日本裁判官ネットワークブログ
日本裁判官ネットワークのブログです。
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このブログは、日本裁判官ネットワークという司法改革について発言する現職裁判官メンバーと、元裁判官サポーターによる共同執筆です。投稿は各個人の見解であり、日本裁判官ネットワークという団体の公式見解などではありません。メンバーもサポーターも、種々多忙なため、なかなかうまく更新できませんが、どうか長い目で見てください。今後ともよろしくお願いします。



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gooブログの仕様変更により、広告が表示されるようになりました。ブログ記事の内容との関連性から、弁護士事務所の広告等が表示されるようです。申すまでも無いと思いますが、これは日本裁判官ネットワークとして選定した広告が掲載されているわけではありません。広告に表示された法律事務所を当ネットワークが推奨しているなどと言うことはありません。どうぞご理解ください。



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前回、少額訴訟事件について書きましたが、それに関連してもう一つ。
少額訴訟事件は、原則1回で弁論を終結して判決をしなければならないので、こちらも大変、緊張して法廷に臨みます。
少額訴訟は法律に詳しくない一般市民を当事者として想定しており、いくつかの定型書式を裁判所も用意しているのですが、それには限界もあり、結局、何が争点になるか明確にならないまま弁論の日を迎えることも少なくありません。答弁書を出さないまま、被告本人が突然、期日に出頭してきたり、あるいは期日までに法律上あまり重要とは思えない点について、当事者間で長文の準備書面のやりとりがあったり・・・。
今回も、法廷に入ると、自分がイメージしていたのは異なる方が出頭しており、少し動揺しつつも、審理に入りました。
最初に、少額訴訟制度の特色をわかりやすく説明し、被告に対して、少額訴訟で進めることに意義がないか確認します。被告もやはり一般の市民ですので、できるだけ噛み砕いて少額訴訟の利害得失を説明します。被告が戸惑いながらも「少額手続でやってください」というのを聞くと、こちらも今日、この回で解決するぞと覚悟を決めて手続に入ります。
訴状の内容を逐一確認し、提出された証拠によってどういうことがわかるかを説明し、被告の反論を聞き、何が争いになっているか、争いのない事実は何かを確認します。
今回は、なんと原告が証人を連れてきていて、調べて欲しいというので、それも採用して事情を聞きます。
10時30分から手続を始めて、争点を確認し、証人を調べて時計を見るともう11時20分。原告の請求原因事実が認められるとの心証に基づき、和解を勧告し、無事に和解が成立したのが12時ちょうど。
和解条項を双方に説明しながら書記官に口授し、裁判官室に戻ると、もうぐったりしてしまって、口をきくのも大儀なぐらいでした。
書記官からは「裁判官、粘り強いですねぇ」と感心されましたが、なんのなんの、逆にたった一人で手続を進め、90分で解決できたことが奇跡のようでした。少額訴訟なので、心証がとれれば、すぐに判決をしてしまっても良いのでしょうが、今回のケースはそれでは本当の意味での解決とはいえないような気がしたのです。
手続教示から始めて、主張確認、証拠の整理、争点の設定、人証調べ、和解勧告、二転三転する当事者の言い分を整理し、私の考えを説明し、利害得失を説き、紆余曲折を経た末に、思わぬところで合意成立・・・、双方当事者が向かい合って謝罪し、その場で和解金を授受して決着と。まさに、ジェットコースター並みの展開でした。たっぷり2時間のドラマといえましょう。私としては、最高裁の広報ビデオとしてそのまま使えるのではないかというくらい劇的な展開だったと思っているのですが、とにかく疲れました。
同僚の裁判官とも話していたのですが、少額訴訟や調停において、対立する双方当事者の話を聞くのは、本当に大変で、とても疲れます。さらにそのうえ、合意成立に向けて説得となると・・・・それが仕事だから当然なのかもしれませんが・・・・。
私は、通常の訴訟事件も、口頭主義を重視し、弁論準備手続を活用して時間をかけて双方当事者の話を直接、聞くようにしているのですが、実際のところ、これもかなり疲れます。聞くからにはもちろん、双方の主張や争点、それに関する証拠を十分に理解していないといけませんし、代理人弁護士や本人とのやり取りにも気を使います。直接、向かい合って話をすれば、人と人ですから、分かり合えるところも多いように思うのですが、なかには全く逆効果なこともあって・・・。
調停事件でも調停主任である裁判官は、終始、期日に立ち会うことは少ないようですし、弁論準備手続には消極的な同僚が多いです。事件数が多くゆとりがないということもありますが、紛争実態に深く分入れば分け入るほど、精神的にも肉体的にも「しんどい」ことが多いように感じます。「深淵を覗くとき、深淵もまたお前を覗いているのだ」ということを忘れないようにしなければなりません。
実際、期日の前には、当事者や代理人とのやり取りを頭の中で繰り返しイメージし、なかなか寝付けないことがあります。深淵に見つめられ、動きが取れない自分がそこにはいます。
そうした苦労の甲斐あって、事件がうまく解決できるととても嬉しいのですが、うまくいかないときは徒労感だけが残ります。
それでも、前を向いて進むしかないのです。


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大規模庁から異動してきた当地では、通常訴訟のほか、調停や少額訴訟など様々な事件を担当することになりました。
少額訴訟事件を担当するのは久しぶりなのですが、最近、和解で解決できた二つの事件を通じて、この手続のメリットを再認識しました。
一つは、残業代の支払いを求める事件で、既に労働基準監督署が是正の勧告をしていて、その一部を会社側は支払っていました。しかし、原告らは、会社が主張する固定残業代の控除が不当であるとして、残りの部分の支払いを求めて、少額訴訟手続を利用したのでした。社会保険労務士の司法委員と一緒に、証拠として提出された就業規則や給与明細、賃金台帳などを検討してみたのですが、様々な点で、会社の主張する固定残業代は認めがたいということで意見が一致しました。原告らは、労働基準監督署の方からこの部分についてはグレーゾーンであり指導が難しいので、司法の判断を仰ぐように言われ、自分たちであれこれと勉強して訴えを提起したようです。最近、大学生の娘もアルバイトを始めて、人生初めてのバイト代が口座に振り込まれたというので、給与明細はもらったのかと尋ねたところ、店長から何も貰わなかったということでした。それでは何時間働いて幾らもらったのか確認しようがないではないか、ちゃんと明細を貰いなさいと娘に言ったのですが、どうなのでしょう。娘のアルバイト先は一部上場の大企業なのに、やはり、学生バイトだとそういった扱いになるのでしょうか。自分の権利は自分で守るという社会勉強だから、店長に交渉してみるようにアドバイスしたのですが、まだまだ労働者が自分の権利を守ることは容易ではない実態があるように感じられます。結局、その事件では、固定残業代の要件を満たしていないという心証のもとで和解を勧め、原告らの請求をほぼ認める内容の和解が成立しました。
もう一つは、物損交通事故に基づく損害賠償請求訴訟で、原告は、相手方の保険会社が提示した過失割合に納得できず、色々と自分で調べて、少額訴訟を提起したようです。期日に出頭した被告には、保険会社の担当者がついて来ていて、法廷の外であれこれと打ち合わせをしていましたが、具体的な事故態様をほとんど考慮せずに、自分に有利な図に当てはめた過失割合を形式的に主張しているだけで、原告が納得できないのも当然だと思いました。保険会社も営利企業ですから、保険金の支払負担は少ない方が良いのでしょうが、やはりおかしな話です。損害額については争いがなかったので、損傷痕から推定できる事故態様は、原告の主張とは矛盾がなく、逆にそもそも被告は接触するまで原告車の存在にすら気づいていなかったことや一方通行の道路を逆走していることなどを明らかにし、さらに、双方車両の注意義務の内容とその違反を指摘し、裁判所が相当と考える過失割合(原告が主張する過失割合と同じ)で和解が成立しました。そして、驚いたことに、私が席から立つと、こちらが指示したわけでもないのに、被告が自ら立ち上がって「ご迷惑をおかけしました」といって原告に頭を下げ、手を差し出したのです。原告も驚いた様子でしたが、ぎこちないながら握手を交わしました(もともと、被告は争うことに乗り気ではなく、保険料が上がると保険会社から言われて、仕方なく応訴したようです)。
双方の事件で感じたことは、本人訴訟とはいえ、この種の訴訟で通常、提出される定型的な証拠が提出されていれば、少額訴訟手続本来の趣旨が十分に活かせて、1回の審理で十分に心証がとれ、解決できるということです。
そして、二つの事件で何よりも私の心を動かしたのは、原告本人たちの堂々とした、物怖じしない、落ち着いた態度でした。
残業代請求事件は、会社の説明に納得できない原告たちが、労働基準監督署の助力を得て権利実現のために自ら訴えを起こしたものですし、物損交通事故の事件は、保険会社の説明に納得できない原告が、調査会社等の資料を使って自分でも色々と調べたうえで自ら訴えを起こしたものです。どちらの事件でも、納得のできない不正義に対して、事実を明らかにし、法に基づく解決を求めるという原告たちの態度は、実に立派で、皆さん、それぞれよく調べて勉強なさっておられ、声を荒げて感情的になることもなく、まっすぐに私を見つめて、自分の思いや考えを、借り物ではない自分の言葉で語ってくれました。しかし、そうした方々も、交渉から提訴、弁論期日に至るまで、いろいろな苦労があったに違いありません(残業代請求事件の原告の一人は、赤ちゃんを抱いて法廷に現れました。)。私は、彼ら彼女らの語る真摯な言葉に正直、心打たれ、頭が下がりました。
こうした例は、少額訴訟手続本来の機能が適切に機能し、たまたまうまくいっただけなのかもしれません。しかし、社会的な地位や経済的な格差があっても、きちんと事実関係を裁判所にもわかるように説明し、法に基づいて自らの権利を冷静に主張すれば、裁判所は決して無力なところではないということが証明できたような気がして、法廷から戻る私の心の中は、自分なりの「小さな正義」を実現できる喜びで満たされ、廊下でひとり、小さくガッツポーズをとってしまうのでした。
ただ一人の声であっても、真摯に語られる正義の言葉には、真剣に耳が傾けられなければならず、そのことは、我々国民一人ひとりにとって、かけがえのない人生を懸命に生きる一個の人間としての尊厳と誇りに関わる問題である・・・」(司法制度改革審議会意見書より)


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最近、こちらから和解案を示して和解を勧告していた事件(交通事故訴訟)について、相次いで双方代理人の弁護士さんから、これを受け入れるという連絡をいただきました。
私は、交通事故事件を含む争いのある事件については、必ず弁論準備手続を行なって、双方の主張と争点を確認し、その時点で書証から認定できる事実を自ら口頭で説明し、双方に対して疑問点や立証方針などを確認するようにしています。簡易裁判所で、このようなことを行うのは珍しいようですが、こうした手順を踏む方が私自身はもちろん、代理人弁護士も安心するだろうと思っています。
そうして、法廷と異なる準備室で、膝を突き合わせ、口頭で議論をしたり、意見交換をすると、双方代理人との間にも、次第に信頼関係が生まれてくるように思います。
そもそも、出頭している弁護士は、あくまでも「代理人」であって、その事件を直接、体験したわけではありませんし、提出された証拠からどのような事実が認められるかを率直に話せば、そこは同じ実務家どうしですから、証拠に基づいて認められる限度での事実関係について、共通の認識を得ることはそれほど難しいわけではないように思われます。
法廷や準備書面の上では、激しいやりとりがあっても、こうした手順を踏めば、次第に解決に向けて共同歩調が取れるようになることが多いのではないでしょうか。特に交通事故事件で、そう感じます。それにいろいろな代理人と話をし、思わぬ本音や事件の背景を聞くことは、耳学問とはいえ、大変、勉強になります。
(私の尊敬する先輩の簡裁判事は、弁論準備手続によって、一つの事件の解決を目指す、裁判所と双方代理人による合同チームが作るのだと表現していました。)
そして、立証の最終局面、人証に至る前の段階で、裁判所から心証を開示して、和解案を示せば、それに乗ってくれる代理人も多いように感じています。
もちろん、最終的な裁判所の判断を仰ぎたい、つまりは判決が欲しいと言われる場合もありますが、その場合には、これまでの主張・争点の整理に従い、人証調べの結果を踏まえて、自分の判断を判決で示せばよいのです。きちんと争点整理を経ていれば、少なくとも争点を外したり主張を取り違えたりする危険はかなり減りますし、おおよそ結論は双方代理人にとって想定内のものになるので、判決をする側も多少は気が楽です。
今回、和解が成立した事件の一つは、反訴があって電話会議による弁論準備手続を数回重ね、被告の側が裁判所の和解案を受け入れるかどうかが微妙な案件だったのですが、被告代理人からも受諾の連絡が入りました。和解金の振込口座を確認するため連絡をすると、電話の向こうでは、原告代理人から安堵した声で「無事に和解ができて良かったです。裁判官の丁寧な、和解案のおかげです。」と言っていただけました。そう言われると、こちらも自分の考えによって、事件が解決できたことが嬉しく、弾んだ声で「いや、先生が、ご本人さんにしっかり説明し、ご理解をいただいたおかげです。色々、勉強になりました。ありがとうございました。」と返事をしました。
というわけで、懸案事項が少し減って、多少心が軽くなって「お盆休み」に入ることができました。
これからも、私は、こういう小さな喜びを大切にして仕事をしていこうと思います。


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 元ジャーナリストの山本祐司さんの訃報(7月22日死亡)が先日の新聞にでていま
した。ご存知ない方も多いかもしれませんが,山本さんは,「最高裁物語」(上下巻,
日本評論社刊)の著者で,同著は,山本さんが脳出血で右半身不随という不自由なお体
をおして,リハビリをしながら書き上げられたものです。山本さんは,毎日新聞出身で,
会社的には,先日当ネットワークで講演会にお招きした川名荘志さんの先輩に当たられ
ます。偶然かもしれませんが,毎日新聞社会部の活躍を目にすること多いですね。
 ところで,山本さんが,上記著書で日本記者クラブ賞を受賞されたころ,日本裁判官ネ
ットワークの前身であるコート21という研究会で講演をお願いしたことがあります。
ホームページ(http://www.j-j-n.com/)にも出ていますが,平成7年11月26日
 「第3回司法改革を考える裁判官の集い」東京YMCA会館での催しです。講演としては,
「最高裁物語」の苦労話等をしていただいたのですが,打ち合わせでご自宅に伺った際に,
毎日新聞時代の同僚の方と奥様が同席され,山本さんの努力と人柄を感じることができと
ても印象的でした。川名さんと同様,取材力と本の構想力に感心したのももちろんです。
 山本さんは,上記著書を出版されて後,「ルパン文芸」を主宰され,「障害にめげずに
文学を目指すプロ集団」の育成に尽力されてきたようです。詳細は,ホームページ(

 http://www.asahi-net.or.jp/~JF9T-TJ/#TOP)でご覧ください。

  山本さんは,脳出血で倒れられた後も,約30年間ご活躍されました。そのエネルギーに

 いつも脱帽していました。この度の訃報を目にして,ご冥福を心からお祈りするとともに,

 名著である「最高裁物語」を皆さんにご紹介しておきたいと思います。関心のある方は,

 是非手に取ってみてください。
 



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三島由紀夫著「美しい星」(新潮文庫)を読みました。
ちょうど、映画が公開されたようで、娘(大学1年)から勧められたのです。
まさか、三島作品を読んでいるとは意外でした。他にも「金閣寺」が面白かったので、是非読んでほしいと勧められました。
娘に寝る前に本の読み聞かせをしていたのは、幼稚園の頃で、あの頃は「泣いた赤鬼」とか「じごくのそうべい」「てぶくろを買いに」といった童話でしたし、小学生になると星新一とか、宮沢賢治とかを読んだということで話を聞いていたのですが、とうとう純文学を読むようになったのか感慨深いものがあります。
自分が読んでいない本を娘から勧められて読むとは思いもよらぬことでしたが、それだけ娘も成長したということで嬉しくもあります。
三島作品は、ちょっと表現が難解で苦手だったのですが、こんなものを読んで面白いと思っていたのか、ちょっと感心したと娘にいうと「お父さん、私のことをバカにしすぎ!!」と怒られました。
作品の後半は、主人公と3人の男との対話が続くですが、そこが一番の盛り上がりで、息もつかせぬ緊迫した応酬が続きます。最初、自分のことを火星人だと思い込んでいる主人公が滑稽で、ちょっとバカにしていたのですが、次第に気の毒になってくるというか、肩入れしている自分がいて、三人との激論では、思わず主人公を応援したくなり、それは娘も同じような気持ちであったようで、二人で盛り上がりました。こういう話ができるようになり、一人の人格として親子の関係が変わっていくのかなぁと思うとなんだか妙な気持ちになりました。
それにしても、内外の情勢はどんどん厳しいものになりつつあり、新聞や報道番組を見るたびに憂鬱な気持ちになります。SNSで流布する言論はどんどん過激になり、うんざりします。多数の横暴によって、少数者の権利が踏みにじられたりすることのない、表現の自由が尊重され、自由と平等な社会を守るためには、自分に何ができるのか、子どもたちにこれからどんな社会を残すべきなのか、あらためて考えていく必要があると思いました。


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以前に友人から勧められて読んだのですが、今頃になってちょっと思い出し、再読してみました。
<ランソのヘイ>をキーワードに、豊前環境権裁判をユーモラスに描く。庶民は濫りに訴えを起こすまじとの縛にたてつき、<ランソの兵>こと豊前義士の面々がくりひろげる珍無類の世直し大作戦(カバー裏面の作品紹介より)。
濫訴の弊というのは、民事訴訟や行政訴訟を勉強した時に、教科書に載っていた言葉で、一般の人々に勝手気ままに裁判を起こされてはかなわないということから、色々と制約を加えていることを一言で説明する用語です。
「実は日本政府は、庶民が濫りに訴えを起こすことに兢々としている。」なぜかというと、「庶民が軽々しく法律になじんでは、日本政府たるもの滅法やりにくくなるのだ。法律なんてもの、支配者だけが握って、一方的に庶民に適用してこそ、その権威秩序も保たれているわけで、庶民たるものがたやすく法律に手垢をつけ始めれば、こけおどしも効かなくなり、ひいては統治体制そのものの根幹を揺るがせるに至ること自明ではないか。」
「そこで日本政府が日夜それとなく腐心しているのが、庶民をいかにして法律から遠ざけ、とりわけ裁判所をこわい場所に仕立てあげていくかなのだと、ぼくには真相が見えてきた次第。しかも日本政府のその隠微なたくらみは着々と成功して来ている。あの重苦しい法廷演出は、まさに庶民の眼を眩惑畏怖せしめ、あそこにだけは近寄るまいという敬遠の気運を存分にはびこらせているではないか。」(いずれも同書10頁より引用)
うーん。この指摘に対して、どう答えるべきか・・・。
裁判員裁判への参加率が低迷しているのも、民事調停の利用者数が低迷しているのも、架空請求のような詐欺が横行するのも、その背景にはこうした敬遠の機運があるように感じられることがあります。
要するに、裁判になれば、庶民の生活用語は通用せず、難しい法律用語と面倒な手続で、自分たちの言い分など取り上げてもらえないという一種の諦観が多くの人にはあるのではないでしょうか。また、そういう諦観を仕方がないものとして、私たちは、多くの事件を「処理」しているところがあるのではないでしょうか。
簡易裁判所は、市民のための裁判所という設置理念があり、私はできるだけその理念に則って裁判を進めているつもりなのですが、こうした現実をみると、甚だ残念でなりません。
しかし、同書はあまり深刻な感じではなく、どこまでも「軽はずみ」でユーモアたっぷり、抱腹絶倒です。「リーガル・ハイ」や「HERO」のようなドラマがウケるのであれば、本書もドラマ化すればきっと面白いのになぁと思いました。40年も前の話で、今は絶版になっているようですが、お勧めですよ。
こういう本を面白いと思う自分は、裁判官には向いていないのかもしれません。


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信販会社の立替金請求事件は簡易裁判所でよく見られる事件なのですが、立替払で購入した商品には色々あって、業界やその背後の人間模様まで透けて見えることがあります。
立替払いで購入する商品のうち、一般的なのは、自動車なのですが、最近では、太陽光発電などのエコ関係の高額商品を購入している例も見受けられます。電気代は節約できても、そのための商品の割賦弁済ができなければ、意味ないよなぁとため息が出ます。
先日の業者事件の訴状には、請求原因に「商品;犬(トイ・プードル)」とあって、ちょっと笑いそうになりました。立替払代金は38万9000円。なるほど、ペットショップのショーウィンドウを見ているうちに、どうしても欲しくなって、でも手元にお金がなくて、それで立替払いの分割弁済でお買い上げになられたのでしょうか。
それにしても、自動車の場合、所有権留保が付いている場合、自動車を引き揚げて売却・換価して残債務を確定して、分割弁済の和解という解決が可能なのですが、犬の場合はどうなのかなぁ。犬に所有権留保がされたと仮定すると、被告は、ペットを引き取ってもらって売却・換価し残債務が減れば、煩わしさから解放されてむしろほっとするか、それともペットとの別れが辛くて引き渡しを拒んで、残債務を何としても支払うことになるか。命ある生き物を売り買いすることのジレンマがそこにはあるように思われます。
ネコを飼いたいと言い出した実家の母親は、ペットショップでネコを買うことを頑強に拒み、NPO法人を通じて、捨て猫の里親になったのですが、何となくその気持ちが分かるような気がします(ただし、ヤツは母親にだけ懐いている様子で、私がたまに行っても全く寄り付かず、猫カフェにいるネコちゃんたちと違って、あんまり可愛くないっ!!)。
以前、公示送達の疎明資料として、被告が住んでいたと思われる住居における、執行官の現況調査報告書の写しを提出してもらったことがあるのですが、その報告書に添付されている何枚かの写真には、被告が置き去りにしたと思われるトイ・プードルが写っていて、涙を誘いました。ドアを解錠して立ち入った執行官に助けを求めて駆け寄ってきたのでしょう。そのうちの一枚は、ドアの前で立ち尽くすトイ・プードルを正面から写したもので、犬の何とも言えぬ、切ない表情と置き去りにされた哀感を実に見事に切り取った絶妙なカメラワークで、報道写真としても使えるのではないかと思うような出来栄えでした。
その事件では、なるほど、被告は飼い犬を残して所在不明ということで、公示送達は無事に許可されたのでした。


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暑くなりましたねぇ。
都会にいても、夏になればセミの声を聞くことができ、季節を感じることができます。
私の暮らすマンションの公開緑地からも、盛大なセミの合唱が聞こえてくるようになりました。
セミは、鳴き声が大きいことを除けば、別に人間に危害を加えることもなく、人畜無害、小さな子供にとって格好の遊び相手です。
うちのマンションの前でも、毎年この時期になると、大勢のセミ捕りボーイズ&ガールズが朝から虫取り網を持ってワイワイと賑やかな歓声をあげています。
セミは、朝のうちは、低いところにいるようで、小さな子供でも比較的簡単に捕獲できるようです。
そういえば、私は小さい頃、田舎で祖父と初めてセミをとりに行きました。そして、自分が親になると、今度は娘と一緒にセミ捕りをしました。最初、大音量の鳴き声と大袈裟な動きを怖がっていた娘に、持ち方を教えると、だんだん慣れて来て、そのうち、近所の子供と一緒にたくさん捕まえてくるようになりました。一度、虫取りカゴの網が壊れていて、知らぬ間に、セミがマンションの部屋に逃げ出していて、朝、ジイジイと鳴き出してびっくりしたこともありました。
「とったぁ!」「**ちゃん、すごぉーい」「あっこにもおる!」「あー、届かへん」「**、これ持ってて」「あー、逃げたぁ」
窓を開けていると、セミ捕りをする子どもたちの興奮した声ややり取りが聞こえてきます。それは、いつの時代であっても同じで、実に懐かしくて、そうした声をこれからもずっと聞くことができる社会であってほしいと思いました。
(ちなみに、NHK教育テレビで放送していた「香川照之の昆虫すごいぜ!」は爆笑でした。続編を期待しています。)


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先日、JJNの企画で、「密着 最高裁のしごとー野暮で真摯な事件簿」(岩波新書)を執筆された川名壮志さんのお話を聞くことができました。
同書は、川名さんが毎日新聞司法記者として担当した最高裁のしごとを、中高生でもわかるような平易な文章で、しかも水準を落とすことなく、説明したものです。私も一読して、ぐいぐいと引き込まれ、「ああ、こういうものこそ、私たち日本裁判官ネットワークが出版すべきものだったのではないかと嫉妬すら覚えるほど」(司会;中村元弥弁護士談)、素晴らしい内容でした。興味のある方にはお勧めです。
川名さんは、同書のプロローグで執筆の動機について、次のように述べておられます(同書ⅳ、ⅴ)。
「最高裁って、下世話で知的で、ロジカルでウェット。」
「でも、そうした最高裁の面白さが、世間にあまり伝わっていないんじゃないか。伝わっていないだけならまだしも、曲解されたり、”最高裁は伏魔殿”みたいなイメージ先行型の虚像ばかりがはびこっているんじゃないかー。」
「それは、最高裁の「しくみ」が、あまりに世間に知られていないから。」
「世の中のあらゆるものは、しくみを知っていないと、その本来の面白さを味わい尽くせません。囲碁や将棋、スポーツ観戦だって、ある程度のしくみ(ルール)は知っていなくちゃ楽しめないでしょう。サッカーを観ていて、オフサイドのしくみを知っているのと知らないのとでは大違いです。」
私は、これは、最高裁のしごとにかぎらず、裁判や司法のはたらき全般に言えることではないかと思いました。
多くの人々は、裁判や司法について、学校の「公民」や「現代社会」「政治・経済」の授業で学びます。しかし、それはあくまでも受験のために覚えこんだ知識(三権分立とか、国民の3大義務とか)に過ぎず、実際の社会や生活で、そうした知識を実践する機会はほとんどないように思います。
しかし、裁判や司法に関する報道やニュースは毎日のようにありますし、現実の生活にも多くの影響を与えています。ところが、多くの人は、裁判に関わることもなく、そうした報道やニュースを見聞きすることはあっても、その本来の面白さや重大性に気づいていないように思います。それは、どうしてか?
「それは、裁判や司法の「しくみ」が、あまり世間には知られていないから」
「あるいは、裁判や司法の「しくみ」は難しすぎて、弁護士さんや裁判官にしかわからないものだと思っているから」
「また、裁判や司法は、自分たちのくらしには関係がないものだと思い込んでいるから」
「そして、知られていないだけならまだしも、曲解されたり、”絶望の裁判所”みたいなイメージ先行型の虚像ばかりがはびこっているんじゃないかー。」
裁判官は、実は「裁判」というゲームを進める「審判」のようなものです。私は、毎日のように、「法廷」という試合会場で、「当事者」というプレーヤーを相手に「六法」というルールブックを開いて、「裁判」を進め、勝敗を決めています。ところが、案外、世の中の多くの人は、裁判というもののしくみ(ルール)の大事な部分を勘違いしていたり、ご存じないのではないかと思うことがあります。
2020年には東京オリンピックが開催されますが、野球やサッカー、あるいはテニスに、卓球、フィギュアスケート、ラグビーなど、ルールに精通し、プレーの良し悪しを見極められる目の肥えた観客やファンが増えれば増えるほど、そのスポーツのレベルは上がっていきます。
できれば、川名さんのお書きになれた本のように、裁判や司法のしくみ(ルール)で、多くの人が勘違いしたり誤解している点を、毎日のように審判としてルールを使っている裁判官自身が、易しい言葉でわかりやすく説明したものが書けないものか。そうした説明によって、自分自身が裁判に関与しなくても、司法や裁判について、目の肥えた観客、ファンを増やせないものか。そして、そうした裁判や司法の良し悪しを見極められる目の肥えた観客やファンが増えれば、司法や裁判についても名プレーには惜しみない拍手と声援が送られ、怠慢プレーにはブーイングが巻き起こり、選手(法曹)や審判(裁判官)の技量や資質も向上していくのではないか。
川名さんの講演を聴きながら、そんなことを漠然と考えました。
川名さんに「もし、サッカーのオフサイドルールのように、これを知っていたら、裁判や司法のはたらきがもっとおもしろくなるのに、と思うようなしくみやルールはありますか?」と講演の最期にお尋ねしたのですが、実はそれは私たち自身が考えなければならない問題なのでした。


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下記本日の企画,是非ご参加ください。

           記

日本裁判官ネットワークの企画ご案内

「川名壮志さんの講演会」と「ファンクラブとの交流会」

日時:平成29年7月8日(土)午後2時から7時まで

場所:大阪・江坂「第1サニーストン・ホテル」 ☎ 06-6386-0001

  地下鉄御堂筋線「江坂駅」下車,最南端(新大阪寄り)の改札口を出て左へ,歩道橋を渡り(左前方にサニーストンの看板が見える),階段を降りると約50m先

日程: 午後2時から4時ころまで 川名さんの講演と質疑

         午後4時ころから5時まで ファンクラブとの交流会

       (以上の会場はホテル旧館「竹の間」)

        午後5時から7時まで パーティ 参加費用:一般3千円,法曹1万円

       (会場はホテル旧館「松の間」) 

川名さんのご紹介

 毎日新聞社の記者で,著書に①「密着・最高裁のしごと」(岩波新書),②「謝るならいつでもおいで」(集英社)があります。

①  は,最高裁詰めの記者時代に取材した著名な最高裁判決(DNA鑑定で嫡出推定は破れない,夫婦別姓を認めないのは違憲ではない,裁判員裁判の死刑判決と求刑越え判決を破棄)の憲法判断上の意義や問題点を,中学生にも分かる文章で書かれた書物です。分かりやすい文章を書くためどのような工夫をされたのか,そのための苦労話,本に書けなかった「本音」,最高裁判事や事務総局の人たちに接した印象などを聞きましょう。

②  は,佐世保支局勤務の2004年に,支局長の長女(小学6年生)が学校で同級生女子にカッターナイフで殺害された事件のノンフィクションです。少年事件報道に関する記者の考えを聞けるかも?

 ファンクラブとの交流会

ファンクラブの方々から,裁判所・裁判官に対する市民目線での素朴な疑問を出していただき,お答えしたいと考えています。

日本裁判官ネットワークは、昨年、平成司法改革の到達点を解説する「希望の裁判所」を刊行しましたが、読者対象を若手法曹や法曹志願者としたため、内容が専門的で難しいという意見が多数寄せられました。そこで市民にも平成司法改革や司法制度が分かる「希望の裁判所・市民版」の出版を考えています。市民の読者から「おっ!」と思ってもらえる回答のアイデアを得たいので、市民の目から見た司法についての素朴な疑問を寄せていただきたいと思います。 

平成29年6月26日 http://www.j-j-n.com/  

連絡先 090-6061-0830 ja9aev5117@i.softobank.jp ja9aev@nifty.com    小林克美

 



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北の大地で、「マチ弁」として活動された野島梨恵弁護士の日常とそこで出会った依頼者たちとの10のエピソードが綴られた「私の愛すべき依頼者たち」を読みました。
「くまちん」こと中村元弥弁護士が、すでに口上を書いておられ、屋上屋を架することになりますが、ご紹介を。
どのエピソードも興味深く、クスッと笑ったり、思わず考え込んだり・・・。やはり、口上あるように、ノジマ先生の独特のキャラクターが光っていると思いました。ノジマ先生、ステキです、「男前」ですよねぇ。
私はしがない簡裁判事で、最近、思い悩むことも多く気持ちも沈みがちでしたが、本書を読んで、随分と気持ちが明るくなりました。結局、私の悩みの大半は、簡裁判事としての仕事がどうにも表面的、皮相的な「事務処理」仕事のようで、実際の生身の紛争や当事者と関わることが難しい、限界があるということが原因になっているように感じました。ノジマ先生のように「愛すべき依頼者」がいることは、色々と難しいこともあるでしょうが、そこはそれ、苦あれば楽あり、「No pain,No gain」ということでしょう。
どのエピソードもそれぞれ味わい深く、エピローグはまるで名作ドラマのエンディングのような余韻が残ります。オススメです。
ネタバレにならない程度に私の経験を含めて紹介を!
エピソード1
初めての刑事事件ーわいせつ図画領布罪
無修正の裏DVDのわいせつ場面を大量に見てげんなりするのは、女性であるノジマ先生に限りません。私が書記官なったばかりの頃は、裏ビデオでしたが、押収物の全てを再生して確認することになっていて、昼休みに、部屋で早送り再生しながら、その場面が出ると「よし」と裁判官が言って次のビデオにチェンジするという作業をしていました。ある裁判官から聞いた話ですが、2,300本の裏ビデオみて、もう辟易し、ようやく最後の1本を再生したところ、いきなりアンパンマンが現れ、全員がクギ付けになって、肝心のわいせつシーンがいつ出るかいつ出るかと固唾を飲んで見ていたところ、最後はアンパンマンがばいきんまんにアンパンチを食らわして飛び去ってビデオが終わってしまったとか。噂ですが、押収品の中に間違って事務官の子供用のビデオが入っていたとかいないとか(都市伝説です)。
私も令状事務で、ノジマ先生と同じように大量の画像をチェックしていて、ふと視線を感じると、少し気になっていた妙齢の女性書記官がまるで自分のことをを汚物を見るような目で見ていることに気がついて、慌てて他の記録を上に載せて隠したのですが、隠すとそれはそれで何かひどく後ろめたいような気がして、どうにもこうにもならなかったことが思い起こされました。
エピソード3
大麻取締法違反被告事件ーみいちゃん事件
あります、あります。この経験。勾留質問の時に、被疑者から切々とペットのことを訴えられたことがあります。私の同僚の場合、被疑者を勾留した結果、気の毒なことにペットが死んでしまい、それに激怒した被疑者から繰り返し恨み辛みや脅迫めいたことを書き綴った手紙を送りつけられる羽目になったようです。このエビソードのみいちゃんというのは、ペットの名前ですが、私が書記官の頃に立ち会った、外国人被疑者の勾留質問の際、勾留場所の通知先として「スナック・ミミのマユちゃんに知らせてくれ」と片言の日本語で何度も繰り返しいう被疑者に対し、定年間際の年配の簡裁判事が何度も何度も聞き返した挙句、「よしよし、わかったわかった、スナック・マユのミミちゃんやな」と言い返していて「ち〜が〜う〜だ〜ろ〜!」と叫びそうになったことがあります。
エピソード5
窃盗共犯被疑事件ーどろぼう夫婦の固い絆
これが一番、切ないというか胸に沁みました。刑事事件の独特の雰囲気と、真実とは異なることを関係者が皆が薄々わかっていながら、どうにもならないもどかしさ。オススメです。
夫婦共犯の万引の勾留請求事件があって、二人とも勾留したのですが、気になったのは子供のことです。多数の余罪があり、万引した物品を換金したりしているうえ、どうやら子供も関与しているようで、接見禁止もつけたのですが、子供に会えないと知った母親の方から散々、悪態をつかれ、実に憂鬱な気持ちで帰宅したことを思い出しました。
エピソード7
ある山仲間の離婚物語
依頼者と再会して、その後の幸せな報告を聞くというのは弁護士冥利につきるでしょうね。裁判官にはほぼあり得ない話ですねぇ。裁判官の場合、当事者とはまさに一期一会で、仕事で知り合った当事者と関係を持つことはちょっと想定できないですから。
私の場合、とある離島で勤務していた際、飲酒運転の略式命令事件において、罰金刑を言い渡した被告人と島で唯一の温泉施設で一緒になったことがあります。略式命令は書面審理で被告人と直接、顔を合わせることはないのですが、その人は、サウナの中で友達二人と「最近、飲酒でやられてよー」「ウソ、バカだなー」「罰金*万円だってよ」「あいた〜」「そんなの、払えるかってんだよ、バカやろう」「わはは」と大声で喋っていたのです。離島のこと、年間に略式命令など数件しかなく、私の方は、話の内容からどうやら、あの件だろうなと思いながら、素知らぬ顔で聞いていました。しかし、どういうわけか、彼が私の方をチラチラと見ているような気がします。まさか・・・、俺のことを裁判官だと分かって話しているのか、いや、そんなはずは・・・と思い始めるとなんだか気味が悪く、怖くなってきて、隙を見て一目散に出て帰ったことがありました。(翌日、同じ人が運転している車とすれ違ったような気がしました。あれっ、免停中ではと思ったのですが、いや、あれは他人の空似だ、人違いだと自分に言い聞かせました。フゥー)
 
結局、私たちの仕事というのはナマ身の「人間」を扱っているからこそ、大変であり、またやり甲斐もあるのでしょう。ところが、それが私たちの前に現れる事件となると、何枚かの書類、しかも数字と法律用語が羅列された無味乾燥なものに変換されてしまいます。そうなると、もう「処理」すべきものと認識されるわけです。しかし、その背後には実はノジマ先生がお書きになったような愛すべき「方々」が確実に存在するわけで、そうした事件記録の背後にある現実を私たちは日々の仕事の中で忘れてはいけないように思いました。


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日本裁判官ネットワークの企画ご案内

「川名壮志さんの講演会」と「ファンクラブとの交流会」

日時:平成29年7月8日(土)午後2時から7時まで

場所:大阪・江坂「第1サニーストン・ホテル」 ☎ 06-6386-0001

  地下鉄御堂筋線「江坂駅」下車,最南端(新大阪寄り)の改札口を出て左へ,歩道橋を渡り(左前方にサニーストンの看板が見える),階段を降りると約50m先

日程: 午後2時から4時ころまで 川名さんの講演と質疑

         午後4時ころから5時まで ファンクラブとの交流会

       (以上の会場はホテル旧館「竹の間」)

        午後5時から7時まで パーティ 参加費用:一般3千円,法曹1万円

       (会場はホテル旧館「松の間」) 

川名さんのご紹介

 毎日新聞社の記者で,著書に①「密着・最高裁のしごと」(岩波新書),②「謝るならいつでもおいで」(集英社)があります。

①  は,最高裁詰めの記者時代に取材した著名な最高裁判決(DNA鑑定で嫡出推定は破れない,夫婦別姓を認めないのは違憲ではない,裁判員裁判の死刑判決と求刑越え判決を破棄)の憲法判断上の意義や問題点を,中学生にも分かる文章で書かれた書物です。分かりやすい文章を書くためどのような工夫をされたのか,そのための苦労話,本に書けなかった「本音」,最高裁判事や事務総局の人たちに接した印象などを聞きましょう。

②  は,佐世保支局勤務の2004年に,支局長の長女(小学6年生)が学校で同級生女子にカッターナイフで殺害された事件のノンフィクションです。少年事件報道に関する記者の考えを聞けるかも?

 ファンクラブとの交流会

ファンクラブの方々から,裁判所・裁判官に対する市民目線での素朴な疑問を出していただき,お答えしたいと考えています。

日本裁判官ネットワークは、昨年、平成司法改革の到達点を解説する「希望の裁判所」を刊行しましたが、読者対象を若手法曹や法曹志願者としたため、内容が専門的で難しいという意見が多数寄せられました。そこで市民にも平成司法改革や司法制度が分かる「希望の裁判所・市民版」の出版を考えています。市民の読者から「おっ!」と思ってもらえる回答のアイデアを得たいので、市民の目から見た司法についての素朴な疑問を寄せていただきたいと思います。 

平成29年6月26日 http://www.j-j-n.com/  

連絡先 090-6061-0830 ja9aev5117@i.softobank.jp ja9aev@nifty.com    小林克美

 



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「迅速かつ効率的な裁判の実現を図るため、諸外国の状況も踏まえ、裁判における手続保障等総合的な観点から、利用者目線で裁判に係る手続等のIT化を推進する方策について速やかに検討し、本年度中に結論を得る。」(未来投資戦略2017(ポイント)p.29)
先般、内閣で閣議決定された未来投資戦略には、裁判手続のIT化の推進が盛り込まれています。
また、「司法のIT化ードイツの現状」という森下判事補の報告によれば、「ドイツの裁判所から紙が消える日が近づいている」そうで、2022年1月までに裁判所に提出される書面は全て電子化されるとのことです(法曹2017年6月号)。
私は、以前から、裁判手続は情報処理過程であり、裁判所は紛争に関する情報の処理を行う「情報処理産業」であると考えています。裁判所は、他の行政官庁のように、国民に対して給付サービスを行うわけでもないですし、国民に直接働きかける実働人員を持っているわけでもありません。裁判所は受動的な法原理機関であって、利用者が持ち込む情報(主張と証拠)から過去に生じた事実を再構成し(事実認定)、それに法規範を当てはめて一定の結論を生み出し(法適用)、その判断を結果と過程を含めて利用者に回答する(判決)というのが「司法サービス」の本質であろうと思っています。
そうすると、裁判手続は、情報処理技術の利用に馴染む面が多いと思うのですが、残念ながら、そうした観点から裁判事務のIT化を検討しようとする動きはあまり見受けられません。逆に、情報セキュリティの観点から個々の職員のパソコンからのインターネット接続は遮断されているし、不審メールの情報が毎週のように「回覧」されています。
回覧というのは、知らせたい内容の書いた紙を決裁板というものに挟んで机から机へと回し、自分が見たら名前のところにチェックの印を入れて、次の人に回すことを言います。不審メールの情報を知らせるメールを見る前に、不審メールを開けてしまわないようにと、不審メールの情報を知らせるメール本文を管理職がプリントアウトして回覧するのだそうです。私にとっては・・・・*以下略)
裁判所において、紙は「神」のようなものであり、裁判所法74条には「裁判所では、日本語を用いる。」とありますが、実は同条には隠れた第2項として「裁判所では、紙を用いる。」と定められているのではないかと思うぐらい、裁判所は紙(書類)にこだわります。裁判所は、紙(書類)に載せられている情報を電子データとしてシステムで管理することはあっても、情報自体を紙以外の媒体で受け取ることはほとんどありません。ですから、未だにファクシミリが主流であり、電子メールを裁判事務に使うことはないのです。紙(書類)=訴状などの情報を独自のシステムに入力して電子データ化し、さらに紙(書類)自体=事件記録とシステムの電子データの両方を併せて保管し、紙(書類)=債務名義に加工して当事者の元に届けるのですが、その手続の運営はあまり効率的とはいえないように思います。紙(書類)と電子データの2つによって情報が管理されれば、自ずと実体のある紙(書類)が優先されてしまうのは人間の本性というものでしょう。裁判所の仕事量は、実体として存在する事件記録(書類)の分量で測られているのではないかと感じることすらあります。
裁判手続のIT化に関しては、わが国は欧米諸国からも20年以上は遅れているのではないかと思うので、未来投資戦略2017の提言を受けての方策がどのようなものになるのかが、注目されます。


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