鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第23話・前編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


  野蛮な者よ、人間は獣ではない。
  だから時には憎しみを抑えて剣を引かねばならぬ。
  偽善の者よ、人間は天使ではない。
  だから時には痛みをこらえて剣を取らねばならぬ。

◇ 第23話 ◇


1 一瞬の安らぎ、平和な食卓を前に…



 草原の地平に太陽が姿を隠し始めた頃、夫に代わって農園の監督に当たっていたシャノンの母が家に戻ってきた。
 よく日に焼けた、逞しそうな黒髪の女性だった。シャノンやトビーの瞳は母親譲りなのだろう――明るく意志の強そうな、大きな濃褐色の瞳がルキアンを見つめている。彼女の発散する溌剌とした空気は、家の中の雰囲気を瞬く間に変えた。まるで子供みたいに元気な人だ、とルキアンは思った。
 彼女が盛んに勧めたので、ルキアンはシャノンたち親子と一緒に食事をすることになった。戦いのことを考えれば、そう悠長なことをしている場合ではないのかもしれない。しかし恩人たちの好意を断れるだけの世慣れた振る舞いも、あるいは押しの強さも、ルキアンは持ち合わせていなかった。
 彼は促されるまま食卓に着く。
 シャノンとその母親が台所に向かった後、ルキアンは溜息か呼気か分からぬ曖昧な息を吐き出した。
 ――中央平原の人って、開放的だとか旅人に親切だとか言われているけど、シャノンもお母さんも、不用心なほどに親切だな。まぁ、いいか……。どのみち、夜がふけるまでアルフェリオンを動かすのはまずいし。まだ完全に暗くなっていないから、いま起動させればナッソス家の軍に見つかってしまうかも。
 万が一、シャノンの父やカセリナと剣を交えることにでもなれば――という恐れが、ルキアンの小さな闘志を完全に押さえ込んでしまっていた。
 これでは、たとえクレドールに無事に戻れたところで、その後もナッソス家と戦い抜けるのだろうか? 正直な話、ルキアンには自信がない。けれども、今、この瞬間にもギルドとナッソス家との戦いは続いているのだ。
 ――あれから艦隊戦の方はどうなったのかな? クレヴィスさんとレーイさん、ギルドの《三強》の2人までがいるんだから、ギルドが負けるはずはないと思うけど。でも他の人たちは無事だろうか。神様……。セラス女神よ、どうかみんなをお守り下さい。僕たちの仲間だけではなく、カセリナも公爵も、シャノンのお父さんも、ナッソス方の人々も……。
 ルキアンはテーブルの上で手を合わせた。
 が、その悲痛な願いは、本当に神のもとに届かぬ限り実現されはしないだろう。この世の理(ことわり)はそれを許さないだろう。
 祈りの姿勢を保ったままうなだれる彼を、トビーが不思議そうに見ていた。

 ルキアンがあれこれ思いをめぐらせている間に、素朴ながらも充実した夕食が運ばれてきた。付近の農園で栽培されたという春野菜を使ったスープ、同じく野菜の酢漬けの盛り合わせ、川魚の薫製、よく熟成された生ハム、色も形も多様なチーズ等々。
 先日ナッソス城で目にした料理とは確かに比較になるまい。それでも貧しい零細貴族にすぎないルキアンの家では、これほどの食事は祝い事でもなければ口にできなかった。シャノンの父は、いわば農民と貴族との中間に当たる郷士のような人であろうが、そのへんの小貴族よりもよほど裕福かもしれない。
 豆類や香草と一緒に淡水産の魚介類を煮込んだ雑炊が、食卓の中央を飾っている。後で知ったところでは、ミトーニア地方の郷土料理らしい。


2 戻るべき場所



「面白い形のエビですね。このあたりで穫れるんですか?」
 雑炊の中に入っている人差し指大のエビに、ルキアンは目を留めた。ずんぐりとして、自分の頭部ほどもある不釣り合いなくらい大きなハサミを持っている。姿は不格好であれ、丸々と肉厚な身は見るからに美味しそうだ。
「うん。時々、裏の川に網でつかまえに行くよ。たくさん穫れるんだぞ!」
 トビーが得意げに答えた。
 中央平原の随所に見られる藻の多いゆったりした小川に、このエビは豊富に棲んでいるらしい。腕白盛りの男の子にとって、この手の小動物はちょうど良い遊び相手なのだろう。
「へぇ、すごいなぁ。僕はトビーと違って海の近くで暮らしていたから――こういう川や湖の生き物はあまり見たことがないんだ。だから珍しくて」
 ルキアンはトビーを眩しそうな目で見つめていた。それからシャノンの母の方に向かい、改めて丁重に礼を言う。
「助けていただいたうえに、食事までごちそうになってしまって……。本当にありがとうございます」
「いやだよ、ルキアン君。そんなに気を使ってばかりいると、私がせっかく腕によりをかけて作った料理も味がしなくなっちまうだろ。でも奥ゆかしい若者だねぇ、ルキアン君は。素敵だよ。あっはっは」
 シャノンの母は大きく口を開けて笑っている。それでも下品な感じはせず、屈託のない人懐っこい雰囲気が表情によく出ていた。
 ――笑顔のある食卓か……。
 赤く茹で上がった川エビを、妙に穏やかな気分で口に運ぶルキアン。
 シャノンたち姉弟は、子猫のように魚を取り合っている。
 その様子を眺めているうちに、ルキアンは自然に口元を緩めていた。
 よそ見をしている隙にトビーに料理を取られ、シャノンが子供のように負けん気になって取り返そうとしたときには、ルキアンもつい吹き出してしまった。
 が、考えてみると、なぜか久しぶりに笑ったような気がする。
 以前、こうして心から笑ったのは、いつの日のことだったろうか……。
 ルキアンは感慨深げに目を閉じる。
 明るい食事風景を前にしながらも、彼の心の中では――笑顔どころか会話すら稀な、孤独に冷え切った食卓や、そこに座ってうつむく自分の姿が、断片的に次々と浮かんでは流れ去った。
 だがそれに続いて、ネレイの街でメイやバーンたちと昼食会を開いたときの光景が、彼の心の中に鮮明に甦った。
 分厚い雲間から射し込む陽光のごとく、仲間たちとの新たな思い出は灰色の記憶をぬぐい去り、ルキアンの心に力をもたらした。
 ――早く帰らなきゃ。僕も自分の戻るべき場所に。クレドールに……。


3 降伏か、抗戦か!? 千古の都、決断のとき



 ◇ ◇

 日没後まもなく、ミトーニアの要人たちが市庁舎に続々と集まってきた。
 彼らが急ぎ足で消えていく先は、庁舎1階の奥に堂々と広がる《千古の間》だ。この由緒ある広間は、聖堂内部を思わせるドーム状の天井を備えている。しっとりと湿ったような薄明かりの中、シャンデリアの蝋燭が照らし出すのは見事なモザイクによって飾られた床面である。
 色とりどりのタイルが敷き詰められたフロアには、獣や鳥に混じって人間の絵柄も見られる。
 ただし、そこに表現されている人々は、今日とは異なる独特の出で立ちをしていた。幅広い布を身体に巻き付けたかのような衣装。薄衣のベールを頭から被った女性たち。一群の戦士らは、鶏冠さながらの飾りの付いた兜を被り、大きな丸楯と投げ槍で武装している。
 彼らは、現世界の文明が始まった頃の――いわゆる《前新陽暦時代》の人々だ。その名の通り、当時まだ《新陽暦》は用いられていなかった。
 つまり旧世界が滅亡して《旧陽暦》が終わった後、直ちに現世界の《新陽暦》が始まったわけではないのである。両者の間には空白の歴史が存在しているのだが、それがどの程度の年月に及ぶのかについては、専門家の間でも意見が分かれている。極端に短く見積もる説によればわずかに数十年、反対に長いところでは五百年前後とみる学者もいる。
 ともかくイリュシオーネ有数の古都ミトーニアは、現世界の始まりと同程度に古い起源を持つとさえ言われる。そして非常に興味深いことだが、同市の庁舎は実は前新陽暦時代の遺跡の上に建てられており、《千古の間》の床も遺跡の床そのものなのだ。

 自らの足元、果てしない歳月の重みが刻み込まれたモザイクを指し、一人の男が語り始める。広間は静まり、みな彼の言葉に聞き入った。
「諸君。耳を傾けたまえ、この古き遺跡に込められた思いに……。旧世界の過ちを繰り返さぬよう、誓いとともに再び歩き始めた人々の心に」
 そう言って彼は胸に手を当てた。
 見事な口髭・顎髭をたくわえ、大柄で恰幅の良い中年紳士。彼がシュリス市長である。穏和な容貌の中にも威厳を漂わせ、伝統ある大都市ミトーニアの長に相応しい品格を備えている。
「だが、人類の新たな歴史の証人であるミトーニアは――たった今、重大な岐路に立たされている。時間はない。諸君の誠実で思慮深い意見を切に願う」
 続いて市長の傍らの秘書らしき青年が、細身の身体に緊張感をみなぎらせ、いささか強張った声で文書を読み上げる。
「ギルド側の要求は次の通りです。第一に、ミトーニア市は直ちに武装解除し、国王および議会に再び忠誠を誓うこと。第二に、軍事面・財政面その他においてナッソス家へのあらゆる支援を停止すること。第三に、正規軍およびギルドの部隊に対して宿営の場を提供し、必要に応じて補給に協力すること……」
 細い黒縁の眼鏡、楕円型の扁平なレンズの中で、秘書は神経質そうな目をさらに細めた。
 彼が読み終わるや否や、たちまち周囲から不満の声が噴出する。
 市長の隣に副市長らしき2人が座っているが、そのうちの一方が苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「武器を捨てて市門を開けなどとは……。ギルドは早くも勝ったようなつもりになっているのか。事実上、我々に降伏せよと? 馬鹿なことを!」
 激高している彼をシュリス市長がなだめる。
「落ち着きたまえ、アール殿。確かに我々は戦わずして敗れることになる。だがそれはあくまで軍事上の敗北であって、ミトーニアが議会軍やエクター・ギルドの管理下に置かれたり、彼らに屈従させられたりするという意味ではない。ギルドの代表者はこう付け加えている――さきほどの条件以外の点では、ミトーニアの自治権は従来通り保証する、と。しかも今回に限り、反乱に荷担した者の罪を問うことは一切行わないそうだ」
 要するにナッソス家への支援を中止し反乱から手を引くならば、ミトーニア市に対して何らお咎めはないということだ。有利な戦況にあるギルド側にしては随分と思い切った譲歩だが、それはむしろルティーニの計略なのである。
 参事会員たちの間から低いざわめきが起こる。市長は続けた。
「もし戦闘になれば、ギルドの部隊が我々に勝利することなど目に見えているはず。だが敢えてその戦いに踏み切ろうとしないのは……。ギルド側の考えは分かっている。彼らには時間がないのだ。《帝国軍》が到着する前に《レンゲイルの壁》を奪還できなければ、それは彼らの敗北につながるのだから。ギルドとしては、1日、いや1時間たりとも無駄にはできぬというわけだ。仮に我々が最後まで抵抗したとすれば、ギルドの部隊はミトーニアに1日や2日は足止めされることになるだろう。それは避けたいという判断だろうが……」
 このままミトーニア市が反乱を続け、帝国軍の到着前にナッソス城が落ちたなら、そのときには同市も公爵家と運命を共にしなければならないだろう。逆に帝国軍が到着するまでナッソス家が持ちこたえたならば、それは同時にミトーニアの勝利でもある。
 時間との戦いが全てを決めるだろう。破滅か、勝利か、降伏か? いずれにせよ、ミトーニアは市の命運を賭けて決断しなければならない。


4 紛糾する議論! 我々は騎士ではない…



 アール副市長が断固として首を振ったとき、その横に座っていたもう一方の副市長、ロランが切り出した。
「損な取り引きではありませんな。今の時点だからこそギルドは我々に譲歩し、こちら側に有利な条件を呈示してきたのです。もしもナッソス家が敗れた後になれば、ミトーニアは交渉のためのカードを一切失います。無条件降伏以外は認められなくなるばかりか、下手をすれば我々の首や市民たちの命も危なくなるでしょう」
「何をおっしゃる? そう簡単に敵の申し出を受け入れるのも……。えぇい、ナッソス軍は何をしているのか!!」
 アール副市長が苛立ちのあまり立ち上がる。
 痩せ形で長身のアールと小太りのロランとは全く対照的で、2人が睨み合う姿には、どことなくユーモラスな感さえ漂っている。
 ロランは手振りでアールをなだめつつ、落ち着いた様子で語った。
「全兵力で城を死守しようとしているナッソス軍には、残念ながらミトーニアの救援に回せるだけの余力はありますまい。いや、そのナッソス家の全艦隊をもってしても、ギルド艦隊に敗れたのですからな。我々の力だけでは万にひとつも勝ち目はありませんぞ」
 今度は市民軍の指揮官が、承伏しかねるといった顔をする。
「しかしロラン殿、一戦も交えることなくナッソス公を見捨てると仰せか?」
 それに対して、市の有力者の銀行家が反論した。
「ロラン副市長の言う通りだ。ナッソス家に最後まで義理立てして、ミトーニアまで共倒れすることもなかろう? 事実上、公爵もミトーニアを見捨てているではないか。エクター・ギルドに街が包囲されても、ナッソス家からの援軍は来なかった」
「では、単に強い方に着けば良いと!?」
 アール副市長が机を叩いてそう言った。
 が、参事会員の中から開き直った声が飛ぶ。
「いかにも。我々は機装騎士(ナイト)ではない――商人だ。城を枕に討ち死にする道理などあるまい。名誉ある死よりも生きて事業に励むことこそ、我々の努め。そうであろう?」
「しかし……」
 全員を見回した後、ロラン副市長が冷静に告げる。
「よろしいですか――敵は海賊や野武士と同様の無頼漢たちです。そんな輩たちに街を攻撃されれば、大変なことになりますぞ。現にカルダイン・バーシュは、《我々は軍隊ではない。それゆえ個々の兵員たちの振る舞いまでも統制することは困難だ》と言ったそうで」
「万一ギルドの荒くれ者たちが略奪に及ぼうとも、知ったことではないというわけか? 恐ろしいことを……」
 街一番の貿易商が顔をしかめた。
 彼と顔を見合わせ、同業者がまことしやかにささやく。
「元々あのカルダインというのは、表向きは旧ゼファイア王国お抱えの冒険商人でしたが、むしろ同国の私拿捕船(*1)団の長として知られていたのです。脆弱なゼファイア軍に代わってタロスの飛空艦を襲撃し、レマール海の南東一帯を荒らし回っていたとか。そんな、空の海賊に等しい男ですから、街のひとつやふたつが灰になったところで眉ひとつ動かしますまい」
 さらに別の参事会員が遠慮がちに同意した。
「そ、その通りでしょう……。このまま包囲戦になれば、逃げ場のない我々はいずれ無頼の傭兵どもの餌食です。いや、最悪の場合、女性や子供たちまで犠牲になってしまう。やむを得ませぬ。彼らの申し出を呑みましょう」
 だが彼が話し終える前から、背後では賛否様々な声が飛び交っている。
「そう簡単に言ってもらっては困る! こちらが条件を受け入れたところで、エクター・ギルドが約束を守る保証などあるのか? 街を開け放ったとたんに、やつらの思うがままに略奪や虐殺が行われるかもしれんのだぞ!!」
「いや、カルダインは仮にも《ゼファイアの英雄》だ。噂では義を重んじる男だと聞く。そんな卑劣なことはしないはず……」
「信じられませんな。むしろ、公爵との交渉にも関わったマッシア伯と話し合う方が良いのでは?」
 戦うか、降伏するか。参事会員たちが口々に意見を戦わせ始めた。
 シュリス市長は目を閉じたまま思案している。
 ――ギルド側は、夜明けまでに返答するよう求めてきたが……。
 彼は懐から金時計を取り出し、それを見つめたまま長い息を吐いた。


【注】

(*1)国から委任を受け、敵国の艦船を攻撃または文字通り拿捕したりする民間船のこと。したがって正規の軍艦ではない。小国であるゼファイア王国は、軍用の飛空艦をほとんど保有していなかった。そのため革命戦争当時、タロス共和国の艦隊に対しては、軍に代わって民間の飛空艦がゲリラ的な攻撃を行っていたらしい。だが実際にはタロスの商船もしばしば攻撃の対象とされたため、私拿捕船の活動と海賊行為との区別が曖昧になっていた面も確かにある。それゆえカルダインも海賊呼ばわりされているのだろう。


5 黒いアルフェリオンは反乱軍の手に…



 ◇ ◇

 その頃、ギルドの飛空艦隊――クレドール、ラプサー、アクスの3隻は、すでにミトーニア市を主砲の射程内にとらえ、空の高みに巨体を浮かべていた。
 ナッソス軍は飛空艦隊を失い、飛行型アルマ・ヴィオにも多大な損失を出したせいか、もはやギルド艦隊の行く手を阻んでこない。
 敵方の攻撃に備えて、ミトーニア市は照明を極力落としているようだ。そのため市街は闇に紛れ、上空から肉眼ではっきりと確認するのは難しい。ごくわずかに点々と灯りが見える程度だ。

 けれども《複眼鏡》の魔法眼にかかれば、漆黒の原野ですら薄明るく映る。
「完了だね……。地上部隊はミトーニアを完全に包囲した。あれなら子犬1匹抜け出すことさえ難しいだろうね。味方のアルマ・ヴィオの数は、それほど減っているようには見えない。大して被害は出なかったのかな?」
 地上の様子を報告するヴェンデイル。彼の口調にも余裕が戻っている。
 艦橋のクルーたちの士気も、ナッソス艦隊に対する勝利によっていっそう高まっていた。
 エクター・ギルドは、地上戦においてもナッソス軍に対して予想外の大勝を収めたようだ。もっとも、ナッソス軍の主力となる精鋭部隊は、城の防衛のために温存されたままである。今後も同様に勝ち続けられるとは限らない。
 艦隊戦および陸上戦での圧勝にもかかわらず、カルダイン艦長は厳しい顔つきを崩していない。否、むしろ昼間の戦闘のときよりも、彼の表情は険しくなっているようにさえ思える。
 その原因は――ナッソス艦隊との戦いの最中、ようやくクレドールに中継されてきた《ある知らせ》だった。
 口数少なく沈思する艦長に対し、特に返事を期待していないような態度で、クレヴィスが告げる。
「議会陸軍の大部隊に、たった一撃でそれだけの被害を与えるとは……。帝国の浮遊城塞《エレオヴィンス》でもなければ不可能な攻撃です。こうなると、反乱軍もステリア兵器を有しているとしか考えられませんね。ただ、その正体については目星が付きます。現在の我々の技術水準では、ステリアの力を持つアルマ・ヴィオを生み出すことは困難。そうなると……」
 微動だにせぬカルダインを見つめた後、クレヴィスはつぶやく。
 寂しげな、それでいて何かに吹っ切れたような声で。
「運命とでも言うのでしょうか。残念なことですが、どうしてもルキアン君に戦いに加わってもらわねばならない《理由》ができてしまいました。カルバ・ディ・ラシィエン導師の研究所から奪われた《黒いアルフェリオン》は、恐らく反乱軍の手に渡りましたね。成り行きによっては、最悪の事態もあり得るかもしれません」


【続く】



 ※2001年9月~10月に鏡海庵にて初公開
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