京都4時間滞在記(その2)

2007年07月10日 | 日記・エッセイ・コラム

 今回出席する学会、日本消化器がん検診学会は、1962年に胃のバリウム検診を研究する日本胃集団検診学会として発足した学会です。

バリウムによる胃癌診断法は日本で開発されました。それまでは手術して開けてみるまでわからなかった胃の中が、バリウムを飲むことでレントゲン透視して見えるようになったのです。黒澤明監督の「生きる」の冒頭では、主人公の胃癌のレントゲンフィルムが映ります。「白い巨塔」の財前教授も、原作では自分の胃のレントゲンフィルムを見て胃癌を発見するというショッキングな設定になっていて、当時、胃のバリウム検査がどんなに画期的なものであったのかが、伝わってきます。

 胃癌死亡の多いわが国では、胃のバリウムによる検診は、あっという間に普及して、多くの命を救い、そして今日も行われ続けていますが、状況は少し変わってきています。

 内視鏡検査が普及して、バリウム検診を受ける人がどんどん減っているのです。

 またピロリ菌の発見によって、胃癌になる可能性の高い人、低い人がいることがわかってきました。これまで一律に行ってきた胃癌検診を、ピロリ菌感染のある胃癌になりやすい人と、感染のない胃癌になりにくい人を分けて考えるべきではないか、バリウムではなく、最初からより精度の高い内視鏡を実施すべきなのではないか。私が大学にいたときに、厚生省の研究班で行っていたのは、そんな仕事でした。

 今回の学会では「胃がん検診方式検討研究会」の第一回の会合が行われ、この問題を話しあうことになっていたのです。

 胃がんになる人の多くは、幼少時にピロリ菌に感染し、感染が持続することで萎縮性胃炎が進み、胃がんが発生することがわかってきています。

 私たちの提唱している胃がん検診方式は、最初に採血でピロリ菌感染の有無、そして萎縮性胃炎の指標であるペプシノゲン検査を行うことで、胃がんのリスクが高いか低いかを判定する。リスクの高い人には毎年内視鏡検診を受けてもらう、リスクの低い人は胃がんの検診の対象から外すことで、胃がん検診はかなり効率化されるし、医療費も軽減されます。ピロリ菌感染は年々減ってきているので、胃がんは減っていき、胃がん検診の対象になる人は更に絞り込まれていくだろうし、若い時期にピロリ菌感染が発見できれば除菌療法を行って、胃がんのリスクを下げることも期待できます。

 しかしこの方法に問題がないわけではありません。ピロリ菌感染のない、胃粘膜萎縮を伴わない胃がんもまれに存在すること、内視鏡検査の精度は実施する医師の技量に大きく依存することです。そういうマイナス要因をどう克服していくかが、今後の課題です。

 また、がん検診の有効性は、どれだけ多くがんを発見するかではなく、その検診を受けたグループの方が、受けなかったグループよりもそのがんで亡くなる率が少ない、すなわち死亡率の減少効果があるかどうか、で判断されます。

バリウム検診は1980年代に行われた複数の調査で、死亡率減少効果かあるということが証明されているのですが、内視鏡については、そのような調査が行われていないので、有効性が評価できないのです。目黒区などの行政が行う胃がん検診が、これだけ内視鏡が普及した現在でも、バリウムで行われているのはそのためです。国民を内視鏡検診を受けるグループと、受けないグループに分けて10年間追跡する、なんて調査ができればいいのですが、今の日本で内視鏡を受けないグループを設定することは不可能なほど、内視鏡は普及してしまいました。

 目黒区では、保健センターのレントゲン装置が老朽化したために、今年から60歳以下の胃がん検診は、霞ヶ関の施設に外注委託しています。開院してから3年足らずの当院でも、ピロリ菌検査とペプシノゲン検査を行って、内視鏡を受けていただいた患者さんから、10人以上の胃がんを発見しています。区内には内視鏡検査を行える施設はたくさんあるのに、もったいないとおもっています。

 そうした臨床的な実感が、医療政策に結び付けられないことが本当に残念で、大学をやめて開業してからも、足を洗えずにいます。

 おこがましいけど「自分の生まれてきた意味」の一つかな。


京都4時間滞在記(その1)

2007年07月09日 | 日記・エッセイ・コラム

 寝台急行銀河は、東海道本線の東京‐大阪間を走っている夜行列車で、夜11時に東京駅を出発し、大阪駅に翌朝718分に着きます。寝台列車がどんどん姿を消していくなか、新幹線の最終が東京駅を出た後に出発して、のぞみの始発よりも早く大阪に着くという利便性から、根強い人気で生き残っています。

 大学にいたころは、関西方面の学会に出席するときにこの銀河号を頻繁に利用していました。銀河号の運賃は寝台料金込みで16070円、新幹線のぞみ号よりも1350円高いのですが、寝台車を使うとホテルの宿泊料金が1泊分浮くので、割安です。・・・というのは嘘で、大学の頃はもっと安い深夜バスばかり利用していましたが、このところ、高速バスの事故が多発していますし、今は小さいながらも院長先生ということで、憧れの銀河号に乗って、京都で行われた「第46回消化器がん検診学会総会に出席してきました。

 乗る直前に買ったB寝台は2階で、はしごで上がらなくてはならないのが不便ですが、上がってしまえば、振動は少ないし、廊下を通る人も気にならないので快適です。

 発車してほどなく、携帯電話がなりました。

 あわててはしごを駆け下り、デッキで電話に出ると、急に血圧が上がってしまったという患者さんからでした。頭痛も吐き気もないということなので、安静にして様子をみるように指示、朝一番に受診されたいということでしたが、明日の土曜は学会のため休診なので、午後2時半に来院するよう、お願いしました。

 再び2階に戻って、スーツをハンガーに掛けて、ホームで買った缶ビールと好物の「堅ポテ」の袋をあけました。母は自分の仏壇には毎日かりんとうを供えてくれればいい、と言っていますが、私の場合は北海道でしか売っていない、しかも夏には作っていない千秋庵の「大平原」というマドレーヌ、岩塚製菓のぬれおかき(オーストラリアのアボリジニの食べる芋虫のような不思議な食感、といっても芋虫は食べたことないのですが)、それにカルビーの「堅ポテ」が加わりました。「大平原」も岩塚のぬれおかきもみつけるのがたいへんなので心配ですが、「堅ポテ」ならコンビニで買えるので、大丈夫です。

 夕食をとっていなかったので、多摩川を渡る頃にはエビスビールも「堅ポテ」なくなって、横浜ぐらいまでは記憶があるのですが、気がついたときには外も明るくなっていて、もうすぐ大津に着くことを知らせる車内放送が流れていました。トイレや洗面所が混雑しているので、譲り合って使うように注意していました。

 大津から京都までは15分ぐらいしかありません。急いで着替えて身支度して、デッキにおりると、銀河号は645分に京都駅のホームに入っていきました。

 学会は9時からです。私は京都で2番目に好きな場所に向かいました、ちなみに1番は太秦の映画村です。

 あまり知られていないのですが、駅前の京都タワーの地下には温泉が湧いていて、タワーホテル宿泊者でなくとも利用できます。タオルと石鹸もついて750円です。

 タワーには上らずに、地下3階へ直行すると、大浴場は深夜バスで着いた若者たちで一杯でした。ちょっぴり優越感。

 温泉といっても、地下水を温めただけの鉱泉ともいえないお湯なのですが、とても軟らかくて、私にとっては京都の温泉です。

汗を流して、「温泉」にひたって、顔を洗って、歯を磨いて、ネクタイを締めなおして、タワーの外に出ると、時刻は7時半、学会までは1時間ちょっとあります。

太秦まで行く時間はないので、烏丸通りを御所まで散歩することにしました。

駅から5分ほどで、真宗大谷派の本山、東本願寺が見えます。大谷派は親鸞の末裔の大谷家の派閥ですが、血縁の派閥なんて、イスラム教みたいです。浄土真宗の僧侶は剃髪しなくてもいい、江戸時代から肉食、妻帯を許されるなど、他の宗派にくらべて規律がとてもゆるい。外に向かっては一向一揆を起こしたり、宗派内の内紛や分派も絶えない宗派で、そんなところもイスラムっぽいのですが、「生」を肯定的にとらえる仏教です。お葬式よりも生活を大切にする宗派です。一番日本らしい仏教だと、私はおもっています。お坊さんになるなら浄土真宗がおすすめです。

山門の前では観光客たちが写真をとっていました。そのすぐ横には「自分の生まれてきた意味を考えよう」という標語が掲げられていました。

 東本願寺を通り過ぎ、20分ほど歩いて、京都御所につきましたが、すでに8時を10分ほど過ぎていました。学会場は駅の反対側、八条口にあるので、そろそろ戻らないと間に合いません。ちょうど来た駅行きのバスに乗りました。