Loving Day

青春ファンタジスタ

映画『300』

2008-10-27 23:08:51 | 座標軸n的話
先日映画「300」を観た。

ストーリーは、紀元前480年スパルタ王レオニダスの元に、
大帝国ペルシアの使者が訪れ、スパルタに服従を要求する。
誇り高いスパルタ人であるレオニダスはこれを拒否し、
僅か300人の軍勢で100万のペルシア軍に打って出る。

とってもシンポー。


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この映画は公開当時映画館で観て、まずアメリカ人のナショナリズム高揚と、
引いては興行成績を狙ったかのような、なんとも言えないしょーもなさと、
鮮血の飛び散る様、そして全体的に原作がアニメの場合に感じる、
あの独特の雰囲気とでイマイチ残念な思いをした。

知り合ったばかりの人と映画の話になったときに、
この映画が最近観た映画で一番良かったと聞いたときにはかるく引きました。
アメコミが原作の、このクビが血と共に吹っ飛ばされてるマニアック映画が好きって・・。

みたいに。

実際映画の講評を見てみると賛否両論。
イラン政府はイラン人の先祖であるペルシア人を激しく冒涜したとして非難。

この映画を人類最古の歴史を持つイラン人の姿を破壊するものだとかなんとか。
ペルシア帝国があまりにも「悪の帝国」として描かれすぎていて、事実を捻じ曲げてるとか。

まぁ、そうだよね。確かに。

でもどんな映画だって悪者は「悪者面」して描写されてしかるべきよね。
最近だと反町隆が「蒼き狼」でモンゴルの英雄のチンギス・ハンを演じてる映画があるけど、
あれだって被征服民視点の映画があったとしたら、邪悪な蒼い狼の化け物になってたはず。

ただ、スパルタ人レオニダスが相対するペルシア人クセルクセス王、これは酷かった。
だってどうみてもアーリア人じゃない。
インド・アフリカ系のお顔立ちなのですよ。
んで体中ピアスとチェーンでぐるぐる装飾がしてある狂信的な王。
あははは、こりゃ怒るよな。


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いくら制作会社が「この映画は歴史的史実を描いたものではない」
とはいえ、愛国心の希薄な日本人だとて同じ事をされたら黙っちゃいないだろう。
もっと怒っていいと思うぞ、イラン人。


ただ何ヶ月か経っても印象的な場面が何度も頭の中に浮かんできて、
ついにDVDをレンタルして観てしまうというある意味すごい映画です。

視点を変えて「こういうものだ」と開き直ってみると中々楽しい。
あーだこーだ考えずに「絵としての体験」と捉えると面白い。


それにしても、ジェラルド・バトラー、まじかっこいぃ。

冒頭のシーンで、ペルシャの使者がスパルタを訪れて高慢な態度でレオニダス王に降伏を要請した際に
誇り高い民族であるスパルタ人は誰にも屈しないと、レオニダス王が使者を底深い穴に蹴落とすシーン。


『This! is! Spaartaaa!!』


ちゅどーん



このシーンが観たいが為に再度の鑑賞に挑んだとも過言ではない。

漫画だけにちょっと普通の映画とは違うような間合いとかスピード感、
それからスパルタ人たちの死を栄誉と考える戦闘に対する熱いpassion。

援護に来たアルカディア兵の職業が鍛冶職人だったりするなかで、
レオニダス王が自軍の兵に問うた時のスパルタ兵の間髪入れない猛々しい怒声。

散々冒頭文句を言いましたが、白状します。
案外好きかも知れません。


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この姿をした300人のスパルタ人が2万のペルシャ軍に立ち向かうのです。
いぃ体してます、さすが戦闘民族。サイヤ人もびっくり。

はっ
もしかして鳥山明はスパルタ人からヒントを得たのかな。


この映画を観た後は当時もそうだったけど、とっても歴史的史実を確認したいという衝動に駆られる。

例えば、本当にスパルタ人は300人で強敵ペルシャに立ち向かった戦闘はあったのか、
スパルタの文化はどのようなものだったのか、その後両国はどのような歴史的過程を辿ったのか、
だいたい日本ではどの時代にあたるのか、などなど。

全く私という人間はあんなにも世界史好きだったのにも関らず、
かなり曖昧な記憶しか残っていないというこの体たらく。

ということで、好奇心の赴くままおぼろげな記憶を頼りに、
この映画が題材にしているテルモピレーの戦いの背景や、
その後のスパルタやペルシアの動きについてはおいておいて、
スパルタについてちょろっと羅列。


☆スパルタについて

スパルタは紀元前10世紀後ごろ、ギリシア北方からペロポネソス半島にかけて居住していた、
先住民のアカイア人を征服、隷属下において成立した征服国家。

よく比較で出されるアテネは集住によって国家が成立したことを踏まえると、
そもそもの成立形成期において大きな差があるわけです。

その後、当時の都市国家の中でも広域の領土を領し、
都度先住民を奴隷(ヘロット)としておき、土地を耕してスパルタ人に貢納させた。

その国家構成は、1500~2000人のスパルタ完全市民(多分成人男子数)と、
国有の2万人の半自由民ペリオイコイ、そして5万人征服民である奴隷のへロット。

アテネにおいては、成人男子が3万5000人、個人所有の奴隷が10万人だったということと比べると、
いかに少数の完全市民で多数の奴隷を抑えなきゃいけないような統治体制にあったかが分かる。
だから市民皆兵主義が採用され、「強い」征服民族である必要があった。

スパルタにおいては生まれたときから篩いにかけられる。

まず0歳、部族の長老が新生児の養育を決定する。
親に決定権は無く、子供は国家の所有物、財産とされたのだな。
体が弱いなど「スパルタ人」として不適格とされた新生児は山の深い穴に遺棄された。
映画ではこの場面が非常によく描写されてました。

次に7歳、家族を離れて共同生活。
ただしこの段階では両親から完全には隔離されず親の世話を受けた。

12歳でいよいよ本格的訓練の開始。
肉体的訓練を通じ、服従と忍耐を徹底的に鍛えられる。
わざと食料を与えずに、ずる賢さと狡猾さをの訓練のため、ヘロットから食料を盗ませる。

18歳になると軍隊に編入されて非戦闘員として軍事訓練を受ける。

20歳で兵営常駐の主力軍になる。

30歳になると兵営を離れ、家庭をもつことが許される。
ただし、兵役義務、共同食事の義務を負う。
つまり、いつでも戦闘れでぃとぅーごぅ。

そして60歳になるとやっと兵役解除。
被選挙権がもらえる。

大変だぞスパルタ人。


一方、女性はどうだったかというと、
やっぱり丈夫な子供が生めるようにとスポーツに励む。

つまり、国家を挙げて兵士育成に励んでたという筋肉むきむきファクトリーだったわけ。
そりゃぁ、アテネでアリストテレスとかプラトンなど歴史的著名人が輩出されたり、
ドーリア式、イオニア式、コリント式の荘厳な建築物が生まれたのに対し、
スパルタでは何も文化が発祥しなかったわけです。

スパルタ人はいかに簡潔に物事を端的に述べる思考訓練も受けてた。
当時のスパルタに関する記録によると、スパルタ人が問いかけられた質問に対し、
短く要点だけを抑えた簡便な返答をすることに対し非常に驚いたとあるぐらい。

昭和の大ヒットしたキャッチコピー、
「男は黙ってサッポロビール」
そんな感じ。(勝手な想像)

とにかく、流暢に哲学だったり自然哲学を深く考察する暇なんて無いのです。

おーるうぇいず おーる れでぃーとぅー ふぁいと。


また、アテネでは女性は一生を家の中で過ごす一方で、
スパルタでは女性の地位が高かったみたい。

映画でもペルシアの使者がやってきたて向上を述べる際に、
レオニダスの横にいた女王が横から口をはさみ、
使者が「なぜ女が口を挟むのか!」と憤慨した際、
「スパルタの戦士を生むのは女だからよ」
と、毅然と言い放ってた辺りよく表現されてる。


因みにこの時代、日本ではまだ弥生文明さえ発祥しておりません。

縄文時代です。

あぁびっくり


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