いつも太陽の前に出ることなく、暗く湿ったところが居心地はいい。周囲を伺いつつある意味、敬遠され、悪く言えば隔離されているかのようなそんなダンゴムシみたいな生活を送る。人には向き不向きがあるのだから、全員が白日の下で動き回らなければならない理由は無い。寧ろそんな事をすれば寿命を縮めるだけかもしれない。
「今日は予定あるけどよ。明日辺り久しぶりにカラオケ行くか?」
「お、いいねぇー」
4人の少年が集まって話をしていた。主に話しているのは2人で後の1人は殆ど意思表示をしないが一緒にいる事で行動を共にするつもりのようだ。彼はそんな3人のやり取りを見ていた。
「行くだろ?イトッちゃんもクラッチもさ」
やや大柄で眼鏡をかけた少年が言い出した。『岸 慎一郎』。大体、物事を提案し実行するグループの牽引役を担っている。アニメは好きだがそれ以上に特撮ヒーローものが大好きであった。
「そりゃ行くに決まっているよな?」
小柄な少年が同意する。『本島 義広』。大柄の少年に金魚の糞のように付いて回る。大体この二人に合わせるような形で4人は行動していた。彼は、アニメなど全般的に好きで、勧められるがまま見ていると言う傾向があった。広く浅くというタイプだ。
「ああ・・・」
イトッちゃんと呼ばれた長身で美形の『糸居 直人』がぶっきらぼうに答えた。周囲の人間は何故、それなりにイケメンである彼が何故このアニオタ集団に混じっているのか不審に思われる声があった。その話は他のメンバーからも一緒であったが本人がこっちに来るのだから受け入れていた。彼は、1つの事を深く掘り下げて好きになっていた。本島とは違い狭く深くというタイプ。あまり言葉を発しないが一番のオタクは彼ではないかと言う岸の声である。
「うん。俺も行くよ」
クラッチと呼ばれた少年は最後に答えた。少しどん臭い所があるようで、話をするにしてもワンテンポ遅れる。だからせっかちな人と話すときなどは相手を苛立たせる事がしばしばである。それに勉強の方はまるでダメでいつも補習か否かのギリギリの低空飛行を続けている。彼の場合は本島と同じで勧められるがまま見ているという事があったが本島と異なるのはただ一つの作品に対して特に思い入れが深いという点だった。いい作品ならばそれを深く追うという糸居とも違う一点集中タイプだった。
「じゃぁ、明日行くって事で決まりだな」
話が決まるとチャイムが鳴ったので席について授業を受ける。いつもの眠くなる授業を終えて、一同、帰り始める。彼らグループの4人は部活に所属しておらず、何か行事でもなければ即座に帰る。学校で他のクラスメートと話すなどという事はしない。帰る途中で友人らと別れて家路に付く。家に着くと鍵を開ける。母親は今日、パートで家を開けているので無言で家に入り、パソコンをつけた。いつものようにメールチェック、動画サイトや掲示板などを覗く。それが毎日の日課となっていた。
「ただいま~」
弟が帰ってきて、同じぐらいの時間に母親も帰ってくる。母親はご飯を炊く準備と1~2品簡単におかずを作り後は惣菜が並ぶと言う夕飯にしている。弁当や外食に頼る事が増えてきた昨今の食事事情から考えれば幾分かマシなのだろう。
食事は食器がこすれる音が響き殆ど会話も無く終わる。それから再び彼はパソコンに向かい、それからゲームをやって風呂に入って眠る。高校時代という人生で輝く青春時代をそのような怠惰な生活で時間をただ無為に浪費しているのが『倉石 光輝』という少年であった。
朝、パソコンを起動してメールのチェックぐらいして朝食を手短に済ませ、登校する。学校までは自転車を使う。いつもの事である。教室に着いてから友人達と話す。その日は土曜と言う事もあり午前中で授業が終わり、学食で昼食を取りカラオケに向かう。カラオケまでは各自、自転車を使う。その間、好きなアニメの事などで盛り上がっていた。カラオケについて受付を済ませて悠然と部屋に入っていく。歌の本を眺めていると店員が頼んだドリンクを持って入ってくる。ワンドリンク制だから仕方ないだろう。彼らには店員が入ってきても歌い続けるノリの強さは無かった。店員がごゆっくりと言い残して出て行くと岸が物凄い速さでリモコンを取った。
「やっぱり最初はコレだよな!」
古い特撮ヒーローの前奏が流れ始めた。彼らが生まれる前の曲でカン、ガガンなど擬音が多い曲で歌えば盛り上がる事は確実な曲である。だが、全員がその曲を知っていればという前提があるのだが。
「じゃぁ、俺はこの曲にしようっと」
大体ここでのカラオケ会では歌う曲のパターンが暗黙の了解として決まっている。まず盛り上がる曲で場を湧かせ、中休みにバラード系の曲を入れてしんみりして最後に盛り上がる曲で全員が歌って締めるというのが彼らのやり方である。
「ここで出たかぁぁぁ!『哀天使』!」
イントロが流れた瞬間、岸が光輝に向かって言った。この『哀天使』という曲は光輝が執心している『きぐるみ』と言う変身少女アニメの主人公の気持ちを歌詞にしたエンディングテーマである。お話としては妖精界にいた妖精が偶然、主人公である女の子とぶつかって人間界がこれから危険になるから守ってと言うことから始まる。妖精はその主人公に不思議な力が宿るという着ぐるみを使って、世の中を良くしてくれと頼むわけだ。様々な種類があって例えば鳥スーツなら空を飛べるようになり、チータースーツなら足が速くなるという具合である。着ぐるみを身にまとうだけなので変身というよりは変装という方が適切だろう。このアニメが他のアニメと一線を画しているのが普通の変身するアニメであれば変身する者は限られるが、この『きぐるみ』は主人公に限らず誰でも着用可能という条件であるため、友人、弟、両親、果てには歩いている老人が着て活躍するのだ。そんな自由度の高さもあって主人公が別に主人公でなくてもいい。つまり存在感が無く透明みたいなものという意味を込めて『空気(エア)主人公アニメ』などと揶揄される。だが、最後のクライマックスシーンではそのエア主人公を返上するような感動シーンがあって多くの人が涙したというアニメである。
「でもよ。そんなお前の一途な所。嫌いじゃないぜ」
岸がキリッと凛々しげな顔をして親指を立てて言ってくる。
「俺も嫌いじゃないぜ」
それにニヤリと笑って本島も続く。横にいる糸田川も沈黙したままでこちらを向いて親指を立てていた。
「ありがとう。でもさ、何、この流れ」
礼を言って最後につっこんだ。
「ハッハッハ!」
岸の思いつきでみんながそれに同調して作り上げた一連の流れで良く分からない流れであったがやってみると結構楽しかった。
「しっかしお前は凄いよ。エア主人公よりも空気と呼ばれた『ほのか』ちゃんを好きになるんだからなぁ~。あの最終話での『祈り』シーンを見たら確かに惚れるわ。だがその前に見つけていたお前は先見の明があるよな。マジで」
光輝が好きキャラはそのエア主人公ではなく、その主人公よりも更に存在感がないと言われた「花村 ほのか」というキャラだった。『空気』ですらなく『透明』だとか『無』とさえ言われたのだが、彼女もまた主人公同様に最終回で化けるキャラである。
「あそこでみんなの想いを集めたハートロッドを捨てるとか誰も考えないよな?と言うか普通やらないよ」
「本当、あのラスト2話は感動だよねぇ~。まさに神アニメ。いや、女神アニメ」
岸と本島が話しているときは積極的に入らないが二人の会話に光輝は顔を紅潮させ力強く頷く。思い出すと少し涙ぐみそうになるぐらいだ。
光輝はその『きぐるみ』の関連した曲を2~3曲歌ったぐらいで後は聞き役に徹する。これは曲なんの曲なのかなどと質問をして説明を聞いているだけで満足してしまうのだ。カラオケを終えてゲーセンで少し遊んでいるともう辺りは真っ暗になっていた。
「もう真っ暗だよ。日が落ちるのも早いったらありゃしない。寒いし、帰るか?」
「そうだね」
ゲーセンの外で全員別れて家路に着く。
近道をしようと裏道を歩いていると見知った制服を着た女の子が歩いてきた。
『あ・・・比留間 美月って人だ』
自然と彼女が歩いている所から離れて歩く。自分がアニオタだと知られている為にクラスの女子の大半からは冷たい視線で見られている。カラオケに行ったメンバー全員がそのように知られていてクラスのアニオタ四人衆とか四天王などと言われていた。彼らは好きなものは好きなのだからと開き直るようにしていた。話しかけるとあからさまに汚い物を見る目をする女子もいるから、彼としても女子に不用意に近付こうとしないばかりか無意識に避けてしまうようになっていた。
それに、この比留間という女子とは半年前にちょっとした出来事があった。
家で飼っている雑種の黒い犬の『ロク』を散歩に連れて行っているときだった。彼女が帰りの為か反対側から歩いてきた。すれ違おうとしていた時、特に挨拶をするつもりもなかった。声をかけたら嫌な顔をするだろうと思ったからだ。
そのまま通り過ぎるかと思っていたら突如『ロク』が彼女に向かって吠え出したのだ。
「ご、ごめん。普段は大人しい犬なんだけど今日は気が立っているらしくて・・・」
慌てて彼女に謝った。それは事実であった。別にロクに吠えろとけしかけた訳でもないし嫌がらせをしているつもりもなかった。ここ10年以上飼っていたが滅多に人に向かって吠えた事はない。とても温厚な犬で番犬としては失格だなと言われながらもその人懐っこさで散歩の時は小学生から良く撫でてもらってみんなから愛されていた。
光輝は彼女に謝る反面、内心、ほくそ笑んでいた。近付くだけでいつも嫌な顔をして来るような子だし、わざとやっている訳ではないしこれぐらい驚かせてやっても罰は当たらないだろうと『ロク』の行動に良くやったと誉めてやりたいと思っていた。
だが、彼女は彼の予想しない行動に出たのだ。
「あ・・・あ・・・あぁ・・・」
『ロク』に吠えられ動揺し目が泳いでいた。どうしていいのか分からなくなったのか何と彼女は持っていた手提げ鞄を放り投げて走って逃げてしまったのだった。
「え?ちょ、ちょっと、鞄」
吠えられて少し怖がる程度だと思ったのにこのような事になるとは予想をしておらず彼自身、呆然と立ち尽くした。
『警察って訳にもいかないし、持って帰って明日渡そうか?』
彼女のうちの連絡先を知らない以上、彼女を見失った今、返す事は出来なかった。拾ってみると彼女の手提げ鞄は思ったよりズシッと重かった。何が入っているのか気になった。同世代の女子とはまるで接点が無い彼にとって大いに好奇心をそそられた。それに携帯などが入っていれば連絡する事も出来るだろう。だが、人に見られたくないものも入っているだろうと思って見ないで持って帰ることにした。見るだけなら問題ないだろうと何度か葛藤したが何とか見ずにいる事が出来た。
その日は眠れない夜を過ごした。もし返した時お礼などを言われたらどう対応しようか考えたりこれは何か恋愛などのきっかけになるのではないかと恋愛ゲームのような都合のいい展開を妄想してみたりした。
「フラグ立ったかな?」
今まで、避けるべき対象だったというのにこのような事でニヤニヤしているのだから単純と言えるだろう。
次の日、通学中、頭の中でシミュレーションしていると突然、背後から声が上がった。
「あ!それ!私のバッグ!」
学校に着いてから朝の休み時間に返そうと思っていたのに不意に声をかけられ、どうしようかと動揺してあたふたする。考える間もなく目の前に彼女が近付いて来た。
「お、おはよう。昨日、君がバッグを落としたから拾って・・・」
彼女は彼から自分の手提げ鞄を強引に奪い取るようにして持った。
「中、見てない?」
「見てない。見てない」
「嘘!絶対見た!」
「だから見てないって。本当に見てないって」
「そんなの嘘に決まっている!アンタみたいなオタクはそうやって適当に誤魔化して裏で何をやっているか分からないんだから!あ~!ヤダヤダ!」
彼女はそのまま走り去っていった。彼は怒るとかいう感情よりも呆然と立ち尽くしている事しか出来なかった。嵐みたいなものだった。暫くしてから嵐が過ぎ去って散らばった周囲を片すように考える。彼女のあまりにも身勝手な発言に怒りというより疑問を持つだけであった。
『お礼すらなしか・・・どうしてあーいう女子って偏見だけが先行して人を決め付けて、勝手に思い込んでこちらの言う事を聞こうともしないのだろう。家の中にうちのロクでもいれてやろうかなぁ』
そういった半年前の出来事もあって出来るだけ彼女には近付くまいと思った。避けていると捉えられても構わなかった。近付いてあからさまに嫌な顔をされるよりは遥かにマシだった。
すると、彼女の方から近付いてきた。以前の事を謝る気にでもなったのだろうかと考えてみたがそれだったら半年前から今まで他にも機会はあったはずである。そのように考えるとまた何かとんでもない事を言われるのではないかと内心、身構えた。
「あ、あのー」
普段のハキハキとした元気がないので違和感を覚えた。困っているという風に見えた。
「はい?何?」
「道をお尋ねしますが、野牛街道の方にはどのように進めば出られるんでしょうか?」
「へ?野牛街道?」
ここは少し入り込んだ路地であるとは言え、真っ直ぐ進めば野牛街道に出る。迷うような場所ではない。彼はすぐに周囲を見回した。恐らく近くに誰かいて、こちらの様子を伺っているのだろう。彼女が何か友人達のグループでの罰ゲームか何かで自分に話しかけているのだろうと思ったのだ。だが、それらしい人は見当たらなかった。では、何故彼女は話し掛けてきたのか、しかも物腰がいつもと違う。そっくりさんなのか、もしかして双子なのか、しかし、制服は彼の学校のものであった。同学年で彼女の双子はいない。学校が違うのか。しかし、制服の貸し借りなどするものだろうか?
「道、分かりませんか?」
暫く考えていたので彼女が不審に思ったようだ。
「いやいやいや、ちょっと考え事をしていただけ。野牛街道だっけ?えっと、この道を真っ直ぐ歩けばその道に出るよ」
「そうですか。ありがとうございます」
『クラスの比留間 美月とは別人だな』
道を教えてあげて軽くお辞儀をする。その動きも自然であった。比留間を見る限り、顔は可愛いと思ったが、可愛げはなかった。しかし、この子は違って、物腰も柔らかく礼儀正しく、とても好印象に映った。
「じゃ、俺、こっちに用があるからそれじゃ」
「あ、はい。さようなら」
そのように別れて光輝は歩き始めた。どう考えても逃げているようにしか思えないような形で歩き出した。歩き始めてからもう少し誤解を解くか何か出来なかったかと後悔した。少し歩いていて、右の道に入った。
『って、俺も帰る方向一緒だったんだよね』
同じ方向に歩くとなれば会話をする事を強いられる。今の自分では沈黙が続きまた気まずいだけの時間が流れると思ってわざと違う道を歩いたのだ。彼自身、世間話など口に出来たらどれほどいいものかと思う。主人公と幼なじみが何気ない会話をしながら登下校を共にするシーン。彼にとっての眩し過ぎるほどの憧れだが、ただの夢でしかない。
『彼女は一体何者だ?』
気になってそのまま後をつけると、彼女は大通りに出てバス停についてそのままバスを待っていた。
「演技じゃなくて本気であったとしか思えないけど、どういう事だ?」
考えれば考えるほど答えは出なかった。バスが来るまで待っていても仕方ないので家に帰る事にした。それはストーカー行為に当たるものだと本人は気付かないものだ。
「何だったんだろう?」
少々気になる点があるもののこちらの事を嫌悪することなく接して来た彼女に別人だろう思った。双子の姉妹とか・・・彼女の事は一切知らないからそういう事もありうるだろう。だが、彼女は学校の制服を着ていた。学校には彼女と顔が似た生徒は他にいなかった。別の学校に行く事になったもののうちの学校の制服に憧れを抱いていたから借りて着てみたとか色々と思案しながら家路に着くのであった。家に帰ってからは彼女の事は忘れていつものように過ごした。
次の日、学校に着くと彼女の方に意識が自然と向いてしまって、何度か見ていたら目が合ってしまった。ヤバイと思って視線を外そうとすると明らかに拒絶するかのような厳しい目つきをしていた。気持ち悪いから見るなという心の声が聞こえるぐらいであった。その直後、友人に明らかに嫌悪するかのような目でヒソヒソ話をしていた。
『やっぱり双子か知り合いだな。これは』
そのような扱いは慣れている彼にとって彼女の視線はなんてことはなかった。
休み時間に入ってから友人に昨日の事を話してみた。
「お前、遊ばれているだけだろ。それ」
岸が簡単に言い切った。
「遊ばれている?どういう事?」
「まるで気付いてないのかよ!こりゃ100パー。遊ばれてるわ!100パー」
「だからどうして?」
「演技だよ。演技。ちょっと可愛く見せてお前をその気にさせようという作戦。周りを見たら爆笑している奴らがいたはずだわ。お前、不器用でトロイからな~。俺でも気付く自信あるわ」
「そ、そうかなぁ?だったら最後にネタバレみたいな感じでバーカって言わないもんかな?今日だって、目が合って嫌な顔されただけだったからさ」
「だったら今も演技進行中だろ。また仕掛けてくるぜ。きっと。よく注意深く見てみろ。仕掛け人がいっぱいいて、そのうちプラカードで出してくるぜ!『大成功!!』ってな」
急におかしな方向に話が進む。本当にドッキリで自分が気付いていなかっただけだろうか?
「そうかなぁ」
「あ~あ。双子でそんな性格がまるで違う奴なんているかよ!冷静に考えろよ。この辺に住んでいるのに道を教えてくれなんてあり得るか?鈍すぎて尊敬するわ。完全にお前カモだわ。カモカモ。スーパーカモ。これじゃお前の大好きなほのかちゃんが嫉妬するぜ。他の女に気を許して光輝君、許さな~いってな」
それを言われてしまうと返す言葉がない。グループ内で色々なアニメが始まり、キャラも出てくるがある一人のキャラに一途に恋しているという体であるので、その流れを切るようなことは出来なかった。
それから数日が過ぎてもう彼女の事は忘れるところであった。彼もまたドッキリだったのではないかと思って考える事をやめた。
NEXT→→→→→→→→→2012.09.14
「今日は予定あるけどよ。明日辺り久しぶりにカラオケ行くか?」
「お、いいねぇー」
4人の少年が集まって話をしていた。主に話しているのは2人で後の1人は殆ど意思表示をしないが一緒にいる事で行動を共にするつもりのようだ。彼はそんな3人のやり取りを見ていた。
「行くだろ?イトッちゃんもクラッチもさ」
やや大柄で眼鏡をかけた少年が言い出した。『岸 慎一郎』。大体、物事を提案し実行するグループの牽引役を担っている。アニメは好きだがそれ以上に特撮ヒーローものが大好きであった。
「そりゃ行くに決まっているよな?」
小柄な少年が同意する。『本島 義広』。大柄の少年に金魚の糞のように付いて回る。大体この二人に合わせるような形で4人は行動していた。彼は、アニメなど全般的に好きで、勧められるがまま見ていると言う傾向があった。広く浅くというタイプだ。
「ああ・・・」
イトッちゃんと呼ばれた長身で美形の『糸居 直人』がぶっきらぼうに答えた。周囲の人間は何故、それなりにイケメンである彼が何故このアニオタ集団に混じっているのか不審に思われる声があった。その話は他のメンバーからも一緒であったが本人がこっちに来るのだから受け入れていた。彼は、1つの事を深く掘り下げて好きになっていた。本島とは違い狭く深くというタイプ。あまり言葉を発しないが一番のオタクは彼ではないかと言う岸の声である。
「うん。俺も行くよ」
クラッチと呼ばれた少年は最後に答えた。少しどん臭い所があるようで、話をするにしてもワンテンポ遅れる。だからせっかちな人と話すときなどは相手を苛立たせる事がしばしばである。それに勉強の方はまるでダメでいつも補習か否かのギリギリの低空飛行を続けている。彼の場合は本島と同じで勧められるがまま見ているという事があったが本島と異なるのはただ一つの作品に対して特に思い入れが深いという点だった。いい作品ならばそれを深く追うという糸居とも違う一点集中タイプだった。
「じゃぁ、明日行くって事で決まりだな」
話が決まるとチャイムが鳴ったので席について授業を受ける。いつもの眠くなる授業を終えて、一同、帰り始める。彼らグループの4人は部活に所属しておらず、何か行事でもなければ即座に帰る。学校で他のクラスメートと話すなどという事はしない。帰る途中で友人らと別れて家路に付く。家に着くと鍵を開ける。母親は今日、パートで家を開けているので無言で家に入り、パソコンをつけた。いつものようにメールチェック、動画サイトや掲示板などを覗く。それが毎日の日課となっていた。
「ただいま~」
弟が帰ってきて、同じぐらいの時間に母親も帰ってくる。母親はご飯を炊く準備と1~2品簡単におかずを作り後は惣菜が並ぶと言う夕飯にしている。弁当や外食に頼る事が増えてきた昨今の食事事情から考えれば幾分かマシなのだろう。
食事は食器がこすれる音が響き殆ど会話も無く終わる。それから再び彼はパソコンに向かい、それからゲームをやって風呂に入って眠る。高校時代という人生で輝く青春時代をそのような怠惰な生活で時間をただ無為に浪費しているのが『倉石 光輝』という少年であった。
朝、パソコンを起動してメールのチェックぐらいして朝食を手短に済ませ、登校する。学校までは自転車を使う。いつもの事である。教室に着いてから友人達と話す。その日は土曜と言う事もあり午前中で授業が終わり、学食で昼食を取りカラオケに向かう。カラオケまでは各自、自転車を使う。その間、好きなアニメの事などで盛り上がっていた。カラオケについて受付を済ませて悠然と部屋に入っていく。歌の本を眺めていると店員が頼んだドリンクを持って入ってくる。ワンドリンク制だから仕方ないだろう。彼らには店員が入ってきても歌い続けるノリの強さは無かった。店員がごゆっくりと言い残して出て行くと岸が物凄い速さでリモコンを取った。
「やっぱり最初はコレだよな!」
古い特撮ヒーローの前奏が流れ始めた。彼らが生まれる前の曲でカン、ガガンなど擬音が多い曲で歌えば盛り上がる事は確実な曲である。だが、全員がその曲を知っていればという前提があるのだが。
「じゃぁ、俺はこの曲にしようっと」
大体ここでのカラオケ会では歌う曲のパターンが暗黙の了解として決まっている。まず盛り上がる曲で場を湧かせ、中休みにバラード系の曲を入れてしんみりして最後に盛り上がる曲で全員が歌って締めるというのが彼らのやり方である。
「ここで出たかぁぁぁ!『哀天使』!」
イントロが流れた瞬間、岸が光輝に向かって言った。この『哀天使』という曲は光輝が執心している『きぐるみ』と言う変身少女アニメの主人公の気持ちを歌詞にしたエンディングテーマである。お話としては妖精界にいた妖精が偶然、主人公である女の子とぶつかって人間界がこれから危険になるから守ってと言うことから始まる。妖精はその主人公に不思議な力が宿るという着ぐるみを使って、世の中を良くしてくれと頼むわけだ。様々な種類があって例えば鳥スーツなら空を飛べるようになり、チータースーツなら足が速くなるという具合である。着ぐるみを身にまとうだけなので変身というよりは変装という方が適切だろう。このアニメが他のアニメと一線を画しているのが普通の変身するアニメであれば変身する者は限られるが、この『きぐるみ』は主人公に限らず誰でも着用可能という条件であるため、友人、弟、両親、果てには歩いている老人が着て活躍するのだ。そんな自由度の高さもあって主人公が別に主人公でなくてもいい。つまり存在感が無く透明みたいなものという意味を込めて『空気(エア)主人公アニメ』などと揶揄される。だが、最後のクライマックスシーンではそのエア主人公を返上するような感動シーンがあって多くの人が涙したというアニメである。
「でもよ。そんなお前の一途な所。嫌いじゃないぜ」
岸がキリッと凛々しげな顔をして親指を立てて言ってくる。
「俺も嫌いじゃないぜ」
それにニヤリと笑って本島も続く。横にいる糸田川も沈黙したままでこちらを向いて親指を立てていた。
「ありがとう。でもさ、何、この流れ」
礼を言って最後につっこんだ。
「ハッハッハ!」
岸の思いつきでみんながそれに同調して作り上げた一連の流れで良く分からない流れであったがやってみると結構楽しかった。
「しっかしお前は凄いよ。エア主人公よりも空気と呼ばれた『ほのか』ちゃんを好きになるんだからなぁ~。あの最終話での『祈り』シーンを見たら確かに惚れるわ。だがその前に見つけていたお前は先見の明があるよな。マジで」
光輝が好きキャラはそのエア主人公ではなく、その主人公よりも更に存在感がないと言われた「花村 ほのか」というキャラだった。『空気』ですらなく『透明』だとか『無』とさえ言われたのだが、彼女もまた主人公同様に最終回で化けるキャラである。
「あそこでみんなの想いを集めたハートロッドを捨てるとか誰も考えないよな?と言うか普通やらないよ」
「本当、あのラスト2話は感動だよねぇ~。まさに神アニメ。いや、女神アニメ」
岸と本島が話しているときは積極的に入らないが二人の会話に光輝は顔を紅潮させ力強く頷く。思い出すと少し涙ぐみそうになるぐらいだ。
光輝はその『きぐるみ』の関連した曲を2~3曲歌ったぐらいで後は聞き役に徹する。これは曲なんの曲なのかなどと質問をして説明を聞いているだけで満足してしまうのだ。カラオケを終えてゲーセンで少し遊んでいるともう辺りは真っ暗になっていた。
「もう真っ暗だよ。日が落ちるのも早いったらありゃしない。寒いし、帰るか?」
「そうだね」
ゲーセンの外で全員別れて家路に着く。
近道をしようと裏道を歩いていると見知った制服を着た女の子が歩いてきた。
『あ・・・比留間 美月って人だ』
自然と彼女が歩いている所から離れて歩く。自分がアニオタだと知られている為にクラスの女子の大半からは冷たい視線で見られている。カラオケに行ったメンバー全員がそのように知られていてクラスのアニオタ四人衆とか四天王などと言われていた。彼らは好きなものは好きなのだからと開き直るようにしていた。話しかけるとあからさまに汚い物を見る目をする女子もいるから、彼としても女子に不用意に近付こうとしないばかりか無意識に避けてしまうようになっていた。
それに、この比留間という女子とは半年前にちょっとした出来事があった。
家で飼っている雑種の黒い犬の『ロク』を散歩に連れて行っているときだった。彼女が帰りの為か反対側から歩いてきた。すれ違おうとしていた時、特に挨拶をするつもりもなかった。声をかけたら嫌な顔をするだろうと思ったからだ。
そのまま通り過ぎるかと思っていたら突如『ロク』が彼女に向かって吠え出したのだ。
「ご、ごめん。普段は大人しい犬なんだけど今日は気が立っているらしくて・・・」
慌てて彼女に謝った。それは事実であった。別にロクに吠えろとけしかけた訳でもないし嫌がらせをしているつもりもなかった。ここ10年以上飼っていたが滅多に人に向かって吠えた事はない。とても温厚な犬で番犬としては失格だなと言われながらもその人懐っこさで散歩の時は小学生から良く撫でてもらってみんなから愛されていた。
光輝は彼女に謝る反面、内心、ほくそ笑んでいた。近付くだけでいつも嫌な顔をして来るような子だし、わざとやっている訳ではないしこれぐらい驚かせてやっても罰は当たらないだろうと『ロク』の行動に良くやったと誉めてやりたいと思っていた。
だが、彼女は彼の予想しない行動に出たのだ。
「あ・・・あ・・・あぁ・・・」
『ロク』に吠えられ動揺し目が泳いでいた。どうしていいのか分からなくなったのか何と彼女は持っていた手提げ鞄を放り投げて走って逃げてしまったのだった。
「え?ちょ、ちょっと、鞄」
吠えられて少し怖がる程度だと思ったのにこのような事になるとは予想をしておらず彼自身、呆然と立ち尽くした。
『警察って訳にもいかないし、持って帰って明日渡そうか?』
彼女のうちの連絡先を知らない以上、彼女を見失った今、返す事は出来なかった。拾ってみると彼女の手提げ鞄は思ったよりズシッと重かった。何が入っているのか気になった。同世代の女子とはまるで接点が無い彼にとって大いに好奇心をそそられた。それに携帯などが入っていれば連絡する事も出来るだろう。だが、人に見られたくないものも入っているだろうと思って見ないで持って帰ることにした。見るだけなら問題ないだろうと何度か葛藤したが何とか見ずにいる事が出来た。
その日は眠れない夜を過ごした。もし返した時お礼などを言われたらどう対応しようか考えたりこれは何か恋愛などのきっかけになるのではないかと恋愛ゲームのような都合のいい展開を妄想してみたりした。
「フラグ立ったかな?」
今まで、避けるべき対象だったというのにこのような事でニヤニヤしているのだから単純と言えるだろう。
次の日、通学中、頭の中でシミュレーションしていると突然、背後から声が上がった。
「あ!それ!私のバッグ!」
学校に着いてから朝の休み時間に返そうと思っていたのに不意に声をかけられ、どうしようかと動揺してあたふたする。考える間もなく目の前に彼女が近付いて来た。
「お、おはよう。昨日、君がバッグを落としたから拾って・・・」
彼女は彼から自分の手提げ鞄を強引に奪い取るようにして持った。
「中、見てない?」
「見てない。見てない」
「嘘!絶対見た!」
「だから見てないって。本当に見てないって」
「そんなの嘘に決まっている!アンタみたいなオタクはそうやって適当に誤魔化して裏で何をやっているか分からないんだから!あ~!ヤダヤダ!」
彼女はそのまま走り去っていった。彼は怒るとかいう感情よりも呆然と立ち尽くしている事しか出来なかった。嵐みたいなものだった。暫くしてから嵐が過ぎ去って散らばった周囲を片すように考える。彼女のあまりにも身勝手な発言に怒りというより疑問を持つだけであった。
『お礼すらなしか・・・どうしてあーいう女子って偏見だけが先行して人を決め付けて、勝手に思い込んでこちらの言う事を聞こうともしないのだろう。家の中にうちのロクでもいれてやろうかなぁ』
そういった半年前の出来事もあって出来るだけ彼女には近付くまいと思った。避けていると捉えられても構わなかった。近付いてあからさまに嫌な顔をされるよりは遥かにマシだった。
すると、彼女の方から近付いてきた。以前の事を謝る気にでもなったのだろうかと考えてみたがそれだったら半年前から今まで他にも機会はあったはずである。そのように考えるとまた何かとんでもない事を言われるのではないかと内心、身構えた。
「あ、あのー」
普段のハキハキとした元気がないので違和感を覚えた。困っているという風に見えた。
「はい?何?」
「道をお尋ねしますが、野牛街道の方にはどのように進めば出られるんでしょうか?」
「へ?野牛街道?」
ここは少し入り込んだ路地であるとは言え、真っ直ぐ進めば野牛街道に出る。迷うような場所ではない。彼はすぐに周囲を見回した。恐らく近くに誰かいて、こちらの様子を伺っているのだろう。彼女が何か友人達のグループでの罰ゲームか何かで自分に話しかけているのだろうと思ったのだ。だが、それらしい人は見当たらなかった。では、何故彼女は話し掛けてきたのか、しかも物腰がいつもと違う。そっくりさんなのか、もしかして双子なのか、しかし、制服は彼の学校のものであった。同学年で彼女の双子はいない。学校が違うのか。しかし、制服の貸し借りなどするものだろうか?
「道、分かりませんか?」
暫く考えていたので彼女が不審に思ったようだ。
「いやいやいや、ちょっと考え事をしていただけ。野牛街道だっけ?えっと、この道を真っ直ぐ歩けばその道に出るよ」
「そうですか。ありがとうございます」
『クラスの比留間 美月とは別人だな』
道を教えてあげて軽くお辞儀をする。その動きも自然であった。比留間を見る限り、顔は可愛いと思ったが、可愛げはなかった。しかし、この子は違って、物腰も柔らかく礼儀正しく、とても好印象に映った。
「じゃ、俺、こっちに用があるからそれじゃ」
「あ、はい。さようなら」
そのように別れて光輝は歩き始めた。どう考えても逃げているようにしか思えないような形で歩き出した。歩き始めてからもう少し誤解を解くか何か出来なかったかと後悔した。少し歩いていて、右の道に入った。
『って、俺も帰る方向一緒だったんだよね』
同じ方向に歩くとなれば会話をする事を強いられる。今の自分では沈黙が続きまた気まずいだけの時間が流れると思ってわざと違う道を歩いたのだ。彼自身、世間話など口に出来たらどれほどいいものかと思う。主人公と幼なじみが何気ない会話をしながら登下校を共にするシーン。彼にとっての眩し過ぎるほどの憧れだが、ただの夢でしかない。
『彼女は一体何者だ?』
気になってそのまま後をつけると、彼女は大通りに出てバス停についてそのままバスを待っていた。
「演技じゃなくて本気であったとしか思えないけど、どういう事だ?」
考えれば考えるほど答えは出なかった。バスが来るまで待っていても仕方ないので家に帰る事にした。それはストーカー行為に当たるものだと本人は気付かないものだ。
「何だったんだろう?」
少々気になる点があるもののこちらの事を嫌悪することなく接して来た彼女に別人だろう思った。双子の姉妹とか・・・彼女の事は一切知らないからそういう事もありうるだろう。だが、彼女は学校の制服を着ていた。学校には彼女と顔が似た生徒は他にいなかった。別の学校に行く事になったもののうちの学校の制服に憧れを抱いていたから借りて着てみたとか色々と思案しながら家路に着くのであった。家に帰ってからは彼女の事は忘れていつものように過ごした。
次の日、学校に着くと彼女の方に意識が自然と向いてしまって、何度か見ていたら目が合ってしまった。ヤバイと思って視線を外そうとすると明らかに拒絶するかのような厳しい目つきをしていた。気持ち悪いから見るなという心の声が聞こえるぐらいであった。その直後、友人に明らかに嫌悪するかのような目でヒソヒソ話をしていた。
『やっぱり双子か知り合いだな。これは』
そのような扱いは慣れている彼にとって彼女の視線はなんてことはなかった。
休み時間に入ってから友人に昨日の事を話してみた。
「お前、遊ばれているだけだろ。それ」
岸が簡単に言い切った。
「遊ばれている?どういう事?」
「まるで気付いてないのかよ!こりゃ100パー。遊ばれてるわ!100パー」
「だからどうして?」
「演技だよ。演技。ちょっと可愛く見せてお前をその気にさせようという作戦。周りを見たら爆笑している奴らがいたはずだわ。お前、不器用でトロイからな~。俺でも気付く自信あるわ」
「そ、そうかなぁ?だったら最後にネタバレみたいな感じでバーカって言わないもんかな?今日だって、目が合って嫌な顔されただけだったからさ」
「だったら今も演技進行中だろ。また仕掛けてくるぜ。きっと。よく注意深く見てみろ。仕掛け人がいっぱいいて、そのうちプラカードで出してくるぜ!『大成功!!』ってな」
急におかしな方向に話が進む。本当にドッキリで自分が気付いていなかっただけだろうか?
「そうかなぁ」
「あ~あ。双子でそんな性格がまるで違う奴なんているかよ!冷静に考えろよ。この辺に住んでいるのに道を教えてくれなんてあり得るか?鈍すぎて尊敬するわ。完全にお前カモだわ。カモカモ。スーパーカモ。これじゃお前の大好きなほのかちゃんが嫉妬するぜ。他の女に気を許して光輝君、許さな~いってな」
それを言われてしまうと返す言葉がない。グループ内で色々なアニメが始まり、キャラも出てくるがある一人のキャラに一途に恋しているという体であるので、その流れを切るようなことは出来なかった。
それから数日が過ぎてもう彼女の事は忘れるところであった。彼もまたドッキリだったのではないかと思って考える事をやめた。
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