ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2018.2.3 気づけば如月、節分に想うこと

2018-02-03 20:46:50 | 日記
 1月下旬から続いた私と夫の体調不良で、気づけばあっという間に睦月は過ぎて、早くも如月となった。
 通院日後、体調の事も含めて少し。

 翌日木曜日は無事出張をこなした。お腹の調子は相変わらずで、長時間の電車やバスの乗り継ぎが心配だったが、毎食後ミヤBM錠を飲んでいることで、酷い下痢からは解放された。これまで食前に漢方2種、食後にはゼローダやらデノタスチュアブル、酸化マグネシウムやらドンペリドン等飲まなければいけない薬が沢山あったが、食前の薬がなくなり、休薬中ということで朝はロキソニンとミヤ錠のみ、昼夜もミヤ錠のみで、こんなに薬が少なくなったのはいつぶりだろう。なんだかちょっと物足りない感じだ。
 昼からは冷たい雨が降り、予報通り最寄り駅に戻ってくる頃には霙混じりの雪になっていた。

 金曜日。朝起きると予報通り雪が積もっている。家の前に積もったフワフワの雪は殆ど無傷で道がない。夫は決死の覚悟でリュックに短靴を背負い、長靴を履いて出勤した。私も早めに家を出て、転ばないように時間をかけて無事職場入り。それにしても寒い。
 1日フル回転で自席仕事。休暇や出張の影響でただでさえ仕事が溜まっている。繁忙期に突入したこともあり、目が回りそうに忙しい。とにかく集中して諸々こなし、ノー残業デーを達成。

 夫が宴会なので、スーパーで一人分のお弁当を調達して適当に夕食を済ませ、夫の帰宅まではビデオを見ながらウトウトして過ごす。まだまだいつもより疲れ易い。
 手の平の状況もそう簡単には改善されない。焼け付くような酷い痛みはステロイドのおかげで少し和らいできたが、指の腹の皮膚はゴワゴワと硬くなり、テカテカと赤い。指紋がなくなっているような感じ。水に濡れると余計に酷くなる。申し訳なくも食事の支度は夫にお願いである。
 唇はワセリンをベースにケナログ軟膏を塗ることで随分痛みが緩和されている。少し口角を上げて笑えるようになった。それでも朝はやはり出血して痛む。

 ようやく今日は土曜日、節分である。春よ来い、早く来い、とことさら厳しい今年の寒さの中で願いは切実だ。明日は立春だけれど、まだまだ厳しい寒さが続くという。
 ベッドの中で連続テレビ小説を視てからノロノロ起きて、洗濯干しを夫とともに。ゆっくり朝食を済ませてから、浴室リフォームの最終確認のため、打ち合わせに向かう。浴室は確認後、すぐに確定したが、それとセットで脱衣場と洗面のスペースの内装もお願いすることになっており、まっさらの中から天井、床、壁を選ぶことに。見本を見ながら浴室と合わせて壁はベージュ、天井は白、床は淡いグリーンに決定した。

 この団地に入る時は内装等全てお仕着せのものだったが、こうして自分で一から選ぶと、お風呂のリフォームのみとはいえ、なかなか大変な作業だね、と夫と言い合う。後は施工業者さんが事前に現場確認をした後、正式発注をして工事になる。

 その後夫と買い物の後、お散歩方々ちょっと離れたイタリアンでランチ。雪はそれほど残っていないので、足元も大丈夫。口の中の状況でなかなか熱いものが食べられないけれど、冷ませば大丈夫。食欲はお腹を気にしてちょっと控えめにしているけれど、こうしていつものように土曜日が過ごせることが嬉しく幸せだ。

 そして3週間ぶりにヨガスタジオへ向かった。まだ十分体力が戻っていない気もするけれど、座りポーズと寝ポーズ、マッサージメインのリンパリフレッシュのクラスだから、もし具合が悪くなっても横になってシャヴァーサナもありだな、と参加。満員御礼だったけれど、一番乗りだったので、お気に入りの場所も確保出来て、無事リタイアすることもなくクラス終了。マットの上で手をついたり足を踏ん張るのがちょっと痛かったり、イマイチ汗の出方は控えめだったけれど、久しぶりに身体を動かせて、本当に嬉しかったし、身体が喜んでいるのが分かった。

 そして夕食の後は、恒例の豆まき。夫が鬼のお面を被り、私が豆をまくのはいつもの通り。
 明日の立春、実は、私にとって大きな節目の日である。薄紙を剥ぐように少しずつ色々な不調が改善されますように。
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