鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第23話・後編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


6 セレナの怒り! 卑劣なメリギオス大師



 ◇ ◇

 何処とも分からぬ薄暗い城の中に、高い靴音が響いていた。
 黴びたような、湿っぽい匂いのする石造りの廊下。
 急いた歩みに合わせて甲冑や剣も鳴っている。
「お待ち下さい!! ここから先は何びとも通すなと……」
「困ります、どうかご容赦を!」
 何人もの男たちの声がした。
 暗がりの中、ランプの明かりに白い胸甲が光った。
 ざわめきの最中、凛とした女の声が響く。
「通して下さい。私はパラス・ナイツの1人として彼女に用があります!」
「ですから、ライエンティルス様のご命令なのです。たとえパラス騎士団の方であっても、と……」
 10数名の兵士たちと、鎧をまとった女が押し問答している。
 肩口で切りそろえた金色の髪と、青いイヤリング、気高い面差し。このような陰鬱な場所には似合わぬ美しい女性だが、他方で沢山の兵士たちを圧倒するほどの気迫を放っている。
 彼女、セレナ・ディ・ゾナンブルームの姿は、あたかも冷たい闇の中に投げ込まれた松明(たいまつ)のようであった。
「愚かなことを。元々パラス騎士団には序列などありません。私はファルマスの部下ではないのですよ。無礼な!」
 清楚で知性的な、それでいて高雅な哀しみを漂わせる彼女の表情に、今や怒りが露わになる。
 兵士たちは思わず後ずさった。セレナがひとたび剣を抜けば――いや、魔道騎士である彼女は、ただ一言の呪文で彼らを永久に黙らせてしまうことさえできるのだから。
 隊長らしき男が進み出て、丁重な様子でセレナにささやく。
「我々の方も、この首がかかっているのでございます。どうかお引き取りを。これはファルマス・ディ・ライエンティルス様のご命令だけではなく……」
 彼はそこでセレナに耳打ちした。
「ご存じではありましょうが、メリギオス猊下のご命令でもあるのです」
 その名前を耳にしては、セレナもひとまず足を止めるよりほかなかった。
 と、廊下の奥から女の高笑いが聞こえてくる。
「あら。誰かと思えばセレナじゃないの。私のせっかくのお楽しみを、いや、大事な任務を邪魔しないでほしいわね」
 相変わらずの高慢な物言いとともに、黒い皮の衣装を身につけたエーマが姿を現した。
「帝国軍も国境にかなり迫ってきたようだし、あの旧世界の娘から《大地の巨人》の起動方法を早く聞き出さないと、大変なことになるわよ。あんた、今の状況が分かってるの?」
 真っ赤な前髪をかき上げ、粘り着くような眼差しで見つめるエーマ。
 セレナの厳しい視線がそれとぶつかった。
「だからチエルさんに会わせて。もう一度、私が彼女を説得してみるから!」
「せっかくだけど、それは無理な相談よ。特にセレナとダンはここから先に決して入れてはならないと、誰かさんも言ってたことだし……。確かに、ご高潔なお嬢様や単純な熱血馬鹿には見せない方が良い場面もあり得るからね」
 嫌悪感のあまり、セレナは声を震わせる。
「は、恥を知りなさい! パラス・テンプルナイツの名に泥を塗る気なの!? もしもチエルさんに酷いことをしたら、私が許しませんから」
「酷いこと? 別にあたしは、あの娘に一滴の血も流させていないよ。まぁ、世の中には、単純な痛みよりもっと耐え難いものがあるんだけど……。じきに観念して吐く気になるだろうさ」
 エーマは唇を舐め、意味ありげな微笑を浮かべる。度を超しすぎて胸が悪くなるような妖艶さだ。
 汚物でも見るように、セレナは不快感をむき出しにして睨み付けている。
 それでもエーマは機嫌を損ねることなく、セレナの肩を軽くなでようとした。
「ふふふ。随分と嫌われてしまったもんだねぇ。貴女とあたしは仲間、もっと仲良くしたいのに……」
 ――何が仲間なもんですか。パラス騎士団の名誉を汚す最低の人間のくせに!
 エーマの手を払いのけるセレナ。
 憤然と立ちすくむセレナに、兵士たちが懇願し始める。
「どうか、お帰りのほどを……」
 だが彼女は、手段を選ばぬメリギオスのやり方に言葉を失っている。


7 月光のもと、切々と響く弦の音色



 ◇ ◇

 昼間の晴天を承け、煌々と輝く夜の月。
 たとえ一瞬でも戦乱を忘れさせてくれそうな、柔和な光に抱かれた晩。
 そよ風に乗って弦の音が響いてくる。
 奇妙な比喩ではあろうが――硝子細工の音符を組み上げたかのような、あくまでも澄み渡り、精巧で、一種魔法じみた演奏だった。

 向こうから歩いてくる4人の男が、そのメロディに気づいて足を止めた。
 それはバルコニーに面した小さな部屋から聞こえてくる。
 扉は開かれ、月明かりの射し込む薄暗い室内の様子が見える。
 燈火と月光との神秘的な調和によって、ほのかな黄金色の小世界が醸し出されていた。幻灯さながらに、ほっそりとした少女の影が浮かび上がる。
 真っ直ぐに伸びた背。彼女は薄い肩にヴァイオリンを乗せ、繊細な手つきで弓を操る。
 見事な弓使いは、少女自身のもつ特異な雰囲気をそのまま音に変えるという、類い希なる表現を可能にしていた。
 哀切さに満ちた音色は、空恐ろしいほどに映し出すのだ――どこか残酷でさえあるような、あまりに張りつめ、透徹した彼女の霊光を。ある種のオーラを。
 今のカセリナの姿は、神々しさを一身にまとい、冒し難く崇高であった。
 開きかけた花の命が明日にも散るかもしれぬという極限的な状況が、そうさせていたのだろうか。
 彼女をよく見知っているはずの4人も、思わず息を飲んだ。

 しばらくして、彼らに気づいたカセリナの方が演奏の手を止める。
「そんなところに立っていないで、お入りなさい」
「ご無礼を。お嬢様」
 軽めの甲冑の上にエクター・ケープをまとった男が、恭しく一礼する。
 形良く刈り込まれた口髭が印象的だった。彼は40代ながらも若々しく、武人の雄々しさを漂わせながらも、伊達男のように粋なイメージも同時に持ち合わせている。
「レムロス……」
 彼の名を呼んだ後、カセリナは沈黙した。
 そんな彼女に向けて穏やかに微笑むと、髭の男はよく通る声で告げた。
「ご心配なく。確かにギルドの強さは侮れません。しかし、あと少し……。帝国軍が到着するまで持ちこたえることは、我々にとって十分に可能です。それまでの間、我らが命に代えてもこの城を死守します」
 重苦しい雰囲気を払いのけるように、別の若い男も言う。
「その通り! 俺たちは、永遠に戦い続けなきゃいけないワケじゃない。ほんの4、5日。長くても1週間ぐらいだろ。持ちこたえてみせるさ」
 銀色のリング状のピアスをした若者が、力強くうなずいて見せた。
 おそらく東部丘陵の出身だろう。何本かの腕輪と赤い民族衣装――ある部族の戦士の正装だ――で着飾り、大きく湾曲した刀を腰に下げている。
「俺たちを信じてくれよ、お嬢様」
 彼の明るい表情に、カセリナの頬が微かに揺るんだ。複雑な面持ちのまま、彼女は無理に笑顔になろうと目を細める。
「ありがとう、ムート。これまでたった一度だって、貴方は嘘を付いたことがないものね。もちろん信じてる。だけど……」
 カセリナの目が陰りを帯びる。
「あなたにまで戦ってもらうことになるなんて、ザックス」
 彼女に名を呼ばれたのは、筋骨逞しい中年の男だ。毛むくじゃらの太い腕で、彼は頭を掻いた。
「とんでもございません。しかし照れますな、お嬢様。しばらくお会いしないうちに、ますます美しくなられて」
 ザックスは豪快に笑った。
 だがカセリナはうつむき気味のまま、申し訳なさそうに答える。
「あなたには、奥さんやお嬢さん、息子さんたちと一緒に楽しく暮らしていてほしかった。ザックスが本当に守るべきは、大切な家族だわ。それなのにこんなことになってしまって、何と言って詫びればよいのか……」
「カセリナ様、勿体ないお言葉です。たとえエクターを引退していても、私はいざとなれば殿やお嬢様のために、真っ先に駆けつける覚悟で暮らしてきました。妻や子供たちも分かっているはずです。戦士の家に生まれた者の定めを。あいつらが、私が居ない間もしっかり家を守っていてくれるからこそ、私も安心して戦えるのです」


8 迫る野獣たち、田園は無法の地と化し…



 言葉を飲み込んだカセリナに代わって、4人目の男がザックスの肩を叩いた。
「シャノンちゃんたちには本当に申し訳ないが、こうしてまた共に戦えるとは。ザックス兄貴……。いや、今は親爺と呼んだ方がいいか。はっはっは」
 彼はザックスとは対照的にすらりとした体格で、見た目も宮廷風に洗練されている。はっきりとした切れ長の二重瞼と骨張った顔が特徴的だ。
「何が親爺だ。まだまだお前のような若造に遅れはとらんさ。いや、そういうお前もちょっと老けたか、パリス」
 ザックスが笑って拳をかざすと、パリスも自分の拳を軽くぶつけた。
「まぁな。ともかく、デュベールが抜けた代わりに兄貴が来てくれたから、ナッソス家の4人衆が新たに揃った。あいつが居なくて、マギウスタイプ(魔法戦仕様)の機体を欠いてしまったのは痛いが、しかし我ら4人揃えば魔法など必要あるまい」
「デュベールのことは責めないで……」
 カセリナが細い声で言う。ほの暗い照明のもとではよく分からないが、彼女は瞼の下で涙を押さえている。
 カセリナを慰めるかのように、レムロスが優しくうなずく。
「勿論です。我々がナッソス家のエクターとして、殿やお嬢様に忠誠を誓っているように、デュベールもギルドのエクターとして己の信念に従っただけです」
「ありがとうレムロス。そして、みんな」
 貴族の姫として毅然と告げるカセリナだが、心の底では嗚咽していた。
 再び楽器を手にする彼女。
 ――デュベール、会いたい……。

 ◇ ◇

 ミトーニアから数十キロほど離れた田園地帯。
 夜の平原を忍び行くアルマ・ヴィオの群があった。
 全て突撃仕様のティグラーだ。どの機体も黒く塗られている。合計で9体。1個中隊ほどの規模だが、正規軍でも反乱軍でもないらしい。
 月の光に照らし出され、稲妻を模した黄色い紋章がティグラーの機体の上に浮かび上がった。
 この紋章を付けた集団は――ナッソス軍の治安部隊が議会軍との戦闘に振り回されているのをよいことに、最近、領内を荒らし回っているならず者たちである。表向きは傭兵団ということになっているのだが、実際には夜な夜な中央平原に出没し、悪の限りを尽くしている。
 噂によれば、彼らの頭目は、あたかも盗賊騎士のごとく堕落した某貴族だという。ナッソス領の全てが同家の土地であるわけではなく、中には小領主の支配する地域も飛び地状に点在する。そのうちのひとつを有する放蕩領主のなれの果てらしい。
 黒いティグラーが走り抜けていく道筋で、赤々と火の手が上がる。彼らは面白半分に村々を襲い、強盗、放火、殺人、強姦、誘拐等々、あらゆる悪事に明け暮れているのだ。
 平時であれば、ナッソス領でそのような行為が許されるはずもない。しかし今となっては、ナッソス城及びミトーニア市の付近を除いては、治安を維持するための力など存在しないに等しい。
 まして今日の昼間以降――ギルドの陸戦部隊がナッソス軍を駆逐してしまったために、この地を守る者はもはや存在しないのである。ナッソス領の大部分は、今や凄まじい無法状態と化していた。
 雄叫びをあげる鋼の猛虎たち。
 ある村を襲った彼らがさらに突き進もうとしている方角には、良く手入れされた農場が広がっていた。広大な畑は、夜間には暗闇の支配する世界となる。その中にぽつんと光る明かりは一軒の家だ。
 この豊かな農園主の住まいを、ならず者たちが見過ごすはずもない……。


9 悪夢の始まり



 ◇

「美味しかったです。僕、こんなに楽しい夕食は久しぶりでした」
 ルキアンは満足げに言った。
 珍しく平穏さにあふれた彼の表情。それを見てシャノンが笑っている。
「大げさなんだから、ルキアンさんは。でも良かった。一生懸命作った料理を気に入ってくれたみたいで」
「ルキアン君。もしよかったら、当分はここに居てもいいんだよ。遠慮しないで。そりゃまぁ、畑仕事くらいは少し手伝ってもらうかもしれないけど。あはは、いや、畑仕事は冗談だよ――貴族のお坊っちゃんが泥まみれになるなんて、ちょっと困るからね」
 シャノンの母も屈託なく微笑んでそう言った。
 一瞬、ルキアンの心は揺れる。
 ――こんなに楽しくて穏やかな日を、僕は今まで知らなかった。今日みたいに幸せな日々が続くのなら……。
 輝きに満ちた澄んだ目で、シャノンがうなずいている。彼女はルキアンに対してそれなりに――あくまで《それなり》に過ぎないが――好感を抱いているようだ。
「ルキアンお兄ちゃん、魔法使いなんだろ。ねぇ、もうちょっと、この家に居たらいいじゃないか。僕にも魔法教えてよ!」
 姉以上に、トビーの方がルキアンを慕っていた。ちょうど悪ガキが兄貴分を欲しがる年頃なのだ。
「それは、その、できれば僕だって……」
 ルキアンは後ろ髪を引かれながらも、言葉を濁した。
 戦いは嫌だ。誰かと争うのは嫌だ。しかし《あそこ》に居る限り、自分は戦わざるを得なくなる――けれども、心は《そこ》に帰れと命じているのだ。
 心を閉ざし続けるしかなかった故郷とは違う。かりそめの居場所はあっても、人の輪の中で孤独を感じざるを得なかったコルダーユの街とも違う。そして、素朴で穏やかな温もりに包まれたシャノンたちの家とも違う。
 ――あの人たちだけが、本当に僕を分かってくれた。
 クレドールの仲間たちの顔が浮かんでは消える。
 姉貴風を吹かせながらも面倒見の良い、いつも心配してくれていたメイ。
 粗野な中にも良心あふれる、裏表なく本音で接してくれるバーン。
 強面でぶっきらぼうだが、心の底では温かく見守るカルダイン艦長。
 ぞっとするような不気味さの中に、深い悲しみを秘めた美少女エルヴィン。
 キザで気取り屋、でも本当はとても良い男ではないかと思わせるベルセア。
 偽悪ぶって斜に構えながらも、決して憎めないランディことマッシア伯爵。
 感情表現が下手なために冷たい美女に見えるが、本心は優しいセシエル。
 脳天気で何も考えていないようでも、明るく親近感のあるフィスカ。
 一見すると堅苦しい無骨漢だが、隠れた情熱や人間味に溢れたルティーニ。
 恥ずかしがり屋で内気な少女に見えて、大人よりも心遣いのあるレーナ。
 気まぐれな優男だが、実は周囲に気を配るムードメーカーのヴェンデイル。
 まだ他にも。カムレス、ガダック、ノエル、マイエ、ウォーダン……。
 そして敬虔な聖職者として振る舞いながらも、時には優しい姉のように、時には母親のような包容力で、時には魅力のある女性として、ルキアンを導いてくれたシャリオ。
 否、他の誰より――ルキアンが初めて心の底から尊敬できると思った人間、知略を誇る参謀、天才的な魔道士、勇猛なエクター、誰よりも優しく、誰よりも深くルキアンを理解してくれたクレヴィス。
 短い日々を共に過ごしただけであるのに、クレドールのクルーたちとの思い出は、ルキアンの気持ちの中に深く刻み込まれていた。
 ――やっぱり僕の帰るところは、クレドールしかないんだ。ここに留まってひとときの安らぎに触れたとしても、それは本当に一瞬のものでしかない。僕の居るべき場所はここじゃない。
 ルキアンは悲しさと満足感とが入り混じった目で、悟ったように言う。
「ありがとう。見ず知らずの僕に、こんなに優しくしてくれたこと、僕は一生忘れない。でも、僕、やっぱり帰らなきゃ」
 静寂。賑やかだった食卓が沈黙に包まれる。
 彼の答えを予想していたのだろうか、シャノンの母親がうなずいた。
「そうだね。お帰り、ルキアン君。大切な人たちのところへ」
「おばさん……」
「気にしないでおくれ。でも、またいつか遊びに来てよ。平和になったら」
 彼女の差し出した手を、ルキアンはしっかりと握る。
 今度はシャノンが彼の服の裾を引っ張った。
「あの、これ……」
 彼女はポケットから何かを取り出し、ルキアンに手渡そうとする。

 だがそのとき、不意に地震のごとき揺れが伝わってきた。
「これはもしかして。いや、間違いない」
 ルキアンの身体を緊張が突き抜ける。一気に現実に引き戻されたような!
「アルマ・ヴィオがすぐそこまで来ている? それもかなりの数だ」
 ――ナッソス軍が僕を捕まえに来たのだろうか? まさか。それじゃあ、ギルドの人たちが僕を助けに来てくれた? それも話がうますぎる……。
 戸惑う間もなく、家のドアが荒っぽくノックされた。いや、扉をぶち破ろうとしている。これはただ事ではない。


10 引けなかった引き金、救えなかった命



「気を付けて。奥に隠れて下さい。僕、ちょっと見てみます」
 ルキアンはピストルを抜くと火薬と弾を装填した。不慣れな手つきのため、もう少しで火薬入れを落とすところだったが。
「誰ですか? 返事をしてください」
 しかし答えは返ってこなかった。そうする代わりに、破城鎚かハンマーのようなものが扉を強打し、掛け金が弾け飛ぶ。
 ドアが押し倒され、その向こうで獣のような奇声がいくつも上がった。
「な、何ですか、あなたたちは? やめて、やめてください!!」
 ルキアンは壊れた扉で入口を再び塞ごうとする。意味がない。全く落ち着きを失った行動だ。どうすればよいのか彼にも分からなかった。
「静かにしやがれ! ぶっ殺されてぇのか?」
 やくざ者丸出しの口調で誰かが叫んだ。
 ルキアンはその声に思わず後ずさりしかけたが、後ろにいるシャノンたちを守ろうと勇気を振り絞る。
「人の家に勝手に押し入って、そんな無茶苦茶な! 撃ちますよ、無理に中に入ろうというのなら、ほ、本当に撃ちます!!」
 ルキアンは見知らぬ人間の胸元に銃を突きつける。
 だが、こんな時に……。彼はあの光景をまた思い返してしまった。
 《ステリアン・グローバー》が海を引き裂き、ガライア戦艦2隻を跡形もなく轟沈させた忌まわしい光景を。ルキアンが引き金を引いてしまったことにより、数え切れぬほどの人間が海の藻屑と消えた、コルダーユ沖での戦いを。
 ――嫌だ! やっぱり目の前の人を殺すことなんてできない。頼むからあっちに行ってくれ!
 その隙を突いて、ならず者がルキアンの銃を叩き落とした。
 戸惑った瞬間、いきなり頬を殴られて吹っ飛ぶルキアン。
 それを合図にしたかのように、5、6人が家の中になだれ込んでくる。
 彼らは手に手に武器を持ち、大声でわめき立てた。
「動くな! 死にたくなけりゃ、大人しくしていろ!!」
 ルキアンはフラフラと立ち上がり、シャノンたちをかばおうとする。容赦なく拳をぶつけられ、その後に床で頭と背中を強く打ったため、脳震とう気味になっているらしい。不安定な身体はすぐに崩れ落ちかけたが、ルキアンは片膝を突いて懸命に支えた。
「早く、早く逃げて!」
 剣を抜く。もはや必死だ。
 普段なら決して出さないような大声で叫ぶルキアン。だが、重い一撃を腹に喰らって崩れ落ちる。ヒグマのごとき大男が、棍棒で力任せにルキアンを突いたのだ。
「邪魔なんだよ、生っちろい兄ちゃんはネンネしてな……」
 吐き気を催しながらうずくまるルキアンを、別の男たちが取り押さえる。
 立ちすくむシャノンたちに、何本もの銃身が向けられる。
「へへへ。なかなか上玉じゃネェか」
 頬に傷のある若い男がシャノンの頬をなでた。背後でならず者たちが下卑た笑みを漏らす。
 男は短剣を抜いてシャノンの胸元に突きつける。
「待ちなさい! うちの娘に何するんだ!!」
 シャノンの母親が彼の手首をつかみ、激しい怒りの表情で抗議する。
 だが次の瞬間、信じられないことが起きた。
「おばさん!!」
 ルキアンが渾身の力を込めて身を乗り出したが……。
 眼鏡のレンズに赤い飛沫が降りかかる。鮮血が床や壁を染めた。
 あまりのことに、ルキアンはしばらく呆然と身を固くしていた。
「な、何てことを。何てことをするんだ……」
「ママ、ママ!!」
 シャノンが狂ったように叫び続ける。だが血の海の中に倒れている母親の身体はもう動かない。
 あまりにも不条理に、何の脈絡もなく降りかかった惨劇。
 だがそれは現実なのだ。
 怒りか、恐怖か、ルキアンは身体を振るわせながら剣を構え、シャノンとトビーの前に立った。
「逃げて、早く!!」


【第24話に続く】



 ※2001年9月~10月に鏡海庵にて初公開
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