鏡海亭 Kagami-Tei ネット小説黎明期から続く、生きた化石? | ||||
孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン) |
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・第58話「千古の商都とレマリアの道」(その5・完)更新! 2024/06/24
拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、 ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら! |
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小説目次 | 最新(第58)話| あらすじ | 登場人物 | 15分で分かるアルフェリオン | ||||
『アルフェリオン』まとめ読み!―第24話・前編
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【再々掲】 | 目次 | 15分で分かるアルフェリオン |
暗き淵に、すなわちその蒼き深みに宿りし光が
憎しみの炎となりて、真紅の翼はばたくとき、
終末を告げる三つの門は開かれん。(「沈黙の詩」より)
◇ 第24話 ◇
1 守りたい、それでも戦いを避けたい…
ルキアンの心中では怒りが恐怖を上回り始めていた。
生まれて初めて、鋼の切っ先を人間に向ける。
「どうして……。どうして、こんな酷いことをするんですか?」
沢山のならず者たちと対峙するルキアン。
足元には、シャノンの母の哀れな亡骸が横たわっている。
だが野獣同然の男たちは、この凄惨な状況にも何ら罪悪感を覚えていないどころか、むしろ心底楽しそうに、歪んだ笑い顔を見せる。
「どうしてかって、そりゃ楽しいからに決まってるだろうが!」
ならず者の1人がそう答えると、他の仲間たちがゲラゲラと笑った。
下品な笑いが部屋中に響き渡る。
ルキアンは思わず《やめろ》と叫びたくなった。だが彼は、反対に低く押し殺した声で言う。
「楽しい? 楽しい、ですか? 人が苦しむのを見てどこが面白いんですか。人が死んだんですよ! おばさんが、おばさんが――何をしたというんです? 何の罪もない人を殺すなんて……」
拳を握り締め、生気を失った声でつぶやくルキアン。
賊たちは、そんな彼の目の前でからかうように剣を振り回したり、口笛を吹いたりしている。そして誰かがわざと強調するように言った。
「罪もない? だから面白いんだよ。バーカ! ついさっきまで平和に暮らしていたヤツが《どうして?》という顔で死んでいくのが――あれを見てると、やめられないってーの」
「おかしいよ……。あんたたちは狂ってる」
静かな声の下に、ルキアンは爆発しそうな怒りを押しとどめている。
ならず者たちがそんな彼の様子を茶化した。
「そんなへっぴり腰で剣を突き付けられても、怖くも何ともねぇんだよ!」
「まったくだ。ごちゃごちゃ言ってる暇があったら、ちっとは自分のことを心配した方がいいんじゃないか? てめぇらだって、今からさんざんなぶり者にされるんだよ。何の罪もねぇのにな。あぁ、可哀想。ギャハハハハ」
彼らのリーダーらしき男が、下卑た笑みと共にシャノンを指差す。
「ここのお嬢ちゃんには前から目を付けてたのさ。なんでも、心の優しい純真な娘で、おまけに結構な美人だと評判らしいじゃねぇか。そんな素敵な噂を、この俺様たちが放っておくわけないだろうが」
そう言ってリーダーが目配せすると、悪漢たちは武器を手にしてルキアンたちの方へとにじり寄る。
「ル、ルキアンさん!」
ならず者たちから欲望でぎらつく視線を浴びせられ、シャノンは鳥肌を立てた。彼女は嫌悪感のあまり顔を強張らせ、表情を失っている。
今やルキアンのか細い肩だけが、彼女を守る唯一の楯だ。
――守らなきゃ。僕が絶対にシャノンを守らなきゃ!
シャノンの暖かな心遣いの数々が、ルキアンの脳裏によぎった。
ルキアンは硬直して動かない足を懸命に踏み出し、暴漢たちの前に立ちはだかる。
肩に力が入りすぎて震えている。剣の刃がカタカタと鳴るほどだった。
彼は怯えていた。敵を怖がる以上に、凶暴な鉄の塊を生きた人間に突き立てるという行為に対し、とてつもない戦慄を感じているのだ。
喉が渇いて声も出ない。立っているだけで精一杯だ。
ならず者たちは罵声を上げ、荒っぽく武器を振り回し、じわじわと距離を詰めてくる。ルキアンたちの恐れおののく様子を楽しむために、わざとゆっくり迫っているらしい。
――戦うしか、戦うしかない!? で、でも……。
憎しみに身を任せることが、こんなにも難しいものか――ルキアンは己を呪わずにはいられなかった。この期に及んで、彼の本心はまだ流血を避けようと考えているようだ。
――なぜ分からないんだ! 戦わなきゃいけないのに。それでもまだ、戦いはダメだって、どうして、どうして僕は……。
なおも戸惑うルキアン。
とうとう破れかぶれになり、彼は絶叫して剣を振り上げた。
だが……。
その直後、体中に火傷のような感触が走り、彼は激痛にまみれて床に倒れた。
手足が胴に付いているのが不思議なくらい、凄まじい痛みだ。
体中から血が流れている。銃弾によるものか刃物によるものか、そんなことは分からない。とにかく多数の攻撃がルキアンに襲いかかったのである。
血塗れになって伏した彼を見て、シャノンはショックのあまり言葉を発することすらできず、ただ口を開けて座り込んでしまった。
ならず者たちがニタニタと薄ら笑いを浮かべて近づく。
2 シャノンの危機、ルキアンの後悔…
「姉ちゃんに手を出すな!!」
今まで隅で震えていたトビーが、リーダー格の男に力一杯ぶつかった。
幼く非力な少年はたちまち投げ倒されてしまったが、ならず者たちとシャノンとの間に倒れたトビーは、なおも賊たちの足に組み付いてわめき立てる。
「出て行け! 人殺し!!」
あまりに頑強なトビーの抵抗に、悪漢たちは彼の髪の毛をつかんで引きずり起こした。彼らの目は、食事を邪魔された猛獣さながらに血走っている。
「このクソガキが!」
何発も殴りつけた後、リーダーが腹立たしそうに吐き捨てる。
「おい、お前ら。遊んでやれ」
隅の方にいた下っ端らしき者たちが数名、ぐったりしているトビーを外に放り出す。その後、しばらく彼の悲鳴が続いたが、やがて何も聞こえなくなった。
「やめろ……。やめるんだ……」
ルキアンは、かすれた声でうわごとのように繰り返す。だが血を流したまま床に転がっている以外、彼には為す術がなかった。
――僕に、僕に戦うための呪文が使えたら……。
彼は今頃になって後悔する。たとえ身体が動かなくても、呪文ひとつで敵を倒すことは十分可能なのだ。
他人を傷つける攻撃呪文を嫌い、わざわざルキアンは、実験専門の魔道士カルバのところに弟子入りしたのだが。それが裏目に出てしまった。
ならず者数人がシャノンを取り押さえようとする。
恐怖のせいで開き直ったのか、シャノンは一転して気の強さを見せた。
彼女は食卓の上にあったナイフを手にする。
父から多少は剣術を仕込まれたのだろう――ただ闇雲にナイフを振り回すのではなく、近寄ろうとする相手に対して意外なほど鋭く突きかかる。その動きはルキアンよりもよほど巧みだ。
最初はシャノンの抵抗を面白がっていた暴漢たちだが、そのうち1人が彼女に切り付けられ、大げさな悲鳴を上げた。
だが、彼女の決死の反撃は、かえって彼らを凶暴化させてしまった。
「ねぇちゃん、そこまでだ。得物を捨てな!」
手強いとみた暴漢たちがシャノンに銃を向ける。
彼女は、肩で息をしながら武器を構え続けていた。
「いやよ! どっちみち、後で私を殺す気なんでしょ。馬鹿にしないで」
シャノンは勇敢で誇り高かった。
彼女を無傷で捕らえようと思っていたならず者たちだが、脅しは通用しないと分かったのか、ついに本気で襲いかかる。
シャノンに剣の心得があろうと、短いナイフだけを武器に沢山の荒くれ男と戦うのは難しい。しかも運悪く、動きづらいスカートを履いている。
壁際まで追いつめられた彼女に、次々と刃が突きつけられた。実際には身も凍るほどの恐怖を感じているのだろうが、彼女は震えながらも敵を睨み付ける。しかし、こうなっては万事休すか……。
「あっ!」
わずかな隙にナイフを叩き落とされ、シャノンは丸腰になってしまう。
男たちの中には、彼女に傷を負わされた者も何人かいた。その結果、彼らは手負いの獣さながらにますます凶悪な態度を取る。
「見かけによらず、とんでもないじゃじゃ馬だぜ」
「俺たちに血を流させるとはいい度胸だ。たっぷり可愛がってやるから、覚悟はいいか」
3 「心を解き放ちなさい、闇を私に…」
「やめろ! シャノンに手を触れるな!!」
ルキアンは幽霊のようにふらふらと立ち上がる。
自分のどこにこんな力が眠っていたのか、彼自身にも分からない……。
しかし何もできぬまま、いとも簡単に鈍器で殴られ、再び倒れてしまう。
「シャノン……」
霞んでいくルキアンの視界の中、シャノンは最後まで抵抗している。
「いや! 触らないでよ! 放して!!」
ルキアンはなおもシャノンの名を呼んだが、その声はあまりに弱々しく、音にならなかった。
意識が無くなっていく。
彼は沢山の血を流しすぎた。全身の痛みも耐え難い。
シャノンの無垢な笑顔が目に浮かんだ。
その笑顔を護ってやれない自分。絶望、いや、それ以上の憎しみ。
――本当は、みんな優しいままで笑っていたいんだ。だけど、お前たちのような奴がいるから……。
ルキアンの理性が薄れていくにつれ、逆に憎悪の炎が激しく燃え始めた。
すると突然、幻が見えた。
長い黒髪を垂らし、うつむいたままの女がいる。
光の届かぬ暗闇の中。亡霊のように。
しかしシャノンの悲鳴が、ルキアンを再び現実に連れ戻した。
「やめて!! ルキアン、助けて! ルキアン!!」
卑劣にも大勢の男たちがシャノンに飛びかかる。
彼女は逃れようとして必死に暴れるが、何人もの屈強な暴漢たちに腕や脚を押さえられ、身動きできない。
シャノンが暴行されようとしているところを目の当たりにして、ルキアンの怒りと憎しみは頂点に達する。
それに応じるかのように、また幻覚が浮かんだ。
しっとりと濡れた髪が、蛇さながらにうねり、宙に舞う。
幻の中の女が顔を上げた。
彼女は何とも言えぬ不思議な表情をしていた。
子供を思わせるあどけなさ。聖者のごとき崇高さ。
そして、悪魔のような冷酷さ。
それら全てがひとつに解け合ったかのような……。
彼女の目がルキアンを見据えたとき。
否、ルキアンが彼女の眼差しに心を奪われたとき、あの《声》が聞こえた。
――憎いのですか?
――もちろんだ。
――殺したいと思いますか?
――殺してやりた……。いや、僕は、僕は……。
ルキアンは寸前のところで《殺したい》と言わずに留まった。
瞬間、シャノンの絶叫が響き渡った。
ならず者たちの毒牙にかけられ、狂ったように泣き叫ぶシャノン。
罵声や嘲笑が飛び交う。
我を忘れたルキアンに、《声》がもう一度尋ねる。
――殺してやりたい?
無言のままのルキアン。
今度は彼自身が幻影の世界に取り込まれたようだ。
何かが舞い降りる気配がした。
大きな鳥を思わせる翼の音。
ひんやりとした手がルキアンの手を握る。氷のように冷たい感触。
《人ではない》――ルキアンはそう直感した。
しかし、どういうわけか、得も言われぬほど心が落ち着く気もした。
柔らかな両の翼でルキアンを抱くように、不思議な存在は背後に立った。
――この感じは? なんだろう、安らかな……。
一瞬、全てを忘れて身を委ねかけたルキアン。
あの《声》が耳元で聞こえた。
――心を、解き放ちなさい。
忘我のルキアンは、機械仕掛けのようにうなずいた。
――そう。あなたの闇を……。私に……。
4 降臨 闇の守護者
ルキアンの肩に手が置かれる。
黒髪が頬に触れた。それもまた不気味なほどに冷たかったが。
――本当は、穏やかなままでいたいのでしょう?
――うん。
幼子のような口調で即答したルキアン。
――可哀想に。でも、もう泣かなくていいのよ。
声の主は、ルキアンの頭を丁寧になでた。
――ねぇ。どうすれば、みんなが穏やかに笑っていられるのかしら?
――僕、知ってるよ。
いつの間にか、ルキアンは子供に還っていた。
――あのね、いなくなればいいんだ。
――誰が?
――悪いやつだよ。そうすれば、みんな笑っていられる。
透き通るような指先が、ルキアンの腕に沿って動いた。
傷が癒え、体の痛みが消えていく……。
幻の中であるにもかかわらず、身体の感覚に現実味があった。
――もう痛くないでしょう?
――うん。ありがとう。
彼女の手がルキアンの体に触れていくにつれて、全身の傷痕が無くなり、
苦痛も嘘のように和らいでいった。
――あなたにこんなに酷いことをした人たちも、悪い人なのね。
――そうだよ。悪いやつだと思う。
――いなくなってしまえばいい?
――うん。みんなを苦しめるやつは、消えてしまえばいい。
ルキアンは抗しがたい力に取り巻かれ、恍惚としている。
狙い澄ましたように、彼女はあの質問を再び繰り返した。
――殺してやりたい?
――《うん》。
迷うことなく、ルキアンは認めてしまった。
◇
血だらけになって床に倒れていたルキアンが、ふらりと起き上がる。
ならず者たちが異様な気配に気づき、振り返った。
ルキアンは涙を流したまま、ぼんやり突っ立っている。
その目は正気の光を失っているように見える。
悪党たちは、ルキアンのことなどほとんど意にも介さなかったが……。
「まだ起き上がる力が残ってたのか? お前なんかお呼びじゃないぜ」
「こっちはお楽しみ中なんだ。邪魔するな!」
何者かに憑依されているかのごとく、危うい足取りで歩き出したルキアン。
「なんだ、まだやる気か!?」
熊のような大男がしわがれ声で怒鳴った。
だがルキアンは何の反応も示さず、黙って彼らに近づく。
その不気味な雰囲気に気後れしたのか、別のならず者が慌てて言う。
「へ、へへ。お嬢ちゃんを助けるっていうんなら、ちょっと手遅れかな。な、なんとか言えよ。聞こえねぇのか?」
その間にも、ルキアンは剣の届く間合いにまで入っていた。
大男が棍棒を手に威嚇する。
「懲りないヤツだな。またぶちのめされたいのか……。な、何だ、あれは!?」
信じがたい光景を前にして、図太い悪人も顔色を失った。
ルキアンの背後に人影のようなものが浮かんでいる。
翼の生えた背の高い女だ。あの黒衣の……。
「ゆ、幽霊だ! 化け物!!」
大男の声があまりに真に迫っていたため、ならず者たちは一斉に振り向いた。
黒衣の女は、あたかも映像のように、目には見えても実体を持っていない。
ふわりとルキアンの前に降り立った彼女は、抑揚のない声でつぶやく。
「わが新たな《主(マスター)》よ。お待ちしていました。私は《古の契約》に従い、あなたの手足となり、剣となるよう定められていた者」
「お、お、お前は何者だ!?」
突然、恐怖に駆られたならず者が銃の引き金を引く。
だが信じられない事が起こった。
黒衣の女の手前で銃弾が停止したかと思うと、瞬時に霜が付いたように凍結し、硝子玉も同然に砕け散る。
「愚かな……」
彼女は微かに目を細める。
ならず者の手にした銃が同様に凍り付き、彼の右手ごと木っ端微塵になった。
「い、いてぇよ! 兄貴、助けてくれ!! 痛い!」
右腕を失った男がのたうち回る。
黒衣の女は口元を緩める。
その冷酷極まりない笑みを目にした者たちは、恐怖のあまり、金縛りにあったように動けなくなる。
「痛い? そうか。楽にしてやる……」
彼女がそう言った途端、足元に転がってわめいている男は、体内から破裂して弾け飛んだ。
その跡には人の形すら残っていない。血と肉片が散らばるのみ。
【続く】
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※2001年10月~11月に鏡海庵にて初公開
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