ふとんの中

トラブルは嫌いだが、考えるきっかけは愛そう。

初めまして

2017-10-17 19:03:28 | 日記
■仕事の告知とか。
■アニメーションの特殊効果とかメイクアップとか、マニアックな仕事をしている。
■絵描き、歌、作詞、デジタル粘土、とか。
■イラストリクエスト受付不可。

・サイト内の画像の無断転載はご遠慮下さい。
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進撃2期所感

2017-07-02 20:06:06 | 仕事
あー終わった終わったー。さて頭の整理。
いつも通り死なない程度にベストとベターを尽くした。
そして初めて中間管理職をやってみた。
人を育ててチームを運用する。自分の技術を継承し、一人ではできない仕事量を分散し、人を殺さず潰さず休みつつ働く。
楽しくやれたかって、正直わからん必死で。演技はいくらでもできるけど。

ツイッターで篠原信さんという農学の博士の方をフォローしている。実直で斬新、理のある視点、そして身の処し方を毎度唾をのんで見守っているのだが、本を出されたので読んだ。
自分の頭で考えて動く部下の育て方 上司1年生の教科書:篠原 信 著

この本を読んで最初はそのように頑張っていたけど、矢張り忙しくなってくるとそこまでうまくはいかない。
そんな単純にうまくいかないのは分かっている。だがなるべく休みを取ってもらい、体の維持に努めてもらいつつ、慣れない仕事に励んでもらい、彼らの良い点を褒め、何が良くないかを理解してもらう事に努めた。
そして自分のスタンスは、「出来ない事はよろしく頼む!」に変化していった。
これは最大の変化で、今まで完璧主義だったし自分がチェックし完璧に仕上げる事が最重要だったのに、他人が関わるということは、土台無理な話なのだ。
だからそこはある程度の許容値を超えたら手放す。
「手放す」は一人だと中々できない。人と一緒にやるからこそ「手放せる」。
人の評価なんて曖昧なもんだ。
「ここがあと少しだったのに~~」とか思いつめたって、人は簡単に褒めるし特に注目していなかったりする。
これが自分という繊細な部品の悩み所になるのだ。
だから結果がすべて。その時の時間と詰まり具合によって、70点だって納品する。
70でも90に見えるように状況判断して取捨選択する。

どこまでうまくいったかはわからないが、100点など取りたくもない。
60点取れていれば自分を許す。
生きて終えられた時点で超えらい褒める。
私が選んだ結果こそすべて。
それが120だろうと60だろうと、そうなったが最後、それがベストだったという事。

始める前に手伝ってくれる部下に、自分たちのメインテーマを伝えた。
「仕事に殺されるな。仕事と心中するな。自分を生かし維持しろ。」だ。
一生懸命族は自分を追い立てることが大得意だ。せっつかれなくたってやる。
そしてキャパを見誤りエネルギーの使いすぎで鬱になる。
大きな作品で頑張りたいのはいいことだ。野心があればそれもまた良い。
でも作品が終わっても自分の人生は続くから、自分が一番大切だって、そう言ったのだった。
それがちゃんと果たせたか、まずまずなんじゃねーだろうか。

精神面でも、何を餌に動くかが変化した。
今までは注目されたくて褒められたくて仕方なかった。欲求不満だった。
「こんなに頑張っているのに、誰も褒めてくれない。華やかに称えられてる人がいるのに自分は違う」って。
なんて子供っぽくて可愛らしかったんだろう。そして鬱陶しい。
なんだかそういう欲望は、もうどこかに行ってしまった。
仕事の目的は「芝居のエッセンスを如何に客に味わってもらうか」なので、注目されると逆に邪魔。
客の意識に先入観を与えてはいけない。
だから悩んだが、宣伝はしない事にした。そんな余裕もなかったし。

さて、知られない事はまた別の弊害も齎すんだが、それはお金だったり名前が売れないことにより評価されないことにある。
でも色んな事情により、それでも良いか、とも思う。お金に関しては言いたいことは山ほどあるが。

ストレスで顎関節症になったり痔になったりひどい疲れ目肩こり、デスクワーク病満載だが、風邪系は一度もやらなかった。
毎日マスクしてうがい手洗いしていたから、かもしれない。
風邪ひいてるのに会社に行かなければいけない状態は狂っているので、なるべくそうならないように健康管理はしっかりしていた。
それでもストレス性胃腸炎にはどうしても定期的になってしまう。
お菓子の馬鹿食いがそれの原因だ。
それについては別の記事にまとめようと思う。
作業中聞いていた動画、興味が広がったエリア、知った事柄で、私の精神はあっちこっちで、両立は結構大変だった。

微妙に本名がばれている状態や、仕事と分離できていないこのブログ、本当は精神側にシフトしたいんだけど、引っ越ししようか考え中。
もう戻れない所まで来てしまった。来るべくして来た。
趣味の時間がとれる仕事がしたい。

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ゆりかご論

2017-04-06 16:56:47 | 精神

引用させて頂きました。

そうかな?皆そんなに心が強いのかい?
現実を理解した上で楽しむなんて、そんな線引き出来るなんて、屈強な人間だ。
「オタクや腐女子は恋愛できないから代理で二次元に求めてる」
というのは明らかに第三者がヲタクを馬鹿にする・見下す発言なので、「現実理解した上で楽しんでいるに決まっているだろ」と反論するのは当然かもしれないが。

小学校から高校まで、果てや大学までか?
縋るものがなければ、キャラクターという神様位しか「私を理解してくれる人」なんかいないだろう。
私は恋愛できないから代理で二次元を求めたそのまんまのヲタクだった。
現実は苦しい。
・太り気味で弟から「おいデブ」と言われ、親からは「お前の背中は関取みたいだな」と言われる
・わき毛とかをどうしたらいいかも分からない。それを口に出すのはタブーのような気がする
・1階リビングでは私の問題行動の議論と悪口が繰り広げられるので、2階の自室に籠り本を読むことが全てになる
・1階に下りることが怖くなり、1階の風呂に入れなくなる。結果汚い。

結果、恋とは顔が可愛くてスタイルが良い人のもので、自分はそういった生き物ではない。だが心は求めるので、「分かっていますよ二次元ですね」という体裁をとった上で楽しむ。
だが私はその体裁を取っているだけで限りなく信じていた。

こんな人は結構沢山いると思うが(仲間いるよね?という願望)、現実に友達は居ないけど、本の中には沢山いるのだ。
共感して頷いて笑いあえる仲間たちが。

誰が何と言おうと、頭の中では本の中の人たちは生きているし、そこには二次元と三次元の乖離はない。
頭の中は自由だ。最後の砦だ。
侵略されきって疲弊した自我の、最後に自分を守るゆりかご。
その中にまで偏屈で不条理な3次元を持ち込まないでくれ。

苦しい思いをした人には、ゆりかごが必要な時期が必ずある。
日本という土地でこれだけ漫画とかアニメが発達したのは、皆がゆりかごを求めているからだと推測している。
ゆりかごと、「分かってくれる友達」。
そのスピリッツに耽溺したっていい。痛いと言われていい。
痛い時期は誰にでもある。
でもその痛い時期を「そんな次元で考えていません。2次元て理解していますから」と距離を取って楽しんでいると、大きな主語で宣言しないでほしい。

それ以前に「オタクや腐女子は恋愛できないから代理で二次元に求めてる」という大きな主語の決めつけから発展しているのだが、この発言は完全に頭の外の、さらに大外の部外者からの決めつけ。
でも結構当たっていて、それに傷つけられたくないからマウント取りながら反論しているように見える。

違うんだ。必死に生き延びようとしているだけなんだ。
本や漫画やアニメは、人によっては延命装置に相当する。
必死に生き延びようとする奴を嗤う奴は論外で、相手するに値しない。

かつて耽溺した世界が、私に呼吸をさせてくれた。
甘い世界があるから現実に立つ事に耐えられた。
死ななくて済んだので、やっと現実を謳歌することを覚え始めた。

外見をましに調整する程度には鏡を見れるようになったし、会話が不可能な人とは距離を置けるし、彼氏もできたし、話し合いで解決できるようになった。

私は今はアニメを仕事にしているけど、今興味があるのはミヒャエル・エンデやシュタイナー、ゲゼルとか。貨幣経済の謎とか四次元とか、そっちの方向のヲタクになりつつある。

趣味趣向が変わっても、私の友達、恋人になってくれたキャラクター達の事はずっと大切だ。彼らがいなければ死んでいただろうから。
彼らは存在するのだ。

忙しい最中衝動で筆が動いた。これは「愛が無ければ見えない」の範疇の話だな。うみねこのテーマ。
トイアンナさんのブログやtwは拝読しているし、厳しい状況から這い上がった上で、皆に脱し方を伝授しようとしている方なので、特にケチ付ける気はないのだが、魔法の考え方に対しては大分違う世界だな、と解釈した。

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進撃2期放映開始 PV2

2017-03-31 11:34:50 | 仕事
進撃の巨人でちょっと厨二な役職名を頂きました。
オープニングクレジットに載るというのはちょっと嬉しい。
何とか生き残ります。
キツイだろうけど、楽しく乗り切る。それが目標。

TVアニメ「進撃の巨人」Season 2 PV第2弾
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黒い胎児

2017-02-23 17:22:59 | 精神
前置き
エッセイが世に出てからある程度反響を頂き、あれは排泄物だったと気付いた。
ものすごく太く真っ直ぐな綺麗なうんこ。
自分の体験を消化しきり、エッセンスを血肉にして、人様に分かるように記す。
内部の微生物を分析する。
体験と思考を駆使して、伝達する。
もしかしたらフィクションもノンフィクションも、手続きが違うだけで皆、精神的排泄物なのかも知れない。
音楽も絵も文も。
人様の作品を排泄物というのはあんまりなので、生産物と呼ぶべきだが。
自分の作ったものに関しては体感が排泄物なのでそう呼びたい。
出してスッキリするもの。
といっても、まっすぐ綺麗なうんこを出すのも大変なことで、それはそれで良きことなのだ。


今回はかなりホラーファンタジーな表現が多いですがドキュメンタリーです。
ぶっ飛んでますが、ついてこれる方だけどうぞ。
これは10月の出来事でした。
5ヶ月も経ってしまったのか。
---
8月から、またしてもずっと仕事に忙殺されている。
そして密かにやりたいと願いつつ、ずっと見て見ぬ振りをしてきた事に向き合うと一時は思ったのに、また時間が取れず身動きできない状況に歯がゆく。

過食と不眠。過食は基本常にそうだ。仕事中常にもぐもぐしていないと気が済まない。
口の中の味を変える事で何かしている気になる。
「今私休憩中です!これ食べてるんで手を動かさなくてもいいんです!」という言い訳のために食べてしまう。これは慢性的にここ5年、仕事中常にある。
本当にしたいことをできない為に、代替行為で仮満足を得るだけだ。
だが最近はより酷いような気がした。
不眠は、寝つきが悪く中々寝られない。5時間程度で起きてしまう。
もっと寝ないと全然回復できない。でもどうしても朝目覚めてしまう。二度寝も難しい。
2ヶ月ほど、ずっとこんな生活だった。常に緊張している。

結果を出さなければいけない。
役に立たねばここにいる意味はない。
でもどうしたらいいか分からない。
分からないなりに道を示さなければならない。
どれが正解かは、自分が導き出さなけらばならない。
ないないないない。語尾は全部「しなければならない」。
この万力で締め上げた私の本体は死にかけた。

羊の満月だった。
部屋で1人の夜、急に泣き始めた。
体の中で、何か煮え切らないし出ても行かない、宿便のような物体がいるような気がしてはいた。
どうやったらこのモヤが晴れるのか。体を動かしても出て行かない。
料理しても部屋がきれいになっても、何か足りない。
違うんだ。
違うんだ違うんだ、とへたりこんで床をダンダンと殴った。
振動でPCのHDが飛んでブツッと電源が落ちた。
うずくまると滂沱の涙が流れた。
苦しい。理由も分からない。そんな風になるようなぱっと思いつく出来事もなかった。
いつもは悲しみに終わりが来ると知っていた。
悲しみの理由を見つけ出すだけの理性が常にあった。
でも違った。この苦しさはいつものとは全く別種の何かだ。
皮膚の裏側に黒い何かが張り付いていた。
私は私ではなかった。
黒い塊が目玉をぎょろっとさせて私を見ている。
いや、目玉をひんむいているのは私自身だ。
つまり私は内部から、皮膚の裏側に忍び込んだ何かに乗っ取られていた。
この部屋に誰もいなくてよかった。
私は怪物に変貌していた。
衝動の化け物のようなやつだ。知性はない。
そいつに乗っ取られた私の体は、只々悲しみを垂れ流すだけの装置と化していた。
だが苦しみだけは感じる。感覚はまだある。

いっそ物だったらよかった。
ペン、スプーン。水。水のほうがいい。水素でも酸素でも。そうしたら海の一部にも、雲にもなれる。
なぜ人間なのか。感情はいらない。苦しい。感じたくない。
だからもういらない。
人間はつらい。いやだ。いやだ。
心があるから苦しい、物だったら楽なのに、ただそこにあって許される、この何かしなくてはいてもたってもいられない苦しみ。

隣の部屋に住む人に助けを求めたかった。
部屋の壁を叩いて「頭がおかしくなりそうなんです!助けて下さい!」と。
そんな事は言えるはずもない。こんな近い場所にいるのに、実行したら狂人扱いだ。
隣人は他人だ。壁1つ隔てただけで、泣き声や私のうるさい歌も無視できる。それがたくさん集まって地上は孤独でいっぱいだ。
人は言葉と体でしか交わることができない。
頭の中を理解してもらうには、整理して提示しなくてはいけない。
この世では偽物と本物が混じり合って、どちらも消えていくのに、作ることは怖くて、意味が無いかもしれない。

いつまでもこの衝動と、床で、のたうち回る。そういう生き物になるのか。
動かねば。書く。その運動をほんの少しの理性がこじあけた。
どうしたらいいかも全く分からない。この感情は文字に書けない。
大混乱の渦で衝動しかない生き物は文字を書けない。
ノートとペンを何とか掴みぐしゃぐしゃとストロークする。何の意味も成さない。

それを続けていくと、少しずつ形を作っていった。
黒い何かに乗っ取られた私の絵だ。というか怪物の絵。

髪の毛から目玉が覗いてこちらを凝視している。
そう、こういう形なのだ。まさに今。
証拠を残せたことで少し落ち着いた。変わらず滝のように涙と冷や汗が流れるが、人間だから描く、書くことができる。
理性が少し戻ってきた。
太刀打ちできないほどの衝動だったが、理性こそ武器だ。それが杖だ。

お前は宿便のように私の体内に溜まっていた不満の因子か?

返答はない。
というより、明らかに意思があって生きていた。蠢いているのが分かるのだ。
排泄物にカウントできるレベルではない。
もっと大きな何か。

あなたは誰?

返答はない。
だがマグマのようなエネルギーの塊というのは分かった。闇だ。悪ではない、もっと根源的な。
子宮のさらにもっと奥のような、深海の崖の底のような。
こいつのエネルギーを、大砲みたいにぶっ放せる力があればどんなに楽か。でも出すには形を作らなければならない。絵でも歌でも文でも。
それがなんてもどかしい。
この衝動を理解してもらうには、人に理解できる形にしなくてはならないなんて!

だから私は歌の形がほしかった。
それが答えだった。
人の歌は麻薬で、擬似的に満たされるだけで、本当の望みではない。
オリジナルのうんこは出ていないわけだから、堆積した便秘が大変な量になっている。
いや、こいつを胎児と呼ぶならば、塞がれているのは産道だ。
胎盤の中で育ちすぎて、出口を見失ったまま、腹の中からドコドコ扉を叩いていた。

それが過食であり、不眠であった。
2人分の食料を食べることで、母である私に気づかせようとしていた。
朝早く起こすことで、不満を伝えようとしていた。

私の本性である胎児がやっと、外側を司る大人の私に認知された。
その途端、真っ黒で体を掌握しようと蠢いていた胎児は、シュルシュルと小さくなった。
「いらない子」なんて、辛すぎる。親にやられたそれを、自分自身に叩きつけてきた。

でも仕事が大変で、本当にやりたい事なんか中々できないよ。休日に時間とってもさ、疲れて。
だから胎児の存在は都合が悪い。居ない方がうまくいく。大人の立場なら特に。
歌は金を稼ぐのに役に立たない。会社員なら特に。

だから大人の大半は、深部の胎児を忘れて生きる人が多い。
居ないことにされた胎児が干からびて死ぬと、外骨格だけの空っぽ人間に変貌する。
胎児が外側の乗っ取りに成功したら狂ったりする。

あの闇の胎児を外に出して、形を与えないといけない。それが使命だ。
生活はしなければならない。でもどうにかやり繰りして。
外に出してあげたら、どんな表情を見せるだろう。

まだ実生活もままならず、苦しくて会社に行くのも時々嫌になるけど、それは自分で少しは変えられる。
難しい事だらけで、全部上手くやるのは多分不可能で、怖くて怖くて不安だけど。

「知らんがな」と「出たとこ勝負」が今のお守りだ。

端的に言うとお前の子認知しろ騒動だった。
暴れて産まれ出るのが羊の満月なんて、計ったようなタイミングだ。
形を作る。これをずっと模索していく。

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アニメージュ3月号/2017

2017-02-22 20:37:29 | 仕事
アニメージュ3月号/2017にインタビュー記事が掲載されました。
告知は私の仕事ではないが、頑張ってチェックした自分が気の毒なのでささやかに報告。
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進撃の巨人season2 PV

2016-12-29 01:35:04 | 仕事
TVアニメ「進撃の巨人」Season 2 PV 第1弾

進撃の仕事中です。
PVが出ました。
この中でも何カットかやりましたが、巨人を愛らしく気持ち悪くしています。
忙しぬけど殺されない、より活きる、生かすようにしていくのが目標。
部下ができたので、教えることで手一杯で自分の仕事が進まぬ進まぬ。
とてもやばいやばいやばばば。
放映は4月からですが、ひとまずPVをお楽しみ下さい。

進撃1期をやっていた頃はヤマト2199の仕事中だったんだよな。
そして3人と1匹暮らしだったんだ。
遠い所へ来たもんだ。

書き溜めてる記事あるのでまとめたいけど時間ない。黒い胎児について。いずれ。

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Sing streetと枕 普段と違う行動パターン

2016-10-12 01:47:52 | 日記
最近ポイントになった事象。
Sing streetという映画に心を打たれたこと。
⑵IKEAでHampdanという枕を買ったこと。


好きな映画は?と聞かれて困っていた。無かったからだ。今まで映画から何かを貰ったことは無かった。
でも満を持してこれが好き!これさえあればいい、と言える映画に出会えた。

9月はそもそも仕事で煮詰まっていた。
上映終わりかけで平日夜を逃したらもう見れなさそうだった。
なのに平日夜、早上がりするのか?仕事は全然進展していないのに?
以前なら絶対仕事を優先した。他人の目が怖いからだ。後ろめたさがあると信じ込まされていた面もあった。
だが知るか。終わってなくたって仕方ない。頑張ってるのに進まないのは、私のせいじゃない。
元々の設問が難しすぎるせいだ。だから知らない。そもそも残業時間だ。定時に上がるのに何の問題が?普段から死ぬほど残業している。残業の概念など最早ない。残業代なんて出ないし、時間をどれだけ上手く使うかだけが自分に関わってくる。
この思考に至るまで、罪悪感を捩じ伏せるのが大変だった。だが自分で行くと決められた。
この自分で決めると言うのがものすごく大きな進展なのだ。
たかだか映画に行く位好きにすればいいのに、そんな事も結構難しいのだ。

「シング・ストリート 未来へのうた」予告編

Sing streetは自分で決めて動くことの喜びを描いた作品。
見終えた後の幸福感が凄まじく、その後1週間以上は魔法にかかりっぱなしだった。
魔法は目を醒ますのにも使える。「私何やってんだろう感」。自分の時間をずっとずっと仕事に食われ続けている。
私がしたい事は全然できていない。その不満が呼び覚まされて、劇中の素晴らしい曲では消化しきれない。
進まない仕事との格闘は正念場。ぼんやりした自分の事は宙ぶらりんだが、動かしたい。向き合いたい。向き合うのは怖いけど。直視したい。

Sing Street - Drive It Like You Stole It (Official Video)

もっとも好きな持続魔法。曲が良すぎるのに、映像が一緒にないと足りない感じがする。こんな体験も初めてした。キャラクターが愛おしすぎるせいだと思う。

見終えてすぐ、サントラを買った。DVDも出たらすぐ買うだろう。この前立川で極音上映で2回目を見てパンフも買って、同監督の初期のOnceも見た。
映画にこれほど雷を打たれた事はなかった。2回目見た時も、仕事のストレスや疲労が吹っ飛んでいた。
心の栄養だ。ご飯より必要なものに出会えたのだ。
ここ2、3年、導かれるように必要としてるものに出会えている。転げ落ちそうで噛り付いて疲れていたけど、そうしなくても歩けると自覚できたようだ。そして安定した姿勢なら道に落ちてる宝を拾いやすいのだろう。


上のリンク、アマゾンで同じ物を探したら値段が高かった。立川では安かったのだけど。
今まで買い物の基準は耐久性、長持ち、だった。
家ではパイプの枕で、それしか知らなかった。旅館やホテルや人の家では違ったが、そもそも寝床が違うと緊張するし、自宅でしか安眠できなかった。
でもそれにも限界が来ていて、最近5時間以上寝れない。どうしても途中で起きてしまう。
5時間ではとても足りない。睡眠不足で体も凝ってるから、もっと寝なければ疲れが取れないのに、途中で起きたら二度寝も難しいし、何が原因なのか。
疲労が一定越えると寝続けるのも大変らしい。

久々に家具屋に行く機会があり、そこでマットレスを見聞していた時、付属の枕がえらくふかふかだった。
それがとても心地よくてびっくりした。
中は綿のタイプだ。どこまでも沈みこんで行ける。優しい。
パイプは硬い。頭の沈み込みには限界があって、「はいここまで」という冷たさがある。布団は個人の聖域だ。なのに硬さが現実を突きつけてくる。
もっとのびのびしていたい。会社で苦しんで帰ってきたのに、布団の中まで現実など見たくない。
その願望を叶えるのがふかふか枕だったようだ。
ある程度時が経てばへたるだろう。
だがそれがどうした。
堅実な買い物が一時の幸福を阻害するなら、それは意味がない。
金も大切だが自分の快楽が最も大切である。
何に対して堅実と言うのか、方向性を見失っている。
その時それがいいと思った。この刹那的快楽を求める心が意外にも大切だ。
特に先を見過ぎて「堅実」に振り回される真面目なタイプは。
だから今までだったらしない買い物をしたわけだ。

ここ4年ほど「普段ならしなかった」行動をしてみる事を繰り返している。
パターン化されてうんざりした日常を打開するには結構良い。
でも明後日の方向に行っては意味がないので、心の奥底でストップをかける声とアクセルをかける声を聞き分ける。
そのストップに「つまんねー、行っちゃえ」と微かにでも思えたら、それは進む価値ある分岐かも知れない。
勿論大怪我するリスクはある。だが自分で選んで進んで結果大怪我したなら、それは必然の怪我だ。そこからどう這い上がるか込みで必然なのだ。

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欠損が武器になる

2016-09-20 03:09:29 | 精神
ずっと書こうと思ってたけどタイミングが遅くなってしまっていたこと。

調和のとれた人格者が妬ましかった。
円満な人には絶対になれない。
私ができないことをホイホイ自然にこなしていく。
羨ましい。
その身についていない技術の習得に何年かかるのだ。
何年経っても無理な場合の方が多い。
他人だから。先天的に要素が違うから。

修復できない傷は欠損で、穴になるしかない。
穴どころか、バキバキに折れた欠片しかない。
もう絶望的なまでに埋まらない。
どのみち、埋めて張り合おうなんて無意味だった。
点線面でエッセイを書いてからそれが分かった。

本が出た後も私は他人を羨ましがっていた。
だが先生には「もうその欠片は、ナイフのように磨くしかない。だが鋭利になれば人を刺せるものが作れる。」と言われた。
そうか。人を射抜く方がかっこいい。そうなりたい。
自分の特長は、尖ること。刺すこと。一点突破。
そして恐らく私が羨ましがっている人も、私にはなれないのだ。

ナイフで何を作るのか。まだ全然分からない。
だがポジションは分かった。

それと、穴が綺麗という見方もあるそうだ。
それは友人から指摘された。
全くの盲点だったし、今でもまだ理解できていないが。
空洞の形なのか、それを見つめる姿勢なのか。
その友人の感性を信頼しているので、褒め言葉を受け取った。
よく分からないけど、信じるよ。そんな風に美しく見えることもあるって。
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『点線面』という雑誌にエッセイを寄稿しました

2016-07-17 19:09:00 | 精神
何の因果か、エッセイを寄稿しました。
早ければ今月18日頃から書店に並ぶようです。
■冊数があるお店8/16時点>都内(160824更新)
三省堂書店池袋本店、東京堂書店/神保町、株式会社ディスクユニオン(bookunion)/新宿、本屋B&B/下北沢、ナディッフ アパート/恵比寿、タコシェ/中野、ヴィレッジヴァンガード/下北沢
■それ以外>都内
オリオン書房ノルテ店/立川、くまざわ書店武蔵小金井北口店、くまざわ書店グランデュオ蒲田店、タイトル企画 (Title)/荻窪、くまざわ書店品川店、オリオン書房ららぽーと立川立飛店、丸善ジュンク堂渋谷店、模索舎/新宿、文禄堂AYUMIBOOKS荻窪店、SUNNY BOY BOOKS/目黒区、ブックキューム朝日新聞本社店/中央区築地、あゆみBooks早稲田店、かもめブックス/神楽坂、H.A.Bookstore/台東区蔵前、書原仙川店/調布市仙川、はた書店/中野区野方
とりあえず都内だけ載せてみた。
アマゾンにもおいおい入るそうです。


『点線面』
出版社:ポンプラボ
定価:¥1000税抜

雑誌、という形態で合っているのか。
お世話になっている安田弘之先生と、森下くるみさんの対談、植村一子さん、二村ヒトシさんのインタビューで、『ちひろ』『ちひろさん』について巻頭特集が組まれている。
面子でピンと来る方もいるかも知れないが、少数派であることが普通で、自らの精神のあり方を肯定できる面々だ。
自分の居場所がない苦しい人に生き方を晒して「楽になれ」と誘導する。
そういうエリアの住人であり、その中で数歩先を行くために指針となる。

ちひろシリーズはマジョリティの大衆向けではないので、大々的拡散はしにくい。
何かしら著者と共通項を持つ人がポツリと手に取る、魔術書の類だ。
にしても資本主義社会だ。知られないと意味がないし、あまりに死んでいく同志が多いので救済の手を拡げる動きが生じたのだな、と思った。

生きるのが辛い人は、住む場所がない。
淡水魚が海に住んでいたら。逆はどうか。
見た目は人間だけど、中身は違う。
生きるために必要とする環境は皆違う。
そういった、当たり前だけど共有されてこなかった知恵を封じ込めたのがちひろシリーズ。
そういった世界のルールを皮膚感覚で知っている、同じ世界の住人たちが共鳴しあうように組まれたのがこの特集のようだ。

巻頭で話をしている面々は、道を開拓している灯台だ。
自分たちが巡り合った事象から、旅をして、考えて、真理みたいなものにアクセスしてきた。
達した人達が次にすることは、教えることだ。

なんだかよく分からないなりに私も、道半ば、ということを書いた。
内容は「6年前から今に至るまでの出来事を、どう考え、どうなったか。」
身動きが取れず息が出来ないポジションからの脱出を、ちひろとの出会いに絡めてまとめた。

ペンネームは[いお]にしておいた。
隠すのもまた手間なので。

カバネリ終盤戦でゾンビ化していた所でこのお話を頂き、体がボロボロの為、迷いに迷って受けた。
殆ど人の来ないブログだが、こんな辺境を編集の方が見つけたというのがまず奇跡的だ。

放映終了後休みに入り、PCに体当たりしながら書いたのがこれだ。
休んでいない。
だが書く、描く作業は体術のような、ぶん投げて叩きつける作業だったので、仕事よりは楽しかった。
手が勝手に動いていたので、任せてほうっておいた。
中の子が泣いて唸りながら書いてくれた。
有能な子だ。疲労困憊なのにあんな衝動をひねりだせたのだから。

最終稿で特集全体を確認したら、皆クールに述べているのに、私だけ高熱でうわごとを言っていた。
浮いている。
だが「2年後は書けない。貴重な原稿だよ。」と先生に言われて納得した。
実物確認して誤字発見して(文脈乱れとるやんけ)若干凹んだが、自分にナイフを突き立てるような文章が書けた。
その点においては満足している。
そしてこのナイフはさらに鋭利に研ぐことが、生きる意味にもなりそうだ。

もし興味が湧いたらご一読下さい。

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