中国語学習者のブログ

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中国の泥人形(7)北京の泥人形

2021年06月22日 | 中国文化

張玉亭作「吹糖人」(吹き飴細工職人)

 

北京は長い歴史を持つ古都で、金、元、明、清など五つの王朝がここに都を置き、都の歴史は金代より起算すると700年余りとなります。ここは歴代王朝の政治、経済、文化の中心であり、悠久の文化の伝統と、多彩な民間芸術の成果が多く残されています。

 

封建時代末期、清朝政府は貴族階級の享楽を満足させるため、全国各地から職人を徴用し、宮廷内で働かせました。その中には、鳥かごの制作職人、木製玩具の制作職人、キリギリスやコオロギの飼育繁殖者、泥人形の制作職人なども含まれました。天津の「泥人張」の創始者、張明山もそうした職人のひとりでした。今日、北京の故宮博物院には、清代の玩具が数多く収蔵されています。宮廷に入った職人たちは、皇帝や宮中の人々の審美眼、趣味に応じて数々の創作を行いました。そのため宮廷の玩具は、次第に独自の芸術風格を形作るようになりました。しかし清朝末期、多くの貴族の子弟たちが権力を失い、没落すると、多くの職人たちは生活の糧を得る手段が無くなり、民間向けの玩具の生産に力を注ぐようになりました。おかげで宮廷玩具の繊細で精巧、華美で贅沢な気風が民間にももたらされ、北京の民間の玩具は、宮廷玩具の色彩をも備えるようになりました。そのため清朝宮廷の気風が、北京の民間玩具の独特の風格を生み出しました。当時、北京の民間の玩具の販売経路は三つありました。

 

①北京城内の各地区で定期的に開かれる「廟会」(社寺の縁日)。白塔寺、隆福寺、護国寺など、北京の主な仏教や道教の寺院の「廟会」の開催時期は、一年を通じ決まっていました。

陳蓮痕は『京華春夢録』の中でこう書いています。

「都の寺院で市の立つ日は決められていて、毎月三日は土地廟、四日は花市、五、六日は白塔寺、七、八日は護国寺、九、十日は隆福寺である。」

こうした定期的な廟会は、1950年代中頃までずっと維持されていました。廟会では、玩具を専門に販売する屋台がたくさん並びました。

玩具を売る屋台

 

②街の通り沿いに並ぶ屋台と、街や横丁を天秤棒を担いで売り歩く行商人の両方がありました。玩具の売り方には様々な方法がありました。物々交換をする者は、銅や鉄くず、布や毛糸、ガラス瓶などの廃品を客が持って来ると、いろいろな泥人形や紙のおもちゃと交換しました。また「轉糖得彩」と言って、客はあめを買ってくじを引き、当たると景品としておもちゃがもらえました。また、あめや落花生を売りつつ、おもちゃも売るという行商人もいました。昔の北京では、あちこちにおもちゃを専門に売る店舗もありました。例えば、東安市場の「耍貨劉」(「耍貨」shuǎhuòはおもちゃのこと)、「耍貨白」は、何れも「耍貨舗」(おもちゃ屋)と呼ばれました。

 

③春節の「廠甸」chǎngdiàn。昔の風習として、毎年旧暦正月の一日から十日まで、和平門外瑠璃廠に、お正月の人出を見込んで大きな縁日が立ちました。これを「廠甸」と呼ばれていました。(この土地は、宮廷の瑠璃瓦を焼く瑠璃窯があったところで、瑠璃窯の前に広い空き地があり、この空き地に市が立ったので、「廠甸」と呼ばれました)「廠甸」の期間中、北京市内や北京近郊、河北省各地のおもちゃ職人たちがそれぞれ自分たちの製品を市に並べました。様々な泥人形や、おもちゃ類が、「廠甸」に並ぶ商品の呼び物でした。

 

北京城内に、こうした玩具の販売市場があったことが、民間の玩具の普及と発展に良い環境をもたらし、玩具職人たちの創作活動を促しました。

 

北京の泥人形は、その題材と機能で分類すると、大きく四つのカテゴリーに分けることができます。

 

一番目は実際の生活を反映した作品です。このカテゴリーの人形は、北京の市井の生活に取材し、北京の人々の衣食住や生活の各方面を描写しました。玩具市場でよく見かける馬車のおもちゃは、昔の北京の交通手段を描写したものです。1950年代以前は、北京城内では荷馬車、乗用馬車が盛んに使われ、荷物も運べるし、客を乗せることもできました。専ら客を乗せる馬車の場合は、客室、幌があり、客室内には敷物を敷いた座席が設けられ、昔の北京の主要な人の輸送手段でした。泥人形の作者はこうした生活の実態に基づき、簡潔に生き生きと造形をしました。馬車の車輪は型で抜いて成形し、その他の部分は全て手で捏ねて作り、馬の四本の足は針金や竹ひごで代用し、生き生きと真に迫っていました。色彩には黒い石灰、濃い褐色、群青を多く用い、含蓄があって重々しく、作者の深い芸術的な造詣を表現しました。今日こうした泥人形は、芸術的価値以外に、現在の人々が昔の北京の生活を理解する上での形ある資料ともなっています。

馬車に乗る人

荷馬車を牽くロバ

 

実際の生活を反映した泥人形の中には、生活習俗に取材した作品もあり、例えば、「嫁取り」、「死者の出棺」、「馬に乗る人」、「ラクダに乗る人」などがあります。「嫁取り」は数十人の小さな泥人形で構成され、馬車、執事、花嫁を婚家に送る隊伍が揃っていて、それぞれの人形の大きさは3センチくらいで、個々の人物の造形は簡略化されています。長方形の粘土片を小刀で切って両足にし、粘土を球状にしたのが頭で、ひとつひとつ捏ねたら、それぞれ必要な持ち物を身に付けさせ、衣服を絵具で描き、順番に配置すると、全体はなかなか壮観で、生き生きとして真に迫っています。馬に乗る人やラクダに乗る人も、昔の北京の生活を写したものであり、家畜の足や蹄は針金や竹ひごで制作しています。

婚礼の行列

婚礼の行列(その2)

 

泥人形の「三百六十行」(「行」は仕事の業種)も昔の北京の生活の縮図で、様々な業種の物売りの様子を粘土で再現したものです。おかずを売る人、水売り、布地売り、ワンタン売り(てんびん棒の一方に具材を入れた籠、もう一方にスープを沸かすコンロを担いだ)、散髪屋、糖葫芦(山査子飴)売りなど、市井の商人たちが表現されました。

冬瓜売り

水売り

糖葫芦(山査子飴)売り

散髪屋

 

1930年代、北京の玩具業界に新しい泥人形が現れました。当時のスター俳優に取材し、3センチあまりの小さな人形を作り、彩色して顔に眼や口を入れたら、全体に白蝋を塗り、人形4、5体を一組にして屋台に並べ、子供たちを招き寄せて販売しました。人物の造形はアニメの人物のように作られ、俗に「滑稽人」と呼ばれました。こうした小型の人形は全て型で作られ、人形の頭は針金で体に取り付け、頭部は動かして向きを変えられました。

 

北京の泥人形の二番目のカテゴリーは動物や鳥、花や果物です。このカテゴリーの作品は主に手で捏ねて作られ、巧みで精緻で、妙趣にあふれています。作った小鳥は枯れ枝の上に取り付け、花瓶に挿して鑑賞できるようにしました。鳥はノゴマ、オガワコマドリ、カナリヤ、イカル、コウテンシなどで、それぞれポーズをとり、一羽一羽が異なります。また、稲わらで巣を作り、木の枝に取り付けたものもありました。こうした鳥の人形を売る商人は、鳥を取り付けた木の枝を束で持ち上げ、「花瓶付きだよ、花瓶付きだよ」と呼ばわって販売しました。また別の鳥の人形は木の枝に取り付けず、それぞれの小鳥の足下に粘土で台を作り、一羽だけで飾れるようにしました。また、何羽かの小鳥で組になっているものもありました。

 

花や果物の造形は北京以外ではめったに見られません。粘土で小さな植木鉢や金魚鉢、菓子盆を作り、それから蓮の花、蓮の葉、リンゴ、ザクロ、桃などの花や果物を粘土で作り、ホウキギや竹ひご、木の枝などで鉢や盆に挿し、色を塗ります。これは北京の人々の実際の生活の中の情景を再現したものです。

 

三つ目のカテゴリーは芝居の人物です。このカテゴリーの作品は、恵山泥人の「手捏戯文」とよく似ていますが、人形の大きさは小さく、人物は7センチ足らずで、2―3人で一組になり、芝居の一場面を再現しているので、俗に「泥戯出」と言います。よく見かける題目は、「二進宮」、「蘇三起解」、「三娘教子」、「白蛇伝」、「梁山伯与祝英台」などです。芝居の人物には、更に「高足踊り」と言って、春に行われる「花会」という行事の中で行われる、竹馬を付けて芝居や伝説の人物が練り歩く様子に取材したものがあり、人形二体が一組で、「文武扇」、「漁樵問答」、「売薬算卦」、「打鑼敲鼓」などの場面を再現し、祝日の行事の賑やかな雰囲気が表現されています。

張玉亭作「三娘教子」

高足踊り

 

四つ目のカテゴリーは、動くおもちゃ、音の出るおもちゃです。このカテゴリーの玩具は、子供がいじったり動かしたりして遊べ、音響や動作を伴うので、遊戯性や娯楽性が強い玩具です。よく見かけるものとして、例えば「猪八戒念経」は、型で作られ、人形は座っていて、右側に木魚があり、全体がつながっています。八戒の体は中空で、腕と下あごをつないだ後で取り付け、体の中に紐を通して下あごと腕を引っ張って動かします。紐を引くと、八戒の手が木魚を敲く動作をし、口がぱくぱく動き、まるでお経を唱えるようになります。「小鶏喫米」や「鴿子喫緑豆」は、三四羽の粘土のヒヨコがラケット状の木の板に固定され、板の中央に穴が開いていて、ヒヨコの頭は動くようになっていて、ヒヨコの頭の後ろに紐が付いていて、紐は木の板を通り抜け、それぞれの紐は板の下で一つにより合わさり粘土の重りにつながれています。軽く木の板を揺り動かすと、ヒヨコの頭はおもりの作用で都度おじぎをし、まるで米つぶをついばむように見えます。「小泥車」は粘土を捏ねて作った自動車、飛行機、汽船、戦車、砲艦、金魚などで、下には粘土の車輪が取り付けられ、車を引っぱると、車輪が回るので、俗に「小泥車」と言います。「小人鑚壇子」(「鑚」は潜り込む。「壇子」は壺)は、粘土の壺の口のところを一本の針金が貫いていて、針金の中間に粘土の人形が取り付けられています。手で針金をひねって動かすと、人形は回転し、壺の入口から人形の頭と足が順番に出て来て、あたかも壺に潜り込んだり出たりするように見え、滑稽でおもしろいものです。この他にも、「不倒翁」(起き上がりこぼし)、「叫猫」、「皮老虎」、「王小打虎」などがあり、何れも北京地区の伝統的な玩具です。

 

今日、泥人形の生産は、主に工芸美術品の生産工場や玩具工場によりなされています。伝統的な民間玩具は、室内のインテリア小物や旅行の際の記念品に変化し、時には貴重な芸術品に変化しています。

小鶏喫米(写真は木製玩具)

 



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