とんでもないことが起きてしまった。
ラーの親しい友人、ウーポーが自殺してしまったのである。
彼女はわが家から10メートルも離れていないところに住んでおり、隣家の太っちょ氏の姉、以前わが家の大工助手として紹介したこともあるティーワンの母親にあたる。
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私が、そのことを知ったのは、オムコイに戻ってきた昨日の昼過ぎのことである。
ショック状態のラーによれば、ウーポーは前夜、いつものようにわが家にやってきて、具合の悪いラーのマッサージなどをしていた。
そのときは普段どおりの様子だったらしいが、帰り際に珍しくラーの健康や私たちの夫婦仲に関して長いお祈りをしてくれたのだという。
そして、昨日の早朝、従姉のメースアイが彼女の家を覗いて梁からぶら下がっている彼女を見つけ、真っ青な顔でわが家に駆け込んできた。
それからは蜂の巣をつついたような騒ぎになり、警察を呼ぶわ、村長を呼ぶわ、僧侶を呼ぶわ・・・。
弟の太っちょ氏は、ただ呆然として「家族はどこだ?」という警察の問いにも名乗りを上げることさえできなかったらしい。
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とっさに頭に浮かんだのは、南部に出稼ぎに出ている一人息子ティーワンのことである。
彼はまれに見る孝行息子で、毎月欠かさず仕送りをしている。
彼女は阿片吸引者で、決まった仕事もせずにぶらぶらしていたのだが、息子のおかげで食うに困るという話は聞いたことがない。
弟である太っちょ氏の田んぼでとれる米も、分け合っている。
おかずがなければわが家や近隣の家で食べることができるし、ときたま小遣いに困れば、わが家の草取りや薪割りなどを買って出てくれた。
だから、経済的な理由ではないと思う。
それならば、なぜ、オムコイを遠く離れて仕送りを続けている息子のことを考え、踏みとどまってくれなかったのか。
それを思うと、悲しみよりも先に怒りの方が湧いてくる。
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だが、ラーに言わせれば前兆はあったのだという。
このところ心を病んでいるような感じがあり、何度か死にたいと洩らしたことがあるのだそうな。
そう言われてみれば、酔っ払ってめそめそと泣き出したりすることもあったけれど、それはアヘンをやめるための更正所に入った後のことであり、また別の薬をやっているという噂も聞いていたので、それらの禁断症状でもあるのかと、さほど気にもとめていなかったのである。
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普段の彼女はとても陽気で、私によく「これは日本語でなんと言うの?」と尋ね、それを歌うように何度も繰り返していた。
ラーのやんちゃな振る舞いに対しては、「ナッケー(困ったもんだ)」と呟きつつ、私の顔を見ながら目を細める。
ラーの具合が悪いと聞けば、すぐにわが家にやってきて手伝いをしてくれるし、マッサージもしてくれる。
食後には、床に寝転んで一緒にテレビも見た。
私たちがオムコイを離れているときには、元気や雄太の面倒も見てくれた。
その彼女が、突然消えてしまった。
私は、とうとう棺に納められた彼女の顔を見ることができず、通夜もそこそこに引き上げて、ふとんにもぐり込んでしまった。
なぜか、悲しくはない。
ただ、わが家の台所に彼女の笑顔がないことを、ひたすらに寂しいと思った。
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親族たちは、本日の火葬を取り決めたようだ。
通常は、2~3日の通夜を行うのだが、自殺となればそれも仕方のないことなのだろう。
だが、急報を受けたティーワンは、まだ移動の途中である。
村にたどり着くのは、お昼過ぎになるらしい。
私は、どんな顔で彼を出迎えればいいのだろう。
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