癌を知る!

2度目の乳癌闘病中。少しでも快適に長生きできるべく、
癌との戦い方・付き合い方を勉強していけたらな .....

最初の乳がん(1):診断前

2013-04-10 12:50:55 | 病歴・病状
父方ががん家系であることから、私もいつかは
がんになるのではないかと思っていました。

私の父の口癖は、「俺は50で死ぬ。」でした。
彼は父親を幼い時にがんで亡くし、彼の兄も若くして
がんで亡くなっています。そして私の父も
40歳後半でリンパ腫を患い、本当に50歳で
他界しました。口癖って怖いものです。。。

父は3-4年間、リンパ腫と闘っていました。
末期に入ってからは、恐らく自分でも覚悟はしていた
と思います。「50で死ぬ」と言っていたことを
後悔していたかもしれません。仲間と一緒に会社
を興したばかりで、もっとバリバリ仕事をしたかった
に違いありません。50歳はまだまだ若いです。

私は50で死にたくなんかありません!きっぱし。
孫達が生まれて、その子達が成人するまで生きるのが
私の夢です!これ、口癖にしておきます(^_^)

私の父が逝ったのは、彼の子供、私が成人した時でした。
私が大学生の時です。孫の’ま’の字も全然見えない
くらいの時です。でもまさにその時、私の右乳房では
がん細胞が増殖しようとしていたんですね。。。

26歳の時、右乳房にしこりらしきものを見つけました。
もともと乳腺がゴツゴツしている方で、数年前の
健康診断では線維腺腫があるだろうと言われていました。
右乳房のしこりも、乳腺線維腺腫のたぐいだろうと
思っていたのですが、どうも乳腺のゴツゴツとは違い、
クリクリしていた
んです。そしてそれは左乳房にはない

やっぱりおかしい。。。

ということで、大学病院の乳腺外科に駆け込みました。

外来の先生も触診ですぐにおかしいと思ったのでしょう。
すぐに色々な検査が始まりました。

マンモグラフィーでは1カ所に石灰化が見られ、エコー
でしこりが2つ見つかりました。

エコーの最中は、先生もとてもしかめ面をしていて、
タチの悪いがんなんだな、と予想がつきました。
すると、なんだか涙があふれてきて。。。

いつかがんになるだろうとは思っていたけど、
なぜこんな若い時に。。。理不尽ではあるけれど、
父(遺伝子)を恨みました。。。

そしてエコーの後に、先生からぽつりと、やっぱり
悪いものであろうと言われました。

最初の穿刺吸引細胞診で、一つのしこりはクラス5と
悪性決定。再度の穿刺吸引細胞診で、もう一つのしこりは
クラス2診断。その後、組織診(針生検)を行い、
浸潤性乳管癌 と診断されました。


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