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(小説) 美月リバーシブル ~その3~

2012-09-21 18:25:26 | 美月リバーシブル (小説)
「私は二重人格なんですよ」
「へ?あぁ。二重人格・・・ふぅん」
あまりに冷静に受け取ったものだから二人は目を丸くしていた。
「え?二重人格ぅ!?」
告白されとか自分に関する事を言われるだろうと思っていた彼にとって些細な事のように思えたのだが冷静に考えた時、驚くべき事だと気付いてしまったようだ。
「私の二重人格というのはかなり特殊なもので、昼夜で人格が逆転するんです」
「ちゅうや。逆転?」
『二重人格』と言う言葉自体が馴染みのない言葉だったので『昼夜』と言われて何か医学的な専門語だと思ってしまった。
それから分かりやすく説明してくれた事によって光輝にもやっと理解できた。
にわかには信じがたい事実であったが以前、道を聞いてきた比留間も補習で課題を忘れていた彼女も確かに真っ暗になってからだと気付いた。そう考えれば今の彼女と昼間の彼女がまるで別人というのも辻褄が合うというものだ。
「昼夜逆転と言いましたが正確には日没後と日の出後です」
「この事をあなたに伝えたのは極力黙っていて欲しいから。噂が広まるのって良くない事だから。秘密に出来る?このこと」
両親の意向で娘を普通の子として育てたいから学校の教師や親戚、後は一部の人を除いて教えていないという話だそうだ。だからこそこの保健室の先生も昼間の事を知っていたのだろう。だがそこまで頑なに隠す必要がある事なのかと思いながら、黙って聞いていた。
「じゃぁ、僕はこの事を誰にも言わなければいいんですね」
「そうだけど、無理にとは言わないよ。いずれみんなに分かる事だから。子供のうちは差別やいじめにつながりやすいからって伏せようとしていた比留間さんのご両親の気持ちはとても分かるわね。でも、もう高校生だから分かってくれると思うのよね。あなただって分かるでしょ?」
「ま、まぁ・・・」
「ほらね?比留間さん。そんなに深刻に考える事はないよ。受け入れてくれない人もいるだろうけど、そんなの大したことないって言ってくれる人もいるはずだから。だから後は全部、比留間さんの気持ち次第だと思うのよね。こんなパッとしない少年でも分かってくれるんだから。ね?」
「そ、そうですよね。みんな分かってくれますよね」
彼女がホッとした様子であった。光輝は入り込む余地がないと思って黙って頷いているだけだった。
「比留間さん、自宅には連絡したの?」
「はい。先ほど電話したら、お母さんが忙しくていけないからバスで帰ってきなさいって言われました」
「そう。じゃ、あなた、比留間さんをバス停まで送って行きなさい」
「え?」
「え?じゃないでしょ。比留間さん可愛い子でしょ?一緒にいられてよっしゃー!ってガッツポーズぐらいやってみたらどう?少し印象変わるかもよ」
「いや、そう言われてもですね。俺が一緒となるとぉ」
そのように述べるが保険の先生は言葉を遮った。
「はいはい。何にしても彼女は貧血気味なの。誰かそばにいた方が心強いでしょ?と言ってもあなたじゃ頼りないけど、いないよりはマシでしょ?それとも、嫌なの?彼女が死ぬほど嫌いとか?」
「そんな訳ないですよ。と言うより夜の方の比留間さんの方はあまり知りませんから決めようがないって所ですけど・・・それはいいとしても、明るい時の比留間さんの方に俺と一緒だと色々と大変なんじゃないですか?前も言いましたけどあまり快く思われてないようですし」
保険の先生は、目を細めて話をあまり聞いてないようであった。
「さっきから嫌われているからとか周りの人の印象だとかウダウダ言っているけどさ。あなたにとってはそっちの方が大事な訳?」
中学生ぐらいの時まで遠くで好きな女の子を見ているだけで満足していた。いや、自分には高嶺の花だと言い聞かせて諦めていた。自分は、頭が悪く、能力もなく、誰よりも弱い。だからいざ問題があっても何も出来なかった。そんな事だからバカだとアホだと罵られ、白い目を見られていた。今までそんな事を繰り返してきたから争いを好まず、人間関係がギクシャクするのが嫌だった。だったら目立たずひっそりとしていた方が良いに決まっていた。
そして、答えは決まった。
「い、いえ。考えてみたら悪く言われる事は慣れていますから。今更、何を言われても別に・・・ですからバス停まで送りますよ」
「良かったね。比留間さん」
「はい」
彼女から安堵の表情が見えた。彼女の事を第一に考えたら不安そうな目を見たら断る事は出来なかった。普段、勝ち気でクラスの中心と言えるほど元気でこちらを蔑んでいた彼女が今は弱々しくまるで母猫が戻らず一匹の子猫のような目をしている。後で文句を言われるよりそのギャップに彼の心が動いたわけだった。
「じゃ、お願いね。全く、こんな事決めるのに手を掛けさせないでよね」
「はい。すみません」
「比留間さん。温かいものでも飲めば落ち着くでしょう。コーヒーがあるだろうから職員室に行ってちょっと取ってくるね」
「はい」
「じゃ、行ってくるけど二人っきりだからと言ってくれぐれもいかがわしい事はしないようにね。それはそれで面白いかもしれないけど」
「そ、そ、そ、そんな事する訳ないじゃないですかッ!」
保険の先生は笑いながら保健室を出て行った。二人っきりとなった訳だが、今の言葉で何も言えなくなってしまった。沈黙が続く。外で部活をしている人達の掛け合う声が保健室の中を響かせた。どうにか沈黙を破る事にした。
「すごく驚いたよ。いつも様子が違うって思ってさ。さっきの教室ではどうしたの?」
「変でしたか?朝の私の真似をしてみたんです。気付かれないようにって・・・」
日中の美月の演技というのなら似てないとしか言いようがなかったが、そこは黙っていた。
「でも、あなたに教えてしまってホッとしています。無理に真似をしなくていいんだって」
自然な柔らかい物腰の方が断然良かった。
「前に、道を尋ねた時は、朝の私と別人と思ってくれるだろうと思っていつも通りにしていたんですけど」
「確かに別人だと思ったけれど、制服が同じだったから考えちゃったよ」
「あ!そういえばそうでしたね」
「・・・」
「・・・」
そこで話題が途切れた。喉から言葉が出なかった。それから保険の先生がコーヒーを持って戻ってきてそれを比留間が飲んでいた。相変わらず保険の先生はからかってきた。やっぱり変な事したんじゃないのと疑い、彼が否定する。先生のおかげで保健室は少し賑やかだった。それから彼女の顔色が徐々に良くなって行ったので帰ることになった。辺りは真っ暗である。雨は止んでいた。相合傘などという都合の良い事にはならなかった。
「私のためにわざわざすみません」
「いや、ただの偶然。俺も暇だったから別にいいよ」
「そうですか。えっと・・・あなたのお名前はぁ」
「あ。言ってなかったっけ?俺の名前は倉石 光輝。『光る』『輝く』で光輝なんだけど、そんな事より苗字の方でみんなに『暗い』って言われるね。ハハハ」
自己紹介の時の鉄板自虐ネタである。ただ、笑いを取った事は無い。言わないよりマシというぐらいなものだ。
「そうなんですか?」
何故かちょっと表情が明るくなった。関心でもある事なのか光輝の方が比留間の食いつきに驚いた。
「そ、そうだよ。明るい方がいいのかもしれないけど、無理をして明るくしようとかえって変になっちゃうし」
「私、さっきも言いましたけど夜だけしかいられないのもあって、電気がついて明るい場所って何か落ち着かなくって、薄暗い方が落ち着くんですよ。いつも変だって言われるんですけど」
「普通の子とは変わってはいるけど、変じゃないんじゃないかな?それは。だって、今の比留間さんは夜しかいられないんでしょ?だから比留間さんも暗い方が良い」
「そ、そうですか?」
比留間の表情は明るくなった。普通の女子とは喜ぶポイントが明らかに異なるようだ。普段、女子が自分の言葉で明るくなるなどという事はなかったからそれだけでドキッと心臓が高鳴った。校庭では部活をやっている為ライトがついているが学校内はやや暗い。あまり人には見られたくないと思う。
正門のすぐ脇にバス停があるので距離としては100mぐらいだろう。時間にしてせいぜい1~2分と言ったぐらいだろう。その短い時間であったが彼にとって大きな壁にぶつかった。
『何か話さないと・・・』
女子との交流が希薄な彼にとって女子と会話をするという行為自体が一つの難問だった。
『昼と夜で人格が変わる。毎日どうやって過ごしているのかすっごく気になるけどそんな事、急に聞かれたら気分悪いだろうなぁ~。プライベートな事だし・・・じゃぁ、俺の事を・・・って女の子が僕の趣味とか話されたって興味を持つ事なんてないだろう。寧ろ軽蔑されるよな。いくら普段の俺の事を知らないからってさ。じゃぁ、無難な話といったら天気がいいねとか?いやいや・・・今、曇っているし』
話題は思いつくものの、それを言っていいのか考えてしまう。何が一番、適切なのか。カードゲームで何を切るかを悩むのに似ていた。そこまで深刻に考えてしまうのが悲しい。話などという物は些細な事から展開していくものなのだから天気のことだっていいのだ。大切なのはきっかけだ。
そんな事、考えているうちにただ沈黙の時間だけが過ぎていく。焦れば焦るほど言葉が出なくなった。幻滅しているんじゃないかと彼女の方に視線を移すと彼女は周囲をキョロキョロと見回していた。
「どうしたの?何か気になることでもあるの?」
「いえ・・・」
「やっぱり俺なんかと一緒だとねぇ・・・」
「そ、そうではなくて外を歩くのって慣れてないのでやっぱり緊張してしまって・・・」
「そうなんだ」
彼女の不安を取り除く事が出来ればと思ったが気の利いた答えも出来ず、ただただ自分自身の不甲斐なさに苛立った。キョロキョロと周囲を見回し、動くものや音を発する物に極度に反応する。丁度、部活をやっているサッカー部の方が気になるようだ。彼女は周囲に怯える小動物のような反応を示していた。
「そうだ。思い出した。前、うちの犬が吠えた時、カバンを置いて走って行っちゃったけどあの時って今の比留間だったんだよね?」
「あ、はい。よく覚えています。あの時は突然、ワンちゃんに吠えられたものですからパニック状態になってしまってどうしたらいいか分からなくなってしまって・・・」
「何かごめんね。うちの犬って普段は滅多に吠えないんだけどあの時だけ何だか虫の居所が悪かったみたいでさ」
「いえ、ワンちゃんはきっと私が変だと思ったから吠えたんですよ。二重人格の私が気味悪いって」
「そんな事ないよ。ない。ない。あの時ちょっと前に俺が尻尾を踏んづけたもんだから不機嫌になっていただけだよ。うん。絶対にそう」
「動物って人間には感じられない感性がありますからきっと分かっていたんですよ」
折角、共通の話題を見つけたのに逆にその場が暗くなってしまった。チョイス失敗だと思ったがここで上手く切り返さなければと考える。と、思っているうちにバス停に辿り着いてしまった。バス停で待つ人はいなかった。
「バスが来るまでの時間までは待つよ」
と、言ってみたが時刻表を見ると後2~3分で来るようだ。
『このバカバス会社!空気読めよ!普段は20~30分に1本なのにッ!何で今に限って!』
もう少しゆっくり歩くべきだったかと思った。しかし、今更考えても仕方なかった。
「さっきの話だけど、別に比留間さんが悪いって訳じゃないんだから気にする事ないよ。うちのロクだって今度会ったら吠えないと思うしさ」
言ってみて、散歩に付き合わせようという風に思われただろうと思った。ちょっと訂正しようと思ったところでバスが来た。
「それでは、倉石さん。今日は本当にありがとうございました」
「ごめんね。つまんない事しか言えなくてさ」
「そんな事ないですよ。普段、同世代のお父さんぐらいの男の人としか話さないので何もかも新鮮で・・・私の方こそ気の利いた事も言えないでごめんなさい」
「気にしなくっていいよ」
「いえ、でも・・・」
「ちょっと~。乗るなら早くしてください」
『この運転手~。呪うぞ』
彼女はバスに乗り込んで最後の挨拶でもしようかと思った矢先、即座にドアが閉まった。
「がっ!」
あまり大きな声を出す訳にもいかないので、どうしようと思うと比留間は何か喋ってから頭を下げて手を振っていた。光輝もまた手を振った。
『ありがとうございました・・・か・・・それにしても手を振るなんて何年振りだろうか?』何故か、自分の手の平を見返して見たがいつもと同じ手であった。
「帰ろう」
校内に戻り、自転車乗り場へと向かう。
『明日、陽が昇ったらまたいつもの比留間さんになってしまうんだよなぁ』
ボーッと考えながら家路に着いた。

2010年11月23日(火曜日)
朝のホームルーム。比留間を見るとあれこれと考えてしまう。
『日が短くなって夜が長くなる冬至周辺が彼女に会う最大のチャンス。でも、俺みたい根暗のオタクが会ってどうするんだろうか。何が出来るっていうのか光輝さんよ。だったらおかしな事はしない方が身のためだよな。下手すりゃ破滅。今、思い出として残しておくのが得策だよな。俺みたいなパッとしない奴には一生の思い出・・・かな?』
自問自答しつつ諦め気味になってホームルームを受けていた。担任が言う。
「さて、来週から期末試験が迫っているわけだが・・・」
「うぇ~」
クラスのうんざりする声が上がる。その中に、当然、光輝も入る。
『また赤点連発で補習も連発か・・・補習?あ!』
光輝の表情が少し明るくなった。光輝は特に頭が悪く補習に毎度のように引っかかっていたがそれは比留間も同様に補習の常連メンバーである事を思い出した。考えてみれば、夜間になると人格が変わるというのであれば彼女の勉強時間も必然的に限られる。だから成績が悪いのだろう。もし夜間の彼女が勉強したから昼間の彼女が何もしなくてもテストをやって高得点が取れるなどと都合のいい事にはならないのだろうと思った。
『彼女は半日しかいられないから仕方ないにしても俺は、1日、そのままでもバカなんだよな』
自虐的に笑った。だが、その頭の悪さが彼女とつなげる要因になったのだから人の縁とは何がきっかけとなるか分からないものだ。だからと言って狙って全て赤点というのでは光輝自身の評価が下がるだろう。
「今回は校長の意向で例年よりも難しくしろという風に聞いている。この1週間が勝負だぞ。みんな、頑張れよ。では、日直」
日直が立ち上がって号令を言って解散となる。今日は補習はないのかとガッカリした。試験後の試験休みに赤点者への補習は行われるが、各教科に午前中に呼び出され、長い長ーいお説教を受けた後に授業を受けるというのが定例となっており、午後まで跨る事はないので夜間の彼女に会うこともないだろう。

ある休み時間、彼女達グループが男達のグループと楽しげに談笑していた。特に変わった所もないいつもと同じ風景だった。日中の彼女は明朗快活で社交的、休み時間はグループでの中心的な存在であった。一方の自分達は一応盛り上がる事は盛り上がるがアニメなどに偏った話ばかりしているので他の人からには近寄りがたい淀んだオーラを放っていた。距離的には10mほどでもいる世界はまるで異なっていた。
「今日ぐらいはいいじゃないかよ。少しぐらい遅れても両親だって分かってくれるって」
「ごめん。それでも本当に無理」
彼女に強引に誘うクラスメートの男子。事情を知らないのだろう。だが、彼女の両親は異常なほど門限にうるさいという事にしていてそれは既にクラスでも良く知られていた事だった。今更、誘う者はいないはずなのにその男子も引かなかった。いつもの友達グループのそばにいるがそんなやり取りを集中して聞いていた。
「今日は俺の誕生日なんだぜ?盛り上がりに欠けるじゃないかよ~。ちょっとぐらい遅れたって両親だって文句はないだろう。なぁ?いいじゃん。ちょっとぐらい~」
彼女は目を伏せて首を振った。
「無理だって。私らの誕生日だってダメだって言う両親なんだから」
女子が比留間のフォローを入れるが男の方は引かなかった。
「だからって納得いかねぇよ!何でそんなに時間に厳しいんだよ!」
『それは人格交代があるからだよ。ふふっ』
彼は自分だけ知っているのであろう彼女の秘密に優越感を覚えていた。
『待てよ。もし、彼女がこの誕生日会に参加するって事になったら帰りに夜の比留間さんになるな。そうなったら夜の比留間さんは俺以外の男と会った事あるのかな?そりゃ、あるよなぁ。俺だけしか男子は会ってないなんてあるわけねぇからな。仮にそうだとしてももし、他の男子と会っていたら俺なんか即座にどうでも良くなっちゃうよな。何たって俺みたいなキモオタなんて即座に忘れ去る虫みたいなものだものな』
ネガティブシンキング。特に自分自身と他人とを比較すると即座に卑下する傾向があった。
「怒られるんであればみんなで謝ろうぜ!この時期はずっと遊べないなんて辛すぎるだろ。みんなもそう思うだろ?」
「それは・・・」
「じゃ、みんなで謝るって事にして・・・いいだろ?みっちゃん」
その男子も意外としつこかった。彼女に気があるのだろうと思った。
「分かった。私、出る!」
それを聞いた瞬間、夜間の比留間が自分の手の届かないところに遠のいていく気がした。
「え?大丈夫なの?みっちゃん。お父さん相当怖いんでしょ?組長みたいだって」
「よっしゃ!マジかよ!言ってみるもんだな!」
男子生徒の表情は驚きと嬉しさでガッツポーズしていた。
「その代わりこれからどうなっても知らないからね!アンタが言い出したことなんだから責任取ってよね!」
「お、おう。みんなで渡れば怖くないだ!」
男は彼女の重い一言をもらって少し怯んでいた。しかし、責任を取れという発言を聞くと妙に男女の関係を意識させてしまうものだ。それはその男子も同じ事だろう。だが、始めてこの日が短くなったこの時期に遊びに付き合うことになったという事で彼女以外は大盛り上がりだった。
『へぇ。夜の人格を晒すつもりなんだろうな。って事はもう終わりか・・・』
寂しさと共に諦めの心でいっぱいになった。元々、縁が無かったことなのだ。前の出来事がちょっとした幸運がめぐってきただけの事だ。またいつも通りの生活に戻ると思えば、なんてことはなかった。
「じゃぁ、行くぞ」
岸が言い出していた。
「どこへ?」
「お前、さっきから難しい顔をしていたけど何を考えていたんだよ。少しは話を聞いていろよな。ゲーセンだよ。ゲーセン。今から行くんだろうが」
「あ・・・そっか。ゴメンゴメン」
彼らの放課後の遊びと言ったら、ゲーセン。カラオケ。たまにボーリングのローテーションであった。そして、最後にアニメ系のお店によって締める。これが彼らの放課後のお決まりのパターンであった。

いつも通り、ゲーセンで遊び、アニメグッズの専門店に寄って友達と盛り上がった。それほどお小遣いも恵まれていないから買う事はあまりしないのだが友達と盛り上がりアニメ系の商品に囲まれているだけで妙に幸せを感じてしまう。自分は骨の髄までオタクなんだろうと痛感させられた。そろそろみんなと別れる所であった。
「あ・・・」
その後ろ姿は比留間そのものであった。偶然とはいえ、よくこうも遭遇するものだと思った。辺りはもう暗い。人格交代が行われたのならもう夜の比留間になっていることだろう。なんと言う偶然だろうか。何か運命的な糸でもあるのではないかと思いたくなった。本当ならば追いかけたい衝動に駆られたが友達の手前それは出来なかった。
「あ。アイツ、比留間じゃね?」
本島は目ざとく良く、細かい事を発見する。
「みたいだな。ま、別にいいじゃん。俺達とは住む世界が違うんだろ?」
岸が過去の話を持ち出した。
「そうだなぁ~。毎度毎度、近付いただけで嫌な顔してくるし、そっちの方が人としてどうなんだよって」
「ま、俺達には縁の無い奴だよ。ほっとけ。ほっとけ。どーせ色んな男と遊んでいるようなビッチなんだしよ。どーせまた別の男と遊ぶ気なんだろ?」
「そうだろうな。やっぱり三次元はそんなもんだよね」
「あ」
そのように彼女を見る目も一緒でゴミを見るかのようなものなんじゃないかと今、気付いていた。当然、前まではそれに自分も加わっていた事も。
「じゃ、俺、帰るよ。急ぎの用を思い出したんだ」
「あ?急ぎってどうせ暇だろ。お前。っておい!クラッチよぉ!」
そう言って、彼は3人を置いて家の方向に走り出した。今、彼女が向かっていると方向ではない。彼らが見えるところまでそのように走ってから方向転換して以前、彼女と途中まで帰ったところまで先回りする事にした。
『でも、どうやって会えばいいんだろうか?』
偶然を装うべきなのかただ単に追いついて声をかけるのが最良なのか考えていた。頭の中でシミュレーションしてみる。
「よし!」
決まったところで、先回りして、偶然を装って彼女に横から声をかけることにした。
「あぁ!比留間さん。奇遇、う?」
話し始めた所で彼は言葉に詰まった。
『泣いている?』
持っていたタオルで顔を抑えている所だった。
「あ・・・倉石さん。あ、いえ、昨日も会いましたね」
彼女は触れられまいと、タオルをサッと背中の方に持っていってニコッと笑ったが無理をしているのか不自然であった。
「ど、どうかしたの?」
話すことなどを少し考えていたが彼女が泣いているなんて事を想定していなかったがために頭が真っ白になってしまった。どう声をかけていいのか分からなかった。
「いえ、何でもないですよ。本当に・・・」
「そ、そう」
気になるものの深く詮索するのは良くないだろうと聞くのをやめたが、彼女が泣くような出来事の後で日常的なことを言うのは不自然だし、内容も分からないのに励ますのもおかしいだろう。出て行くタイミングを完全に誤ったなと悔いた。気まずい時間が続く。
「ははは。ちょっと帰りに遊んでいたら丁度、君が歩いているのを見かけたもんだからさ。いや~。凄い偶然。凄い偶然。今日は、大通りの行き方、分かる?」
「は、はい。それは・・・」
分からなければ教えてやるという事にかこつけて一緒に歩こうと言おうと思ったがそれは出来ないようだ。
『しかし、一緒に帰ろうかなんて誘って大丈夫だろうか?気安いと思われては、元も子もない。ここは・・・』
だが、今さっきまで泣いていた彼女を放って帰ることは出来まい。頭の中で葛藤する。
『頑張れ。頑張れ。光輝。ここだ!言うしかないんだ!』
「と、途中まで一緒に行くのは・・・どうかな?」
「いえ、でも、倉石さんのお宅とは違う方向では?」
「!?大丈夫。大丈夫。ちょっと遠回りしていけばいい話だからさ。ハハハハ。だ、だからさ。途中まで出いいからさ」
光輝は『お宅』を『オタク』と一瞬解釈してビクッと反応してしまった。それだけでも彼女に言われるのはなかなかつらかった。
「はい」
「良かった。良かった」
全身にゾクゾクっと震えが伝わった。呼吸は増えて、歯がカチカチと鳴った。
『落ち着け。落ち着くんだ。光輝。ここでコケたら何もかもダメだ。慎重に、慎重に』
ゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりと歩き出した。だが、すぐさま沈黙に包まれた。
何故に、泣いていた事を聞くべきか否か、激しく心が揺れていた。かと言って、折角帰っているのに沈黙を続けるのはまずい。
「この辺にいるって事は、誰かと遊んでいたの?」
直接的に聞かずまずは遠まわしに聞いて核心に迫ろうとする。探りを入れるにしてはまずまずだろう。
「わ、私は分かりません。気がついたら個室が多い建物の一室にいて」
「こ、こ、こ、個室!?それってまさか」
体がガタガタと震えた。思わず唾を飲み込んだ。だが、日中の比留間であれば十分考えられる事だと思った。
「アミちゃんの書き置きが手に握られていまして、みんなと楽しくやれって」
「はぁ!?みんなとぉぉぉぉぉ!?」
脳の回路がギンギンに働く。休み時間のメンバーが勢ぞろいしている所が出てきた。
「そ、そうですけど、ど、どうかしました?」
「いやいやいや・・・そ、それで帰ってきた訳なんだ」
『目が覚めた時にそんな場面に遭遇したもんだから泣いたって訳か。それなら分かる。それなら俺も泣いて逃げるわ。しかし、ああ・・・聞かなきゃ良かった。年頃の女子って普通にそんな事やってんのかよ・・・もうダメだ。おしまいだ』
動揺しながらも平静を装うが手が震え、汗が溢れてきた。風は冷たいのに何故か熱かった。



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