鏡海亭 Kagami-Tei ネット小説黎明期から続く、生きた化石? | ||||
孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン) |
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・画像生成AIのHolara、DALL-E3と合作しています。
・第58話「千古の商都とレマリアの道」(その5・完)更新! 2024/06/24
拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、 ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら! |
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小説目次 | 最新(第58)話| あらすじ | 登場人物 | 15分で分かるアルフェリオン | ||||
『アルフェリオン』まとめ読み!―第46話・中編
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【再々掲】 | 目次 | 15分で分かるアルフェリオン |
4 屈服? 永遠の心の檻に囚われたメイ
◆ ◆
緑の野辺に緩やかな曲線を描きながら、流れる小川。
大地に降ってわいたかのような大輪の赤い花、黄色い絨毯さながらに広がる可憐な花々、何らかの花が咲き終わった後に残った白い綿帽子――岸辺には様々な花が咲き乱れている。
見覚えのある、いや、自分が一番好きだった風景を目の前にして、メイはゆっくりと歩いて行く。
前方で数名の人間が手を振っているのが、ぼんやりと見えた。川沿いの草原に豪奢な敷物を広げ、白木造りのイスとテーブルを置き、野外での茶会に興ずる人たち。
若干、今までよりも歩みを遅らせ、彼女は、手を振る人影の方に近づいていく。
巻き髪のカツラを被り、立派な口髭を生やした中年の男が、メイの方に向かって黙って頷いている。その隣では――目元や鼻筋がメイにとてもよく似た――同じく中年の貴婦人が手を振っている。周囲には数名の付き人もいた。
貴婦人の口から、メイオーリア、と、彼女の本名を呼ぶ優しげな声がした。
メイは立ち止まり、その様子をしばらく感慨深げに見つめた後、寂しげにつぶやいた。
「あのさ、悪いけどもう、そういう感傷はとっくに捨てたんだからね」
若干の自嘲的な笑みを交えて、メイは誰に聞かせるともなく、ひょっとすると自分自身に対して語り続ける。春霞を伴う陽光の下、彼女の表情に陰りが浮かんだ。
「そうでなきゃ、そんな思い出にしがみついたままじゃ、あたし、どうにかなってた」
姉貴分のシソーラ・ラ・フェインによく似た口ぶりで、彼女は言う。
「あのねぇ、こんな茶番で、このメイ様を化かせるはずないワケよ」
やにわに、メイは腰のピストルを抜き、空に向けてぶっ放した。あくまで穏やかな世界に銃声が轟き渡る。
「ずいぶん下品になったもんでしょ、あたし。こんな子に育てた覚えはないって……言われるかもしれないけど。たとえ、幻でも、こうして再び会えて嬉しかったよ、父さん、母さん。でも、分かってるのさ」
それまで潤んでいたメイの瞳に、いつもの鋭い輝きが戻った。
「これは幻。今のあたしは、ラピオ・アヴィスに乗って戦ってたはず」
通例、魔法が創り出した幻覚というものは、それが現実ではないことを完全に確信した者に対しては効果を失う。メイはまさに、彼女の眼前に広がる世界が虚構であることを最初から見抜いていた。
そのはず、だった。
「おやおや、無粋な人ですね」
よく知っている声が聞こえた。一瞬、メイの身体が、ぴくりと硬直する。
悪夢でも見ているかのように、何とも言えない複雑な顔つきで、メイは振り返った。何気なく、彼女が川面に視線を走らせると、マスに似た魚が素速い動きで鱗を光らせるのが見えた。そして、川縁で釣りをしている一人の男にメイの視線は向けられた。
男は、眼鏡の奥で、にっこりと眼を細める。やや暗めの金色の髪を背中で一本に束ね、茶色のフロックに、珊瑚色のヴェストをまとい、金の鎖の付いた懐中時計を手で無造作にもてあそんでいる姿は……。
――これは偽物だって、幻だって、分かってるのに、なぜ抜け出せない!?
メイは明らかに動揺していた。単に魔法が解けないだけでなく、むしろ、眼の前にいる幻の人に対して。
「ふふ。これが幻でも本当でも、そんなことはどちらでも良いではありませんか」
心地よい声で釣り人はそう言うと、メイの方に向かっておもむろに歩み寄った。
「クレ……ヴィー」
メイは後ずさった。眼の前の幻を、なぜかひどく恐れているようだ。一体、何を恐れているのだろうか。
「あたしは、あたしは……」
メイは頬から首筋まで紅潮させ、何か後ろめたさを感じているように、さらに後退した。しかし彼女の動きは、人形のごとくぎこちなかった。
「たとえこれが幻でも、永遠にこの心地よい嘘の世界にいられたら。そんなふうにあなたは思っていますね?」
明らかに幻覚であるはずのクレヴィスがつぶやく。次の瞬間、その偽りの存在の腕の中に、メイの身体はそっと抱きしめられていた。
「疲れたでしょう。あなたはよく頑張りましたよ。もう、ずっとこの世界に居ていいのです。あなたが密かに心の奥で考えていること、すべて私には分かります」
目を見開き、口を開けたまま、メイは涙声でうめいた。
「あたしがいくら望んでも、あたしの気持ちを知っているのに、あなたは残酷なほど優しくて、そして遠かった。いつも誰にでも優しくて、でもあなた自身は、この世界にただ一人舞い降りた、本当は微笑の下に完全な孤独を背負った天使のような……」
あっけないほどにメイは敗北の涙を流した。
「分かっているのに……。私は弱い。たとえ幻でも、思いが遂げられるのなら。現実では決して報われない思いだと知っているから」
意識の中にどす黒い闇が流れ込んでくるかのごとく、あるいは、むしろ自らの内に秘めた欲望の影が何者かによって膨張させられていくかのように、メイは思った。
――この魔法は、たとえ幻だと分かっても、自分が少しでもそうであってほしいと願っている限り、決して解けない?
理性を保ったまま、しかし妄想に対して完全に敗北を認めたメイ。その心を、ソルミナの魔力が容赦なく蝕んでゆく。
もはや彼女は、決して自ら抜け出せない永遠の心の檻に囚われてしまったのだ。
◆ ◆
――いけない。こんな大事なときに、僕は何を、余計なことばかり考えてる!
ルキアンは意識を集中する。
乗り手の意志に反応し、空中に静止していたアルフェリオンにも変化が現れる。今にも再び羽ばたかんばかりに、その翼に魔力が漲ったように感じられた。太陽の光のもとでは分かりにくいが、よく見ると、微かな青白い輝きが翼の表面で揺らめいている。
――ルキアン・ディ・シーマー、今からナッソス城の《結界》の中へ、偵察に……そして、メイやバーンたちの救出に向かいます。
ルキアンはクレドールに念信を送ると、底知れぬ魔力を秘めた《盾なるソルミナ》の赤き結界を改めて見据えた。決意を込めて。
アルフェリオンの《ステリア》の力を初めて発動させたとき、リューヌが告げた言葉を、ルキアンは思いだし、胸の中で何度も反芻した。
――《大切な人たちを助けたいと心から祈りなさい。未来を取り戻したいと強く願いなさい。そして、自分にはそれができるのだと、まずあなた自身が信じるのです》。
輝く六枚の翼を煌めかせ、銀の天使が悠然と動き出す。
ついにルキアンは行動に移った。
5 闇の生まれたところへ
《盾なるソルミナ》の赤い結界にアルフェリオンが突入した瞬間、ほんの一瞬だけ、ナッソス城の姿が地上に見えたような気がした。だがそう思ったとき、ルキアンの瞳には、もはや完全に異なるものが映っていた。
薄暗い視界が、徐々に輪郭を浮かび上がらせる。
目の前の様子が変わっただけではない。どこかに立っている。アルフェリオンの機体ではなく、己の足で。自分の身体? そんなはずはない。彼の身体は、機体の《ケーラ》の中に横たわっているはずだ。
不意に、冷たくて硬い感触を指先に覚え、ルキアンは慌てて右手を引っ込めた。何か壁のようなものに触れていたらしい。ケーラの内壁の金属的な触感ではなかった。表面が平らながらも若干のザラザラした感じは、磨かれた石を思わせる。
瞬きするかしないかの間に、ルキアンの五感はアルフェリオンの機体からすでに離れており、彼は生の身体を通じて世界を感じていた。
「よく分からないけど……僕は、アルフェリオンから、降りている。ということは、今まで何をしていたんだろう。結界に入って、それから……」
ルキアンは、長い夢から唐突に覚めたような奇妙な気分になった。いや、本当は彼のいま置かれている状況こそが、夢幻のまっただ中、あるいはとびきりの悪夢であるはずなのだが。
周囲の暗さに目がまだ慣れてこないものの、辺りは完全に真っ暗ではなかった。ランプの炎のような、淡い橙色の光が薄闇を照らしていた。
驚きの言葉すら口にできず、ルキアンは呆然と周りの様子を確認し始めた。四方は壁だった。どの方向に手を伸ばしてみても、すぐに壁に手が届きそうだ。どうやらここは、狭い箱のような部屋の中らしい。どこかに閉じ込められているのかと、ルキアンは急に不安になり、慌てて周囲を見回した。
壁に松明が一本掛けられていることに、ルキアンは今さらながら気づく。その灯りに浮かぶ部屋の状態から、彼は石造りの地下牢を連想した。
◇
落ち着いて前を見ると、そこは単なる壁ではなく扉になっている。鍵が開くのか、どこにつながっているのかなどと考える以前に、ともかく扉の存在自体がルキアンには嬉しかった。
ほっと一息つくと、彼は何気なく振り返る。すると今度は背後の壁にも扉があった。 本来ならここで少しは迷うはずだが、なぜか無意識のうちに、ルキアンは前方の扉に手を掛けていた。金属製の枠の付いた分厚い木製の扉。それは鈍い音を立てて、しかし思ったより滑らかに、たやすく開いた。かび臭い空気が漂う。
突然、足を踏み外して転びそうになるルキアン。壁に手を突いて必死に身体を支えると、彼は恐る恐る足元を見た。
大人ひとり通るのがやっとの、狭くて急な階段が下に向かって続いている。壁面には点々と松明がかかげられているが、それでも奥の方の様子までは分からない。両側から石壁に押しつぶされそうな、非常に圧迫感を覚える場所である反面、頭上に視線を向けるとずっと先まで闇の空間が伸びており、天井がどこにあるのかまったく見通せない。
――嫌だな。この感じ。何となく、あそこに似ている。
《パラミシオン》に取り残されていた例の《塔》の中、生理的に嫌な感じのする、青白く仄暗い光に照らされた7階の廊下を、ルキアンは思わず想起した。金属の壁や無数の機械じかけで覆われた旧世界の塔と、石造りで中世の地下牢のごときこの場所とでは、外観はまったく違う。だが何というのか、そこにいると大地の割れ目に突き落とされたような気分になるという点では、両者は一致している。
幸いなことに、あの《塔》の7階を覆い尽くしていた異様な空気感あるいは妖気とでもいったものは、ここでは感じられない。
「いや、違う……」
ルキアンはつぶやいた。彼は目を閉じ、周囲に意識を集中する。
違うのだ。妖気を感じないどころか、このような密閉された暗い空間にありがちな、人間が本能的に感じる心細さや不気味さまでも、なぜか感じられないのだ。
「違う。何かがおかしいよ」
周囲に生き物や人間、あるいは霊的な存在も含め、何らかの気配がないか、ルキアンは探ってみた。そのくらいのことは、見習いではあれ魔道士の彼なら可能である。
何の気配も感じない。人間はおろか、虫一匹うごめくことすらない。
――たいていの場所には、そこに固有の《気》があるけど、ここは……なんていうか、分からないけど、《空っぽ》のような、何もない真っ白な感じがする。
ルキアンはともかく階段を下りることにした。いつまでもここで立ち止まっていても仕方がない。
一歩、二歩、慎重に歩みを進める。
それがどのくらい続いたのか、次第にルキアンの足取りは速くなっていた。
「どこまで続くんだろう?」
彼は不安になりながらも、下へ下へと降りていく。地の底まで続くのではないかと思えるほど、ただ真っ直ぐに長い階段。少し足が疲れてきた頃、ようやく変化があった。
◇
目の前に扉があり、階段はそこで終わっている。
いかにも意味ありげに突然現れた扉に、ルキアンは躊躇する。しかし、ここまで降りてきた以上、先に進むことにした。
扉に手を伸ばす前に、彼は周囲を慎重に確かめる。何らかの情報を与えるようなものはないか、仕掛けや罠はないか。冷静さが戻ってきたようだ。先程まで何も考えずに進んできた自分の行動に、ルキアンは今さらながら冷や汗をかく。
「文字とか、絵とか、まったく描かれてないな。何の変哲もない木のドアのようだけど」
何度か、手をおずおずと伸ばしては引っ込めていたルキアンだったが、ようやく扉の取っ手を握った。そっと引っ張っても動かない。慎重に押すと、重たい手応えはあったが、どうやら動きそうだ。石の床と木でできた扉の底が擦れ合う感覚。かなり力を入れて両手でさらに押すと、ひとまず問題なく開いた。
「あれ?」
ルキアンは首を傾げる。何が現れるのかと緊張していたところ、そこには、また階段だけが下に向かって伸びていたのだ。
「進む……しかないのかな」
落ち着きを取り戻しつつあった彼は、今度は、壁に何か変わったとことがないか、気を配りながら階段を下りていった。ひょっとすると隠し扉のようなものがあるかもしれない――いや、何の仕掛けもなく、ただ真っ直ぐに階段だけが伸びている方が、よほど怪しげだが。
◇
さらに歩いた。それでも何も見つけられないまま、再び扉が現れた。今まで降りてきた階段を見返すと、急に徒労感を覚え、溜息をついたルキアン。
「この扉を開けたらまた階段、なんてことは……。いや、そんな気がする」
彼は立ち止まって考えてみた。何かがおかしい。
これほど長い階段の先、どこに続いているのだろう。
そもそも奇妙なのは、ここまで来る間にむやみに扉がいくつもあったことだ。部屋があるわけでもなく、なぜ階段の途中に扉を設ける必要があるのだろうか。
ルキアンは、思い出したかのように周囲の気配を改めて探った。
「相変わらず何も感じない。こんなふうに、特有の《雰囲気》をまったく持たない場所なんて、妙だな」
半ば呆れつつ、彼は扉を開いた。やはりというのか、またそこには同じような階段が延びているだけだった。
――階段と扉ばかり、空っぽの空間。真っ白な場所。何の別の気も感じない。ただ一色に塗りつぶされているような、何もない、塗りつぶされた……。
そう思いながら下りていくルキアンは、不意に鋭く喉を鳴らすような声を上げた。彼の肩や指先がかすかに震える。
「違う、空っぽなんじゃない。これは、この場所はすべて、ひとつの気で覆い尽くされているんだ!」
その瞬間、大きな音を立てて、彼の背後で扉が閉じた。
「ひとつの影がすべてを呑み込み、他の気はかき消され、真っ白に感じられたんだ」
わめきながら、必死に駆け寄るルキアン。
「開かない!?」
扉の取っ手にふれたとき、かすかに電気が走るかの如き、独特の感じを受けた。
この扉は、明らかに、魔法か何かの霊的な力で封じられているのだ。
扉一枚を隔てた向こう、これまでに下りてきた階段の様子は、ルキアンにはもう分からない。そこでは……。壁の松明の明かりが一斉にかき消え、暗黒がすべてを支配する。壁の中から、いっそう黒い闇がしみ出てきたような気がする。いや、いたるところの壁から、現に何かが流れ落ちている。それは血のように見えた。ぬめりを帯びた、どす黒い液体が床にまで次第に広がってゆく。
もうひとつ上にあった扉も、辺りに誰もいない中でにわかに動きだし、それ自体が生きているかのように閉じられた。扉の奥、先ほどルキアンが通ってきたときには何もなかったはずの階段には、無数の白骨が転がっていた。大小無数の骨片が、足の踏み場もないほどに。
そして、最初の小部屋からの出口となった扉。
薄暗くて見えにくいが、扉の上の方、壁に何か書かれている。
あのとき冷静さを欠いていたルキアンが見落としたものだ。
子供がクレヨンで描きなぐったような、乱雑で、単純で、しかし本能的に寒気を感じさせる不気味な落書きが無数に描かれていた。
壁にしみついたような絵は、どれも暴力的で血まみれで、狂気じみている。
悪夢のごとき落書きで埋め尽くされた壁面には、こう刻まれていた。
《闇の生まれたところへ》
【続く】
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※2009年11月~2010年4月に、本ブログにて初公開
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