福本城
福本城訪城記
平成26年4月27日(GW2日目・日曜日・晴れ)
城主;鳥屋尾満栄(1508~1577) 通称;石見の守 子;鳥屋尾右近将監が城代
住所;三重県松阪市飯高町福本
経緯;鳥屋尾氏は富永城を本城としこの福本城を出城の性格で造った。又、栃川城という臨時で造った城もあるという。
位置づけ;櫛田川の支流・福本川を遡り福本の集落を抜けた所の小さな神社や祠を過ぎてすぐ脇道に入る。
感想;林道の入口のような風景である。車を道の脇に止め歩き始める。
松阪市の遺産を網羅したリストにある地図を参考に探索するが一向に遺構らしきものが見えてこない。
少し開けた場所を見つけたがそこは先ほどの地図に示されたマーキングより既に行き過ぎた所なのである。
周辺を何度も見まわして石垣を一列見つけたがどうも雰囲気が違う。いやな予感がする。
下調べで検討をつけているもう一方の道から探索し直すことに決心する。
その場所から数百メートル上流の脇道に車を乗り入れる。坂を上るとそこはまた別の神社の駐車場のようだ。
神様に手を合わせてからリストにある地図をチェックする。ここは先ほどの谷底から見上げた小さな尾根に当る。
結局同じ場所だ。それならその地図を信用して徹底的に見直そう。小さな尾根を降りて先ほどの谷につく。
しかし何も見当たらない。どうも地図のマーキング位置が間違っているように思える。その位置はV字型の谷が
あるだけなのだ。むー。
ところでこの平坦地は何なのだろう。林道の終点で車の方向転換場所のような作業場のような気配だが!?
ひょっとしてこの平坦地が遺構?
もう少し冷静になってチェックしよう。
上から見下ろしたり、下から見上げたり。
おやっ、石垣かな!
平坦地の脇に石垣の一部が見えた。少しつながっている。これは遺構かも知れない。
谷底の小川にも石垣発見!!
こちらはかなり大がかり。よく見ると10mぐらいつながっている。
城というよりも居館跡の雰囲気だ。遺構かどうかも分からない。V字型の谷の底に城OR居館?
しかも大水が出たら危険な小川のすぐそば。
書物の紹介記事では遺構は不明となっている。
今回はこれで終わりにしよう。小さな尾根を上って神社の駐車場に戻った。
神社の境内が城跡という意見もあるが定かではない。
真っ赤なツツジの花が際立って咲いていた。
地図;
林道の終点の平坦地は林道ができる前からありました。林道は20年くらい前にできたものです。平坦地の神社では毎年春にお祭りがあるのですが、集落の高齢化が進み、歩いて山道を登ることがしんどいということで、自動車が入れる道を作ったのです。私が子供のころ(40年前)は歩いて神社へ行っていました。
明治生まれの私の祖母の話では、祖母の子供のころから神社の前は平坦だったそうです。