題、いや、戦いなんだ」
「関係、なくはないよ……。いつか分かる」
少年はいつの間にかカリオスの目の前にいた。時間を飛び越えたかのごとく。あるいはふわりと風に舞うように。
彼はカリオスの瞳を正面から見据えた。
全身を何か霊的なものが通り抜けていったような、異様な感覚がカリオスを襲う。
「本当は、あなたの心は闇に満たされている。でもあなたは優しいから、口では何と言おうと、現実には憎しみを誰かにぶつけたりはしない。だから行き場のない闇が、心の中で光と同居している……。その闇を僕にくれればいい。僕はずっと待っていたんだ。あなたのような人を。このアルマ・ヴィオにふさわしい人をね」
少年はにっこり笑って右手を高々と掲げた。
「戦うんでしょ? だったら、剣をあげる。全てを貫く天の獅子の牙を」
大気が揺らぎ、にわかに吹き始めた風に木々がざわめく。
いまだかつて感じたことの無い巨大な魔力のエネルギーに、カリオスは本能的に寒気を覚えた。
少年の周囲は白熱する光に包まれ、彼の姿はもはや見えない。
声だけが聞こえた。
「そして鎧をあげる。あなたの心は傷つき、血に染まっているから……。だけど誰もその声に答えてくれないから、苦しいけれど、自分で守るしかないものね。だから鎧をあげる……誰にも傷つけることのできない、あなたにふさわしい無敵の鎧をあげる」
閃光の渦の中で少年はささやいた。
「目覚めよ、キマイロス。そしてわが主のために戦え。僕はもう少し《外》から眺めていることにする」
少年の背後で得体の知れない獣の声が轟きわたった。
突然、大地が裂け、翼を持った巨獣が堂々とした威容を現す。
6 哀しみすら追いつけないほど、高く…
◇ ◆ ◇
無謀な抜け駆けを行ったアラノスを撃墜し、キマイロスは次の獲物に狙いを定めている。操るカリオスとも完全に同調しており、もはやどこにも隙がない。
残った2機のアラノスは思うように手出しすることができず、遠巻きに周囲を旋回しはじめる。
――君たちの動きなど、手に取るように分かる。キマイロスの耳が、目が……風の囁きさえも逃さない。俺自身の感覚として。
カリオスはキマイロスとの融合に心地良さすら覚えている。
己の体の一部のように……。
まるでカリオスのために作られたのではないかと思わせるほどに、完璧という言葉すら超えた一体感。
あの日の少年の言葉が、さらにカリオスの心に浮かんだ。
――翼が欲しいんだね。だったら、大空を鳥よりも速く飛ぶことのでき
る翼をあげる。哀しみすら追いつけないほど、高く高く飛べる翼をあなた
にあげる……。
アラノスの前からキマイロスが《消えた》。いや、そのように見えたのだ。
――何!?
瞬時にして敵の姿が視界から失せ、アラノスの操士は目を疑う。
一瞬、遥か頭上に影がちらつく。
さすがに最新鋭機アラノスのエクターだけあって、彼も少なくとも並大抵の腕前ではないのだ。
キマイロスの機影を察知して鋭くかわす。
間一髪のところで、アラノスの鼻先をキマイロスが突っ切る。
しかし、それはカリオスも読んでいた。わざと回避させたのだ。
地表に激突しそうな速度で降下したキマイロスが、鋭角的に反転して翼を広げた。強靭な山羊の脚があたかも空を蹴るように動く。重々しい機体が意外なほど素早く一回転し、急上昇する。宙を駆け登るかのように。
さきほどのアラノスを襲うかと見せて、カリオスはもう1機の背後を取った。
が、アラノスも驚異的な旋回性能を生かし、即座にキマイロスに向き直ると、至近距離からMgSを叩き込む。
風の精霊界の力によって、大気の渦がキマイロスを取り巻いた。目に見えない刃が無数に襲い掛かる。
――鎧をあげる。何者にも傷つけることのできない鎧をあげる……。
――無駄だ!!
カリオスの叫びに呼応して、キマイロスが鋭く吠えた。その声に吹き飛ばされるように、機体を取り巻いていた竜巻は一瞬でかき消される。
瞬間、付近一帯を膨大な魔力が走る。
まばゆい光が夜空に満ち、その輝きを宿らせたキマイロスの翼がアラノスを両断する。
――強すぎる。こんな恐ろしい奴が本当にいるとは!
最後の1機が不利を悟って逃げ出したとき、キマイロスの背中のMgSが火を噴いた。
勿論カリオスが狙いを外すはずはない。敵機は炎の尾を引いて落ちていく。
7 勇者三人! 主人公の出番がピンチ !?
――負けられないんだ。俺は常に勝たねばならない。そうすることでしか、俺は、俺は……。
カリオスは心の中でそう繰り返した後、いつもの平凡な声で念信を送った。
眼下で戦っているもうひとつの獅子、レオネスに向けて。
――久しぶりだな、クロワ。上の敵は私が片付けた。君の腕なら後は簡単だろう。
反乱軍の部隊と交戦を続けるクロワたち。彼ら皇獅子機装騎士団の活躍により、さしもの強力な重アルマ・ヴィオ《スクラベス》もひとまず撤退を始めている。
思わぬ相手からの念信に、クロワは声を弾ませた。
――カ、カリオス? 久しぶり、もうこっちに着いてたのか!! それより恩にきるぜ。アラノスは速いからな。下から落とすのはまず無理だ。
――やはり気づいていたか。さすがだな、クロワ。
カリオスとクロワ、そしてレーイ・ヴァルハートの3人は、実力を認め合う友であると同時に、競い合うライバルでもあるのだった。
――いや、なぁに、上から焼き鳥が落ちてきたから。それで分かったというワケさ。お前じゃあるまいし、背中や頭の上にまで目は付いてねぇよ。
――ご謙遜を。じゃあ、またな。どうせすぐ会えるだろう。
カリオスは静かに応えると、キマイロスの翼を羽ばたかせ、母艦ミンストラへと帰還していく。
◇ ◇
トビーの容体が気がかりで、ルキアンは夜半前に医務室を見舞った。
困難な手術を――正確には神聖魔法の儀式を――終えたばかりのシャリオが、部屋の隅の机で書類に目を通している。恐らくカルテのようなものだろうか。紙面に並ぶ丁寧で柔らかな文字に、彼女の人柄がよく現れている。
傍らの書棚には旧世界の書物が詰め込まれていた。古典語で書かれたそれらの文献は、つい先日までシャリオの机の上を埋め尽くしていたのだが、今は彼女も船医としての役目を果たさねばならない。古文書の解読はひとまず後回しというわけだ。
「あ、あの。もう、いいですか?」
邪魔をしないようにと遠慮しながら、ルキアンは小声で尋ねた。
彼に手を引かれ、メルカも一緒に入っていく。眠気も手伝ってか、むすっとした顔で彼女は熊のぬいぐるみを抱いていた。
――そうだね、いつもはもう寝てる時間だもんね。でも……。
メルカがこうして不機嫌な顔を見せているのは、ルキアンにとって、ある意味で嬉しいことだった。ネレイの街を発って以来、メルカは虚ろな目でふさぎこんだまま、喜怒哀楽の表情らしきものを持たなかったのだから。
――怒ってても泣いててもいい、感情が戻っているのなら。笑顔だって、いつかきっと。
反応が無いのを知りつつ、ルキアンはメルカの髪を撫でる。夜気を吸い込んだかのように、少しひんやりと冷たい感触だった。
白衣のフィスカがそっと駆け寄ってくる。本当は彼女も疲れているのだろうが、そんな様子は微塵も見せず、いつもの呑気な口調で言う。
「メールーカーちゃーん、今日はこっちの部屋で一緒に寝ましょうねぇ」
少しずつではあれ、フィスカには心を許しているのだろう――メルカは黙ってうなずいた。
「ほぉら、お人形がいっぱい。わたしの部屋ですぅ!」
向こうの方で調子外れなフィスカの声がする。それを耳にしながら、ルキアンはシャリオに一礼した。
「大丈夫。2人とも奥の病室で眠っていますわ。いま、お茶を入れますからね」
「あ、そんな、お構いなく」
「遠慮しないで。ささやかなお礼です。眠気が覚めるものと、眠気を妨げないものと、どちらがいいかしら」
そう言いながらもハーブの入った小瓶をいくつか開けて、シャリオは手早くポットに湯を注いでいた。
8 理想と犠牲―戦わないこと、戦うこと
ルキアンは、どちらかと言えば居心地の悪そうな様子で椅子に掛けている。
彼の気持ちを察してシャリオが告げた。
「あなたも、さぞや辛いことでしょう。でもルキアン君が手早い対応をしてくれたおかげで、トビー君の身体は元通りに回復しそうです。はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます。いい、香りですね……」
茶を一口含んだ後、ルキアンは答え難そうに応じる。
普段よりも妙にがらんとした雰囲気の医務室。
淡々としたシャリオの声だけが、部屋の空気を静かに揺るがせた。
「自分がギルドの船に乗っている人間だということが――つまりシャノンさんたちの敵だということが明らかになってしまうのも構わず、もしかしたら、ずっと憎まれることになるかもしれないのに、あなたは彼女たちをここに連れて来てくれましたね。誠実で堂々とした振る舞いだと、わたくしは思います」
「いえ、そんな。その……」
沈鬱な表情のまま、頬を朱に染めるルキアン。
何とも複雑な顔つきだ。彼は二の句が継げずに口ごもっている。
ルキアンを褒めるかのようにシャリオは優しくうなずく。だがその微笑みも長くは続かず、彼女は悲しげに目を伏せた。
「ただ、残念ですが――今のシャノンさんたちには、ルキアン君のことを冷静に受け入れるのは難しいと思います。それは分かってあげてください」
「そうですね。僕のことはいいんです。シャノンとトビーが早く元気になってくれさえすれば、僕はそれだけで……」
以前に朝食を取ったことのある簡素なテーブルに、ルキアンはティーカップを置いた。しばらく黙っていた後、空になった手を握り締める。
拳が震えた。いかなる心持ちによるものだろうか。
「仕方がなかったなんて、言いたくないのですが――あのとき僕は戦うしかありませんでした。でもどうせ戦うより他になかったのなら、なぜもっと早く戦わなかったのかと後悔しています。そうすればシャノンたちはあんな目に遭わずにすんだかもしれません。なのに、僕の決断が遅かったために……」
「そんなに自分を責めないで。ルキアン君は、最後まで暴力や流血を避けたかったのでしょう? 無闇に力に訴えることは、必ずしも勇敢な行為や正しい行為ではありません」
大げさに首を振って、ルキアンはシャリオの言葉を遮った。
「でも……。僕、今までの自分の考え方に疑問を感じています。分からなくなってきました。暴力によって争い、血を流し合うことは勿論いけないことです。だけど、どんなときにも最後まで戦いを拒否し続けるとしたら、誰かが犠牲になるのを黙って見過ごさなきゃいけない場合もあるんじゃないかって。ちょうど、僕がシャノンとトビーを守れなかったように」
ルキアンは自分が声のトーンを上げすぎたことに気づき、慌てて声をひそめる。そしてまた続けた。
「誰かの犠牲に見て見ぬふりをしてでも、それでも戦いは避けられれば避けた方が良いものでしょうか? さらなる争いを招かないために……。理不尽な暴力を野放しにしておくことになっても、それでも非暴力を貫いて穏便に済ます方が正しいんでしょうか? 多少の道理を曲げてでも。だけど、それが本当の《平和》だと言えるのかって、僕には――僕には分からなくなってきたんです。戦うのも戦わないのも、どっちも正しくて、どっちも正しくないような。どうなんでしょう?」
9 紋切り型の善悪観の限界と思考停止?
カップを手に、しばらく宙の一点を見つめていたシャリオ。
「そうですね、私自身の答えにはならないかもしれませんが……。イリュシオーネの神々は、人間たちが争うことを決して望んではおられません。しかし何の罪もない人が傷つけられ、不当に暴力によって虐げられているにもかかわらず、その横暴を行っている者たちが話し合いには全く耳を貸そうとしないとき、それを放置しておくことが神の御意志にかなうのか? これもまた私には肯定できません。それでは一体どうすれば、どちらを選べば……」
シャリオは襟を正して言った。
「ルキアン君。この世の中には、単純に是非や善悪の区別が付く選択など、私たちが思っているよりもずっと少ないのではないでしょうか。実際には、《どれも正しいとは言えない選択肢》の中から《よりわずかにしか誤っていない答え》を選ばねばならなかったり、逆に《どれも間違ってはいない選択肢》の中から《より正しそうな答え》を探さなければならない――そのような、判断に困る場面の方がむしろ多いのではないでしょうか」
「そうですね。たぶん僕はそのことを理解していなかったんです。今まで僕の目に映っていた現実は、何て言うのか、もっと紋切り型で、何でも白黒はっきりしているはずの世界だったんです。だから、単純に善悪の区別の付かない選択を迫られたとき、僕の思考はいつもそこで停止してしまっていたんです。もしも自分が間違った答えを選んでしまったら、それが途方もない過ちになるような気がして」
ルキアンの話しぶりが以前よりも力強くなったことに、シャリオは複雑な思いを感じた。
声を落としつつも、しっかりとした調子でルキアンは語る。
「でも、さっきクレヴィスさんに言われて目が覚めました。正しい答えを選ぶことができないからといって、それは決断しなくてよい理由にはならないと。無責任だ、って……。そうですよね、僕らが生きていく毎日の中では、正しい答えが分かる場合の方がずっと少ないかも。それなのに、正しい答えが選べない限りは決断しなくて構わないとしたら、僕らはほとんどの場合に自分自身の判断を下すことなく、あやふやな態度でその場をやり過ごしていればよいことになってしまいます。確かに、無責任――いや、僕の今までの生き方は、まさにそうでした。本当のところは、ただ流されてただけ。そのくせ自分が流されているということを認めたくないから、色々と言い訳を考えて、さも慎重に答えを《探している》ような顔をしていました。他人に対しても、自分自身に対しても、ごまかすっていうか、面目をとりつくろうことに躍起になっていました。あんなに弱い心なのに、自意識だけは過剰だというのか」
赤裸々に己の本心をえぐり出すような独白。
それが終わって急に恥ずかしくなったのか、ルキアンは頬を紅潮させ、シャリオに背を向ける。そして長いため息の後、振り向いて言った。背筋を伸ばし、懸命に顔を上げて。
「こういう言い方ってイヤですけど、はっきり言えば、要するに甘えてたんですよね……」
シャリオは敢えて言葉を差しはさまず、少年の語るに任せた。
「平穏な毎日の中では、それでもどうにかやってこれました。だけど、その甘えが極限状態で通用するはずなんてなく、僕の甘えのせいでシャノンたちが犠牲になってしまったんです」
ルキアンは語り続けた。
痛々しいほどに、容赦なく、今までの自分にメスを入れていく。
それでもこうして話を聞いてくれる人間の存在が、ルキアンにとっていかに尊かったか。もちろん、苦しみ迷う者の声に耳を傾けることは、神官としてのシャリオの仕事でもあるのだが。
【続く】
※2001年12月~2002年1月に鏡海庵にて初公開
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