小説部屋の仮説

創設小説を並べたブログだったもの。
今は怠惰に明け暮れる若者の脳みそプレパラートです。

赤熱のクリスマス   クリスマス競作作品

2010年11月29日 | 小説
私は妻が子を連れ、寝室へ向かっていくのをにっこりと落ち着いた笑顔で見送った。
「ほら、パパにおやすみなさいは?」子供も妻に少々せかされながらも、眠たく
あどけない顔をこちら「パパァ、おやすみぃ……。」とムニャムニャといった。
「ぁあ、おやすみ。良い聖夜を。」私もそれにこたえてた。
妻と子供は寝室に向かっていった。
そう、明日はクリスマス。ちゃんと子供の枕もとには靴下を吊るし、今頃、
クリスマスの思いを頭で楽しげに這わせながら、寝床につくころだろう。

私は安楽椅子に深くもたれながら本のページに目を通していたが、パチパチと隣で
薪を燃やした空気がふわふわ頬を撫でていくので、猛烈な眠気がまるで瞼を永久
磁石にしたかのようにしていくのを感じる。とてもじゃないが本なんて読めたもん
じゃない。すると、手元に丁度よくブランデーがある。これで最後にするかな。
私はそれを手にもちグラスに原液のまま、少々注ぐ。これくらいしなきゃ。

「私の分もお願いできる?」子供を寝かし終わったか、妻がやってきた。私は「勿論。」
と頷き妻にも同じように少々、原液のブランデーをグラスに注いだ。
私達はそれを乾杯して、口に含める。体があったかくとても幸せな気分だ。

「さてと、私達ももう寝ましょうか?」妻は顔を少々ブランデーで赤くさせながら、
私に向かって言う。そうだな、と私が言いかけたその時、ふとクリスマスに基づいた
面白い話を聞いた事を思い出した。
「いや、ちょっと聞いた話があるんだ。」私はそう言って、妻に語り始めた。

ある日、幸せな家族の元にサンタクロースがそりに乗って空から煙突に入っていった。
だが、その暖炉はなんととてもとても狭く、入り組んでいてサンタクロースはとても
入るのに苦労したようだ。そして、ようやく暖炉の中まで足を入れた時、火がもえた
ぎる真っ赤な薪があったということだ。それに暖炉には重い鉄の扉がついていて、
開かない。
どんどんとサンタクロースの脚からは火が伝っていったが、彼は家の中の人を起こすまい
起こすまいと必死に耐えなんとか暖炉を上ろうとした。が狭く入り組んでてあがれない。

次のクリスマスの朝、家族が暖炉を開けるとそこには真っ赤にくすぶって暖炉に立ったま
ま息絶えたサンタクロースが居たようだ。家族はサンタクロースに対して必死に謝罪をし、
フィンランドとロシアの国境、サンタクロースがすんでいるとされる街に、死んだ彼の灰
と遺骨を送ったんだ。その灰は、その街で1年後の聖夜にまかれたといわれる。
それからも、その家族のもとでは幸せな事が続いたようだ。

「夜寝る前に、ちょっといい話聞けたわ。さ、もう寝ましょうよ。」
妻はそう言って、私のほおにキスをした。私もそれにこたえ、キスをし寝室へ妻と向かった。

―次の日の朝。

子供は枕もとにあった自分宛てのプレゼントによろびはねまわり、外の光景を見てさらに
その喜びに拍車がかかっていた。外は真っ白な光景、白銀の世界だった。昨日の夜の内に
降り積もったのか白い雪は庭や車にふっさりとしとやかにかかり、空には雲の切れ目から
差し込む太陽光がまるで机上の空論などすべて無に等しくしてしまうような、圧倒的な
美しさと情景を持って差し込む。

その時だ。
「キャアアァァァアッ。」リビングの方で妻の叫び声が炸裂する。
私は子供を寝室に、まっていろ、といって残していきリビングへダッシュした。
叫び声からして只ことではないようである。彼女がこんな声を上げるのは家に大きな
ミッ○ーマウスが来たときか、私の普段のスーツに長い女性の髪の毛が付着するくらいだ。

リビングに入ると、妻が今にも失神しそうな顔で床に崩れていた。私はすぐさま近寄り
抱き起こす。そして、そこにいって私はすぐにその理由が分かった。暖炉の中には
真っ黒に焦げ付いた一人の人間の死体が直立不動で立っていた。

「あ、あなた……どうしましょう……サンタクロースが……?」
妻は今にも失神してしまいそうだ。だが、私は冷静に死体の横に手を入れる。なにやら
金属の箱を私は手に持ち、中を開けて、ああ、そうかと納得した。
私はその中から出した真っ黒な鉄の棒を妻の目の前に出した。

「気にする事はない、こいつは聖夜の夜に侵入しようとした不当な輩さ。
 まぁ、私達をおこさまいと声すら上げない泥棒魂は称賛に値するけどね。」
それは黒い鉄のバールだった。

私達は泥棒の灰を家の前に置いておき、立て札にはこう書いた。
「この家に不当にはいる者はこうなるぞ。」
この家には泥棒の来ない幸せな日々が続いたとさ。めでたし、めでたし。




<帝国の灯> 第9話 大空洞

2010年11月28日 | 小説
操縦席はようやく平静が保たれてきた。つい先まで言い争いをしていた
ベリーとダミアンは操縦桿を何処か神妙な面持ちと手つきで操作している。
すると今まで停止していた船がゆっくり動きだす感覚が、甲の脚を伝わって
きた。的確なリズムで震える床はじょじょにそのテンポを上げていくと、ゆ
っくりとフロントディスプレイから見える景色が動き出す。船が前進を始め
たのだ。

甲は薄暗い外を凝視する。すると、船の目の前にチラリチラリと揺れる一つの
赤い光が現れ、まるであんどんを持った夜道の酔っ払いの千鳥足のように
なんの規則性のなく光る。だが、甲が見ているとそれがじょじょに規則性を
持ち始めている事が分かり、さらにその光はあんどんのような丸い温かみのある
光ではなく、ケミカルライトのような化学反応で発光する人工的な光。

それが左、上、時計回りに一回転という規則的な動きを繰り返す。甲はその
規則を見つけて、胸の内にひそかに達成を感を覚え、自然に体が2つの操縦席の
間にすっぽり収まってさらに前のめりになりながら、窓から外の様子を眺めた。

「アッハハ、そんな乗りださなくてもいいんじゃない?
 もうティトーに入るよ。」
ベリーは興味津々で操縦席まで身を乗り出して、目を輝かし幼き童心に還る
甲にそう告げ、その声を聞いた途端、彼は自分がどこまで身を乗り出していたか
ようやくわかり、するすると操縦席の間から顔を鼻を出す程度にいたった。

規則的な動作を繰り返す赤い光が点って、数十秒たったであろうか、眼前の海に
浮くようにある赤い光は、突然点滅を起こしながら左右に分裂を起こす。まるで
アメーバが子孫を残す時におこす有糸分裂のようだ、ぴったり同じサイズの光が
左右に分裂していき、そのまま光は分裂を起こした方向へ広がっていった。

その広がりと同時にベリーは操縦桿を倒し、船は物静かで低い周期的なリズムで
トトトという軽いエンジン音を吐き出して波を切る。目の前のインドネシアの海は
もう夕陽もすっかりと落ち、視認できるような光は今や目の前の2つに分裂して発光
を繰り返す赤いランプらしいもののみであった。

船は波を切り静かに、静かにその2つの光の間にゆるゆると突き進む。とうとう、船首が
上下にささやかな運動を続けながら、二つに分裂した光と光のちょうど間にやってきた。
すると、インドネシアの海からこの船は船首を先にし、横から見るとまるで透明マント
をつかうマジックのようにスルスルと船首から胴体部、胴体部から船尾が、姿を消していく
ではないか。まるで赤い光から先がブラックホールのように。

そして、赤い点滅の光は船をのみ込んだのを確認した途端、また中央に集まり始め
不気味な金属と金属が接触するような、重い音がインドネシアの暗い海に鳴り響く。
まるで巨大な扉が閉まったように。だがそれも、一瞬で海の波のさざ波にもまれて
聞くものはいなかった。

……………………………………………………………………

「あ、あの……ここは?海の中じゃない……。」
甲は操縦室の窓から見える景色にある種の動揺を覚え、それを隠す事を出来ずに疑問の言葉
を口にしていた。彼にしてみれば突然、海のど真ん中からまるで大きな口を開けたクジラに
飲み込まれたようなものだ。それに景色は真っ暗、操縦席内の蛍光灯がなければ完全なここ
は闇だろう。うろたえるのも無理はない。

「驚くのも無理ないよねー。なんてったって、フフ、ここは秘密基地よ。」
そんな彼を面白がるように、ベリーはクスクスと笑いながら操縦席からこちらの方に顔だけ
覗かせて反応をうかがい、ダミアンは相も変わらず蒼白な顔面、ボサボサとした金髪セミロ
ングの髪すら微動だにせず、操縦席に腰を落ち付かせていた。

「まぁここは、いわば玄関ね。もうちょっと待って。」
彼女はそういいつつ、視線を船の操作版に落とした。その間に正面の窓から見える景色を、
甲は真剣な面持ちで観察することに没頭した。前はほとんど真っ暗。暗闇の中で凹凸も見る
ことはできない。そして、なにより水の音が聞こえてこなかった。インドネシアの美しいサ
ンゴを代表とするこの海の音色も、この無機質か自然かも分からない空間にはいるとそれす
らシャットダウンしてた。

わびしい思いに甲は浸っていると突然、ダミアンは何処ぞやの軍で使ってそうな真四角で
所々傷や錆びの入っている年季の入ったヘッドフォンを耳にかけ、タイプライターの連打
できそうな形状のスイッチを手元に持ってきた。そして不規則にみえる規則的な動きでそ
のスイッチを押し始めた。甲はそれに見覚えがある、モールス信号だ。

しばらくトントンツーツーいわせた後、ダミアンはふぅと息をついてヘッドフォンを操縦
盤の様々なメーターやアナログディスプレイがかさばる計器類の間に、器用にカタリと置
く。その瞬間、ダミアンのヘッドフォンを合図にしたかのようなタイミングで、船はガク
っと大きく揺れる。
「う、わ。」甲は突然やってきた衝撃に体を弄ばれ大きくバランスを崩し、思わず後ろの
扉の方へ倒れそうになった。しかし、そんな彼をナイスタイミングでしっかりと大きな手
が受け止め、バランスをようやくとれた。彼は後ろを振り向く。

「どっか掴っとけよ甲さん。これは降下用リフトさ。揺れもある。」蔵助であった。彼は
キャビンと操縦室をつなぐ扉を開けて半身出し、甲がバランスを崩さぬように肩を掴んで
笑いかける。
甲は「あ、ありがとう…ございます。」とモゴモゴしながら礼を言って、操縦室の天井に
ある何かを引っ掛けるようなフックにつま先立ちでようやく、つかまる。蔵助は大柄の体
をガタガタとゆれる操縦室に肩をぶつけながら、甲の横にたち彼の方を見て、何処か図画
工作で自慢の作品を完成させたかのような、子供のように無邪気な表情を送った。

え、なにごとか。甲は心に思いつつもニカニカした表情の蔵助を頬をひきつったような笑
顔で見上げた。それを待っていたかのように、蔵助はバシッと彼の背中をたたきながら
「そういや俺も久々なんだ。」と、気さくな声でだべる。

周りの音が一段と騒がしくなっていく。操縦席の窓からはつい先ほどまでは何も色を映す
事もなく、ただただ真っ暗で認識する事も出来ない画面が下から上へ、流れていくだけで
あった。しかし、今となっては下方からまるで、あふれ出る噴出前の間欠泉のようにしと
やかな光が差していた。だが、差したのは経った一筋の光だが甲の中では、神の導きとも
いえる神々しく、崇高な感覚さえ想起させる宗教的な光になりあがっていたのだ。

久しぶりの光、インドネシアの海から閉ざされた自由という名の光はたったの数十秒間の
内に、甲の中では列強のごとく凄まじいほどの名声を高めていた。彼の瞳に輝いてるのは
覗き窓から映り込む、スリッドを通した様なか細い光。
しかし、その光は次第に噴出前の間欠泉のようにゴボゴボと今にも音を経てそうな勢いで
、視界の上へ迫ってきており、例え音は出なくともまるで窓の外からやってくるな存在感。

「さぁ、コウ、私達の家よ」
ベリーの言葉と共に拓かれる明るい視界。それはすべてを受け入れ、同時にすべてを護っ
てきた様な圧倒的な空気が、ドっと、まるで地下深くから常に圧力をかけ続けられ、高温
にたっしたドロドロとした溶岩が、地中の裂け目から神々しいほどの赤熱を纏い、圧倒的
な存在感と神速のような速さをもってやってきたかのような勢い。それが甲の目に降りか
かった。その感覚に甲は押しつぶされる。

こんなことがあるんだ……。僕はこんな事をどんなに夢見ていたのかもしれない。この嫌
な嫌な枢軸らの帝国主義と、偽善な共産や自由主義が静かな対立をくりかえしの世界。そ
んな中で、”自由”という利権にはまらない戦う者達、レジスタンスは最高だ、最高だよ。
けれど、こんなことは夢にも見た事はなかった……。これは夢?夢なのか?

甲は心にそう、思いながら目の前に飛び込んできた圧倒的情景に感嘆の想いを募った。
それは、夢の場所、彼にはそう捉えられたのだろう。

操縦室の窓から見えるのは、巨大な光の満ちた空洞だった。大きいなんてレベルではない。
超巨大な地下空洞だ。降下リフトはとてもゆっくりだが、それが幸いして広大なこの洞窟
の全貌を、ゆっくりと甲は目に焼きつける事が出来たのだ。

天井近くからは太陽光でもとり込んだような巨大な光の束が幾本も重なってり、さながら
キリストがヨハネから洗礼を受けた際に、背後に天から差し込む聖なる光のような神々し
くとても神秘的な状景であった。その光の周りに何個かの古めかしいサーチライトが天井
近くに並び、それがその太陽光のような光の周りを包み込み散開させて、同時に日本で言
うと神宮球場などは2,3つほどスッポリ入ってしまいいそうなほど広大な洞窟内を照らし
ていた。

しかも、この洞窟はかなり高さもあるようである。優に50m以上はあるだろうか。そんな
天然の大空洞を見て、甲は感激の渦に巻き込まれた。自分の想像している秘密基地なんて
このようなものだろうが、事実はゴキブリや虫達の巣くうベトナムゲリラなどの地下生活
場のようなものくらいが現実だということを。だが、このレジスタンス、バーナードは異
質であった。何処を見ても洗練された、美しさがある。

「おーい、コ、コウ?」目の前の景色に感慨無量の彼に対し若干の心配しているような視線
を寄せつつ、半分笑いをこらえたかのような声で尋ねた。その声に、ハタと今まで自分が
外の光景を見ていてどのような表情をしていたか、想像する。きっと恍惚で、今にも何処
かへ飛び出ていってしまいそうな顔をしていたに違いない、と。甲はにわかに恥ずかしげ
に下を向き、おとなしくした。だが、目線は窓から見える巨大な明るい空洞にいってしま
う。それだけ深く感銘を受けるべきものなのであろう。

「まぁ、驚くのも無理ないわな。実はこの洞窟は天然もので、最初からこんな状態だった
 んだよ。これを発見したのは、甲、君の父さんさ。」
蔵助の言葉に、甲は振り向いた。父さんが、これを……?彼の心に一つの真実が植え付け
られた。食い付いた甲にたいして、蔵助は思い出すような難しい表情をして語り始めた。
「ああ、そうか、想像もできんよな。君の父さんは大学の地質学の教授だったらしいんだ。
 ある時は彼は論文でこのインドネシアの海には地殻変動により巨大な穴が何個もこの海
 の海底に、まるでドングリの中に巣くう、ゾウムシのごとく空いている、という説を提
 唱したんだ。勿論、そんなこと受け入れられるわけもなく学会で非難されたようだがね。
 そんな見放されそうになっていた君の父さんに、私達の前身のレジスタンス組織がスポ
 ンサーとして採掘作業に同行した所、見事掘り当てたってわけさ。彼は自分の説が嘘じ
 ゃなくてよかった、とそれだけで満足してたさ。全く無欲な人だった、よ。」
「まぁ、そのおかげでこの天然洞窟を基地に魔改造できたんじゃないの。」

ベリーの魔改造という言葉に少々、こわもての顔を破顔させ噴き出しそうにしながらも、
蔵助は感心したように言った。
甲は少し、両親の過去に触れて嬉しく思えた。両親は反政府運動、いわゆるレジスタンス
活動に参加したとして政府に連行、後は消息不明。おそらく政府により処刑されたと叔父
は言い、そんな両親に関しての情報は乏しく、叔父叔母も多くは語らなかった。
もしかしたら自分がレジスタンスに入ったのはもしかしたら過去の両親たちが、なんらか
関係しているかもしれない、そういう淡い期待があったからではないか。甲はそんな事を
不意に考え始めた。

その時だ、不意にワイヤーが急停止したようなギリギリという音と共にリフトが停止した。
甲が不意に覗き窓から前を見ると、いつの間にか視点はこの大空洞を下から眺めている感
じである。そして、ワイヤーが停止して十秒ほど経ったであろうか、ざばっというまるで
水が流れ込んでくるような音と共に、船がまるで下から救いあげられる不思議な浮遊感が
足元を襲った。その揺れがまた足元をぐらつかせたが、甲はなんとか天井のフックにしが
み付き耐える。そして、その後にやってきたのはもう懐かしいとすら言えるかもしれない
海を船が走る感覚であった。

覗き窓を見ると船は地底湖のような所を進んでいた。そして、50mほど離れたところには
簡単な港のような足場が組まれており、ベリーが操縦する船はそこへカタカタとエンジン音
をたてそこに向かっている。
船の揺れで窓から見える景色は揺れていたが、それがとても幻想的な景色を間接的に生み
だし甲の心をまたもやとらえる。遠くに映っているのはまるで小さな町がそのまま、建っ
ているようであった。簡素な港の近くにはちょっとした何個もの倉庫、その奥には人がす
めそうな家々。本当に空洞の中につくられた、”町”だったのだ。

船はあっという間に港につき、船は港に対して船体を横にして付けた。覗き窓から横の方
を見ると数人の男たちが、こちらの船を固定しようとロープで縛ろうとしているのが伺え
る。ロープがこちらから投げ込まれている所見ると、船上にはテドラデがいるのだろうか。

「さぁて、航海お疲れお疲れ。私達も降りる準備に取り掛かりましょう。」
ベリーは操縦席から腰を上げ、そそくさと操縦席から出ていった。ダミアンも同じく席か
ら立ちあがり手元にある何個かの荷物を小脇に持つと、むすっとしたような無表情で部屋
から出ていった。
甲は少し、心配になり同じように外に出ようとする蔵助を呼びとめた。彼は、ん?という
顔で振り向く。
「あ、あの……ダミアンさんっていつもああなんですか?僕とは全く接したくはない、
 ていう感じが出てるんですが……。」
「ぁあ、奴は人見知りが激しいんだ。ハハ、外見は怖くても中身はとんだチキンハート
 だろ?まぁ機会があったら話しかけてみな、ああ見えて結構気さくなんだ。」

その時だ。操縦室の扉がすっと開く。そこにはダミアンが立っていて、相変わらず無表情
だ。そして、呟く。「誰か俺の話してなかったか?」
心に張る一本の弦が張り詰めたような、意味の分からない緊張感がやってきた。
あの蔵助も笑顔が若干引きつらせながら。「ハ、ハハ、そんなわけないだろ。第一、今は
日本語で話してたのさ。」とあまり言葉を濁す事無く冷静に言う。

ダミアンは相変わらず変化の取りにくい無表情を微妙に崩す。その変化は本当に微妙であ
り、強いて言うならば皮肉を言うような少し切れあがった口のまわりだ。その顔で彼は
ボソリと、「チキンハート……悪かったな、コウ。」と呟いて、踵を返し操縦室から出て
いってしまった。
蔵助は甲の事をみて、ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。


<帝国の灯> 第8話 迎える門、入る矛盾  

2010年11月06日 | 小説
~お知らせ~

どうも、hiro1468です。
なんとこのブログ、本日で2周年でした。
この小説メインというなんとグダグダなブログを続けられたのは、
矢菱さんやヴァッキーノさん、藤哉さんや他の方々などの訪問が
あってこそだと思います。
これからもよろしくお願いします。
では、本編どうぞ。



外の赤い世界からキャビンに戻る。甲は突然の視界にの変わりように少々目を
眩ませながらも、椅子に腰を駆けて本を読んでいる蔵助の姿がおぼろげて入った。
「おや、甲さんよ。もうそろそろティトーに入るよ。」
「それがこのレジスタンスの……秘密基地?」
「ああ、その通り。操縦席にでも行っておいで。面白いものが見れる。」
彼はそう言って操縦席へ続く扉を本で指した。甲はチラリと、その時
本の題名を読む。”帝国鋭進党 党員心得”一瞬、彼はざわっと背筋が
寒くなるのを感じた。

帝国鋭進党といえば日本における今、政権を動かしている帝国民主党の次に
ついで勢力を保持している政党だ。なかには大物政治家も多数参加しており
かなりの大規模の政党。そして、帝国主義というところでは正真正銘の極右翼派
の活動団体だ。

「ハハハ、この本か?」蔵助は甲の視線に気が付いたか、気さくに笑って本を
ヒラヒラとこちらに振る。
「そういえば私の日本での職業、聞いてなかったかな?」
その言葉に甲は首を横に振る。そういえば聞いていなかった。

彼を最初、飛行機で視認した時はネクタイなしのスーツ、短いスポーツ刈りの
髪型にサングラスとどう見ても極道などそちらの道を極めた、暴力団の一員
くらいにしか見えなかった。というか狙っているのか、とすら甲は思った。
どうみても例のアレであったからである。

「鋭進党に所属してる、恐田締助という政治家が居るだろう?
 私はその……なんというか秘書、だな。
 実は昨日今日、それっと明後日までしか暇をもらって無くてね。
 情報を渡した後、もうそろそろ私は帰る事にするよ。」
彼はそう頭を書きながらどこか遠くを見ているような目つきで、言った。だが、
甲がこの短い時間内で幾度も見かけた、ふだんの堂々とした態度とは違う何かに
警戒したかのような蔵助。そんな彼に甲は疑問に思ったが、何も口には出さな
かった。いや、出せなかったというのが正直な気持ちだった。

「……そうだったんですか。」
「それはそうと、テドは何か言ってたかい?」
「…っ」
蔵助は突如、不自然に話の矛先を変えた。
そのとたん、甲は今までのテドとの会話が頭の中にまるで矢のように高速で
逆戻りされていく感覚を感じた。彼との会話は、まるで時間が止まったかの
ような妙な束縛感があり、その口調も幾戦をも乗り越えた戦士のようではなく、
まるでその傍を眺めていた観測者の様な淡々とした語り。
それらが相まってまるで濃霧にまぎれた煙かのように、すべてを巻き込んで
まるで一つの空間を創っていたかのようだった。

その中で脳内にこびりつく、テドラデの過去の凄惨な現実。それらと共に彼が
学んだ軍部から抜けて思う、レジスタンスという抗う者たちの存在意義。
彼は言った。
”俺はコウにも、知ってほしいんだ、みんなも。抗う者、っていうのをな……”

「……甲さんよ?」
「え、あ……。」だんまりの甲を蔵助が心配そうな顔で覗きこむ。甲は自分の顔が
今までどんな顔をしていたか想像してみる、きっと答案の回答に詰まったような
不自然な無表情だったのだろう。
自分の感情を否定するかのように、甲は自分でも少しおかしな笑いだと思いつつも、
その場をごまかすようなうすら笑いを浮かべながら。
「昔話を少し、ですよ。」と、おぼろげでいまにでもその言葉自体が消えて無くなりそうな
ほど、弱い弱い口調でかれたように言った。

蔵助は甲の事をまるで興味深い患者をみつめるカウンセラーの教授のように、ただ
無感情にじぃっと見つめる。甲は見つめることには慣れてはいない。日本にいたころ、
見つめられているというより、ああこいつか、的なただ認識のための無意味な目線や
非国民、というレッテルを張られた時の蔑むような冷やかな目線や、嘲笑の目。
そんなものばっかりだった。
今の蔵助の様な興味をもたれた様な目線、それは他人からは決して浴びせられる事のない
感激的な視線のはず。だが、甲はその目線を恐ろしい、そう思ったのだ。なぜか
あれを見るとすべて吸い込まれてしまい、心の深淵まで覗かれてしまう、そんなこと
ないはずなのにまるで精神科の様な状況はそれを想起させる。


蔵助は口を開く。だが、甲が予想した問い詰める声ではなかった。
「そうか、よかった。もう君も少しは馴れたようだね。
 正直、文化も違うし言語も違うし顔も違う。そんな人間と君はわたりあって
 いけるか……そう思っていたんだがなんとかなりそうだな。」彼は優しく言った。

甲は彼はきっとテドラデとの会話の内容を話させ、こっちの事を追及してくる
くるかと思っていたがあまりの反応に少々驚きを隠せずに、ぽかんとその場に
突っ立っていると蔵助はふいに甲の背中をばしっと叩いて、
「さぁ操縦席にでもいっといで。」という。

甲はそんな大きな心を持つ蔵助の心持に感激しながら、操縦席の扉を開けようと
扉の前に立つ。後ろでは蔵助の視線を感じる。彼はかなり体格ががっちりとした男だ。
それに短髪、顔もなかなかかなりの道に精通してそうなダミアンとは違った意味で、
恐ろしく極道の者の様な風体だ。
だが、その心根はそんな事を想起させる事が出来ない、いや想起させる事が許されない
ほど他人を思いやっているような感じだった。
(……ぁあ、僕ってなんでこんなみみっちいんだ。)
他人から蔑まれ、他人から嘲笑され、そんな生活を送ってきた自分にとって他人とは
警戒するものであり、決して受け入れるものではないはずだった。初対面でも
必ずと言っていいほど自分の生い立ちを知られれば、かかわってはいけない、と
認識されて上っ面の心で適当にあしらわれる。

しかし、蔵助はそんな人間とは違った。こちらのことをきちんと正面から認識して
くれて、この社会へ仲間として慣れさせようとしてくれた。レジスタンスの思想に
入れとは言ってはいない、間接的には言っているかもしれないが、少なくとも今の
自分の精神状態を配慮しての言葉を彼は投げかけたのだ。
不安と混とんという今、甲が思想的にも精神的にも、そして肉体的にもどこか不安定な
状況に置かれているという中、彼はこちらをリードしれくれるような声を投げかけた。
それがどこか嬉しく、そして心地が良かったのだった。
甲はほくそ笑みながら、操縦席への扉に手をかけた。


蔵助は操縦席へ入っていく甲の後ろ姿を、まるで懐かしむような眼で眺めながら
本をまた読もうと姿勢を整え、キャビンの机に肘を乗せる。天井ではランプがぐらり
ぐらりと揺れ、それに遅れて床も左右上下に揺れる。
彼は、ベリーにまるで懇願するかのようにお願いだから船をもう少し揺らさずに
ゆっくりやってくれと心の中で呟きながら、ページをめくるために指を動かした。
その時である。
不意にキャビンの床にある船底の格納庫へ通じる扉が開き、頭がそこから
ひょっこりともぐらのように出て、蔵助の方を向いた。

「……盗み聞きするくらいなら、ちゃんと前から聞いたらどうだい、テド?」
「そんなことするくらいだったら俺はぁ今から裸になって船底で一生過ごしてやる
 よっ……と。」
船底から頭を出して蔵助の事を見たテドラデは、そうふざけた口調でいいながら
体を器用に曲げて床の扉から這い出ていって、キャビンの床に脚を付ける。
そんな彼を呆れた様な眼で見つめる蔵助はパタッと本を机の上に置いて、
テドラデの方に体を向けた。その瞳は真剣なまなざしである。

「別に甲さんはそんなに君の事を警戒しているようには見えないと思うがね。」
「警戒……。俺はそうとは思わん。もっと複雑なもんだろう。」
「んじゃぁ、畏怖、か。ん?」
蔵助の言葉にテドラデはうつむいて、肯定とも否定ともとれるような動作をする。
彼の顔には陰りがかかり、その陰りは彼の甲に対する複雑な心境か、それとも
キャビンの中を照らす白熱電球の寿命がきて薄暗くなってきた2次的な作用か。

「畏怖……んまぁそうかな。多分彼は俺の存在を、レジスタンスそのものの存在に
 していたのかもな。だから、俺は昔話を少ししたのさ。我ながら、話す時は
 恥ずかしい思いがあったさ。ヴィヴァー爺さんに胸ぐら掴まれて、首絞められた
 事なんて後にも前にもこれっきりだしな。まだベリーに首絞められたことの方が多いさ。」
「じゃぁ、本当にお前はその昔話をしただけか?」
「ん?ぁあ、あたりめぇよ。レジスタンスの存在意義を説くほど、俺はえらくはねぇ。
 ただ自分で決めて、自分でレールを敷いて、自分で歩かなきゃ、こういうのは駄目だ。
 言うなれば俺は、そうだな……分岐点を与えてやった、のかな?」

テドラデは遠くを見るような眼で、手を力なく机につけだらりと上を向く。彼は
心底疲れ切って、まるで一回り年をとったようだった。そんな彼を案じてか、
蔵助は無言で席から立ち上がり、キャビンの隅に固定されてある戸棚から
スチール製のポッドからカップにオレンジ色の液体をドボドボと注ぎ、
それを彼に「飲んどくかい。」と言いながら、すっと手渡す。

「……ウォッカ?」
「それしかないんだよ。残念ながらね。」
「俺はグルジアのワインがのみてぇ気分なんでさい。」
「そうか、それなら基地にたんまりある。じゃ、このウォッカは
 私がもらおう。」
「……やっぱもらい。」
テドラデは口に運ぼうとうする蔵助の手からカップを半ば強引に、ひったく
ってそれを一気に飲み干す。すると、酒にはなかなか強いテドラデであったが
たった一杯で足元をふらつかせるような動作をした。

「大丈夫か?」
「……ぁあ、今日はなんとも調子の狂う祝福すべき日なんだ。
 そういうクラ、君は昔話はしないのかい?
 君の上司は、あれ、だろ?」
「時期が来たらな、彼にはまだ早すぎる。」
蔵助の表情が、ここで初めて曇った。

…………………………………………………………………………

操縦室の扉を甲は開け、中へ入るとそこにはダミアンとベリーが
話し込んでいた。どうやら熱い討論の最中である。
「―そ、でしょ。そんなの。嘘って言ってちょうだい。」
「残念ながらこれは本当だ。嘘じゃない。」

どうやら甲が入ってきた時、2人は修羅場だったようだった。狭い操縦席に
それぞれが座り、向かい合って操縦桿にも手を付けずに少々辛い口調で
室内ががんがん響く。
しっかし、なんでこんな恐怖顔面のダミアンとまさに紅一点といったベリーが
修羅場を繰り広げているのだろうか、甲は思った。そして、2人とも彼が入って
来た事には全く気が付いてはいなかった。そのうえ、この2人の恐ろしい剣幕と
ともに甲はその場で名乗り出る気も出来ずに、入口のところで突っ立っているほか
ただ壁の鈍い反射光とフロントディスプレイからの、動いている様子の見えない
海を眺めているほかなかった。

「ぇえ……そりゃぁないわよ。なんだって……あら、コウ君っっ。」
不意にベリーが操縦席の影から顔を突き出して、こちらを向いて突如現れた
救世主を見るかのような瞳で、じっと見つめた。思わず、たじろぐ。
「ねぇねぇ、あなたはさぁ。こんな事信じないわよねっ?」
「え……え。な、何を?」
「はは、彼がわかるわけないだろう……。」
枯れた様に笑うダミアンはまるで長年雨風にさらされた白骨のような白い肌を、
微妙にひきつらせて前方のフロントディスプレイの前に足をだらしなく伸ばし、
腕を頭の後ろで組んだ。

「イギリス軍で配給されてるパックの中に紅茶とコーヒーが2つ、しかも
 均等に入ってるなんて信じらんないわよねっ?」
彼女は真剣な顔をして、そう矢のように早い口調で甲に向けて言い、彼が
意味の分からない、という顔をしても今度はマシンガンの様な発音で、矢継ぎ早しに
問い詰めて言った。
「だってそうだったらイギリスのスパイがコーヒーも飲めるってことでしょっ?
 そんな、そんなのイギリス軍じゃないわよ。だってそんなことしたら、世界中で
 イギリスのスパイが蔓延っちゃって――」
「とりあえず、落ち付け。ベリー。」
見かねたダミアンが目を白黒させる甲に助け船を出した。甲は初めて彼に好感の
まなざしを向けたが、どうもその視線は透過されているようであり、甲の事には
あまり関心がないように見える。感謝の言葉を述べたい甲はただ、彼の蒼白な
横顔を見ることしかできなかった。

「だって……。」
「君がイギリス軍にどんな恨みがあるかは知らないが……まず、これ、だ。」
ダミアンはそういいながら、むっつりと頬を膨らませたベリーの目の前に無線の
通話機をもっていく。そのとたん、彼女の顔が急に真顔になった。その顔のまま
ダミアンから神妙に無線を受け取って耳元に持っていく。
甲の方からはなかなか聞こえないが二言三言会話を挟んだのだろうか、彼女は
その通話機をもとの無線機の所にもどして、またもや、突然甲の方を振り返る。

「これから基地、ティトーの中に入るわ。
 ふふふ、この窓からしっかり外見といた方がいいわよ。
 なんたってここには近年の技術の粋が集まってるんだからっ。」
彼女はいたずらっぽく笑う。その笑みは周りの闇にまぎれて、驚かす
小さなお化けのようにふわふわと甲の事をからかった。