鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

・画像生成AIのHolara、DALL-E3と合作しています。

・第58話「千古の商都とレマリアの道」(その5・完)更新! 2024/06/24

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第58)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み―第26話・後編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン



10 旧世界人たちが救いを求めたものは…



「己のいたらない点を厳しく見つめ直し、素直に自分を変えていくことができるというのは、ルキアン君のとても優れた資質です。ただ、あなたはとても若いのですから、そんなに自分の過ちを責め過ぎるのもどうかと思いますよ。失敗するからこそ、人はそこから学ぶことができるのです。どうか、気づくのが遅すぎたなどとは考えないでくださいね」
 シャリオは不意に笑ってみせた。
「ルキアン君にそんなことを言われては、わたくしなど立つ瀬がないですわ。偉そうに大神官の位をかかげていながらも、この歳になってやっと、自分を変えられることに気づき始めた程度なのですから」
 こうしてシャリオが冗談混じりに微笑むたびに――そんなときの彼女の表情に、ルキアンはいつにも増して好感を覚える。謹厳な神官と落ち着いた大人の女性の雰囲気に混じって、どこか少女のような純朴さと可憐さが漂うのだ。崇高で、それでいて親しみやすい、アンバランスな表情……。
 慈母のような暖かさでシャリオは告げる。
「少し文脈は違いますが、ネレイの街でも似たようなことをあなたと話しましたね。ルキアン君は、こう言いました――本当は《答え》など最初からどこにも《ない》かもしれないのに、自分たちはそれを認めるのが怖いのではないか、と。覚えていますね?」
 あの晩、ネレイの街でシャリオと語り合ったのは、ほんの数日前のことだ。
 にもかかわらず、毎日があまりに目まぐるしく移ろいすぎて……。ルキアンにとっては、遠い過去の出来事のように感じられた。
「そうです。シャリオさんのあのときの言葉、もっとちゃんと心に刻んでおくべきでした。《答え》が《ない》とは言い切れないけれど、《ある》とも言い切れない。というか、人生の真理みたいなものを明らかにすることは、それ自体、僕らの力を越えた行いなんだと……。だから結局は答えを《見つける》のではなく、自分で《考え出す》しかない。そして、ただ主観で思いついただけのものを信じるなんて難しいから、人はそれに自分なりの《意味》を与えることによって、信じ抜こうと試みるのだと。でも、それは旧世界人のような振る舞いだと、シャリオさんはおっしゃいましたね。僕にはその意味が分かりませんでした。ですが……」
「そう。私のちょっとした謎かけの答えが、あなたには分かってきたようですね。正しい《答え》が分からないということは、私たちの行動に付きまとう大前提なのです。そして、この不条理な前提にもかかわらず、人は生きるために決断していかなければなりません。それは、明かりも持たずに暗い道を行くがごときものです。だからこそ――この世の理を完全には見極められないからこそ、人は信仰に救いを求めるのです。これはあくまで、神に仕える者としての見解ですが。しかし旧世界人の多くは、本心では神を信じていなかったといいます。それゆえ《信仰》の対象を何か別のものに求めるしかなかったのです。ある人にとってそれは愛であり、また違う人にとっては思想であり、あるいは富であり、力でした。しかし、果たして彼らは救われたのでしょうか?」

 《救われたのだろうか?》

 ルキアンの脳裏をよぎったのは、あの破滅的な戦争の幻だった。
  大地に降り注ぐいかずちの雨。
    ――天空人による衛星軌道上からの無差別攻撃は、地上界を死の世界
   に変え、数え切れないほどの地上人を殺戮した。
  輝く炎の翼を持った真紅の巨人。
    ――地上人の反撃、エインザールの赤いアルマ・ヴィオは、天空植民
   市を次々と破壊し、無数の天空人たちを果てしない闇の空間に葬った。

 ルキアン自身は、あれが天空人と地上人の最終戦争、後に地上人たちの言う《解放戦争》であることを知らない。そしてあの無限に続く、星をちりばめた《闇の空》と、そこに浮かぶ巨大な《青い球体》が何なのかも、彼の理解を超えている。
 ――救われてなんかない! もし救われたというのなら、ただひとつ、旧世界は自分たちの歴史を終わらせることでしか、苦しみから解放されなかったのかもしれない。でも、そんなの悲しすぎるよ……。


11 主観的な「正義」が争い合う世界…



 シャリオの声がルキアンを現実に連れ戻した。
「地を這う虫の見ている世界は、私たち人間の見ている世界よりもずっと単純で狭い。しかしそのことが分かるのは、私たちが虫ではなく人間だからです。きっと虫たちには分からないでしょう。彼らにとっては自分たちの見ている世界が全てなのですから。それと同じです。人間のすることなど、人間の尺度では完全に測れるものではありません。私たちの行いが本当に正しいか否かは、さらなる高みから世界を見ることのできる存在のみが、ただ神のみがご存知なのです」
 神――ルキアンが当然のように思い浮かべたのはあの女神だった。
 翼を持った魔法神、そして月の女神、闇の中の光、セラス。
 イリュシオーネの神々のうち、どのような神をどの程度まで信じるかは人それぞれだが、ルキアンも常人並みの信仰は持っていた。
 信じている。しかし神は答えないようにみえる。
 あの記憶。
 夜の暗闇の中でセラスの石像にすがりついたとき、ルキアンの現実の中にあったのは、象牙色をした石の肌の、酷薄なまでの冷たさだけだった。
「それでも僕たちは生きるために、正しいと思うことを選び取っていかなきゃならないですよね。辛いです。自分が正しいと確信できないのに、それでも疑心暗鬼のまま、少しでも間違っていなさそうな方へと進んでいかなければならない。でもわかんないんですよね、分かれ道に立っている時には、まだ。その先が行き止まりかもしれないし、迷路かもしれないのに。それでも道を信じるしかないなんて。でも自分が正しいって信じなきゃ、やりきれないかも」
「そう。やりきれない。人はそんなに強くはありませんから。そんなやりきれなさ、不安定で寄る辺のない生の苦痛を少しでも和らげるためには、ただ、自分のした選択が正しいのだと信じるしかありません……。しかし往々にして人は、己の心の苦痛を少しでも軽くしようとするあまり、自分の選んだ答えが絶対に正しいのだと盲信し、極端な自己正当化を行いがちになるものです。その結果は、どうでしょうか?」
 突然、ルキアンの顔から血の気が引いた。
 それを前にしてシャリオはうなずく。
「例えば、いかに正しい動機から出た行動であろうとも、自らの正義が絶対だと盲信してしまったとき、それは歯止めを失って暴走する危険があります。そのとき人は、自らの正義の名の下に別の正義を否定するため、あらゆる手段を用いることを正当化して疑わないようになってしまいます。善対悪の戦場であるというよりは、むしろ無数の主観的な《善》が――それぞれの信じるものがぶつかり合うのがこの世界だから、それゆえ人間の争いはいっそう激しく、残酷で、終わりがない……」


12 紅蓮の闇の翼とエインザールの願い?



 シャリオの言葉はルキアンの心を貫き、その奥底にまで響き渡った。
 ――僕はあのならず者たちと戦ったとき、たとえ一瞬であろうと、彼らを全て殺すべきなのは当然だと思ってしまった。優しい人が優しいままでいられる世界のためなら、それを妨げる悪い奴らをすべてこの世から消してしまうことも許される、と恐ろしいことを考えてしまった。でもおかしいよ。シャリオさんの言う通りだ……。
 赤いアルマ・ヴィオの幻夢が鮮明に蘇る。
 鳳凰の翼のごとく空に広がる、あの鮮血のような毒々しい炎を背負い、真紅の甲冑をまとった巨人が――クレヴィスの話によって知ることになった、恐らくは《紅蓮の闇の翼》、エインザールの赤いアルマ・ヴィオの姿が。
 理由も分からず、虚無のこもった涙が目に溜まる。
 ルキアンは呆然と言う。
「何となく、でも確かに感じたんです。古の時代にアルフェリオンで戦った人だって――多分それがエインザールという人なのだとは、後でクレヴィスさんに聞いて知ったのですが――そのエインザール博士だって、本当は優しい人が優しいままでいられる世界を作りたかっただけなんだと思います。小さな安らぎを守りたかっただけなんだ、って。でも憎しみに心を奪われて……」
 今までの苦悩の表情を必死に拭い去ろうとするように、ルキアンは顔を歪め、引きつらせ、それでも渾身の笑みを浮かべた。
「だけど僕は信じることにしました。僕は最初、あの赤いアルマ・ヴィオの幻から、単に凄まじい憎悪しか感じませんでした。でも次第に、戦いが終わってから気づき始めたんです。憎しみ以上に深い哀しみに。あの獰猛さと残酷さの背後に隠れた、痛々しいほどの諦めの気持ちに……。そして《願い》にも」
「願い――ですか?」
「えぇ。ただ、僕お得意の思い込みかもしれませんが。でも思い込みでもいい、信じたいんです。エインザールは、自分の犯してしまった過ちが二度と繰り返されることがないようにと、最後に祈ったんじゃないかって。そして今度こそ、自分が真に望んでいたようなかたちで、アルフェリオンの力を役立てて欲しいと――その思いを僕たちの時代に託したんじゃないかと思うんです。もしかしたらアルフェリオンは、旧世界を滅ぼした邪悪なアルマ・ヴィオかもしれません。だけど世界を終わらせたいなんて、本当は誰も望んではいなかったはずです!」
 長い沈黙の後、シャリオはポットを手に取り、おもむろに立ち上がった。
「よろしかったらもう一杯いかがですか? それにしても、あなたは不思議なことを言いますね。まるでエインザールという人のことをよく知っているみたいに」
 ルキアンは顎を押さえ、具合が悪そうにうつむく。そして苦笑した。
「変――ですよね。でも直感というか、どう説明したらいいのかよく分からないんですけど、確かに感じることがあるんです。何ていうのかな、僕と似たような《におい》がするというか……」
「そうですか。エインザール博士がどんな思いで天空人と戦ったのか、私には分からないにせよ、あなたの信じていることが本当であるよう願いたいものですね。いいえ、結局のところ全てはあなた次第かもしれません、ルキアン君」
 大切なものを慈しむように、シャリオは少年の肩に優しく手を置いた。
「たとえどれほど邪悪なものと戦うためであろうと、憎しみの心で剣を振るえば、その刃は沢山の罪無き人々を巻き込み、最後には自分自身をも傷つけるでしょう。だからルキアン君、決して憎悪に負けないで――そう、自分に負けないでください……」


13 戦いの果て―予言詩の暗示する結末?



 ◇ ◇

 昼なお暗い底無しの樹海。
 目の前を霧が流れていくたびに、妙な震えを感じる。
 異様なまでの静寂の中、霊的な力を帯びた森の気が、ひんやりと肌に絡み付いてくる。
 この世であってこの世でないような、外界全てから隔絶された世界。
 一面に漂う濃い緑の匂いは、肺臓にまで染み渡るかのようだ。

 かき分けるのも困難なほど繁茂した木々の間、忽然と開けた空間があった。
 下草と落葉に埋もれた地面の至るところに、微かな水流が走っている。地表の所々に濡れて光るものも見える。明らかに人の手によって磨かれたであろう、平らな大理石の床面が露出していた。
 虫食い状に並ぶ石碑の群のごときものは、すでに崩壊して久しい壁の跡だ。場所によっては相当な高さでそびえている。
 折り重なって倒れている巨大な石柱。おびただしいツタがその上を覆う。
 散らばる白い石の破片。

 時の止まったような空間の奥に、いくぶん倒壊を免れた壁がぽつんと残っていた。長い年月を経て色褪せた壁画が見える。そこに表現されているのは、意味不明であると同時に、いかにも何かを暗示するかのような様相だ。
 よく似た2人の若い女性が描かれている。
 どちらも真っ直ぐに立ち、胸元で両手を重ね、天上を仰ぎ見ていた。全く同じ格好だが、鏡に写った像のごとく左右反対だった。一方は純白の長衣を身に着けており、太陽を模した紋章を頭上に従える。他方は三日月の紋章を伴い、漆黒の長衣をまとう。
 他にも4人の人物の姿があった。色落ちが激しく、皆、顔つきはおろか性別すら判別し難いが。彼らもまた、それぞれ不可思議な紋章と共に描かれている――燃え盛る炎、サラサラと流れ落ちる砂、水滴、そして竜巻のような渦。
 以上の6人は規則的に並んでいた。よく見ると、消えかかった線で六角形が印されており、その6つの頂点に各人が位置する構図である。
 最初の2人の女が見上げている先には、雲間に漂う人のようなものが居る。その数は4人。翼を持っているわけではないにせよ、どことなく天使を思わせる一群だった。
 さらに上の方にも何か描かれていたようだが、壁面が剥げ落ちているため、もはや確かめることはできない。
 壁画の下に古典語で次のように書かれている。神官か魔道士の手によるものか、あるいは旧世界の人間によるものだろうか。

   最も恐るべき真の敵が、
   我らの手の及ばぬところに居るかもしれぬ。
   それゆえ、恐らく我々の勝利は虚しく、
   むしろ破滅を意味するであろう。

 続きの文章は消えてしまっている。数行下に至って、再び読むことのできる文章が現れた。

   光の……をもつ御子が戒めを解き放つとき、
   御使いたちは星を一所に導き始めるであろう。
   だが人馬は目覚め……たとえ業火がその身を焼き尽くそうとも、
   勝利は一時のものでしかない。
   やがて日は落ち、力を欠いた御使いたちの苦しみが続く。
   痛ましき戦いの果てに、彼らは真の敵の姿に恐怖するであろう。
   そのとき世界は無に帰し、新たな偽りの時代が幕を開ける。
   心せよ。我々の最後の救いは、閉ざされた……の並びにある。
   すなわち……。


14 遠き過去に届け、風の少年の思い



 それ以降の部分、最後の一行は、壁面の風化によって全く判読できない。
 歴史に忘れ去られ、時の止まったような場所。
 この建物がこうしてうち捨てられてから、どれほどの時間が流れたのであろうか。そもそも何のために建てられたのだろうか。

 不意に木々の間を風が吹き抜けた。
 降ってわいたかのごとく、廃墟の中央に何者かが姿を現す。
 淡い空色の髪をもつ、神々しいまでに美しい少年。
 あのテュフォンだ。
 彼が優雅に歩むと、後に続いてそよ風が巻き起こり、周囲の草花を揺らす。その様子は、植物までもが彼の秀麗な姿を讃えているように見える。
「久しぶりだね。また来たよ」
 話す相手など居ないはずなのに、彼は穏やかにつぶやいた。
 声は幼げだが、話し方は落ち着き払っており、ある種の威厳すら感じさせる。
 次の瞬間、テュフォンは奥の壁の手前に立っていた。
 彼は例の壁画に手を触れ、撫でるように指を動かす。
「信じられなかったけれど、本当だった……」
 今まで微かな笑みを浮かべていたテュフォンが、表情を曇らせた。
「あのとき僕たちは負けたんだね。負けたということさえ、僕には分からなかった。目が覚めたら誰も居ないし――地上の何もかもが全く違うものに変わっていて、状況を把握するのにずいぶん時間がかかった」
 彼は壁に頬を寄せ、目を閉じる。
「みんな待っていたんだよ。あなたが絶対に勝つと信じて。いや、確かに勝ったはずだよね。それなのに、どうして?」
 しばし静寂の時が流れた。
 壁に溜まった埃を静かに払い落とすと、テュフォンは元のように柔和な笑みをたたえた。
「悪いことばかりでもないよ。カリオスは前と比べ物にならないくらい、強くなってきたし。今も過去の中で生きているようだけど、そのうち元気になってくれると信じている。もう少し、気が済むまで好きなようにやらせてみるよ。それで、実は僕、楽しみにしているんだ。カリオスがいつ笑顔を取り戻してくれるか……。結構近い将来かもしれないね。僕が手を貸すのは、それからでも十分かな」
 テュフォンは一輪の花を壁に添える。鬱蒼とした森に違和感なく溶け込みそうな、神秘的な青の花だ。
「問題は他のマスターのことだね。特にリューヌの――早く《あなたの代わりのマスター》が見つかればいいのに。でもあなたの代わりになれる人間なんて、どこにも居ないと思う……。じゃあ、また来るから。さよなら、《博士》」
 一陣の風と共に落ち葉が舞い散った。
 気が付いたときには、テュフォンの姿はもうどこにも見当たらない。
 いにしえの遺跡は再び静寂に包まれる。


【第27話に続く】



 ※2001年12月~2002年1月に鏡海庵にて初公開
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