鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第46話・後編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


6 第一の部屋「真昼の光の間」



「この感じは……」
 周囲を覆っている何かの気配を、ルキアンは明確に把握した。およそ感じられる限り、どこまでも、奥深く、すべてを一色に塗りつぶしているような。そう、すべてをひとつの色で――漆黒、闇の色で。
 急に立ち止まり、しばらく身じろぎもしないルキアン。突然に牙を向いた何かの巨大な力に恐怖を感じているのか、あるいは慎重に様子をうかがっているのだろうか。壁にかかった松明の灯りに、彼のシルエットが浮かび上がる。普段は自信なさげに背を丸めている感のあるルキアンだが、いま、彼の影のかたちは少し違う。姿勢を真っ直ぐに正し、目を閉じて何かに耳を傾けているようにみえた。
 ――なぜだろう。懐かしい感じがする。暗がりの中で、周囲の影がまるで僕をそっと包んでいるみたいだ。知ってる。これと同じような気持ちになるのは、僕がアルフェリオンのケーラの中に横たわったとき。そして。
 以前にエルヴィンの告げた言葉を、ふとルキアンは思い出す。

《あなたは孤独を恐れている。独りでいるときには、ただ寂しいとか、そこから逃げ出そうとか、そんなことばかり考えている。だから、見えるはずのものも見えない。勇気を出して……目を閉じて、静寂とひとつになるの。そうすれば気づくはず。あなたは何も感じない?》

 ――そうだ。リューヌの気配とも似ている。これが《闇》の……。いや、こんなことをしてる場合じゃない!
 冷たく暗い地下深きところで、場違いな心地よい陶酔感すら感じつつあったルキアン。だが彼はようやく我に返った。
「僕が見ているのは、あの赤い結界の創り出す幻に違いない。シャリオさんの言っていたおとぎ話に似てる。これが《心の檻》なのかも。早くみんなを助けないと」
 とはいえ、気持ちばかりが焦るものの、現状を打開するために何をしたら良いのか分からない。
「ここに立っていても仕方がないし、ともかく進む、しか、ないのかな」
 得体の知れない魔力で閉ざされてしまった扉を前に、ルキアンは意外にもあっさり決断した。常識の通用しない夢幻の世界に対し、なぜかさほどの動揺もせず対応している自分自身が、ルキアンにも不思議だった。
 今しがた引き返して上ってきた階段を再び下りようとする彼の前には、この場所一帯を呑み込む巨大な力が充ち満ちている。だが、ルキアンは淡々と階段を下りる。無限に近い時を経たかのように思わせる、滑らかにすり減った石の段を、コツコツと小さな音を立てて進んでゆく。
 行けども行けども続く階段。一段一段、もはや惰性で歩みを進めていたルキアンだったが、突然に足元が平坦になり、前のめりに転んでしまいそうになった。
「な、何。階段が……終わった? 今までと雰囲気も違うようだけど」
 ルキアンの行く手には廊下が延びていた。靴を通して伝わってくる足元の感覚も違う。硬い石の床に変わって、赤い絨毯が敷かれている。心なしか、壁に掛かっている松明の明かりも今までより強く感じられた。

 ◆

 廊下は、ときおり曲がったり、分かれたり、再び真っ直ぐになったりを繰り返しながら、延々と続いている。いわば「迷宮」とでも呼ぶべきか、かなり複雑に入り組んでいるらしい。別に何かの根拠があって進む道を選んでいるわけでもないのだが、ルキアンは己の直感に従って、あるいは何かに導かれるかのごとく歩みを進めた。
 しばらく行くと、廊下の両側に部屋が並んでいる場所に出た。左右にそれぞれ一部屋ずつ、そして前方には別の扉がある。正面の扉に何らかの強い力を感じたルキアンは、慎重に近づき、様子を探ってみた。ノブに手を掛けてみたが――彼もそう予想していた通り――開きはしなかった。鍵が掛かっているだとか、そういった次元の話ではなく、ドアノブ自体がびくともしないのだ。
 だが、この先には何かが待っている。今さら引き返して違う道を探すのもためらわれたので、ルキアンは左右の部屋らしき場所をまず調べてみることにした。
「今までの階段や廊下とは違う、特別な何かがこの部屋の中にもある気がする」
 念のため、ぎこちない仕方で細身のサーベルを抜いたルキアン。たとえへっぴり腰で闇雲に振り回されるだけの剣であっても、万一の時には何もないよりましだろう。
「あ、何か書いてある」
 部屋のドアに近寄ってゆくと、錆びて色褪せた真鍮製のようなプレートが打ち付けられていた。そこには魔道士たちの使う古典語の文字が並んでいる。

 《真昼の光の間》

「それにしても、どうしてこんな手の込んだ、しかも意味の分からない幻を僕に見せるんだろうか」
 彼は不思議に思った。結界の創り出す幻が、もっと露骨な支配力を及ぼしてくるものだとばかり考えていたのだが。
 ――おそらく、この扉は開く。僕に何かを見せようとしている。
 直感的に予測したルキアンは、右手にサーベルを握ったまま左手でドアを開けようとした。彼の予想通り扉は造作もなく開いた。

 ◆

 扉を開けたとき、ルキアンは思わず声を上げた。内部の不可思議な様子に驚く前に、まず彼は正面に座っている人物に驚いたのだ。
「ど、どうして君が!」
 窓から差し込む陽光を受け、繊細に照り映える金色の髪。その輝きは、《彼女》のまとっているレディンゴート風の黒い上着を背景に、いっそう引き立って見えた。胸元には赤いスカーフ、視線を上に移動していった先には、ルキアンのよく知っている顔があった。どこか物思いに沈んだような、神秘的で、理知的な黒い瞳がルキアンの視線とぶつかる。
「ソーナ」
 彼女の名を口にしたルキアンに、目の前の人物は微笑む。
「あら、どうしたの? そんな驚いたような顔をして」
 何故か急に恥ずかしくなって、ルキアンは目線をそらす。ソーナの背後には、壁いっぱいにといってもよいほど大きく造られた窓があり、そこからは真昼の光が部屋の中に燦々と入り込んでくる。
 ――やっぱり幻なんだ。今まで地下深くへと降りてきたはずなのに、こんなところに青空が見えるなんておかしいよ。
 ルキアンがそう思ったとたん、その気持ちを読んでいるとでもいうふうに、ソーナが穏やかな口調で語りかけてくる。
「何をって……何があったの? こちらが聞きたいわ。急に変なことを言うのね、ルキアン」
 ――こんな見え見えの幻で、僕がどうにかなると思っているのか。
 毅然と、心の中でそうつぶやいたとき、同時に別の気持ちがルキアンの中に強くわき上がってくる。しかも彼は、その気持ちを無意識に口にしてしまった。
「どうせ、ソーナは僕のことなんか……」

 《そう。どうせ、僕なんか》

 窓越しに柔らかに舞い降りる真昼の光のもと、ルキアンの心の中に暗い影がわき上がり、彼の胸の内は、諦めと怒りと哀しみの入り交じったような何とも言えない感情に覆い尽くされてゆく。もう、目の前の光も、ソーナの姿さえも、目に映っているはずなのに彼には見えない。
 ――カルバ先生の家で、僕は生まれて初めて温かく迎えられた。毎日、穏やかで、みんな僕に優しくしてくれた。そう思えた。でもあそこには僕の居場所はなかったんだ。
 兄弟子ヴィエリオと親しげに談笑するソーナの姿が、ルキアンの心に浮かぶ。
 ――僕は見ていたくなかった。あの《日常》からどこかへ行きたかった。もっと別のどこかに。どこかへ飛んでいってしまいたかった。
 黙ってソーナの幻を見つめていたルキアンは、背筋を伸ばして言った。
「カルバ先生の一家はバラバラになってしまった。ソーナもどこかへ連れ去られた。だけど……あの日、クレドールが僕に《翼》をくれたんだ。みんなに起こった不幸を棚に上げて、僕に翼ができたなんて言うのは勝手だと分かってる。でも、でも、今はとにかく」
 ルキアンの声が、いつにないほど大きくなった。まるで、この幻を生み出しているであろう赤い結界に対し、自分の言葉を突きつけるかのように。
「僕に翼をくれたクレドールの仲間たちを守る!」
 自分でも何と表現してよいのか理解できないほど、複雑な気持ちにルキアンはとらわれた。仲間を助けようとする率直な思いと、そうすることがあたかも目の前のソーナの幻に対する当てつけでもあるかのような、彼女に対する自分のかなわぬ想いを相殺し決別することでもあるかのような感情とが交錯し、ひどく歪んだ義憤が彼の中に満ちた。
 ルキアンの怒りは、あの赤い結界に向けられている。
「こんな陳腐な幻で人の心をもてあそんで楽しいの。この程度のことで、僕の心に手を触れようとでも思ったの? 違うよ。違う。お前なんかの手の決して届かない、深い闇の中に僕の魂は……」
 奇怪な感情の迸りの中で彼は同時に自覚していた。あの《眼》のイメージが再び現れ、今までよりも大きく開こうとしているのを。そしてルキアンが激高し、何か叫ぼうとしたとき、瞬時にすべてが暗黒に包まれた。
 何故かその闇は、彼が先程から感じていた例の力、この場所を支配する何らかの力と一体化しているように思われた。

 ◆ ◇

「そういうことであったか。《御子》のための糧とは」
 例によって水晶玉に映るものを遠い目で見つめるアマリア。彼女の隣では、地のパラディーヴァ、フォリオムが冷やかしている。
「闇の御子が結界に入り込んだため、今まで見通せなんだ中の様子、いや、闇の御子を取り込んだ幻の世界が、彼の《眼》を通じてお主にも見えとるようじゃの。ほっほっほ。まこと、それでこそ《紅の魔女》、完全に覚醒した御子の力というものは恐ろしいのぅ」
「当然だ。すべての御子はそれぞれの《通廊》を経て、《対なる力》を介してお互いにつながっているのだから。もっとも、あの少年にはまだ分かるまいが」
 アマリアは、フォリオムのからかいに乗らず、淡々とした答えを返す。いつものことだ。
「じゃが、我が主アマリアよ。闇の御子は自分の力を知ってさえいないではないか」
 パラディーヴァの精神はマスターのそれと同化しており、わざわざ問う必要など本当は無い。それゆえ、続くアマリアの言葉は、フォリオム自身もすでに分かっている答えを表現したものでもあった。
「たしかに現実の世界においてはそうだ。しかし彼がいま置かれているのは幻の世界。現実ではない夢幻の中であれば、ルキアン・ディ・シーマーの《パンタシア》の力にも際限はない。そして先ほども予兆はあったが、無意識のうちに彼が本来の力を振るったとき、たとえ幻の中ではあれ」

 《彼のダアスの眼は開く》

「非現実の夢の中であるにせよ、ルキアン・ディ・シーマーが《眼》の開く感覚をいったん知ったならば、今度は現実の世界で《眼》を開くこともそれとさほど変わらない。容易いことだ」
 アマリアは急に醒めた表情になり、もはや無意味であると言わんばかりに水晶玉を見つめるのを止めた。
「これまで《あの存在》によって封じられてきた我らが盟主は、ナッソス家のもつ旧世界の超兵器が《偶然》にかかわったことにより、間もなく目覚める。これも《あの存在》の司る因果律に対する、《対なる力》の干渉だと解すべきか」

 ◇ ◆

 気がつくと、ルキアンは部屋の前に戻っていた。ソーナの幻もそこには無かった。扉をよく見ると、《午後の光の間》と書かれていた例のプレートが唐突に音を立てて砕け、床に散った。
「いま、僕は何を……。いや、ともかく急がないと」
 ルキアンは、もう一方の部屋のドアの前に立った。今度は次のように書かれたプレートが付いている。

 《近づく日暮れの間》


7 失われた過去と最後の扉



「《真昼の光》から《近づく日暮れ》か……」
 第一の部屋の名と第二の部屋の名。ルキアンは次第に傾いていく太陽を想像し、何となく不安な気分になった。だが彼は躊躇せず扉を開く。そのとき、宙に浮くような感覚と目まいを覚えた。

 周囲が暗い。部屋の中に入ったはずなのに、いつの間にかルキアンはどこかの廊下らしき場所にいた。暗がりに目が慣れるよりも早く、彼は辺りの様子を理解する。《ここ》がルキアンのよく知っている場所だったからである。
 目の前に半開きのドアがあり、そこから光が漏れてくる。人が居るらしく、中から話し声が聞こえてきた。
 ――あの結界は僕の記憶を探っているのか。だけど、こんなことでもう苦しんだりしない。僕は負けない。
 心の中に深く刻み込まれた傷。幼い頃のルキアンを絶望の底へと突き落とした両親の会話が、扉の向こうから聞こえてくる。

「ねえ、あなた……あんな子なんてもらわなければ良かったわ」
「声が高いぞ。あの子が聞いていたらどうするんだ」
「大丈夫ですわ。もう寝てますよ」

 これまでに何度思い起こしたか分からない惨めな記憶を、ルキアンは今、あのときの現実と寸分違わぬ状態で再び目にすることになった。あのとき、幼いルキアンは声も立てずに鳴きながら、そっと自分の部屋のベッドへと戻っていった。だが今の彼は、苦しむどころか怒りに震え、これが幻であることなど忘れて部屋の中に入っていこうとしている。
 冷静さを失いかけていたルキアンだったが、そのとき、何かの偶然で彼は不意に考えた。いま思えば、両親のあの会話に奇妙な点があったと。そう、父親の次の言葉だ。

「まあ、やむを得まい。金になるんだ。わが家を守るためには……」

 ――《金になる》? そういえば、変だよ。
 己の辛い体験を、いくらか突き放して見つめることができるようになった今、ルキアンは初めて気づいたのだ。
 ――お金に困ってたのは知っていたけど、僕を引き取って育てたことがどうしてお金に結びつくんだろう。逆に、僕みたいな《いらない子》を養うのはお金の無駄だったんじゃないのか。父さんと母さんが僕をカルバ先生のところに弟子入りさせたのだって、口減らしのためだと思っていた。
 《盾なるソルミナ》の創り出す幻は、ルキアン自身が現在まで忘れていた記憶を、彼の頭の中から引き出して紡がれているようであった。そういえば、確かにあのとき、両親はこんなことも話し合っていた。

「とにかく16歳まで面倒を見れば大金が手に入る。あとは、とっとと追っ払って」
「えぇ、あんなどうしようもない子とも、あの薄気味悪い連中とも、早く縁を切ってしまいたいもの」
「その話は出すな。彼らのことは決して口にしないようにと言われたじゃないか」

 ――はじめから僕は、16歳になったとき、家から出されることになっていた?
 忘れもしない16という歳。2年前、カルバ・ディ・ラシィエンの研究所にルキアンが内弟子として引き取られたときだ。
 ――それに《薄気味悪い連中》って……。
 ルキアンの中でますます疑問が大きくなったとき、彼はまた目まいを感じる。

 無言で立ち尽くすルキアンのすぐそばで、金属がひび割れ、小さく弾ける音がした。どういうわけか、彼は再び部屋の前に戻っていた。《近づく日暮れの間》と書かれた例のプレートの破片が床に散らばっている。
 呆然と足元を見つめる彼。
 そのとき、別の扉がきしみながら開く音がした。そう、ドアのノブすら動かすことのできなかった、件のもうひとつの扉である。ルキアンは急に背筋が寒くなった。瞬間、形のはっきりとしない様々なイメージが彼の脳裏を飛び交う。今まで感じなかった恐れがルキアンの全身を支配した。
 開かずの扉は、そこには誰もいないはずなのに、ルキアンを招き寄せるかのごとく自ら開いた。その先に見えるものに彼は直感的に戦慄を感じたのだ。扉の奥にはもうひとつの扉があった。そして、これまでの二つの部屋と同様、入口にプレートが掲げられている。

 《落日の間》

  ――僕は、僕はどこにいたんだろう。家にもらわれてくる前に。
 ルキアンが戦慄を覚えた理由、それは、この一連の幻にまだ続きがあるということだった。彼自身は覚えていない。そもそも、いつからシーマー家に引き取られたのかということを。物心ついたときには、すでにあの家にいたような気がする。しかし記憶が曖昧で、考え込むうちにルキアンには次第に自身がなくなってきた。
 ――僕の記憶。どこまでが本当で……。こ、これは!?
 ルキアンは進むのをためらっていたが、いつの間にか、彼は新たな部屋の中に取り込まれていたのだ。しかも部屋と言いつつ、そこに広がっていたのは外の世界だった。
 すべてを夕闇が支配している。薄明が今にも消え去り、夜がやってきそうだ。逢魔が時、同時にルキアンが否応なく想起させられたのは、先日、クレドール最上層の回廊で起こった出来事だった。夕暮れが引き金となって初めて思い出したあの記憶。

 「今みたいに、もうすっかり暗くなった夕方、心細い気持ちで歩いていたとき……。ずっと昔、いつ? 思い出せないほど前、僕が本当に幼かったとき?」
  彼の口から、途切れ途切れに言葉が漏れる。
 「そのとき、僕は……。僕は、そのとき……独りでは、なかった?」
  はっきりとしたものが何もない、黄昏色の虚ろな記憶の中に。
  隣に誰かがいる。
  小さな手を、しっかりと握る、もうひとつの小さな手……。

 そして、あのときはエルヴィンに突然止められたのである。彼女はこう言った。

 「それ以上、思い出してはいけない」
 「ものごとには、そのために予め定められている《時》がある」

 ルキアンはもはや落ち着きを保っていられなかった。第一の部屋と第二の部屋の幻夢が、実は第三の部屋に至る物語の流れを生み出すための単なる前章に過ぎなかったということに、彼は今さらになって気づいた。自分が幻に打ち勝ってきたと思いつつ、実はルキアンは最初から《盾なるソルミナ》の術中にはまっていたのだ。
 影に塗りつぶされた夕暮れの曖昧な景色の中、ルキアンの前方に、彼が無意識のうちに最も恐れていたものが現れた。

 ――扉だ。あの先には。

 周囲の薄闇を圧倒する一段と重々しい漆黒色の扉が、あたかも地面から突き出してきたかのように、ぽつんとそこにあった。ドアと表現するより城門とでも呼ぶ方が相応しい、見上げるほどの巨大な石造りの扉である。
 これまでの三つの部屋のことを考えると、新たな扉の向こうには、ルキアンのさらに昔の記憶が待っているのであろう。唇を振るわせながら、彼は呆然とつぶやいた。
「これよりも先の記憶なんて……僕には、無い、はずだ。いや、あの《夕暮れ》の記憶だって、あまりにもぼんやりとして、本当なのか嘘なのか分からない」
 うなだれて地面を見つめていたルキアンが、ぼんやりと頭を上げると、なぜか黒い扉が先ほどよりも近くにあるような気がする。いや、そういう気がするのではなく、実際に扉は近づいている。そして扉には、やはり、くすんだ真鍮色のプレートが付けられている。そこに刻まれた最後の部屋の名前は、ただひとこと。

 《夜》


【第47話に続く】



 ※2009年11月~2010年4月に、本ブログにて初公開
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