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経済学者。上武大学ビジネス情報学部助教授。1961年生まれ。日本経済に関する論評や思想史を専門にしている。エコノミストや経済本への率直な発言が評判。著作に、『経済論戦の読み方』(講談社現代新書)、『エコノミスト・ミシュラン』(共著、太田出版)、『日本型サラリーマンは復活する』(NHKブックス)、『平成大停滞と昭和恐慌』(共著、NHKブックス)、『沈黙と抵抗』(藤原書店)などがある。
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田中秀臣の「ノーガード経済論戦」
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 村上龍の『13歳のハローワーク』が好評だった理由のひとつは、職業自体の選択でしか著者の主観的な評価を表現しなかったことにある。現代の仕事のパノラマとしては、社会的に非常に高い評価を得、そして目覚しい売れ行きを示したのは、著者のこの種の禁欲的な戦略が成功したためだろう。それに対して本書はほぼ同年齢の読者を対象にしながらも著者の仕事への考えを吐露した書き方になっている。本書の巻末には全国の労働相談コーナーやジョブカフェなどの公的な機関の問い合わせ一覧がかなりの比重で掲載されている。

 本書が重視している視点は、「ちゃんといいかげんに生きる」という著者の標語に表れているように、自分のやりたい仕事を見つけることに焦ることはない、というものである。そして自分が本当にやりたいと思っている仕事は人に説明することができるし、また人の仕事への熱意ある態度を理解する上で、共感という感情が重要である、とも本書では説かれている。これらはそれなりに傾聴に値するだろう。


 しかし私は本書全体で、それはないだろう、という思いに何度も遭遇した。まず公務員や大企業の正社員とフリーターの仕事を比較して、前者(公務員や大企業の正社員)は雇用がかならずしも安定してはおらず、「不安定でもいいから、働きながらも変化すること自体を楽しんでみたい」人以外は、「ならないほうがいい」(34頁)と評価されている。他方で、フリーターについては、「よく、フリーターは正社員に比べて不安定だって言いますけれども、それだって本当かなあと思います」(35頁)とされている。

 仮に「安定」を収入の多寡や平均勤続年数、そして各種の社会的・企業内福祉サービスの享受から計れば、それは前者の公務員や大企業の正社員の方がはるかに恵まれている。例えば橘木俊詔の『脱フリーター社会』(東洋経済新報社)によれば、フリーターの年収別分布では199万円以下のものが6割以上、それに対して正社員はその割合が1割程度で、半数以上のものが300万円以上である。この収入格差がフリーターの7割近くが正社員志向になることをもたらしているといえる。著者の本書での姿勢はフリーターの実情を意図的に美化しているとさえいえる性質の悪いものに思える。

 さらにフリーターになって悩みことがあったら、「市町村の役場や区役所などに行くと必ず相談窓口がありますから、行ってみてください」(35頁)とあり、フリーター問題の丸投げである(相談窓口への丸投げ発言は本書に頻繁に登場する)。そしてこのフリーターの悩みの大半が自らの雇用状況の不安定性にあることを著者はまったく言及することはない。

 「結局、フリーターがいいか、正社員がいいかというのは、あんまり意味がないんです。二十代のとき。自分自身がどう働いてきたのか、他人に語れる何かがそこにあるのか、そんなことが、その後の人生を決めることになるのです」(135頁)という訓示も、その妥当な内容さえ、著者の客観的な分析を欠いた記述の前にはむなしいだけである。

 ところで著者のニート論やそれに刺激?されたニート対策について、私は自分の個人ブログに以下の文章を書いたが、ここに再掲示しておきたい。

ニート論の弊害

 「ニート(NEET)」は、Not in Education,Employment,or Trainingの略語である。英語からわかるように、教育、就業、職業訓練などをいやがり、何もしない若者たちを指している。イギリスではニートが社会問題化し、政府も積極的な対策を採用しているという。日本では、東京大学助教授の玄田有史氏がこのニートの日本版を提唱して話題をよんだ。

 玄田氏によると日本のニートは40万人ほど存在しているらしい。しかも97年以降、急激に増加しているという。わたしはこのようなニートの存在は、玄田氏のいうほど日本の若者の気質が変化したり、労働市場の構造変化のせいだとは思ってはいない。明らかなのは、ニートの総数とその変化率が、97年以降の不況の深化とともに急上昇していることからわかるように、きわめて景気循環的な問題から生じた「偽装的失業」の一種ではないか、と理解している。そうであるならば景気回復とともにこのニートは着実に減少していくかもしれない。

 しかし、先ごろ政府はこのニートがいままでの倍、約80万人超に膨れ上がったと公表した(内閣府「若年無業者に関する調査」(中間報告))。もしこれが本当だとしたら深刻な構造問題だろう。しかしその内実はかなり問題のある「数字操作」である。従来のニートにくわえて、この内閣府の報告では、いわゆる「家事手伝い」や「病気・ケガ」で治療中の人、さらには働きたいが職がないので待機している人たちまでも含んで定義されている。この拡張版「ニート」はいわば、求職意欲喪失者といわれる層を大きく含んで定義され直したといえる。

 例えば従来このような就業意欲喪失者は、景気循環的な要因と密接にかかわっていると理解されていた。例えばパートが不景気で働き先がまったくないのでもう万策尽きて家事手伝いをするケースが考えられる。同報告ではその実数ははっきりしないが10万人近くはいると思われる。もちろんこれらの「家事手伝い」層は、就業意欲がないわけではない。目前の雇用がないだけで、景気がよくなってパート労働者への需要が高まれば、非労働力人口のプールから労働力人口のプールへとでていくと考えられる。

 従来、このニート対策で考えられてきた政策は、公営・民間の就職相談所の活用や、さらにニート層への課税を行うことで労働や教育を受けることへのインセンティブを促す政策が提唱されてきた。もし今回のように拡張ニートに、そのような政策を適用すれば、明らかに間違いといえる。求職意欲喪失者への対策は、まさに景気対策である。この人たちに税金を課したり、公営の説教を垂れることでは決してない。このような政策対応の誤りは、いたずらに社会的なコストを増やしかねないだろう。

 また「ニート」という言葉が独り歩きしはじめ、実際の就職の場などで偏見や誤解を生み出しかねない。玄田氏らの著作をみると日本版ニートには「引きこもり」などの事例がともに解説されており、誤解と混乱を招きかねない。「家事手伝い」「病気・ケガ」「介護」などなどで就職をしていない人たちをすべてひっくるめて「ニート」という言葉で指すのは、新しい社会的な差別さえも助長しかねないだろう。

 他方で、やや皮肉な見方をすれば、このように倍増したニートに社会的注目が集まれば、この対策への予算の増額などの無駄な支出が監督官庁に発生するかもしれない。ニート対策よりも、対策の名をかりた官僚たちの増長がないか、そのチェックのほうがよほど大切かもしれない。
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